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普段と異なるザソンさんの様子に、俺はゴクリと息を呑む。
なかなか胡散臭い人だとは思っていたが、やはりあのハイテンションは演技だったのだろうか。
周囲が先程よりも、更に重い空気に包まれる。
『……黙るのは、貴方の方です』
そんな空気の中、レタリィさんはぼそりとそう呟くと、受け止められた手とは逆の手で、ザソンさんの頭に手刀打ち……いわゆるチョップをかました。
『……へ?』
まさかここでレタリィさんのチョップが炸裂するとは思わず、俺は思わず声を上げてしまう。
カードルさん達も驚いたように、レタリィさんとザソンさんの様子を窺う。
チョップされたザソンさんも、呆然とした様子でレタリィさんを見つめていた。
数分の沈黙の後、ザソンさんは小さく溜息を吐くと、いつも通りの口調で『……あっれぇ~? 私、結構マジトーンだったんだけどなぁ〜?』と笑う。
先程までの重苦しい雰囲気を感じさせない、ふざけた口調だった。
『……貴方は結果を急ぎ過ぎなのです』
レタリィさんが溜息を吐きながら、ザソンさんの頭をもう一度小さく小突く。
『あっはぁ~? いたっ、ちょ、本当に痛いよレタリィ~?』
小突かれた後、そのまま耳たぶをつねられたようで、ザソンさんが『痛いっ! すっごぉ~く地味に痛い!』と悲鳴を上げる。
空気が緩んだのを感じ、俺はここぞとばかりに声を上げる。
『あ、あのっ! まずは俺が中の人に話を聞く……ってことでどうでしょうか? ついでに刻印の写真も撮ってきます。封印を解くとか解かないとか……それはその結果次第でまた話し合うってことで……その、どうでしょう?』
結論を先延ばしにするだけの提案ではあるが、俺が中の人に詳しい話を聞ければ、話し合いを進められるはずだ。話を聞けなかったとしても、刻印の内容が分かれば専門家の意見を聞けるかもしれない。
『そうだな……だが、トワひとりで中の人物に接触するのは……危険過ぎないか?』
カードルさんは俺の提案に頷きつつ、心配そうに俺の方を見る。
『安全策を取るなら、まずはトワに刻印の情報を持ち帰って来て貰い、我々が内容を解読し、一部の人間だけが封印を通れるように内容を書き換えた上で、トワと共に森へ……』
『あっはぁ~? 刻印の解読に内容の書き換えって……何日掛かると思ってるのさぁ~?』
カードルさんの提案を、ザソンさんが遮る。
再び険悪な雰囲気を感じ、俺は慌てて2人の間に割って入る。
『ど、どうせ俺は中の人に帰る方法とかも聞きたかったので! セイもいますし、何かあっても大丈夫ですよ! セイ、俺が危ない時は魔法で守ってくれるよな?』
『任せてぇ〜』
セイがのほほんと返事をしてくれる。
封印内は魔素が濃いようなので、セイも魔法を使いたい放題だろう。
『……うむ。ではセイ、トワをよろしく頼む……。トワ、貴公はなかなか無茶をしがちだ。危険な真似はするなよ?』
カードルさんは、俺の無茶な行動……貴族に逆らったり、牢屋に忍び込んだりしたことを知っているので、釘を刺すように言う。
『はは……俺は常に「いのちだいじに」を作戦にしてるはずなんですけどね……』
俺は苦笑しながらカードルさんの言葉に頷く。自分の行動を思い返すと、どう考えても「ガンガンいこうぜ」で進んできた気がする。
『今日はもう日が暮れる。準備を整え、日を改めてまた来よう』
カードルさんはそう言うと、荷物をまとめ始める。
『あっはぁ〜? 勿論、私立ち会いのもとだよねぇ〜?』
ザソンさんがずずずずずっと迫ってくる。
俺はやんわりと断るため、 『け、結果は連絡しますので……』と言葉を続ける。
『レタリィ! スケジュール調整、よろしくねぇ〜!』
『……言うと思ってましたよ……』
ザソンさんは俺の返答を無視し、ビシッとレタリィさんに命令を下す。
レタリィさんも諦めた様子で、スケジュールが書かれた板を鞄から取り出す。
『えーっと、じゃあ……俺も料理教室の予定とかがあるので……ザソンさんのスケジュールと調整しつつ……』
俺も溜息を吐きながら、レタリィさんとスケジュール調整を行う。
レタリィさんは優先度の低い会合をズラすことに決めたようで、また5日後に改めてデエスの森に挑むことになった。
恐らくこの後のレタリィさんは、日程調整のために色んな所へ頭を下げて回るのだろう。俺は憐憫に満ちた視線で、レタリィさんを見送った。
『じゃあ、また5日後に……』
……
『はぁー……つかれたぁー……』
部屋に戻り、俺は勢いよくベッドに寝転がる。
長い長い1日だった。
『お疲れ様、トワ』
フィーユがぎゅっと俺に抱き着いてくる。
『ありがとう。フィーユもずっと外にいて疲れただろ?』
『私はトワを待ってる間、殆ど座ってたから……大丈夫!』
元気よく返事をするフィーユの頭を撫でながら、『5日後かー……あー……料理教室の準備もしないとー……』と俺はぶつぶつ呟く。
『私もお手伝いするね! 今度は何作るの?』
フィーユがワクワクとした表情で問いかける。
料理教室は俺ひとりでは手が回らず、フィーユも助手のように手伝ってくれている。本当にいい子だ。
スマートフォンのレシピアプリを開き、フィーユとどの料理にしようか話していると、コンコンと扉がノックされる。
『ん?』
『誰だろー?』
『カードルさんか、ファーレスかな?』
俺はベッドから立ち上がり、扉に向かう。
―― 長い1日は、もう少し続くようだ。




