099
日々読んで下さりありがとうございます。本編もとうとう99話まで来ました…!
『は、はい……』
返事をしながらカードルさんの方を見れば、いつになく真剣な表情でこちらを見ている。どんな話をされるのか見当もつかず、ゴクリと唾を飲みこみ、俺もカードルさんの目をじっと見つめる。
数分間の沈黙の後、躊躇いつつも覚悟を決めたように、カードルさんが話を切り出す。
『……ファーレスを、このまま貴公の旅に連れて行って貰えないだろうか?』
突然の提案に対し、俺はすぐ答えることが出来ず『……え?』とただ聞き返してしまう。するとカードルさんは、そんな提案に至った経緯を、静かに語り始めてくれた。
その話は、俺が想像していたよりもずっと重いものだった。
『ファーレスは……レイノの貴族出身だ。しかし……トワも知っての通り、魔力が低かった』
『……はい』
『魔力がない分、剣の腕を徹底的に鍛えられ……幼い頃、ロワイヨムの騎士団に預けられた』
『はい。……え、待ってください。幼い頃に預けられたって……まさか……』
ファーレスの正確な年齢は分からないが、少なくとも "幼い" と形容する年齢からは程遠い。それに騎士団なんて、貴族の、しかも幼い子を預けるような場所ではないだろう。
俺は嫌な予感がして、思わず戸惑いの声を上げる。
―― まさか……いやでも、そんな、魔力がないだけで……
俺は自分の考えを否定するように、頭を振る。
『……恐らくトワが想像した通りだ。騎士団に預けられたあと……ファーレスは家族と一度も会っていない』
カードルさんが悲痛な表情で語る。その表情が全てを物語っている
つまりファーレスは、良く言えば騎士団に預けられ……悪く言えば厄介払い……親に捨てられたのだろう。
『私はファーレスにとって……そうだな、育ての親のようなものだ』
ただ救いとも言えたのは、カードルさんを始めとした、騎士団の人達が温かく迎えてくれたことだろう。
食堂でファーレスに絡んできた人もいたが、大多数はファーレスと仲良さそうに話していたと思う。
しかし、そんなファーレスの家とも呼べる騎士団を捨て、俺の旅に連れて行って欲しいという理由が分からない。
俺の疑問が伝わったのか、カードルさんが話を続ける。
『ファーレスは……よく頑張っていた。魔力はないが、剣の腕は魔力を持つ者の追随も許さない程、一流になった。魔力の低いものからすれば、まさに英雄だ』
カードルさんは懐かしむように、ゆっくりと思い出を語る。
『英雄に憧れる者は多い。魔力のない身で、あれ程の強さを持つファーレスは、非常に注目を集めた』
カードルさんはそこで一度言葉を区切る。何となく、続きは聞かなくても想像出来た。
『……注目が集まれば、それを面白く思わない者も増える。ファーレスは友好的とは言い難い性格だしなぁ……。特に、魔力がない者を下に見る連中からは……』
カードルさんは自分が痛めつけられたかのように、表情を歪めながら言葉を続ける。
『……私が知っているだけでも、心無い言葉を何度も浴びせられていた。私が知らないところでは、どれ程辛い思いをしたか……。英雄として慕われるプレッシャーもあっただろう。幼い頃から無口な方ではあったが、昔はもっと喋り、笑顔もよく見せていた。それが歳を重ねるごとにどんどん喋らなくなり、ここ数年は……笑った顔など見た覚えもない』
よく喋り笑うファーレスなんて、今の彼からは想像も出来ない。近くで成長を見ていたカードルさんにとって、日々言葉数が減り、笑顔を失っていく姿は、この上なく痛ましいものだっただろう。
努力して、努力して、努力して、その先に待っていたものが蔑みの言葉なんて悲しすぎる。
勿論カードルさんのように、心からファーレスのことを想う人もいるのだろう。
しかし多くの人はファーレス自身ではなく、英雄としての彼を求めている。それはとても残酷なことだ。彼を英雄視し持ち上げる人達は、ファーレスが剣を握れなくなれば『過去のもの』として無邪気に切り捨てて行くのだろう。
『それでも……ファーレスには騎士団以外、行く場所などないと思っていた』
貴族という立場を隠し、平民として生きる道も示したが、ファーレスは首を縦に振らなかったそうだ。
貴族として生きる道を選ぶ以上、魔力による差別からは逃れられない。騎士団の中ならば、実力主義を謳い、カードルさん自身が目を光らせ、ファーレスを庇うことも出来る。
『特別扱いはしないよう気をつけているが……やはり幼い頃から面倒を見てきたのだ。我が子のように思ってしまう』
苦笑しながらカードルさんが続ける。
『……トワ達と共にいるファーレスは、少しだけ昔の雰囲気を纏っていたように思う』
カードルさんの言う、昔のファーレスは分からない。
それはきっと小さな小さな変化だったのだろう。ずっとファーレスを見てきた、カードルさんにしか分からないような。
『だからトワ、ファーレスをこのまま旅に連れて行って欲しい。そして可能ならば……貴公の、魔力のない世界に、ファーレスも連れて行ってやって欲しい』
カードルさんがすっと頭を下げる。俺は慌てて『頭を上げて下さい!』と言いながら、フィーユの方をチラリと見る。フィーユも俺の目線に気付き、力強く頷いてくれる。
『……俺も、俺達も、ファーレスのことは仲間だと思っています。ファーレスがそれを望むなら……皆で俺の世界を目指そうと思います』
……
カードルさんとの話が終わり、ファーレス自身の意思を確認するため、俺達はファーレスの部屋まで移動した。
『ファーレス、入るぞ』
『……あぁ』
扉の外からカードルさんが声を掛け、中からファーレスの返事が聞こえる。
鍵は掛かっていないようで、カードルさんが扉を開けて中へ入っていき、俺達も後に続く。
部屋の中は最低限の家具しかなく、空っぽで殺風景な印象だった。ファーレスが幼い頃から住んできた部屋なのだとしたら、寂しくて悲しい部屋だ。
ファーレスは無表情のまま、部屋に入ってきた俺達を見ていた。
『ファーレス、トワ達と共に別の世界に行け』
カードルさんは何の前置きもなく、本題に入る。流石のファーレスも、無言のまま少し訝し気な表情をする。
カードルさんはファーレスに思いを伝えるため、静かに言葉を続ける。
『……トワ達と共にいるお前は、とても楽しそうに見えた。昔のお前を見ているようだった』
カードルさんはそのことを喜ぶように、優しく微笑みを浮かべる。
『騎士団にいることが、お前の幸せに繋がると思っていた。だが、そうではないようだ。私はお前に、幸せになって欲しいと思っている』
カードルさんはそのまま『騎士団に……いや、この世界にいる限り、魔力による差別からは逃れられない。だから魔力のない世界に行け』と続ける。
ファーレスは無言のまま、困惑したように小さく眉間に皺を寄せる。
戸惑うファーレスに対し、俺も想いを伝える。
『ファーレス。俺もフィーユも、ファーレスのことは仲間だと思っている。ファーレスが来てくれるなら、そりゃあ嬉しい。でも、離れてたってずっと仲間だ。その事実は変わらない』
『……仲間』
俺の言葉を復唱するよう、ファーレスがぽつりと呟く。それだけ呟いたあと、ファーレスはただただ沈黙を貫く。
痺れを切らしたように、カードルさんが強い口調でファーレスに言葉を掛ける。
『団長として最後の命令だ。騎士団から出て行け』
『……カードル』
ファーレスは目を見開いてカードルさんの方を見ると、縋るように小さく名前を呼ぶ。
俺はこのままでは、ファーレスが自分の意志で決めるのではなく、命令に流されてしまう気がした。
―― 騎士団に残るか、俺達の旅について来るかは、ファーレス自身が考え、選択して欲しい。
そう思い、俺はファーレスが『あぁ』といつもの返事をしてしまう前に、会話に割り込む。
『ファーレス! お前の意思をちゃんと聞かせてくれ。命令に従うんじゃなくて、騎士団に残るか、俺達と一緒に来るか。お前の意思を』
『……意思』
再び俺の言葉を復唱するよう、ファーレスがぽつりと呟く。それだけ呟いたあと、またファーレスは口を閉ざした。