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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第5章【ロワイヨム編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!

 


 ……



「はー……つっかれたー……」



 俺はカードルさんが案内してくれた客室のベッドに、勢いよく倒れ込む。ふかふかの布団が気持ちいい。部屋の扉は鍵を閉めたので、鞄からもちも出してやる。


「きゅー……」


 もちはずっと鞄の中にいたので、少し疲れたようだ。

 俺はもちを撫でながら、カードルさんの忠告を思い出す。


「もちー……お前、何者?」


「きゅ?」


 何が? と言わんばかりに、つぶらな瞳でもちが俺を見つめる。


「まーいっか……別にもちは危なくないし、いい子だもんなー」


 どうせ考えても分からない。

 俺にとってもちは、優しくて、可愛くて、もちもちな相棒だ。その事実に変わりはない。


 俺はもちをむにむにと揉みながら、フィーユの方を向く。

 部屋に案内された時、フィーユが『トワと一緒の部屋がいい』と言ったので、フィーユも俺と同じ客室に滞在予定だ。


 因みにベッドはちゃんと分かれている。まぁ、馬車の中で寝ていた時は雑魚寝だったので、同じベッドでも問題ないといえば問題ないのだが。


『フィーユもお疲れ。知らない人が沢山いて、疲れただろ?』


 俺はベッドにゴロゴロと転がりながら、フィーユに話し掛ける。


『……私は平気。慣れてるから』


 フィーユはお行儀よく向かいのベッドに座り、静かに返事をする。食堂でのフィーユは、ずっと貼り付けたような笑顔を浮かべ、俺達の会話を静かに聞いていた。


 勝手に何処かへ行ってしまったり、つまらないと騒いだりすることもせず、適度に相槌を打ったりして、非常にいい子だった。


『凄いなフィーユは……。俺はクタクタだよ……周りは貴族ばっかりだし、もう部屋から出たくない』


 俺がぐでーっと布団に横になっていると、そっとフィーユがこちらのベッドに移動し、励ますように俺の頭を撫でてくれる。


『……お疲れ様、トワ』


『あー……ありがと』


 幼い子供に頭を撫でられていることに少し照れつつ、気遣ってくれるフィーユの気持ちが嬉しかったので、俺も起き上がり、お返しとばかりにフィーユの頭を撫でる。


『慣れてても、やっぱり緊張するし疲れるだろ? だからフィーユもお疲れ』


 元の世界にいた頃、仕事で客先のお偉いさんと話すことがあった。何度も経験するうちに慣れはするが、やはり毎回毎回緊張したものだ。

 歳のいってる俺がそうなのだ。フィーユだって自分では気づいてない、もしくは平気なフリをしているだけで、きっと疲れているはずだ。


『うん……ありがとう、トワ』


 フィーユが甘えるように抱きついてくる。その体勢のまま、フィーユは小さな声でぽつり呟く。


『……ファーレスの居場所は、騎士団なのかな……?』


 その声がとても寂しげに聞こえ、俺はよしよしと頭を撫でながら『んー……そうかもなぁー……』と曖昧に返事をする。

 多分ファーレスはこのまま騎士団に戻り、俺達のパーティーから抜けてしまうだろう。フィーユもそれが分かっているから、悲しいのだろう。


『……トワは、ずっと一緒だよね……? 約束したもんね……?』


 フィーユは俺にぎゅっと抱きつきながら、そう問いかける。俺は答えられないまま、無言でフィーユの頭を撫で続ける。


『……トワ。何で、返事してくれないの……?』


 フィーユは俺にしがみついたまま、泣きそうな声で続ける。


『言ってよ……! ずっと一緒だよって!』


 フィーユは俺に抱きつきながら、前みたいに、もう1回約束してと懇願する。



『フィーユ……俺は……』



 前回と同様、笑顔で嘘をつくべきか、真実を告げるべきか迷い、言葉を詰まらせる。



『私はトワとずっと一緒がいい! トワの世界に行きたい! トワはイセカイ……? に帰っちゃうんでしょ? 私も一緒に連れてって……!』



 フィーユはそう叫んだ後、無理矢理作ったような笑顔を浮かべ、早口で捲し立てる。


『スマートフォンとか、凄いものもあるし! 私、イセカイに行ってみたい! お願い、トワ!』


 前にフィーユにスマートフォンを見せた時、『すごい!』と興奮していたが、それほど興味を示している様子ではなかった。多分理由付けとして挙げているだけだろう。


 フィーユは『トワの作ってくれる故郷の料理も美味しいし……! 前に見せてくれた故郷のシャシンも綺麗だったし……! それから……それから……!』と異世界に行きたい理由を沢山列挙する。


 でも俺には「異世界に行きたい」じゃなくて「離れたくない。一緒にいたい」と言っているようにしか聞こえなかった。




『フィーユ……。異世界……俺の世界は、言葉や習慣も違うし、もしフィーユが来たら、凄く凄く苦労すると思う』


 俺の言葉に、フィーユは間髪入れずに答える。


『大丈夫! 言葉や習慣も覚えるもん!』


 俺はそんなフィーユに、一番大事なことを問いかける。



『異世界に行ったら……二度とこの世界には戻れなくなるかもしれない。フィーユの友達やご両親にも……二度と会えないかもしれない。それでも、いいのか……?』



 俺がこの世界に来た理由は分からない。自分の意志も関係なかった。もしあちらの世界に戻れたとして、もう一度こちらの世界に来れる保証なんてない。


 フィーユを連れて行くということは、フィーユにこちらの世界……友人や親を捨てさせるということだ。

 俺にはそれが正しいことなのか、分からない。



『いいっ! トワとずっと一緒にいれるならいいもんっ! 先に私を捨てたのは、お父様達だもんっ!』



 フィーユは絶対に離れないとばかりに、強く強く俺にしがみつきながら、声を荒げる。俺はフィーユの悲しい叫びを聞きながら、心を決める。



『……分かった。フィーユがついて来てくれるなら、一緒に行こう』



 俺の言葉を聞き、フィーユはバッと顔を上げ『いいの……!?』と驚きの声を上げる。


 俺がこちらの世界に来た時、衣服や鞄等、身につけていたものは一緒にこちらの世界に来た。

 つまり、来た時と同じ法則が当て嵌まるなら、フィーユと手を繋いだり抱っこしていれば、一緒に元の世界に行ける気がする。


 異世界の人間を連れて行くということが、そもそも出来るのか、そしてやっていいことなのかは分からない。

 しかし、やってやれないことはない気がする。


 元の世界……日本でフィーユが暮らすとして、外見は俺達と変わらないし、髪は黒に染めてしまえばいい。

 住む場所は俺の家があるし、母親に事情を話せば、信じてもらえるかは別として、フィーユを追い出すような真似はしないだろう。


 言葉や文化も俺が教えればいい。

 もしフィーユが病気になった時、戸籍や保険がないことが問題になるかもしれないが、それはなった時にどうすればいいか考えればいいだけの話だ。

 最悪、俺が誘拐や不法入国補佐といった罪に問われるかもしれないが、それも問題が起きた時にどうすればいいか考えればいい。




『約束しただろ? ずっと一緒だ』




 異世界生活510日目、俺はフィーユの小さな手を握りしめ、指切りをした。



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