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……
「はー……つっかれたー……」
俺はカードルさんが案内してくれた客室のベッドに、勢いよく倒れ込む。ふかふかの布団が気持ちいい。部屋の扉は鍵を閉めたので、鞄からもちも出してやる。
「きゅー……」
もちはずっと鞄の中にいたので、少し疲れたようだ。
俺はもちを撫でながら、カードルさんの忠告を思い出す。
「もちー……お前、何者?」
「きゅ?」
何が? と言わんばかりに、つぶらな瞳でもちが俺を見つめる。
「まーいっか……別にもちは危なくないし、いい子だもんなー」
どうせ考えても分からない。
俺にとってもちは、優しくて、可愛くて、もちもちな相棒だ。その事実に変わりはない。
俺はもちをむにむにと揉みながら、フィーユの方を向く。
部屋に案内された時、フィーユが『トワと一緒の部屋がいい』と言ったので、フィーユも俺と同じ客室に滞在予定だ。
因みにベッドはちゃんと分かれている。まぁ、馬車の中で寝ていた時は雑魚寝だったので、同じベッドでも問題ないといえば問題ないのだが。
『フィーユもお疲れ。知らない人が沢山いて、疲れただろ?』
俺はベッドにゴロゴロと転がりながら、フィーユに話し掛ける。
『……私は平気。慣れてるから』
フィーユはお行儀よく向かいのベッドに座り、静かに返事をする。食堂でのフィーユは、ずっと貼り付けたような笑顔を浮かべ、俺達の会話を静かに聞いていた。
勝手に何処かへ行ってしまったり、つまらないと騒いだりすることもせず、適度に相槌を打ったりして、非常にいい子だった。
『凄いなフィーユは……。俺はクタクタだよ……周りは貴族ばっかりだし、もう部屋から出たくない』
俺がぐでーっと布団に横になっていると、そっとフィーユがこちらのベッドに移動し、励ますように俺の頭を撫でてくれる。
『……お疲れ様、トワ』
『あー……ありがと』
幼い子供に頭を撫でられていることに少し照れつつ、気遣ってくれるフィーユの気持ちが嬉しかったので、俺も起き上がり、お返しとばかりにフィーユの頭を撫でる。
『慣れてても、やっぱり緊張するし疲れるだろ? だからフィーユもお疲れ』
元の世界にいた頃、仕事で客先のお偉いさんと話すことがあった。何度も経験するうちに慣れはするが、やはり毎回毎回緊張したものだ。
歳のいってる俺がそうなのだ。フィーユだって自分では気づいてない、もしくは平気なフリをしているだけで、きっと疲れているはずだ。
『うん……ありがとう、トワ』
フィーユが甘えるように抱きついてくる。その体勢のまま、フィーユは小さな声でぽつり呟く。
『……ファーレスの居場所は、騎士団なのかな……?』
その声がとても寂しげに聞こえ、俺はよしよしと頭を撫でながら『んー……そうかもなぁー……』と曖昧に返事をする。
多分ファーレスはこのまま騎士団に戻り、俺達のパーティーから抜けてしまうだろう。フィーユもそれが分かっているから、悲しいのだろう。
『……トワは、ずっと一緒だよね……? 約束したもんね……?』
フィーユは俺にぎゅっと抱きつきながら、そう問いかける。俺は答えられないまま、無言でフィーユの頭を撫で続ける。
『……トワ。何で、返事してくれないの……?』
フィーユは俺にしがみついたまま、泣きそうな声で続ける。
『言ってよ……! ずっと一緒だよって!』
フィーユは俺に抱きつきながら、前みたいに、もう1回約束してと懇願する。
『フィーユ……俺は……』
前回と同様、笑顔で嘘をつくべきか、真実を告げるべきか迷い、言葉を詰まらせる。
『私はトワとずっと一緒がいい! トワの世界に行きたい! トワはイセカイ……? に帰っちゃうんでしょ? 私も一緒に連れてって……!』
フィーユはそう叫んだ後、無理矢理作ったような笑顔を浮かべ、早口で捲し立てる。
『スマートフォンとか、凄いものもあるし! 私、イセカイに行ってみたい! お願い、トワ!』
前にフィーユにスマートフォンを見せた時、『すごい!』と興奮していたが、それほど興味を示している様子ではなかった。多分理由付けとして挙げているだけだろう。
フィーユは『トワの作ってくれる故郷の料理も美味しいし……! 前に見せてくれた故郷のシャシンも綺麗だったし……! それから……それから……!』と異世界に行きたい理由を沢山列挙する。
でも俺には「異世界に行きたい」じゃなくて「離れたくない。一緒にいたい」と言っているようにしか聞こえなかった。
『フィーユ……。異世界……俺の世界は、言葉や習慣も違うし、もしフィーユが来たら、凄く凄く苦労すると思う』
俺の言葉に、フィーユは間髪入れずに答える。
『大丈夫! 言葉や習慣も覚えるもん!』
俺はそんなフィーユに、一番大事なことを問いかける。
『異世界に行ったら……二度とこの世界には戻れなくなるかもしれない。フィーユの友達やご両親にも……二度と会えないかもしれない。それでも、いいのか……?』
俺がこの世界に来た理由は分からない。自分の意志も関係なかった。もしあちらの世界に戻れたとして、もう一度こちらの世界に来れる保証なんてない。
フィーユを連れて行くということは、フィーユにこちらの世界……友人や親を捨てさせるということだ。
俺にはそれが正しいことなのか、分からない。
『いいっ! トワとずっと一緒にいれるならいいもんっ! 先に私を捨てたのは、お父様達だもんっ!』
フィーユは絶対に離れないとばかりに、強く強く俺にしがみつきながら、声を荒げる。俺はフィーユの悲しい叫びを聞きながら、心を決める。
『……分かった。フィーユがついて来てくれるなら、一緒に行こう』
俺の言葉を聞き、フィーユはバッと顔を上げ『いいの……!?』と驚きの声を上げる。
俺がこちらの世界に来た時、衣服や鞄等、身につけていたものは一緒にこちらの世界に来た。
つまり、来た時と同じ法則が当て嵌まるなら、フィーユと手を繋いだり抱っこしていれば、一緒に元の世界に行ける気がする。
異世界の人間を連れて行くということが、そもそも出来るのか、そしてやっていいことなのかは分からない。
しかし、やってやれないことはない気がする。
元の世界……日本でフィーユが暮らすとして、外見は俺達と変わらないし、髪は黒に染めてしまえばいい。
住む場所は俺の家があるし、母親に事情を話せば、信じてもらえるかは別として、フィーユを追い出すような真似はしないだろう。
言葉や文化も俺が教えればいい。
もしフィーユが病気になった時、戸籍や保険がないことが問題になるかもしれないが、それはなった時にどうすればいいか考えればいいだけの話だ。
最悪、俺が誘拐や不法入国補佐といった罪に問われるかもしれないが、それも問題が起きた時にどうすればいいか考えればいい。
『約束しただろ? ずっと一緒だ』
異世界生活510日目、俺はフィーユの小さな手を握りしめ、指切りをした。




