海の底を指していました。
駅を出て海辺の町を歩くと、糸が少し変な方向を指していました。
たしかに海に繋がっているのですが、角度がおかしいのです。
しかしここで考えてもわからないので、とりあえず私は海岸へ向かいました。
海岸には誰もいませんでした。
あのときと同じように波が静かにさざめくだけです。
違うのは太陽が昇っていて、海が深い青色をしているということだけです。
私の手首から伸びている糸はまっすぐ海を指していました。
海の底を指していました。
冷たい風が吹きました。
一人ぼっちの浜辺には、遮るものなどなにもありません。
ただ寒いと分かったのは、あの日彼の優しさがここにあったからだと、そう思うのです。
山内くんの彼女さんは行方不明になったそうです。
警察による捜索が行われ、地元のテレビでも少し取り上げられました。
彼女の家の近くの商店街で、ご両親が娘さんの捜索の紙を配っているのを一度だけ見かけました。
疲弊しきっており、その姿はまるで老人のように見えました。
それっきり私はご両親の姿は見ていません。
山内くんも、あの夜以降会っていません。
いつのまにか糸も見えなくなってしまいました。
私はまた元の一人ぼっちの生活に戻ってしまいました。
ただ同じ生活に戻ったはずなのにどこか淋しいのは、そこに山内くんとの繋がりがあったからだと思います。
そのとき初めて、私たちはいつも透明を見ているのだと気付いたのです。
見えなくなった何かを、いつも無意識に見つめているのだと。
冬が去り春になった頃のことです。
その日は突然やってきました。
いつものように街中を一人で歩いていたときのことです。
「お姉さん! お迎えにまいりました!」
ライトグリーンの目立つキャップを被った大学生くらいの女の子にいきなり声をかけられました。
「……私が見えるのですか?」
「はい! よーく見えてますよ!」