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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第6章【デエスの森編】
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【番外編】SIDE:レタリィ

日々読んで下さりありがとうございます。

感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!


番外編でレタリィ視点のお話です(時系列的には、116話トワの部屋を後にした辺りです)




 

『―― では私はこれで失礼しますね。トワとフィーユもお気をつけて。おやすみなさい』


『レタリィさんも気を付けて! おやすみなさい』


 トワに見送られながら、私はトワ達の部屋を後にする。

 部屋から大分離れたところで、小さく息を吐く。


 ―― 無防備なものだ……


 彼、ワタリ・トワは、この世界に唯一であろう、別の世界から来たという人間だ。

 最初は半信半疑だったが、「魔力が弱い」ではなく、「魔力がない」ことが、デエスの森の封印を抜けたことで証明された。


 トワのいたという魔素のない世界がどれだけ平和だったのか知らないが、トワは驚く程に無防備だった。

 ノックをすれば何の警戒もなく扉を開け、部屋には護衛の1人もいない。もしかしたら、あの幼い少女が護衛役なのかもしれないが。


 しかしあのフィーユという少女も、私を警戒している様子はなかった。

 若干の敵意は感じたが、あれはどちらかと言うと、「トワを取られたくない」という独占欲のように感じた。


 ―― 読みが外れたか……


 森で別れた後にわざわざトワの部屋を訪ねたのは、当然イセカイの話をしたかったからではない。ザソンが何かしら動くかと思ったからだ。


 ―― もし、トワを脅すようなことがあれば……私が、止めないと……


 きゅっと拳を握りしめ、過去に想いを馳せる。



 ―― 私のせいで、ザソンがもう、無茶をしないように……



 ……



 私は生まれつき治癒力が非常に弱く、何度も何度も死にかけたらしい。

 その度私の両親は莫大なお金を払い、高位の治癒魔法が使える魔術師を呼び、何とか命を繋いできた。

 私は魔法によって作られた安全な部屋から出ることも出来ず、部屋に用意されたベッドに横たわっているだけの日々が続いた。


 両親は、私のために必死に働いてくれた。


 高位の魔術師を呼ぶお金。

 安全な部屋を維持するためのお金。


 それらは貴族の両親からしても、そう易々と払える額ではなかったようだ。

 父も母も、いつも隠しきれない疲労が顔に滲んでいた。

 私はそれがずっと申し訳なかった。


 私がこんな身体じゃなければ。

 父も母も、こんなに働かなくて済んだのに。


 ―― ごめんなさい、お父さん、お母さん……


 魔法によって作られた、安全な部屋。

 窓から見える大きな森。

 それが私の知る世界の全てだった。


 父も母も雇われた魔術師も、外の世界について話さなかったし、私も聞かなかった。

 この部屋から出たいなんて、父と母の前で言えるはずもなかった。


 部屋の中で勉強をしたり、本を読んだり、絵を描いたり……そんな毎日に飽き飽きしていた頃、私の部屋にザソンがやって来た。

 ザソンの家……イストリア家とは昔から家族ぐるみの付き合いがあったらしい。


 同じ年頃の話し相手がいた方がいいだろうと、私の両親が『娘の友達になってあげてくれ』と話をしたらしい。私の部屋に入る為には色々と手順があって大変なのに、ザソンは殆ど毎日のようにお見舞いに来てくれた。


 何度目かの時、私はザソンにこっそり外の世界の話を聞いた。


『レタリィが悲しくなるから、話しちゃ駄目って言われてるんだけど……』


 そう言いながらザソンが語った、外の世界の様子。

 蜜草が咲き乱れる広大な花畑、勢いよく流れる川、様々な物があふれる街。


 私はザソンの話を聞きながら、色々な世界を空想するのが好きだった。

 ザソンと2人で、そんな世界を旅出来たら、どんなに楽しいだろう。



 ―― もし本当に物語に出てくる神様がいるのなら、どうかお願いします。私の願いを叶えてください。



 けれど願いは届くことなく、私の身体は徐々に徐々に悪くなっていった。

 治癒魔法を使っても症状が良くなることはなく、魔術師の人も『もうこれ以上は……』と匙を投げてしまった。


 両親は悲しみにくれ、私の家にはいつもどんよりとした空気が流れていた。


 ―― 悲しませてごめんなさい、お父さん、お母さん……


『きっと大丈夫だよ、レタリィ』


『私達が何とか治療法を見つけてみせるわ』


 そう言って無理に笑う両親は、隈だらけで今にも倒れてしまいそうだった。


 ―― ごめんなさい、お父さん、お母さん……


 そんな両親を見ていると、私も悲しい気持ちになった。

 大好きだった外の世界の話も、両親の気持ちを裏切っている気がして、楽しめなくなってしまった。


『……レタリィ、苦しいの?』


 幼いザソンが私に問いかける。


『今は体調も悪くないし、そんなに苦しくないよ?』


 私の答えにザソンは眉を寄せ、言葉を続ける。


『でも、苦しそうな顔をしてる』


 そう言って、ザソンも悲しそうな顔をする。


 ―― 悲しませてごめんなさい、ザソン……


 面倒な手順を踏んでまで部屋に遊びに来てくれて、色々とお話してくれて。

 なのに私は上の空で、ザソンに悲しい顔をさせてしまった。


 ―― 皆を悲しませることしか出来ない私なんて、早く死んじゃえばいいのに……


 これまで私の病気を治すために頑張ってくれた両親のことを思うと、そう思うことも裏切りのように感じる。

 それに私が死んでしまったら、両親は悲しむだろう。



 ―― 生きてても死んでても、私は皆を悲しませることしか出来ない……



 そんなことを考えていると、ザソンが『そうだ!』と言って、明るい声で私に話しかける。


『レタリィ、レタリィ。今日、街で話題になってる喜劇を見て来たんだ』


『喜劇?』


『そう。主人公が道化師でね、凄く面白いんだよ』


『そうなんだ……』


 ザソンは身振り手振りを交えながら、喜劇の内容を語ってくれる。


『―― それでね、その時主人公はこう言ったんだよ。ごほん……! 「あっはぁ~! まったく私ったら人気者で困ってしまうねぇ~!」って!』


 主人公の道化師になりきって、真っ赤な髪をばさぁっとかき上げて、バッチリとウインクまで決めながら、ザソンは私の方を見る。

 お話の内容よりもその様子が可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。


『あっはぁ~! いいねぇ~! レタリィは笑っている方が可愛いよぉ~?』


『あはは……! その喋り方、やめてよ……! 笑っちゃうよ!』


 私が笑ったのが嬉しかったのか、道化師の口調のまま、ザソンも嬉しそうに笑う。

 それからずっと、ザソンは道化師の口調のままだった。



 ―― それが嬉しくて、でも私のせいで無理をさせてるんじゃないかって、ずっと心苦しかった。



 ……



 ある日、部屋の外から私の両親とザソンが言い争う声が聞こえてきた。


『―― そんな物、飲ませられるわけないだろう!?』


『でも……! このままじゃレタリィは……!』


『今より高位の魔術師を探している! だからそんな得体のしれない物は捨てなさい!』


『でも……!』


『ザソン、君の気持は嬉しいし、娘と仲良くしてくれて本当にありがたいと思っている。でも病気に関しては、残念だけど子供の出る幕じゃないんだ』


 言い聞かせるような、父の声が響く。

 どうやら私の話をしているようだ。


 ―― 私のせいで、皆が言い争ってるのかな……


 悲しい気持ちになりながら聞き耳を立てていると、話が終わったのかザソンが部屋に入ってくる。


『こ、こんにちわ、ザソン』


 何食わぬ顔でザソンに挨拶をすると、ザソンは真剣な表情で不思議な色をした丸薬を取り出す。


『……レタリィ、この薬を飲んでみない? 地方に伝わる、特別な薬らしい。色んな病気が治ったって言い伝えがあるんだ。もしかしたらレタリィの病気も治るかもしれない』


 きっと先程言い争っていたのは、この薬についてだろう。


『お願いレタリィ。僕を信じて……!』


『でも……』


『レタリィにだけ飲ませたりしない。僕も飲むから』


 そう言って、ザソンが丸薬を半分に割る。


『一緒に飲もう?』


 ザソンはそう言いながら、割れた丸薬を差し出す。



 ―― この時、私は絶対に考えちゃいけないことを、考えた。



 もし2人で死んでしまったら。


 私達はどうなるんだろう?

 2人で死んだ後の世界に行くのかな?


 空想した様々な世界。

 ザソンと2人で、そんな世界を旅出来たら、どんなに楽しいだろう。



『……ザソンを信じる。一緒に、飲もう』



 差し出された丸薬の欠片を手に取る。



『せーので飲み込もう』


『分かった』




『『 せーのっ! 』』




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