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俺が真剣な表情で見つめたからか、もちは怯えたように縮こまる。何だかもちを虐めているようで、少し辛い。
「……まぁ、いっか……」
俺は不安げなもちを安心させるよう、よしよしと頭を撫でてやる。
―― 正直、もちが何者かなんて……俺にはどうでもいい。
以前カードルさんに「こんな魔物は、見たことも聞いたこともない」と言われた時も思ったが、もちの正体だとか、もちが何者だとか、正直どうだっていいのだ。
気になるか気にならないかで言えば、気にはなる。
でも例えば、もちが本当は物凄く危険な魔物だったとしても、俺は今まで一緒にいてくれた優しいもちを信じている。
「そもそも俺は、魔物が何かもよく分かってないしな……」
―― 元の世界にいた獣と似た姿だけど、少し違う生き物。
熊のような魔物、兎のような魔物、猪のような魔物……そんな魔物がいるなら、別にもちのような魔物がいてもおかしくないと思う。
魔力がない人や魔物だって、絶対数が少ないだけで、探せば意外といるのではないかと思っている。
―― 俺にとってもちは、優しくて、可愛くて、もちもちな相棒だ。
もう一度自分の気持ちを再確認してから、俺はもちを頭に乗せる。
「こうやって俺とお前だけで森の中にいると、昔みたいだな!」
「きゅっ!」
……
あの時もちに会えていなかったら、俺は多分、ディユの森で死んでいた。
異世界に絶望して。
異世界を恨んで。
異世界を憎みながら、死んでいた。
何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
何で俺が異世界なんかに来たんだ。
何で俺は異世界にいるんだ。
餓死かもしれないし、自殺かもしれない。
死因は分からないけれど、死んでいた自信がある。
―― そのくらい、あの頃の俺は追い詰められていた。
ギリギリのところで、本当に崖っぷちのところで、生にしがみついていた。
元の世界に未練があったから、帰りたい理由があったから、踏みとどまっていた。
しかしその未練も「死ねば元の世界に帰れるのではないか?」という暗い希望によって、俺をこの世に引き留める理由ではなく、死に向かわせる理由になりかけていた。
……
「本当、ありがとな……もち」
「きゅ?」
俺はぎゅっともちを抱きしめ、柔らかな感触を堪能する。
もちは俺の言葉に対し不思議そうな鳴き声を上げた後、抱きしめられて苦しいとでも言うように「きゅー!」と鳴き声を上げた。
「あー……ごめんごめん。っと、そろそろ10分経つな……」
俺はもちを抱きしめる力を緩め、スマートフォンの時計を見る。
10分経過したことを確認し、カードルさん達まで聞こえるよう、強く強く笛を吹く。
8回目の笛だ。
そろそろ笛で連絡を取り合うのは、厳しい距離だろう。かなり気合を入れて笛を吹いた。
『……さいよぉ、とわぁ……』
俺が強く強く笛を吹いた直後、どこからか気の抜ける、のほほんとした可愛らしい声が響く。
「……へ?」
俺は自分の名を呼ばれた気がして、周囲を見渡す。
『だ、誰かいるのか……?』
俺は異常事態発生の笛をいつでも吹けるよう、口元に笛をあてがいながら、誰もいない空間に問いかける。
『そのピィッって音、うるさいよぉ……』
今度はハッキリと、少女のような少年のような、中性的な声が響く。
―― 異常事態発生だろ、これ……!
誰もいない空間から声が聞こえる。
どう考えても異常事態だ。
俺は笛の音を強く長く鳴らす。
一応、謎の声から敵意を感じなかったので「直ちに命の危険はない」という意味の笛も吹いておく。
『わ、わぁ! やめてって言ったのにぃ! あれぇ……? 言葉が違うのかなぁ……? XX、XXXXXX、XXX?』
大きく鳴らした笛の音に驚くように、謎の声が可愛らしい悲鳴を上げる。
俺に言葉が通じてるか不安なようで、謎の声が謎言語で話しかけてくる。
俺はゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めて謎の声に話しかける。
『ご、ごめん……最初の言葉で通じてる。笛の音は……ちょっと理由があって、やめるのは難しい、かな……?』
俺が話しかけると、謎の声はとても嬉しそうな声を上げる。
『言葉が通じてよかったぁ! やっとお喋りできたねぇ!』
まるで前から俺を知っているかのような口ぶりだ。
俺は目を見開きながら、辺りを見渡し声の主を探す。
しかし、やはり俺と……もち以外、誰もいない。
―― この場で俺を知っている存在なんて、もちだけだ……!
『ま、まさか……! もちか!? もちが喋ってるのか!?』
俺はもちの口元を見つめながら、『も、もちなのか……?』と真剣な表情で話しかける。
「きゅ?」
もちは不思議そうに、いつも通りの鳴き声を上げる。
『も、もち……! お前なんだろ!? さっきみたいに喋ってくれ!』
俺はもちを揺さぶりながら、もう一度もちに語り掛ける。
もちは俺に揺さぶられて「きゅっ!?」「きゅっ!?」と悲鳴を上げながら、ぐるぐる目を回していた。
『もち……! 喋れるなら喋ってくれ……! 頼む……!』
ずっと喋れないと思っていたもちが、喋れるかもしれない。
俺が縋るようにもちを揺すぶっていると、呆れたような様子で謎の声が俺に語り掛ける。
『あの、トワぁ……ボクはそのもちって生き物じゃないよぉ……?』
『へ……?』
俺は目を回してぐったりしているもちを見つめた後、キョロキョロと周囲を見回す。やはり木しかない。
『え、もちじゃないのか……? じゃ、じゃあ本当に誰なんだ……?』
どうやら、俺の推理はまたしても外れたらしい。
勘違いで疑われたもちは、何が起きているのか分からない様子で不満そうな鳴き声を上げている。
『うぅーん……この魔素量なら、実体化できるかなぁ……?』
謎の声はそう言った後『えーいっ!』と気合たっぷりなのだが、どこか気の抜けるような声を上げる。
『うん! これならトワにも見えるよねぇ?』
謎の声がそう言った直後、俺の目の前にふよふよと宙に浮かぶ、青く半透明な、それはそれは美しい女性が現れる。
優し気な微笑み、神々しいまでの美貌。
―― それはまるで、女神様と呼ぶに相応しい美しさだった。
俺はその美貌に目を奪われながら、何とか声を絞り出す。
『……あな、たは……?』




