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ザソンさんの姿が見えなくなり、俺はへたりとその場に座り込む。
「……怖かった」
震えが止まらない身体を抱きしめる。
怖かった。
怖かった。
怖かった。
脅されたり、殺意を向けられたことは勿論だが……それを行ったのが、何度も会話した知人であるということが、本当に怖かった。
これまで俺に殺意を向けてきたのは、魔物やノイの貴族、ナーエの警備兵といった、知人ですらない者だけだった。
虎の威を借る狐……という訳ではないが、ロワイヨムに来て、カードルさんの保護下に入って、俺は安心しきっていた。
―― これで俺の命を脅かす者には、もう危害を加えられないと。
俺のザソンさんに対する印象は、ちょっと胡散臭いけどお調子者で愉快なナルシストな人……という感じだった。
別に心の底からいい人だと思っていた訳じゃない。
心の底から信頼していた訳じゃない。
でも、自分を殺そうとするなんて、考えたこともなかった。
ザソンさんにはまだ魔石銃の存在を知られていない。不意をつけば、俺でも勝てるかもしれない。
―― でも。
本当に出来るのか?
ザソンさんが本気で俺を殺そうとしてきた時、俺はザソンさんに向けて引き金を引けるのか?
ナーエの警備兵に向けて、引き金を引いた時のことを思い出す。
鈍い銃声。
ぐちゃりと飛び散る赤。
噎せ返るような、血の匂い。
「……うっ……!」
俺は胃の奥から迫り上がる物を感じ、口を押さえる。口元を押さえたまま何とか胃液を飲み込み、呼吸を整える。
胃液の、何とも言えない不快な酸っぱさが口に残る。
魔物に……小動物に対して、引き金を引けるようになって。
ナーエの警備兵に……敵意を向けてくる人間に対して、引き金を引けるようになって。
次は何に対して、引き金を引けるようになるのだろう。
ザソンさんに……敵意を向けてくる知人に対して、引き金を引けるようになるのだろうか。
―― ……次は敵意を向けてくる友人に?
レタリィさんはザソンさんの行動を知っているのだろうか?
共犯なのだろうか?
何故、昨日突然部屋を訪ねて来たのだろうか?
俺はレタリィさんに対して、引き金を引けるのか?
カードルさんは?
ファーレスは?
……フィーユは?
彼等が俺に対し、絶対に敵意を向けて来ないと言えるのだろうか?
そして彼等が敵意を向けてきた時、俺は彼等に銃口を向けるのだろうか?
そんなこと考えたくないのに、嫌な思考が止まらない。
人を殺して、元の世界に戻ったとして。
俺は異世界に行く前の生活に戻り、のうのうと生きていくのだろうか。
―― 俺の中の、優先順位。
俺は腰にぶら下げた魔石銃をそっと握り締める。
服で見えない位置に隠されたそれは、何故だか妙に重く感じた。
「……とにかく、全部上手くやればいいんだ」
俺は頭を振って、深呼吸をする。
女神様だか賢者様だか知らないが、とにかく封印内にいる人物に会って。
元の世界に帰る方法を知らないか聞き出して。
平和的に話し合いで万能薬を手に入れて。
そうすれば、全部上手く行く。
「そう……これはチャンスなんだ」
自分に言い聞かせるように、呟く。
ザソンさんの話が全て真実なら。
俺にはまだ希望が残っている。
「……俺が、上手くやれば」
胃の辺りが鈍い痛みを訴える。
俺は何度か大きく深呼吸してから、ファーレスとフィーユのいる訓練所に向かって歩き出した。
……
『トワ! お腹痛いの大丈夫!?』
訓練所に着くと、俺の存在に気付いたフィーユが心配そうな表情で駆け寄って来る。
『うん、大丈夫だよ』
俺は普段通りを意識して、フィーユに笑いかける。
『……本当に?』
しかし動揺が残っているのか、フィーユがじっと俺の顔を見つめながらそう問い掛ける。
『本当本当! トイレ行ったらスッキリした!』
俺は「ただの食べ過ぎだよ」と言外に匂わせ、もう一度フィーユに笑いかける。
『……無理、しないでね……?』
『してないよ』
『……うん』
フィーユは小さく頷くと、きゅっと俺の手を握る。小さな手から、じんわりと確かな温もりを感じる。
―― フィーユを、守る。
俺はフィーユの小さな手を握り返しながら、先程のザソンさんの話に想いを馳せる。
―― 大丈夫。きっと全部、上手く行く。
真っ赤な鳥居。
財布に入っていたありったけのお金を賽銭箱に投げ入れ、願ったあの日。
―― もし、神様がいるのなら……
『……トワ?』
フィーユに呼びかけられ、ハッと意識を戻す。
『ごめん、ぼーっとしてた。なに?』
慌てて笑顔を取り繕い、フィーユの方を向く。
『トワ……何か、あったの……?』
『何にもないよ』
『……そっか』
フィーユが繋いだ手をぎゅっと握りしめる。
『……ファーレス、そろそろ休憩に入ると思うよ! 行こ!』
フィーユはこれ以上追及しないことに決めたのか、そう言って笑顔を浮かべると、ファーレスのいる方へぐいぐい引っる。
フィーユに引っ張られるまま、俺は小走りにファーレスの元へ向かった。
……
訓練所の見学を終えて、部屋に戻りベッドに座る。
暫くすると、昨日と同様に扉がノックされる。
『レタリィさんかなー?』
フィーユが無邪気な声を上げる。
護衛として同じ部屋に滞在して貰うことにしたファーレスも、チラリと扉の方を見る。
俺は一度深呼吸して、扉を開ける。
『今晩和』