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『ザソンと私は幼馴染で……ザソンはいつも、貴重な薬草や薬を手に入れては、私に持って来てくれました。その度に、私の寿命は少しだけ、少しだけ、延びました』
レタリィさんの声に、優しい響きが滲む。『今こうやって自由に出歩けるのも、ザソンのおかげです』と語るレタリィさんは、とても柔らかな雰囲気を纏っていた。
その後少し顔を歪め『もしかしたら……これまでも、何かあくどい手を使っていたのかもしれませんが……』と小さく呟く。
ザソンさんの、偽物の笑顔。
ギラギラと輝く瞳。
お願いという名の脅し。
寿命が延びた……と言うことは、決して完治した訳ではないのだろう。
―― 何故、ザソンさんは万能薬が欲しい理由を隠したのだろうか?
―― きっと、他者からの同情も、哀れみも、憐憫も、不要だからだ。
ただ結果だけを。
求めて。
『……トワ? 大丈夫ですか? 顔色が……』
ふと、レタリィさんが心配そうな表情で、俺の顔を覗き込む。
返事が出来ない俺に、レタリィさんは苦笑を浮かべ、言葉を続ける。
『すみません……。あんな脅しを受けて、こんな同情を誘うようなことを言われて……大丈夫なはずがないですよね』
『いえ……!』
俺の気分が優れなかったのは、ザソンさんの脅しのせいでも、レタリィさんの話のせいでもない。無関係とは言えないが、たまたま自分の中のトラウマとも言える記憶とリンクしてしまっただけだ。
『トワ、ザソンの脅しは無視して構いません。ザソンが貴方や貴方の仲間に手を出さないよう、私の方からきちんと伝えます。だから貴方の身の安全を優先して下さい』
『……でも、それじゃあ……レタリィさんが……』
『さっきも言ったでしょう? 本当の私はもう、死んでいたはずなんです』
そしてレタリィさんは、笑顔を浮かべる。
悲しくて、優しい笑顔を。
『トワ……。私は、死にたくありません。生きていたい。あの人の側で、あの人の横で、ずっと……。でも、誰かの命を犠牲にしてまで、生きようとは思いません』
レタリィさんが、俺の左手をぎゅっと握りしめる。
頭を下げて、祈るようにレタリィさんが言葉を続ける。
『だからトワ、無理はしないで下さい。でも……もしも機会があるのなら……図々しいお願いではありますが、どうかトワに危険のない範囲で、私の願いを叶えてくれたら嬉しいです。お願いします……!』
幼い頃のレタリィさんは、魔法によって作られた安全な部屋から出ることも出来ず、何を考えたのだろう。
―― 空想した別の世界。
―― 絶対的で超常的な、神様という存在。
「強い力をくれる」神様ではなく、「願いを叶えてくれる」「人を助けてくれる」優しい神様を夢想した少女。
『……レタリィさん。昨日、異世界の話をした時に、神様の話をしたじゃないですか』
脈絡もなく、突然そう話し始めた俺に、レタリィさんは少し不思議そうな声で『はい』と返事をする。
『俺、物語に出てくる神様とかは好きなんですけど、ずっと信じてなかったんです』
『そうなんですか……?』
レタリィさんは、突然意味の分からない話を始めた俺の言葉を遮ることなく、真面目な顔で耳を傾けながら相槌を打ってくれる。
『でも、最近……いや、本当つい数時間前、神様っているんじゃないかなーって思ったんです』
『は、はぁ……?』
レタリィさんは完全に頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
そんなレタリィさんの顔が、なんだか少し幼く見えて、可愛らしい。
『大丈夫です。これはきっと、チャンスなんです。全部上手くやってみせます』
俺の左手を握りしめるレタリィさんの手を、右手で覆うように握る。
『きっと、全部上手く行きます。俺はそう信じてます』
俺の言葉に、レタリィさんは少し笑顔を浮かべる。
『……そうですね。私もトワを信じます』
レタリィさんが、ぎゅっと俺の手を握りしめる。
『私がいう言葉ではないかもしれませんが……でも本当に、無理はしないで下さいね?』
『はい、大丈夫です。それにこれは……レタリィさんのためでも、ザソンさんのためでもない、俺のためでもあるんです』
俺の言葉に、レタリィさんはまた不思議そうな顔をする。
『トワのため、ですか?』
『はい。だから、もし俺が無理をしたとしても、それは俺のためであって、レタリィさんのせいでも、ザソンさんのせいでもありません』
『……トワは、お人好しですね』
レタリィさんは俺の言葉を、自分達のための言葉だと誤解したようだ。俺は慌てて誤解を解く。
『違います。自分勝手なんです』
もし封印内で俺が無茶をするような事態に陥れば、レタリィさんは「自分のせいで……」と深く傷付くだろう。
ザソンさんは……傷付くか分からないが、自分を責めるレタリィさんを見て、傷付くかもしれない。
けれど俺は、自分の目的のためならば無茶をする気満々だ。
元の世界に帰ることが俺の絶対目標であるため、命を懸けるとまでは言えないが。
命を落とさない範囲での無茶は、バンバンやるつもりだ。
手足の2、3本くらいならくれてやる位の覚悟でいる。
『女神様を説得して、必ず万能薬を手に入れてみせます。だから、レタリィさんも信じて待っててください』
悲しくて、優しい笑顔はもう見たくない。
運命だと受け入れ、希望を捨てて欲しくない。
『ありがとう……トワ』
異世界生活561日目、俺の言葉に、レタリィさんは泣きそうな声でお礼を言いながら、頭を下げた。




