糸。
また一人になってしまったので、近くにあった大型書店で立ち読みをして暇を潰しました。
仕事をしているときには、あれほどまでに欲しかった時間が今は潰さないといけないくらい余っています。
時間は長さではなく濃度が大切なのであり、その濃度は人それぞれ違っています。
時間が長くなってしまったから、一秒ごとのその価値も薄まってしまったのだと思います。
私はなんとなく書店のバックヤードに入り込みました。
中には、積み上げられた本とダンボールの山しかありませんでした。
隅っこにはもう使わなくなった日に焼けた看板が置いてありました。
ただそれだけの空間でしたが、私はこの世界の裏側を見たような気がしてなんだか嬉しくなりました。
外に出るともう空が茜色に染まってしました。
帰ろうと思ったそのとき、私は自分の体の異変に気がつきました。
手首から何か糸のようなものが見えているのです。
その糸は地面に爛れるわけでもなく、どこかに繋がっているようでした。
どこに繋がっているのかその先は見えませんでしたが、なんとなく山内くんがいるような、そんな気がしました。
理由はありません。
私はこの糸を辿って歩き始めました。
不思議なことにこの糸は常に一定のテンションを維持していて、引っ張ったり弛んだりすることは一度もありませんでした。
糸を辿っていくと、住宅地の中の一軒家に辿り着きました。
白い壁が特徴的な、まだ新しい二階建ての家でした。
自分の手首から伸びている糸は、この家の中まで続いていました。
玄関のドアノブに手をかけました。
鍵は絞められています。
しかし、透明人間の私にはそんなこと関係ありません。
私はドアの一枚くらい簡単にすり抜けられる体になっていました。
一階は真っ暗でした。
二階に誰かいるのでしょう。
かすかに物音が聞こえています。
私の手首から伸びている白い糸も、二階へと続いていました。
私は階段を見つけ、二階へと足を運びました。
部屋が三つあり、そのうちの一つに繋がっていました。
その扉に近づくと、私は中で何が行われているのか察しました。
女の子の喘ぎ声がドア越しに小さく聞こえていました。