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日々読んで下さりありがとうございます。第6章スタートです。
『ここが……デエスの森入り口、ですか……』
俺達がザソンさんを訪ねてから数週間後、レタリィさんからスケジュール調整が出来たと連絡があり、デエスの森に行く日が決まった。
そしてとうとう約束の日を迎えた今日。
俺、もち、フィーユ、ファーレス、カードルさん、ザソンさん、レタリィさんというそうそうたるメンバーで、デエスの森入り口までやって来たという訳だ。
『トワ。事前に説明した通り、封印を抜けられるとしたら、貴公以外いないだろう』
『……はい』
『無茶だけはするなよ? 危険を感じたら直ちに戻る。いいな?』
『……はい』
―― 俺には魔力が一切ない。だからこそ封印を抜けられる可能性がある、か……。
レアーレの家を出る時、カードルさんが俺に期待していると言った内容はこれだ。
あの時点では、カードルさんも確信があった訳ではないそうだ。
デエスの森の封印について話が及んだ際、『魔力のないトワならばもしや……』と思いついたらしい。
そして騎士団の屯所に戻ったあと、カードルさんは専門家と連絡を取り合い、確信を深めたそうだ。
ざっくり説明してくれた内容によると、これだけ大規模な封印を、長期に渡り人が維持しているとは考えにくい。
これまでの研究でも、封印を維持するための刻印が何処かに施されており、魔力をトリガーにして、都度魔法を発動させているのではないかと考えられていたそうだ。
因みにこの刻印という技術は、俺の魔石銃にも使われている。
俺の理解が正しければ、刻印は魔法陣のようなものだ。
予め魔力を込めた印を刻んでおくことで、そこに魔力が流れた時、刻印を通して精霊の力を借り、魔法が発動する……らしい。
そういえばアルマが銃を渡してくれた時、似たような話をしていた気がする。あの頃は "精霊" や "刻印" という言葉を知らなかった上、物凄い勢いで説明されたので、全く理解出来なかったが……。
つまり、カードルさん達の予想通り、デエスの森の封印が魔力をトリガーにして発動していた場合、魔力の持たない俺が1人で森に行けば、封印に引っかからないという訳だ。
『……まずは全員で行こう』
カードルさんが先頭に立ち、指揮を取る。
現在考えている案は3つだ。
まず1つ目の案は、全員で森へ入る案だ。
運が良ければ、ここで俺だけ封印を抜けられるかもしれない。ただ、その可能性は低いと考えている。
俺以外の魔力に反応して、封印が発動すると考えられるからだ。
この時、スマートフォンのストップウォッチ機能を使い、入り口まで戻る時間をおおよそ計測する予定だ。
2つ目の案は、俺1人を先頭にして、充分な距離を開けて他の人が続く形で森へ入る案だ。
もし俺だけ途中でいなくなれば、封印を抜けたということになる。周囲の人間がいなくなったことにより、封印を抜けたかどうかが分かりやすい上、近くに仲間がいるので、危険が少ない。
ただ1つ目の案と同様、他の人の魔力に封印が反応してしまう可能性がある。
そして大本命は3つ目の案。
俺1人が森に入り、他の人は森の外で待っている案だ。
この時、最初にストップウォッチで計測した時間を大幅に過ぎても入り口に戻らなければ、封印を抜けたと判断する。
『……トワ、もし封印を抜けられたとしても、危険のない範囲で周囲の様子を探ることだけに注力してくれ』
『分かってます。無茶はしません』
カードルさんの言葉に、俺は笑いながら答える。
もし俺が封印を抜けられた場合、やることは簡単だ。
まずはもと来た道を戻り、皆と合流出来る事を確認する。
いつでも戻れるという安全が確保できた上で、もう一度森に入り、周囲の様子を探り、動画等で記録する。
そして封印の刻印を探し出し、写真に収める。
専門家が刻印を見れば、どんな封印が施されているか分かるかもしれないとのことだ。
デエスの森周辺は魔素が濃い。
封印の中は、危険な魔物がうようよいることも考えられる。
―― ま、その辺は俺のステルス機能と魔物除けのサシェでなんとかなるだろ……
魔物除けのサシェは全員装備済みだ。
これは騎士団協力の元、効果が実証されている。
そして魔力を持たない俺のステルス機能。
こちらもカードルさんに協力して貰い、魔物を相手に効果を検証済みだ。
カードルさんとファーレスが後方に待機した上で、足の遅い魔物達を相手に、俺がひたすら魔物の周囲をウロウロするという、なかなかスリリングな実験だった。
もし俺が魔物に狙われた場合は、2人が助けに入ってくれることになってるとはいえ、本当に肝が冷えた。
しかしこの実験により、俺のステルス機能は魔物相手に効果的だと実証出来た。
『皆、準備はいいな? 行くぞ』
……
まず1案目。
案の定、気が付いたら森の入り口に戻されていた。
『うわ、本当に気付いたら戻ってるって感じなんですね……』
実際体験してみると、物凄く不思議な感覚だった。
いや、入り口に戻ったと気付くまで、一切違和感がないのが不思議なのだ。
本当にただ真っ直ぐ歩いていたら、そのまま森の入り口に出てしまったという感覚だ。
『持ってた縄も……ありますね……』
一応、歩いて来た道が分かるよう、木に縄を結び付けてみたが、こちらもいつの間にか入り口に向かって歩く形になっていた。
『あっはぁ〜! 多分、封印のところで空間が歪められているんだろうねぇ〜』
ザソンさんの言葉に、カードルさんは頷きながら補足する。
『更に、刻印が施されている箇所は複数と思われる。毎回同じ場所で歪みに入るわけじゃないからな。ランダムのようだ』
カードルさんの言葉を聞きながら、俺はげっ……と顔を歪ませる。
『じゃあ全部の刻印を見つけないといけないんですかね……?』
面倒ですね……と呟けば、カードルさんが『まずは1つで充分だろう。他の刻印もそれ程大きな違いはないだろうしな』と笑う。
『分かりました。もし封印内に入れたら、取り敢えず1つ刻印を見つけるように頑張ります』
『あぁ、頼む』
『頼んだよぉ〜!』
何と言うか、これだけ頼りにされておきながら、1人で行って何も起こらなかったら滅茶苦茶気まずい。
『あ、あの……先に謝っておきます……。俺1人で行って、何も起こらなかったらごめんなさい……』
俺は胃を抑えながらヘコヘコと頭を下げて、カードルさんとザソンさんの方を見る。
カードルさんは『もし何も起こらなくても、トワが謝ることはない。これまでずっと、誰も何も起こせなかったんだ。何も起こらない可能性の方が高いんだからな』と笑顔で励ましてくれた。
ザソンさんはと言うと『あっはぁ〜! この私の予想が外れる訳ないだろぅ〜? 宣言しよう! 絶対に何か起こるね!』と自信満々に言い切っていた。
―― そういうのフラグっぽいから本当にやめてくれ……
俺は頭を抱えながら、起動中だったスマートフォンのストップウォッチを停止させた。