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『よ、よくそれで人の言葉を勉強しようなんて思えたな……』
俺がセイの立場だったら、人を恨み、復讐でも考えそうなものだ。
『んー……ボクは元々人に興味があったから、実体化しようと思ったんだよねぇ。それに暇だったしねぇ……。石にされちゃって動けないのは困ったけど、人から人に渡って、魔素の薄い場所とか、自分じゃ行けない場所にもいけて楽しかったからぁ……まーいいかーって思ってぇ』
ほわほわと柔らかな笑みを浮かべ、セイは楽しそうに語る。
『セイはいい子だなー……』
俺より長い時を生きているのだろうが、喋り方のせいだろうか?
幼い子を褒めるような気分になり、思わずそう言いながら、半透明の頭に手を伸ばす。
―― あ、撫でれた。
手を伸ばしたはいいものの、触れられないのかと思いきや、半透明だが実態はあるようで、セイに触ることが出来た。
『わぁい! セイ、いい子〜』
褒められたセイは、嬉しそうにふよふよと漂う。
―― 魔素で実体化してるって言ってたもんな……魔法で魔素を変化させてるわけか……?
俺の想像が正しければ、実体を保つために常時魔法を展開し、魔素を変化させ続けているということだろう。
そりゃあ魔素が濃い場所でしか、実体化出来ないわけだ。
声は実体化する前から聞こえていたので、実体化した声帯から声を出しているわけではなく、魔法で空気を振動させているのだろう。
『実体化し続けるの辛くないか? 常時魔法を使ってる……って認識でいいんだよな?』
『平気平気〜。周りの魔素はどんどんなくなっちゃうから、魔素を使い過ぎかなー? って思ったらやめるよぉ』
俺は魔法が使えないので、そういうものなのか……と思い『分かった』とだけ返事をする。
「取り敢えず……何か凄い状況だし、1回入り口まで戻るか……」
「きゅー!」
俺は心を落ち着けるよう、もちをむにむにと揉みつつ、帰還する旨を伝える笛を吹く。
『よし、じゃあセイ。俺は1度、森の入り口……フィーユやファーレスがいるところまで戻ろうと思う。で、もし可能なら、セイはこのに辺にいる精霊に、この森で何があったのか、封印の刻印は何処にあるのかを聞いてくれないか?』
『分かったぁ!』
セイは嬉しそうに、ふよふよと辺りを漂う。
『えへへぇ〜、フィーユやファーレスにもボクのこと、紹介してねぇ?』
『おう、勿論!』
俺は笑顔で頷きながら、森の外だとセイは石の状態だよな……と気付く。
『セイって実体化しなくても喋れるんだよな? 喋るだけでもそんなに魔素が必要なのか? 仕組みとしてはこう……魔法で空気を振動させてるんだ……よな?』
空気を振動させるよりも、フィーユが前に使っていた、大きな水の球を出す魔法の方が魔素を使いそうなものだが、魔法はいまいち分からない。
『んー……? 空気を振動……? んー……人が喋った時の、魔素の揺らぎを真似してるんだよぉ?』
『魔素の……揺らぎ……?』
さっぱり意味が分からない。
しかしよくよく考えてみれば、精霊は実体を持たないはずだ。
恐らく実体のない精霊と、実体を持ち耳で音を聞く人は、音の聞き取り方が違うのではないかと思い至る。
俺は生物の授業内容を必死に思い出しながら、枝を使って地面に耳の図を書く。
『えーっと……俺達人が音を聞く仕組みって、この耳たぶってとこで空気の振動を集めて、鼓膜ってとこが震えるんだよ。で、鼓膜の震えがその奥の3つの骨を震わせてー……』
俺は人が音を聞く仕組みをザックリと説明したあと、、『だからセイは、魔法で空気を振動させて声を出してるんだと思ったんだけど……違うのか?』と問いかける。
かなり雑な説明だったが、何となくセイにも人が音を聞く仕組みが伝わったようだ。
『なるほどぉ……精霊と似ているようで違うねぇ』
セイは地面に描かれた図を覗き込みながら、精霊の音の捉え方を教えてくれる。
『精霊の場合はねぇ、魔素の揺らぎを感じるんだよぉ。人風に言うと……魔素の振動? だからボクも、人が喋った時の魔素の揺らぎを観察して、頑張って再現したんだよぉ』
セイが『凄いでしょー! 大変だったんだよぉ』と胸を張る。
恐らくセイの目には魔素が見えているのだろう。
昔アルマが、魔素は見えないだけで物質として存在すると言っていた。
俺には見えないが、人が喋ると空気が振動するように、魔素も振動しているのだろう。
そしてセイは魔素の揺らぎ……振動、波の様子を観察し、振動から音を理解し、更にその音が示す意味まで理解したということだ。
『そりゃ大変だったろうな……いや、本当に凄いよ、セイ……』
俺の理解が正しいのかは分からないが、とにかく滅茶苦茶大変そうだということは分かる。
『ありがとぉー! 本当に本当に大変だったよぉ! 毎日毎日観察して、何日も何日もなーんにちも勉強したよぉ』
セイはそう言いながら、スッと姿を消す。
『んー……こうかなぁ? トワ、聞こえるぅ?』
『ん? あぁ、聞こえてるけど……』
突然姿を消して話し掛けて来たセイに、俺は『何だ?』と思いながら答える。
『ちょっと魔法の使い方を変えてみたんだぁ! うん! これなら魔素の薄いところでも、言葉だけなら伝えられそうー!』
この短時間で、セイは音を伝える魔法を改良したらしい。
姿は見えないのに、耳元で話しかけられているように声が聞こえる。
『す、すごいな……』
俺は呆然としながらセイを褒める。
これがどのくらい難しい魔法なのかは分からないが、普通はそんな数分で調整出来るような魔法ではないだろう。精霊は魔法の扱いが上手いのかもしれない。
『えへへぇ! これでフィーユやファーレスともお話出来るかなぁ? 楽しみだなぁ!』
セイがもう一度実体化して、喜びを表現するようにバンザーイと手を上げる。
『そうだな! フィーユやファーレスも、セイと話せたらきっと喜ぶよ!』
セイは姿こそ見えていなかったが、ずっと共に旅をしてきた仲間だ。フィーユやファーレスもきっと受け入れてくれるだろう。
……
『渡永久、只今戻りましたっ!』
俺は任務から帰還した兵士のように、ビシッとポーズを決める。
『トワ、心配したよ! 大丈夫だった!?』
フィーユが泣きそうな顔で抱き着いてくる。
『無事で何よりだ……。異常事態発生の笛が聞こえた時は、心臓が止まるかと思ったぞ……』
カードルさんは俺の無事を確かめ、安堵の息を吐く。
『あっはぁ〜! 森に飛び込もうとするカードル達を、私が止めて上げたんだよぉ〜! 感謝してよねぇ~?』
ザソンさんがドヤ顔を披露しつつ、自らの行動を誇る。
『え、あ、ありがとうござい、ます……?』
結果的に危険がなかったからいいものの、危険な状況ならカードルさん達が駆けつけてくれた方が、個人的にはありがたかった。
『カードル様方が森に入り封印が作動した場合、空間が歪み、トワが戻れなくなる危険性がありました。ザソンは咄嗟にそう判断し、カードル様方を止めたのです』
『あぁ、なるほど……!』
レタリィさんがザソンさんの行動について、補足してくれる。俺は慌てて中途半端なお礼を言い直し、ザソンさんに頭を下げる。
『あっはぁ〜! この私の素晴らしい状況判断を、すぐさま理解出来ないのは仕方ないさぁ!』
ザソンさんは完璧なウインクを投げつつ、ずずずずっと俺に迫り来る。
『で、封印は抜けられたかぁい!? 女神様には会えたかぁ〜い!?』