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『今晩和』
『……レタリィさん?』
扉を開けると、森で別れたはずのレタリィさんが立っていた。
『どうしたんですか? 何か日程に変更でも?』
俺はレタリィさんを部屋に招き入れつつ、お茶を用意する。
先程別れたばかりのレタリィさんが俺の部屋を訪ねてくるなんて、何かあったのだろうか?
フィーユもベッドから起き上がり、不思議そうな顔でレタリィさんを見ていた。
『あの……実は……』
レタリィさんは普段の彼女らしくなく、歯切れ悪く言葉を吐きながら、もじもじとした様子でこちらを見る。
『は……はい……?』
俺はそんなレタリィさんの様子にちょっとどぎまぎしつつ、次の言葉を待つ。
『あのですね……実は、その、恥ずかしくて誰にも話したことはなかったのですが……私、イセカイというものに、興味がありまして……』
そう語り出したレタリィさんは、恥ずかしそうに少し俯きつつ、言葉を重ねる。
『……昔から、別の世界を空想したりするのが好きだったんです。それで、その、イセカイの話を、色々聞かせて貰えたらな……と思いまして……。突然すみません』
そう言って上目遣いでこちらを見つめるレタリィさんは、普段のクールな様子からは想像出来ない程、乙女らしい表情だった。
『あ、ああ! 勿論いいですよ! 実は俺も元の世界にいた頃から、異世界の話が大好きだったんです!』
俺は若干照れつつ、勢いよく返事をする。
『そうなのですか?』
『はい。俺の世界では、異世界に行くっていう物語がよくあって……』
『そうなのですね……! トワの世界では、イセカイに行くというのは一般的なことなんですか?』
俺は慌ててレタリィさんの言葉を否定し、様々な人が考えた空想上の話だと説明する。
『成程……。私のように、イセカイを空想していた人達が、色々な物語を書き記したのですね』
『はい。俺はそういう話を読むのが大好きだったんです!』
レタリィさんが納得したように柔らかな笑みを浮かべる。
俺も釣られて笑いながら、読んできた様々な異世界物の小説に想いを馳せる。
『イセカイで考えられたイセカイの話……とても面白そうですね。トワの世界の話だけではなく、トワの世界で考えられたイセカイの話も、是非お聞きしたいです』
『勿論いいですよ!』
俺は任せて下さいと胸を張る。
まさか異世界で異世界物の話が出来るとは思わなかった。
フィーユもこちらに来て、『私も聞きたい!』と興味深そうに会話に参加する。
……
それから何時間も、俺達は夢中で異世界の話をした。
興味深かったのは、俺がいた魔法の使えない世界では「魔法が使える世界」を空想するのに対し、レタリィさんやフィーユのような魔法が使える世界の住民は「魔法が使えない世界」を空想するようだ。
神様といった超常的な存在は、どちらの世界でも共通して夢想されるようで、レタリィさんの考えるイセカイにも登場した。
けれど俺が考える「強い力をくれる」といった存在ではなく、「願いを叶えてくれる」「人を助けてくれる」優しい存在として思い描いているようだった。
……
気付けば夜も深まり、レタリィさんが帰り支度を始める。
『ありがとうございました。トワとフィーユの話、とても面白かったです。その、またこちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?』
『は、はい……!』
レタリィさんが頬を赤らめながら問いかけて来たので、俺は上擦った声で返事を返す。その後、こんな夜遅くにレタリィさんが1人で帰るのは危ないよな……と気付き、言葉を重ねる。
『あの、もう夜も遅いですし、送りますよ? あ、勿論ファーレスとかと一緒に!』
下心はないですよアピールとして、ファーレスの存在を慌てて付け加える。
レタリィさんは『外に護衛を待たせているので、大丈夫です』とクスクス笑う。
『結構長いこと話しちゃって、すみません。護衛の人にも謝っておいて下さい』
『大丈夫ですよ。それに話を長引かせてしまったのは私の方なので……こちらこそ寝る前の貴重なお時間を頂き、申し訳ありません……』
レタリィさんが本当に申し訳なさそうに謝罪するので、俺は慌てて『いや! 本当! 全然大丈夫です!』と勢いよく否定する。
『じゃあ、お言葉に甘えて……またお邪魔させて下さい。こんなに楽しくお話したのは、本当に久々だったんです』
『は、はい!』
嬉しそうに笑うレタリィさんの顔は本当に綺麗で、俺は再度上擦った声で返事を返した。
『そういえば……トワは護衛を雇っていないのですか?』
ふとレタリィさんが部屋を見渡しながら、そう問いかける。
『へ? あ、はい。そうですね。特に必要を感じなかったので……』
俺はそう返事をしながら、ファーレスは部屋が遠いから護衛とは呼べないよなー……と考える。
『トワ、貴方はこの世界でたったひとりかもしれない、イセカイから来た人なのですよ? カードル様やファーレス様に、護衛をお願いした方がいいのでは?』
レタリィさんが真剣な表情で忠告をくれる。
全く自覚がなかったが、俺はこの世界で唯一かもしれない、レアスキル持ちとも言える存在だ。
今俺の身に何かあれば、デエスの森の封印を解く件も滞ってしまうし、用心するに越したことはないだろう。何より、自分の命は常に安全圏に置いておきたい。
『そうですね……。カードルさんは忙しいでしょうから、ファーレスに頼もうと思います』
『はい、そうした方が良いと思います。では私はこれで失礼しますね。トワとフィーユもお気をつけて。おやすみなさい』
笑顔で手を振りながら、レタリィさんが部屋を後にする。俺も扉の外までレタリィさんを見送り、部屋に戻る。
『トワ、デレデレしすぎぃー!』
部屋に戻ると、フィーユが俺を睨みつけながらムスッとした顔で文句を言う。
『デ、デレデレなんかしてないって!』
『えー……鼻の下伸ばしてたぁー』
『の、伸ばしてないよ!』
異世界生活560日目、フィーユの誤解を解きながら、俺の長い長い1日は幕を閉じた。