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『面会の申し出を受け入れてもらい、感謝する。私がカードルだ。そしてこちらが友人のトワ、ファーレス、フィーユ、それからもちだ』
カードルさんは俺達を紹介すると共に、もちに危険性がないことも説明してくれる。
『お会いできて光栄です。私はヨム・スクレテール・レタリィです。ザソンのスケジュール管理などを担当しております』
カードルさんの言葉に続くように、レタリィさんも自己紹介をしてくれた。仕事内容的に、ザソンさんの秘書やマネージャーという感じだろうか。
レタリィさんは20代後半くらいの女性で、とても美しいがどこか冷めているというか、触れたら凍ってしまいそうな雰囲気の女性だった。
肩下ほどの長さできっちりと束ねられた、青みの強いマラカイト色の髪が、澄んだ氷のような雰囲気によく似合っている。
互いに軽く挨拶したあと、レタリィさんが『こちらにどうぞ』と中へ案内してくれる。
『すぐにザソンが参ります』
……
豪華な応接室のような場所に通され、緊張しながらザソンさんの到着を待っていると、部屋の扉がバンッ! と勢いよく開き、非常に派手な男が高笑いと共に入って来た。
『やぁやぁやぁ! 私に会いに来たというのは君達かぁ~い!? あっはぁ~! まったく私ったら人気者で困ってしまうねぇ~!』
入って来た男は、物凄くハイテンションで……ちょっとアレな感じの人だった。
レタリィさんが無表情のままこちらに向かって頭を下げ、謝罪する。
『申し訳ありません。ザソンは幼い頃からレアーレの子孫として周囲にちやほやされ……大分性格が歪んでしまったのです』
『あっはぁ~! 流石レタリィ、言うねぇ~!』
レタリィさんの冷ややかな声に、派手な男は楽しそうに不思議な笑い声を上げる。
このちょっとアレな感じの人が、ザソンさんらしい。勝手なイメージなのだが、レアーレの子孫はもっとこう……穏やかで落ち着いた人を想像していた。
ザソンさんは膝下くらいまである真っ赤な長髪を、ばさぁっとかき上げる。
歳は……20代か30代程だろうか?
よく見ると整った顔をしているのだが、とにかく全身が派手過ぎて顔に目がいかない。
長く伸ばされた、燃えるように赤い髪も派手なのだが、金色を基調とした豪奢な髪飾りや服が、派手さに磨きをかけている。
―― この人……怪我したうさぎを追いかけたりしなさそうだ……
失礼ながら、何となく俺はそんな感想を抱いていた。
『あ……あぁ、貴重な時間を頂き感謝する。私がカードルだ』
カードルさんは若干引いた顔をしつつ自己紹介をしたあと、先程と同様に俺達の紹介もしてくれる。
『わ、渡永久です……本日は貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます。 よろしくお願いいたします……』
俺も慌ててザソンさんに頭を下げ、挨拶をする。
『あっはぁ~! 私がヨム・イストリア・ザソンさぁ~! あぁ……顔を上げたまえ! 私のこの美貌が見えなくなってしまっては勿体ないだろう!?』
ザソンさんはくいっと指先で俺の顎を持ち上げ、目を合わせる。目が合った瞬間、バチンと完璧なウィンクをくれた。
『あ……はい……』
俺はそれ以上言葉が見つからず、ドン引きしながら何とか返事をひねり出した。
……
『さてさて! 私に聞きたいことがあるそうだが……何の話かな? 私の美貌の秘密なら、残念だが企業秘密となっていてね! そう簡単には教えられないよ!』
ザソンさんのテンションに圧倒されつつ、向かい合ってソファに座ると、ザソンさんが話を切り出してくれる。
『あ、いえ……美貌の秘密ではなくてですね……』
俺はザソンさんの言葉を流しつつ、自分が異世界から来たこと、レアーレの冒険について詳しい話を聞きたい理由など、順を追って説明していく。
……
『あっはぁ~! なかなかに面白い話だったよぉ~! いいねぇ~! 私、そういう夢のあるお話は大好きさぁ!』
ザソンさんは俺の話を聞き終わると、そんな感想をくれた。
『でもやはり私の家に伝わる、レアーレの話には遠く及ばないかなぁ~? 突然この世界に飛んで来た下りなど、もっと盛り上げた方がいいんじゃないかなぁ~?』
どうやらザソンさんは、作り話として俺の話を聞いていたらしい。
俺は必死に実話だと説明するが『うんうん! 実話というのは大事だよねぇ~! 私の家に伝わるレアーレの話も、実話だからこそこうやって広まったのだからねぇ~!』とまるで信じていないような返事が返される。
俺はザソンさんの説得を諦め『えーっと……そういう訳で、レアーレの冒険について詳しくお話を聞きたいのですが……』とだけ伝える。
俺の言葉を受け、ザソンさんはばさぁっと髪をかき上げながら立ち上がる。そのまま優雅にターンすると、再び完璧なウインクをしながら、歌うように返事をくれる。
『任せたまえ! この私が! レアーレの子孫であるこの私が! ご先祖様について教えてあげようじゃないか!』
俺はザソンさんのテンションにどうしてもついて行けず、『あ……はい……よろしくお願いします……』と虚ろな瞳で答えた。
……
ところどころにザソンさんの美貌に関する話や偉業に関する話が混じりながら、ようやく長い長い話が終わった。
あまりに関係のない話が多すぎて、俺はこっそり起動していたスマートフォンの録音時間が足りるか、本当に不安だった。
関係ない情報が多すぎて、大分脳内が混乱している。俺は情報を整理しながら、確認がてらザソンさんに問いかける。
『えーっと……つまり、レアーレの冒険は実話で間違いないということですよね?』
『あっはぁ~! その通りだともぉ~! だからこそ! レアーレの子孫であるこの私が――』
またザソンさんが長々と語り出そうとする。
態度に出ないよう気を付けつつ、若干うんざりした気持ちで相槌を打っていると、レタリィさんが『いい加減にしてください』と冷たい声で言い放ち、ザソンさんの首に手刀を入れる。
ザソンさんは『ぐはあぁあ!』と大げさな声を上げながら『い、痛いよレタリィ! 酷いじゃないか!』と反論する。
レタリィさんはもう一度手刀を入れてザソンさんを黙らせると『いつも言っていますが、貴方は無駄な話が多すぎます。質問に対し、簡潔に答えて下さい』と注意してくれる。
俺はレタリィさんの容赦ない手刀にビビりつつ、レタリィさんに感謝の意を伝える。同時に、レタリィさんを怒らせないように気を付けよう……と心の底から思った。
『え、えーっと……じゃあ次に、レアーレが兎を見つけた森は、ロワイヨムの少し先にある "デエスの森" なんですね?』
続く俺の問いかけに対し、ザソンさんは首をさすりながら答えてくれる。
『あっはぁ~! その通りだともぉ~! あの森は別名 "迷いの森" とも呼ばれ、真っすぐ進んでいたはずなのにいつの間にか森の入り口に戻ってきてしまう、不思議な森なのさぁ~! まぁ私のご先祖様は入れたみたいだけどねぇ~!』
あれだけレタリィさんに注意されながら、このテンションを維持できるのは凄い。俺は妙な所に感心しながら、問いを重ねる。
『子孫であるザソンさんさんでも、デエスの森には入れなかったんですよね?』
『ん~その通りだねぇ……。全く、この私を入れないなんて、失礼な森だと思わないかぁ~い?』
ザソンさんの言葉に対し『はは……そうですね……』と適当な返事をしながら、俺はどんどん質問を続ける。うっかりここで下手な返事をしようものなら、またザソンさんの長……ありがたいお話が始まってしまう。
『レアーレが追いかけた兎は、どんな魔物なのか分かっていないんですよね?』
『そうそう! この辺にあんな見た目の魔物はいないからねぇ~。もしかしたら迷いの森の中にしかいない魔物なのかもねぇ~?』
ザソンさんの回答に励まされるように、俺は少し緊張しながら、次の問いを投げかける。
『ザソンさんは……物語に出てくる兎も、女神様も、実在すると信じているんですよね?』
『あっはぁ~! その通りさぁ! 私は信じているよぉ! 何て言ったって、私のご先祖様が女神様について語った言葉を残しているしねぇ~!』
ザソンさんの長……ありがたい話の中に出てきた、レアーレが女神様について残したという言葉を思い出す。
『……「森の中で会ったのは、この世のものとは思えない程、美しい女性だった。まさに女神様と呼ぶに相応しい美貌の持ち主だ」でしたっけ?』
『そうそう! 私ほどの美貌だとは思えないが……ご先祖様がそれだけ褒め称える美貌だ。少し気になるよねぇ~』
ザソンさんはあくまで女神様の美貌が気になるらしく『でもきっと私のほうが美しいよねぇ?』等とレタリィさんに話しかけ、また手刀を食らっていた。
俺は懲りないザソンさんに若干呆れつつ、質問を続ける。
『ええっと……今現在、女神様がいるかどうか、そしてどこにいるかは分かっていない。そうですよね?』
『そうなんだよねぇ~……。私はあの迷いの森の中に、今も女神様がいると信じているけどねぇ~!』
『そうですね……そう信じたいです。最後に……女神様の魔法は、実在するんですよね?』
俺の問いかけに対し、ザソンさんは堂々と答える。
『あっはぁ~! 当然だろう!? 私のご先祖様が「女神様のおかげで、私は家に帰ることが出来た。私はあれほど不思議な体験をしたことはない。あれは正に神と呼ぶにふさわしい偉業だ」と言葉を残しているんだからねぇ~!』
『……ありがとうございます』
俺はこの世界に来て初めて、「女神様の魔法が実在する」と断言され、何だか泣きそうな気持ちになった。
―― やっぱり女神様はいた。実在していた。レアーレの迷い込んだ森も実在する。なら……! 女神様自身……もしくは女神様の子孫も、迷いの森にいるかもしれない!
異世界生活531日目、俺は女神様に想いを馳せながら、次の目的地をデエスの森に定めた。




