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『う~ん……近くに人はいないみたいだし……まぁここでいいか』
ザソンさんは魔力感知で周囲を探ったのか、そう言って俺に近づく。
『ちょ〜っとお願いがあるんだよねぇ〜……』
相変わらず表情だけはにこやかに、目はギラギラと輝かせながら、演技じみた言葉を吐く。
演技だと分かっていると怖いだけなので、真面目なトーンで話して欲しいものだが、真面目なトーンのザソンさんもそれはそれで怖い。
『……お願いとか言ってますけど、拒否権はないんですよね?』
先程食堂で、フィーユの存在を人質として示されている。
"お願い" なんて言葉を使っているが、これは "脅し" であり "命令" だ。
『あっはぁ~! だいせいかぁ~い!』
ザソンさんはふざけたように拍手をしつつ、少し真面目な顔でその "お願い" とやらを語り出す。
『女神様……いや、賢者様と呼ぶのが正しいのかなぁ~? 賢者様が持つと言われている "XXX" を、君に盗んで来て欲しいんだよねぇ~?』
『"XXX" を、盗む……?』
聞きなれない単語が出てきた。
俺は発音に気を付けながら、単語を繰り返す。
『そうそう~。まぁ、譲って貰えるならそれが1番だけど、譲って貰えなかったら盗んで欲しいって感じかなぁ~?』
ザソンさんは『魔力感知に引っかからない体質って、闇に紛れて盗みをするのにピッタリだよねぇ~! 素晴らしい~!』と大変失礼な褒め言葉をくれる。
まぁ確かに、魔力感知で周囲の存在を常に感じているこの世界の人からしたら、魔力を持たない俺の体質は、盗み、暗殺、闇討ちにピッタリだ。俺自身は平和を愛する、善良な人間だというのに。
もし女神様……賢者様? とやらに盗みがバレれば、俺の命が危険に晒されると思うのだが、ザソンさんは特に気にした様子もない。
―― 情に厚いカードルさんを、少しは見習ってくれないかな……
俺はそんなことを思いながら、ザソンさんに1番大事な事実を伝える。
『あの……そもそも "XXX" が何か分からないんですけど……』
先程初めて聞いた単語だ。
何か分からない物を盗めと言われても困る。
ザソンさんは『あ~……そうかぁ~……』と言いながら少し考えた後、俺にも分かるようにどんな物か説明してくれる。
『う~ん……不老不死になれるとか、若さを保てるとか言われている薬、かなぁ〜? どんな怪我や病気でも治すとか、色んな噂があるみたいだけどねぇ~』
説明を聞く限り、漫画等によく出てくる "賢者の石" みたいな物のようだ。しかし "賢者の石" と言っても、今度はザソンさんに伝わらないため、俺は互いに通じる表現を考える。
『万能薬、って感じですかね……?』
『あっはぁ〜! そうそう、そんな感じだねぇ~! 私も噂でしか知らないから、どんな物か正確には分からないけどぉ~。さり気なく話題に出して、実物を見せて貰って、譲って貰えないか交渉して欲しいんだよねぇ〜!』
ザソンさんはそこで一度言葉を区切り、にっこりと笑う。
『そーしーてぇ~! 譲って貰うのが無理なら、しまってある場所を探し出して、盗んで来て欲しいんだよねぇ~!』
ザソンさんはふざけた口調で、さらりと無茶を言う。
―― 滅茶苦茶難しいミッションじゃねぇか。
ザソンさんの言葉を聞きながら、俺は脳内で突っ込みを入れる。
ザソンさん自身も、万能薬に関する情報をそれほど持っているわけではないらしい。
俺の『そんな物、譲ってもらえるのか……?』という視線を感じたのか、ザソンさんは『もしお金で買えるならぁ~……ん~……ロワイヨムの国家予算くらいまでなら出せるよぉ~?』と付け加える。
『こ、国家予算!?』
ロワイヨムの国家予算がどのくらいの額なのかは分からないが、そんな金額をポンと出せるくらい、ザソンさんは大金持ちのようだ。
『まぁ、相手が賢者様なら、お金……魔力に困っているとは思えないけどねぇ~……』
やれやれといった様子で、ザソンさんは苦笑を浮かべる。
この世界では、お金 = 魔石 = 魔力と言える。
賢者様とやらが本当に、デエスの森全体に封印を施したり、『理論的に有り得ない』と言われるような魔法を使える存在ならば、多少の魔石なんて見向きもしないだろう。
『君が森の封印を壊してくれれば、私も森に入って交渉や盗みをお手伝いするよぉ~?』
ザソンさんは自分で手に入れる気満々で、色々と調べていたのかもしれない。
しかし俺しか封印内に入れないので、仕方なく俺に頼むことにしたのだろう。
『まずは封印を壊さずに挑戦してみますけど……。そもそも何でそんな物が欲しいんですか?』
口が滑ったというか、それほど深い意図のある質問ではなかった。
ただ、話の流れで問いかけてしまったに過ぎない質問だった。
そんな俺の問いかけに、ザソンさんはにっこりと笑みを浮かべ、答える。
『あっはぁ〜? 理由なんて、君が知る必要はないだろぉ〜?』
―― その笑顔は、これまで見た偽物の笑顔の中で、1番恐ろしい笑顔だった。
ゾクリと、背筋に悪寒が走る。
ザソンさんと俺の間に、明確な見えない壁を感じる。
俺は必死に笑顔を取り繕い、慌てて話題を変える。
『そ、そうですね……。失礼しました……。えっと、じゃあ、あの、具体的にどうやって万能薬の話題に持っていくかとか相談したいんですけど……』
『あっはぁ~! そうだねぇ~。時間は有意義に使うべきだからねぇ~』
ザソンさんの顔が、いつも通りの偽物の笑顔に戻る。
俺はその偽物の笑顔に妙に安心しながら、指示を出すザソンさんの言葉に耳を傾ける。
―― 殺されるかと、思った。
多分、あれは殺気というものだったのだろう。
もし俺が替えの効く存在だったなら、あの場で殺されていたかもしれない。
そう思えるほどに、ザソンさんから激しい憎悪と敵意を感じた。
―― ザソンさんの中の、優先順位。
俺は魔力を持たない異世界人という、替えの効かない存在だから、生かされている。
『――……と、まぁこんな感じかなぁ~?』
いつの間にか、ザソンさんの指示出しが終わっていた。
認識に間違いがないか等の最終確認も終え、ザソンさんはヒラヒラと手を振り、立ち去る。
『じゃあ、よろしくねぇ~? 期待してるよぉ~!』




