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俺の前に突然現れた半透明の女性は、ふよふよと空中を漂いながら、知的で神々しい外見に似合わない、のほほんとした笑顔を浮かべる。
『残念ながら名前はないんだぁ。うぅーん……人からは精霊とか、精霊を宿す石とか、精霊石とか呼ばれるかなぁ?』
『せ、精霊石!?』
俺は慌てて鞄から精霊石を取り出す。
これはノイを出る時、メールがくれた大事なものだ。
ナーエでの盗難騒動の後は、肌身離さず持ち歩くようにしていた。
俺は青く輝く精霊石を、じっくりと眺める。
『そうそう~、それそれぇ!』
精霊石を名乗る半透明の女性は、嬉しそうに頷く。
『あ、貴方は……精霊、なんですか……?』
『うぅーん、そうだねぇ? 人はボク達をそう呼ぶみたい~』
俺の問いかけに対し、あっさりとそう答える。
『それよりトワぁ……貴方とか他人行儀な話し方は寂しいよぉ……。フィーユやファーレスよりも、ボクの方がずっと一緒だったのにさぁ……』
確かにこの半透明の女性が、本当に精霊石に宿る精霊だとしたら、俺達はかなり長い期間共に旅をして来たことになる。俺はこの女性の存在を一切知らなかったが……。
『す、すみません……』
あまり知識はないが、精霊はこの世界で祈りを捧げる対象であったり、割と高位の存在であるはずだ。俺は言葉に迷いながら、取り敢えず謝罪する。
『もぉ~! 他人行儀、禁止! あと貴方って呼び方も禁止ぃ!』
半透明の女性は不満げな声を上げる。しかしそう言われても、敬語はともかく呼び名に困る。
『わ、分かった、けど……名前がないんだよな? ええと、何て呼べばいいんだ……?』
俺は言われた通り敬語を止め、半透明の女性にぎこちなく語り掛ける。
『トワの好きに呼んでいいよぉ』
笑顔で丸投げされたので、俺は仕方なく呼び名を考える。
『えーっと……じゃあ "セイ" とか、どうかな……?』
因みに俺の中でセイ、レイ、セキという安直な名前案が3つ浮かんだが、レイは名前が被ってしまうので却下した。
セイとセキは迷ったが、精霊を宿した石が精霊石ならば、この女性の存在は精霊と呼ぶのが正しいだろうと思ったのだ。
『セイ、セイかぁ~! うん。いい響きだねぇ〜! ボクはセイ!』
名付けられたセイは、嬉しそうにふよふよと飛び回る。
知的で神々しい見た目と中身のギャップが激し過ぎて、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
『あれぇ? どうしたのぉ? 変な顔してぇ』
気持ちが顔に出てしまっていたようで、セイが不思議そうな顔でこちらを覗き込む。
俺は少し迷いつつ『……いや、セイって見た目と中身に……その、結構ギャップがあるなぁ……と思って』と正直な感想を述べた。
するとセイは『そっかぁ』と返事をしながら、くるりと一回転する。
『これならどぉ?』
一回転してこちらを向いたセイは、青く半透明なまま……俺と全く同じ姿になっていた。
『お、俺!? セイは見た目を自由に変えられるのか!?』
驚愕しながら問いかければ、セイはのほほんとした声で『そうだよぉ~』と答え、フィーユやファーレスの姿になってみせた。
しかし自分や知り合いの姿で、のほほんと中性的な声を発せられると落ち着かない。特にファーレスの顔面だと、本当に違和感が凄い。
『や、やっぱり最初の女性の姿がいいかな……』
『そう〜? 分かったぁ』
セイはふよふよしながら頷き、元の美しい女性の姿に戻る。
『それがセイ本来の姿なのか?』
『違うよぉ~。これは石にされたボクを、一番長く所有してた人だよぉ』
『へぇ……』
俺は混乱する頭を整理しながら、セイに質問していく。
『セイは精霊、なんだよな?』
『そうだと思うよぉ? 人はボク達をそう呼んでるみたいだから~』
何だか曖昧な回答をくれる。
『セイ本来の姿はないのか?』
『ん~……多分、人には見えないんだよねぇ~。ボク達は人が魔素と呼んでいるもの? だからぁ。人は魔素が見えないんでしょう~?』
セイの問いかけに対し、そもそも魔素を感じることすら出来ない俺は、曖昧に答える。
『多分見えない……と思う。え、じゃあ精霊と魔素って同じものなのか……?』
『んー……それは違うような? 魔素が集まって、意識を持ったものが精霊? みたいな?』
またも何だか曖昧な回答をくれた。互いに曖昧な回答の応酬で、セイの存在のようにふわふわとした会話だ。
『今はどうやって姿を見せてるんだ?』
『魔素を使って実体化してるんだよぉ~! 人が魔法ってよぶもの、みたいな? 魔素がいっぱいあるところなら出来るんだぁ』
セイが嬉しそうに答える。
セイ曰く、これまでずっと精霊石から俺達に話しかけていたのだが、周囲の魔素が足りなかったのか、実体化も出来ず、声を届けることも出来なかったらしい。
『やっとお話出来て嬉しいよぉ!』
セイはニコニコと笑顔を浮かべながら『あとでフィーユやファーレスともお話したいなぁ』と楽しそうに語る。
精霊は人と異なる言語を使うそうだが、セイは人と話したくて、人の言葉を勉強したそうだ。あと単純に、石の姿だとただただ暇で、他にやることがなかったらしい。
『ボク達……ってことは、精霊は沢山いるんだよな? ここら辺にもいるのか……?』
『結構いるよぉ。何処にでもいるわけじゃないけどねぇ。んー……魔素が濃い場所には、よくふよふよしてるかなぁ? ここは魔素が濃いから、たまにいるねー』
『へぇー……』
俺は感心したように相槌を打ちながら、セイを通してこの辺の精霊に色々質問すれば、デエスの森でなにがあったのか分かるんじゃないか……? と思考を巡らせる。
『そういえば……セイはさっき「石にされた」って言ってたけど……精霊は自分から精霊石になるんじゃなくて、誰かに精霊石にされるのか?』
ふと先程の会話で引っ掛かっていた部分を尋ねてみる。
『精霊は色んなものに実体化したりするけど、あんな風に石になりっぱなしなんてしないよぉ!』
少し怒ったような口調で、セイが語り始める。
『昔ねぇ、ボクは実体化したりしなかったりしながら、ふわふわお散歩してたのぉ』
『お、おう……』
精霊ってその辺を散歩しているような存在なのか……と思いながら、相槌を打つ。
『そしたら人に捕まっちゃったの!』
『きゅ、急展開だな……』
『それでぇ、その人は「実験」とか言ってぇ、ボクを石にしちゃったの! 酷いよねぇ……』
『そ、それは酷いな……』
『おしまぁい』
『お、おう……』
物凄く軽い感じで、精霊の過去話が終わった。
平和に散歩していたところを捕らえられ、石にされるとはかなりヘビーな出来事だと思うのだが、『酷いよねぇ……』の一言で済ませていいのだろうか……?
怒っていても何処かのほほんとしたセイの口調では、あまり怒りを感じられなかった。




