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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第6章【デエスの森編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!


 ザソンさんの姿が見えなくなり、俺はへたりとその場に座り込む。


「……怖かった」


 震えが止まらない身体を抱きしめる。


 怖かった。

 怖かった。

 怖かった。


 脅されたり、殺意を向けられたことは勿論だが……それを行ったのが、何度も会話した知人であるということが、本当に怖かった。


 これまで俺に殺意を向けてきたのは、魔物やノイの貴族、ナーエの警備兵といった、知人ですらない者だけだった。


 虎の威を借る狐……という訳ではないが、ロワイヨムに来て、カードルさんの保護下に入って、俺は安心しきっていた。


 ―― これで俺の命を脅かす者には、もう危害を加えられないと。


 俺のザソンさんに対する印象は、ちょっと胡散臭いけどお調子者で愉快なナルシストな人……という感じだった。


 別に心の底からいい人だと思っていた訳じゃない。

 心の底から信頼していた訳じゃない。



 でも、自分を殺そうとするなんて、考えたこともなかった。



 ザソンさんにはまだ魔石銃の存在を知られていない。不意をつけば、俺でも勝てるかもしれない。



 ―― でも。



 本当に出来るのか?

 ザソンさんが本気で俺を殺そうとしてきた時、俺はザソンさんに向けて引き金を引けるのか?


 ナーエの警備兵に向けて、引き金を引いた時のことを思い出す。


 鈍い銃声。

 ぐちゃりと飛び散る赤。

 噎せ返るような、血の匂い。


「……うっ……!」


 俺は胃の奥から迫り上がる物を感じ、口を押さえる。口元を押さえたまま何とか胃液を飲み込み、呼吸を整える。


 胃液の、何とも言えない不快な酸っぱさが口に残る。


 魔物に……小動物に対して、引き金を引けるようになって。

 ナーエの警備兵に……敵意を向けてくる人間に対して、引き金を引けるようになって。



 次は何に対して、引き金を引けるようになるのだろう。



 ザソンさんに……敵意を向けてくる知人に対して、引き金を引けるようになるのだろうか。


 ―― ……次は敵意を向けてくる友人に?


 レタリィさんはザソンさんの行動を知っているのだろうか?

 共犯なのだろうか?

 何故、昨日突然部屋を訪ねて来たのだろうか?


 俺はレタリィさんに対して、引き金を引けるのか?


 カードルさんは?

 ファーレスは?

 ……フィーユは?


 彼等が俺に対し、絶対に敵意を向けて来ないと言えるのだろうか?

 そして彼等が敵意を向けてきた時、俺は彼等に銃口を向けるのだろうか?


 そんなこと考えたくないのに、嫌な思考が止まらない。


 人を殺して、元の世界に戻ったとして。

 俺は異世界に行く前の生活に戻り、のうのうと生きていくのだろうか。



 ―― 俺の中の、優先順位。



 俺は腰にぶら下げた魔石銃をそっと握り締める。


 服で見えない位置に隠されたそれは、何故だか妙に重く感じた。



「……とにかく、全部上手くやればいいんだ」



 俺は頭を振って、深呼吸をする。


 女神様だか賢者様だか知らないが、とにかく封印内にいる人物に会って。

 元の世界に帰る方法を知らないか聞き出して。

 平和的に話し合いで万能薬を手に入れて。



 そうすれば、全部上手く行く。



「そう……これはチャンスなんだ」



 自分に言い聞かせるように、呟く。

 ザソンさんの話が全て真実なら。

 俺にはまだ希望が残っている。



「……俺が、上手くやれば」



 胃の辺りが鈍い痛みを訴える。

 俺は何度か大きく深呼吸してから、ファーレスとフィーユのいる訓練所に向かって歩き出した。



 ……



『トワ! お腹痛いの大丈夫!?』


 訓練所に着くと、俺の存在に気付いたフィーユが心配そうな表情で駆け寄って来る。


『うん、大丈夫だよ』


 俺は普段通りを意識して、フィーユに笑いかける。


『……本当に?』


 しかし動揺が残っているのか、フィーユがじっと俺の顔を見つめながらそう問い掛ける。


『本当本当! トイレ行ったらスッキリした!』


 俺は「ただの食べ過ぎだよ」と言外に匂わせ、もう一度フィーユに笑いかける。


『……無理、しないでね……?』


『してないよ』


『……うん』


 フィーユは小さく頷くと、きゅっと俺の手を握る。小さな手から、じんわりと確かな温もりを感じる。


 ―― フィーユを、守る。


 俺はフィーユの小さな手を握り返しながら、先程のザソンさんの話に想いを馳せる。



 ―― 大丈夫。きっと全部、上手く行く。



 真っ赤な鳥居。

 財布に入っていたありったけのお金を賽銭箱に投げ入れ、願ったあの日。



 ―― もし、神様がいるのなら……



『……トワ?』


 フィーユに呼びかけられ、ハッと意識を戻す。


『ごめん、ぼーっとしてた。なに?』


 慌てて笑顔を取り繕い、フィーユの方を向く。


『トワ……何か、あったの……?』


『何にもないよ』


『……そっか』


 フィーユが繋いだ手をぎゅっと握りしめる。


『……ファーレス、そろそろ休憩に入ると思うよ! 行こ!』


 フィーユはこれ以上追及しないことに決めたのか、そう言って笑顔を浮かべると、ファーレスのいる方へぐいぐい引っる。


 フィーユに引っ張られるまま、俺は小走りにファーレスの元へ向かった。



 ……



 訓練所の見学を終えて、部屋に戻りベッドに座る。

 暫くすると、昨日と同様に扉がノックされる。


『レタリィさんかなー?』


 フィーユが無邪気な声を上げる。

 護衛として同じ部屋に滞在して貰うことにしたファーレスも、チラリと扉の方を見る。


 俺は一度深呼吸して、扉を開ける。



『今晩和』



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