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昨日と同様、レタリィさんが扉の前に立っている。
―― レタリィさんは、ザソンさんの行動をどこまで知っているんだろう……
俺はそっとレタリィさんの様子を観察する。
ザソンさんの言う「内緒」の範囲がどこまでか分からない以上、下手なことは言えない。
―― レタリィさんを部屋に入れていいのか……?
昨日までの俺なら、何の疑いもなくへらへらと笑いながら『どうぞ~』なんて言っていただろう。
そこまで考えたところで、今更警戒しても無意味か……と思う。
これまでの俺は、警備も連れず本当に無防備だった。
何かするつもりがあるなら、昨日の時点でしているだろう。
そんなことを考えていると、レタリィさんが口を開く。
『先程カードル様とすれ違い、これからトワの部屋へ行くと言ったら、伝言を頼まれたのですが……』
『伝言?』
『はい。何でも話があるから、部屋に来て欲しいと。私もカードル様にお話があるので、一緒に行きましょう』
多分、カードルさんの呼び出しは嘘だろうな……と直感的に思った。
しかしフィーユとファーレスがいる以上、呼び出されているのに行かないのは不自然だ。
―― 問題は、フィーユとファーレスを連れていくか……だよな。
ファーレスは強い。
守る対象が1人なら、問題ないだろう。俺は足手纏いにしかならない。
俺とフィーユ、守る対象が2人になれば、それだけ気を回す必要が出てくる。
―― 封印内に入れるのは俺だけ。なら、俺が殺される可能性は低い……はず。
そう考え、俺はファーレスの方を向き声を掛ける。
『ファーレス、ちょっと出てくる。フィーユのこと、頼む』
『……あぁ』
何の事情も知らないファーレスが、こちらを見ながら頷く。
俺1人でカードルさんのところへ行くことは、これまで何度もあったことなので、フィーユも特に疑うことなく『行ってらっしゃい! 帰って来たら昨日の話の続き、しようね!』と笑顔で手を振っている。
『じゃあレタリィさん、行きましょうか』
『……はい』
……
廊下を歩きだして数分、レタリィさんが口を開く。
『トワ……最初から色々と理由をつけて、貴方だけを呼び出すつもりでしたが……少し危機感が足りないのではないですか?』
やはりレタリィさんは、俺だけを呼び出すつもりだったようだ。
計画通りのはずなのに、説教されるとは何だかおかしな話だ。
『そうですね……。でももし強硬手段を取るつもりなら、これまで何度も機会があったはずです。俺は……俺達は、本当に無防備でしたから。取らなかったということは、そんなつもりはない……ということですよね?』
『それは……まぁ、そうですが……』
レタリィさんは納得がいかなさそうな表情をした後、話題を変えるように一度頭を振る。頭の動きに合わせ、マラカイト色の髪が揺れる。
『すみません。お気づきかも知れませんが……カードル様の呼び出しというのは、嘘です』
『……はい』
それは予想通りだ。
問題は、この後だ。
俺だけを呼び出して、何の話がしたいのか。
『トワ……貴方に、お話したいことがあって……』
切なげにそう切り出す態度が、どこまで本気で、どこまで演技なのかは分からない。
ただ、これまで氷のようだと感じていたレタリィさんが感情を露わにする様子は、とても美しいと感じた。
『……話って、なんですか?』
ザソンさんの時と同様に、レタリィさんに問いかける。
右手を、さり気なく腰の銃に触れながら。
『今日、ザソンから……万能薬を手に入れろと……女神様から盗み出せと、お話があったと思います』
『……知ってたんですか』
『……ザソンが動くかと思い、少し遠くからトワを見張っていました。会話は、魔法で聴力を強化して聞いていました』
『……そうですか』
この話ぶりだと、ザソンさんとレタリィさんは共犯じゃないのだろうか?
レタリィさんが昨夜突然訪ねて来て『護衛をお願いした方がいい』と言ったのも、ザソンさんを警戒していたのだろうか?
―― そう思わせる作戦かもな……。
疑いたくないのに、疑心暗鬼になる。
『すみません……! ザソンの言動を、許して欲しいとは言いません……! けれど恨むなら、どうか私を恨んで下さい……! 全ては、私のせいなんです……!』
突然、謝罪と共にレタリィさんがバッと頭を下げる。
予想外の展開に少し呆然とした後、ハッと気づく。
―― 『どんな怪我や病気でも治すとか、色んな噂があるみたいだけどねぇ~』
ザソンさんの言っていた、万能薬の効能。
自分のせいだという、レタリィさんの言葉。
『もしかして……レタリィさんは……何か、病気を……?』
自分の考えが正しいのか、そして正しかった場合、ハッキリと問いかけていいのか分からず、語尾が曖昧に消える。
しかしレタリィさんはしっかりと聞き取ってくれたようで、小さく頷く。
『……はい。ザソンが万能薬を求めているのは、私の病気を治すためです』
そう言って、レタリィさんは言葉を続ける。
『通常、こちらの世界の怪我や病気は、回復魔法で身体の治癒力を向上させることで、殆どの場合何とかなります。ですが……私の身体は生まれつき、治癒力が非常に弱かったのです』
『治癒力が……弱い……?』
『はい。簡単に説明すると、怪我をしたり体調を崩すと治らない……という感じですね』
俺はレタリィさんの言葉に、目を見開く。
そんなの、普通の生活もままならないはずだ。
『幼い頃の私は、魔法によって作られた安全な部屋から出ることが出来ませんでした。でもその部屋にずっといても……本当はもう、死んでいたはずなのです』
レタリィさんが淡々と話す。
魔法によって作られた安全な部屋……というのは、きっと病院の無菌室のような部屋なのだろう。
真っ白な空間。
身体に伸びる、様々な管。
呼びかけても開かない、瞳。
俺は元の世界で見た病院の様子を思い出し、思わず目を瞑る。
レタリィさんの顔が、見れなかった。