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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第1章【遭難編】
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001【1日目】絶望的な異世界転移

 

 ―― 何だ……?

 ―― 何だこれは?

 ―― 何が起こっているんだ?


 自分の置かれている状況が理解出来ない。

 疑問符が頭の中を埋め尽くし、目の前の光景をただただ呆然と眺める。


 もし今の俺と同じ状況に陥り、すぐさま現状を理解出来る人がいたなら、俺はその人物を心の底から尊敬する。


 何故ならこの状況を端的に言い表すと

"黒い熊()()()()()()と森で見つめ合っている"

としか表現出来ないからだ。


 その生き物は俺の知る熊よりも倍近く大きい上、アメジストのような角が生えている。そんな品種の熊は、生まれてこのかた見たことも聞いたこともない。


 もし俺が登山やキャンプ、アウトドアの真っ最中だったならまだこの事態に納得も出来ただろう。


 いや、本当に納得出来るのか? という疑問は一旦置いておくとして、まぁ今の状況よりは納得が出来たはずだ。



 ―― だって俺は、ついさっきまで会社にいたのだから。



 うちの会社がとてつもない山奥や森の中にあるわけではない。都心のオフィス街にある従業員数200名程度の中小企業だ。


 パッケージシステムを扱うIT企業で、高卒入社8年目の俺はフレッシュな新人でも経験豊富なベテランでもない、仕事に慣れて若さを失いつつある中堅といったところだ。


 俺の記憶が正しければ、熊らしき生き物に襲われる直前の俺は、仕事を終え「終電に乗り遅れるかもしれない」と焦っていた。


 エレベーターを待っていたら間に合わないと判断し、階段を勢い良く駆け下りていたその時。

 残業三昧で慢性的に寝不足な俺のボロボロボディは、勢いよく階段を踏み外した。



 嫌な浮遊感に体が包まれ、物凄い衝撃に思わず目を瞑る。



 そして、体の痛みに耐えながら恐る恐る目を開けたところ……今の状況に置かれていたというわけだ。


 ―― 意味が分からない。

 ―― なんで俺は今、緑に囲まれて黒い熊らしき生き物と見つめ合っているんだ?


 俺の脳内は真っ白で、体は驚くほど小刻みに震えていた。尿意があったならば漏らしていた自信がある。


 自慢ではないが俺は平凡な人間だ。平均的な体躯に平均的な顔面、平均的な頭脳に平均的な身体能力、評価もいつだって中の中。


 熊に合えば怖いし、昔ネットで話題になったロシアの老人のような、身一つで熊を倒せる技術なんて持ち合わせていない。


 自分でも嫌になるくらい、平凡なサラリーマンだ。


 ただの熊に出会ったとしても恐ろしいのに、熊よりも倍近く大きい上に角まで生えている。


 唯一の救いと言えば、先ほどから熊らしき生き物は、腰が抜けて一歩も動けない俺を見つめるだけで何もしてこないという点だ。


 走って逃げだしたいという気持ちはあるのだが、恐怖で体に力が入らず、動くことが出来ない。

 心臓の鼓動が激しい。身体は酸素を欲しがっているが、呼吸音すらも熊らしき生き物を刺激してしまいそうで、俺は必死に息を殺す。



……



 どれほどその状態で時間が経ったのだろう。


 動かない俺に興味を失ったのか、熊らしき生き物はそっぽを向き、俺と反対方向にゆっくりと歩き出す。


 熊らしき生き物の姿が完全に見えなくなり、恐怖から解放された俺はやっと大きく息をする。


 目からは涙が絶え間なく溢れ、鼻水も止まらない。

 ここ数年、こんなに泣いたことはないのではないかというくらい泣いた。情けないほど泣いた。


 嗚咽を漏らしながら、俺は震える体を抱きしめ、泣き続けた。



 ……



 時間にして30分近くたっただろうか、涙でストレスも流れ出たのか、幾分頭が冴えてきた。


 冷静になってくると自分が何故森の中にいるのか、夜だったはずなのに何故外が明るいのか、そもそもここはどこなのか、様々な疑問が頭に浮かんでくる。



「夢、だよ、な……?」



 階段から落ちた時に気を失い夢でも見てるのかと思ったが、夢にしてはリアルすぎる。頬をつねるまでもなく、全身が痛い。


 更に俺の格好は今まさに帰宅しようとしてましたと言わんばかりのスーツにコート、手には通勤鞄というスタイルだ。もしこれが夢ならば、流石にもう少し夢のある格好をしたい。


「なんなんだよ、これ……」


 平凡なサラリーマンである俺が、平凡から少しばかり逸脱している部分があるとすれば、人より()()()()()アニメや漫画、特に異世界物の作品が好きだと言う点だ。

 そんな俺の少しばかり外れた常識で、現状を判断しようと試みる。


 会社にいたはずが突然森の中にいる。

 角の生えた熊らしき生き物が生息している。

 夜だったはずなのに何故か外が明るい。


 ―― ここから導き出される結論は一つだ。




「まさか、異世界転移ってやつ……?」




 思わずははは、と笑いながら呟く。

 まさか、いや、だが、しかし……。



 周りを見渡すと、大きな木々や極彩色な実、鮮やかな花々が目に入る。そんなに植物に詳しい方というわけではないが、どれも見覚えのない色や形をしている。


 いわゆる隠れオタクだった俺は、異世界物の小説をよく(たしな)んでいた。

 毎日地獄のような満員電車に揺られ、残業三昧の日々だったが、スマートフォンで読むそれらの小説は俺の心を癒し、支えてくれていた。


 物語の中の異世界はいつだって夢にあふれ、俺の心をワクワクさせてくれた。何度「もし自分が異世界に転移したら……」と妄想したか分からない。



 ―― でも、俺が妄想してた異世界転移は、こんなんじゃない……!


 

 異世界に来たのかもしれないが、いきなり森の中だ。そして、目の前には愛らしい美少女ではなく、熊らしき生き物……いや、ここはファンタジーよろしく魔物と呼ぼう。


 目の前には魔物だ。


 普通だったらここで陽気な神様の声が脳内に響いたり、自分の中の秘めたる力が目覚めたりするものじゃないのか?


 実際には腰を抜かし、たまたま魔物が興味を失ってくれたから生き延びれたものの、転移直後に死んでいたかもしれない。


 服も持ち物もそのままで、自分の体にも何ら変化を感じられない。




「どうしろって言うんだよ……」




 涙声で呟き、うずくまる。





 こうして俺、(ワタリ) 永久(トワ)の異世界生活1日目は、絶望と共に幕を開けた。





初めまして、JIROと申します。


チート能力のない、平凡なサラリーマンが突然異世界に転移してしまったらどうなるのか…!

頑張って書いていきたいと思いますので、お付き合い頂ければ幸いです。

感想やブクマ、評価やレビュー等頂けるととても嬉しいです!


自身が最終回まで見たい派なので、自作品は時間がかかっても必ず完結させます!

よろしくお願い致します。


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