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『えー……後ろの人、見えますかー? 聞こえますかー? じゃあ今日は、オムレツの作り方でーす。これは材料が卵だけなので、一見簡単そうなのですが、ふわふわに作るのにはコツがあってー……』
俺は説明を交えながら、実際にオムレツを作っていく。
『ソースは前も作ったので、もうご存知の方も多いかもですが、トマトを煮込んで作るソースでーす。まだ作ったことがない方は、前の方にお願いしまーす』
ケチャップも勿論手作りだ。
手際よくトマトを刻み、煮込みながら厨房内を見渡す。
俺の教える異世界料理教室は、相変わらず大盛況だ。
今日も沢山の生徒さん達が、厨房と食堂に集まっている。
『はい、これで完成でーす。味見したい方、いますかー? 質問ある方も前にお願いしまーす』
俺はお手本として作ったオムレツを何人かに差し出しながら、料理に関する質問に答えていく。
質問される内容は様々だが、味付けやアレンジ料理について、あとは上手くいかないのだが何が悪いのか……といった内容が多い。
最近は顔見知りの生徒さんも多くなり、質問対応も慣れてきた。
俺はにこやかに、どんどん質問を捌いていく。
大体の質問を捌き終わったかなーというところで、頭に布を巻いた1人の男が近づいてくる。
―― えらいガッツリ布巻いてるな……
料理教室なので、コック帽を被ったり、手ぬぐいのようなものを巻く人も多いが、近づいて来た男は頭髪が一切見えない徹底っぷりだ。
―― あれ……? でもなんか、見覚えがあるような……
切れ長の目元に見覚えがあるような気がして、近付いてくる男をじっくりと見つめる。
―― ヤバイ、ちょっと見過ぎた……
『あ、質問ですか? なんでしょうかー?』
俺は慌てて笑顔を取り繕い、男に声を掛ける。
すると男はスッと俺の肩に腕を回す。いわゆる、肩を組んでいるような形だ。
―― なななななんだ!? 異様に距離感が近い人だな!?
突然肩を抱かれて動揺していると、ヒヤリと、何か冷たい物を首筋に当てられる。そのまま優しく、男は俺の耳元で囁く。
『……やぁ、トワ。動いたらちょ~っと別の世界に旅立ってしまうから、動かないでねぇ〜? 声も出しちゃダメだよぉ〜? 騒いだらサクっと首を切っちゃうからねぇ〜?』
ニコニコと笑うその男は、ザソンさんだった。
真っ赤な長髪を隠されると、印象が違い過ぎて全く気付かなかった。
ザソンさんは笑顔のまま、言葉を続ける。
表情こそ笑顔だが、目が全く笑っていない。滅茶苦茶怖い。
多分この男は、ここで俺が騒ごうものなら、本気でサクッと首を切るだろう。
『ちょ~っとふたりっきりでお話がしたいんだよねぇ〜? この後、時間貰えるかなぁ〜?』
『は、はい……』
俺は冷や汗を垂らしながら、小声で返事をする。
『勿論、カードル達には内緒でねぇ〜?』
『はい……』
『約束を守ってくれれば、君や周りの子達にも危害は加えないからさぁ〜? フィーユちゃんだっけ? あの子が傷付く姿は見たくないだろぉ〜? 私も可愛い女の子には、優しくしたいからねぇ〜?』
『……はい』
ザソンさんは笑顔のまま王道的な脅し文句を吐いた後、俺の返事を聞いて満足げに頷くと、スッと離れワザとらしい声を上げる。
『なるほどぉ〜! フライパンに油をひけばよかったんですねぇ〜! ありがとうございましたぁ〜!』
料理の質問をしていたのだという演技をして、俺に頭を下げると手を振って離れていく。
俺は物凄い勢いで脈打つ心臓を、必死に落ち着かせる。
―― 脅し?
―― なんでザソンさんが?
―― やっぱりデエスの森についてか?
恐怖で頭が働かない。
思考が真っ白だ。
冷や汗が止まらない。
―― カードルさんに相談したい……。でも、もし、喋ったことがバレたら……
料理教室には騎士団の人が付いてくれているが、カードルさんはいない。
この世界にどんな魔法があるか分からない。
盗聴のような魔法もあるのかもしれない。
―― 疑われるようなことをして、フィーユ達に万が一のことがあったら……
俺はゴクリと唾を飲む。
フィーユの方を見れば、お手伝いとして厨房内で忙しなく働いている。
―― どうすりゃいいんだよ……
……
うだうだ悩んでいる間に、料理教室が終わってしまう。
『トワー! お部屋戻る前に、ファーレスの訓練見に行くー?』
いつもは料理教室が終わった後、ファーレスが訓練している所にお邪魔したり、街へ買い出しに出たりしている。フィーユもいつも通り、笑顔で誘ってくれる。
―― とにかく、フィーユはファーレスの所に行かせた方が、安全だよな……
『あ、あぁ……。ごめん……ちょっとお腹痛くて……。後で合流するから、先にファーレスのところに行っててくれ』
『大丈夫? 朝ごはん、食べ過ぎちゃった?』
『あー……うん、そうかも……』
俺はフィーユの言葉に曖昧な返事をしつつ、騎士団の人に『すみません、フィーユをファーレスの所まで送ってもらっていいですか?』と声を掛ける。
顔馴染みとなった騎士団の人も『おぉ、了解』と軽く請け負ってくれる。
―― これで、フィーユは大丈夫……だよな?
『じゃあトワ、お大事にね! 先に行ってるね!』
『うん……気を付けて』
俺はぎこちなく笑顔を作り、フィーユを見送ると、トイレがある方へ歩いていく。俺が1人になれば、多分ザソンさんも来るだろう。
丁度廊下に人気がなくなった頃、ザソンさんがどこからともなく姿を表す。
『やぁ』
笑顔で片手を上げ、ザソンさんが軽く挨拶をする。
俺は渇いた喉を潤そうと、唾を一度飲みこんだ後、震える声で問いかける。
『……話って、なんですか?』




