私を殺して
彼女は堕胎手術を受けたあと、引きこもりになりました。
学校へ行こうとすると体が拒絶反応を起こしてしまうのです。
彼女の家庭は暗くなりました。
以前の笑い声があった明るい家庭は、もう姿を消してしまいました。
両親が寝静まった頃、彼女はこっそり家を抜け出します。
そして近所の24時間営業の100円ショップで、カッターを買います。
そのカッターナイフで毎晩自分の腕を切っては泣いています。
「生まれてきて、ごめんなさい……」
と彼女は繰り返し、綺麗だった腕を刻んでいきます。
「殺してしまって、ごめんなさい……」
彼女の部屋は、血の臭いがしました。
この頃になると私たち二人は、夜に彼女の部屋に集まることが恒例となっていました。
本格的な冬がきました。
冷たい風が頬をつんざきます。
深夜になると、雪まで降ってきました。
サラサラの雪はみるみるうちに積もっていきました。
いつものように彼女は夜中に家を出てコンビニに向かいました。
私たちも彼女についていきます。
コンビニまでの道のりで、彼女はふと足を止めて振り返り私たちのほうを見ました。
その行動に理由などなかったのだと思います。
ただなんとなく彼女は振り向いただけでした。
当然彼女は私たちの存在を認識することはできません。
しかし、彼女の視界にはまだ新しい私たちの足跡が映りました。
彼女は不思議そうに首を傾げました。
「とうとう私にも迎えがきたのかな……」
彼女は幸せそうに笑いました。
それはきっと、山内くんにいつも見せていた笑顔に近いものだったのかもしれません。
「迎えにきたよ……」
山内くんは彼女をそっと抱きしめました。
姿は見えていないはずでした。
声も聞こえていないはずでした。
でも、たしかにそこには
愛し合ってる二人がいました。
愛し合っていて幸せだったはずの、ただの高校生が二人いました。
山内くんは彼女の手をとりました。
傷だらけの手首が服の袖からちらりと見えました。
「ずっと待ってたよ……」
虚ろな目をした彼女がいいました。
「……私を殺して。幽霊さん」
その日はもうコンビニには行かず、家に戻りました。
次の日、自宅で目がさめると手首からの糸がいつもとは違う方向に伸びていました。
私にはその糸の先にいる山内くんの居場所がなんとなく検討がついていました。
電車に乗り、あの海へ向かいます。
私たちが行ったあの海です。