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透明人間になりました。





 三年間付き合った彼氏に振られた夜。

 居酒屋を何件かはしごして、泥酔してしまった帰り道でのことでした。

 道幅の狭い住宅街を歩いていると、正面に男が立っていました。



 男は黒いロングコートを着ていて、闇夜に紛れていました。

 そして私の方をじっと見つめていました。



 初めは怖いなぁとは思いましたが、今なら死んでもいいかななんて酔っ払った頭で私は考えていました。

 このまま一人で死ぬ寂しい人生を送るくらいなら、いっそのことここで死ぬのもキリがいいのではないかと。



 なのでそのまま歩いて近づきました。

 男は突っ立ったまま、じっとこちらを見つめてしました。

 目を合わせる勇気がなかったのですが、へばりつくような居心地の悪い視線が身体中に張り付いていました。



 横を通るとき、動悸で心臓が爆発しそうでした。

 なんだ結局私はまだ死ぬの怖いのか、なんてことを考えていました。

 しかしなんのこともなく、男とすれ違いました。



 男のそばを通り過ぎ、ほっと肩を撫で下ろしたときでした。

 私は男に謎の液体をかけられました。




 頭から全身です。

 それは水浸しという表現がぴったりくるくらいの量でした。

 どこにそんな量の液体を隠し持っていたのかは分かりません。

 私も酔っ払っていましたので。



 口の中にも入りました。

 なんだか甘い味でした。

 いちごキャンディのような味です。

 懐かしい記憶が蘇りました。




 顔をなんとか拭って振り返ると、もう男の姿はありませんでした。

 とにかく私はこのとき、死ななくてよかったなぁとほっとしていました。

 水浸しでしたが着替えなんて持っているわけもなく、仕方がないのでそのまま私は自分のアパートに向かいました。




 季節は夏の終わりで、切ない空気が肺に広がりました。

 鈴虫の声が辺りから響いていて、なんとなく泣きたい気持ちになりました。

 もう「きれいだね」と一番話したい相手もいなくなってしまいましたから。





 次の日気がついたら、私は公園のベンチで寝ていました。

 頭が二日酔いで割れるように痛かったので、もうそのまましばらく青く染まった太陽を見つめていました。


 流れる雲は、世界の端っこへ向かっているんだろうか、なんて考えていました。



 

 どうやら私は家まで帰れなかったようです。

 あれほど泥酔しましたから途中で力尽きてしまったのでしょう。

 あの不可解な男の件もきっと夢でしょう。



 何回か横に吐き出して、ゆっくりと立ち上がりました。

 それにしても女が一人で夜の公園のベンチで寝ているのに襲われない日本ってすごいなぁと改めて思いました。

 もしかすると私に魅力がないだけかもしれませんが。

 なんせ彼氏も振られましたし。

 きっと私はもう誰からも必要とされない人間なんだろうなぁと、ぼんやりと考えていたんです。



 

 それならいっそ透明人間になりたいなって私は思いました。

 透明になるだけではなく、誰からも認知されない。

 この世界に初めから存在しない存在になりたいなぁなんて考えました。

 理由は特にないです。

 私の好きな歌の透明人間がとっても楽しそうだったので、私もあんなふうに透明な心を持ちたいなぁなんて考えていたせいかもしれません。



 そんなこと思わないほうがいいですね。

 死にたいとか、そういう類のことは思わないほうがいいです。



 どっかの有名な人が言っていた言葉ですが「人間は想像できることまでのことしか実現できない」そうです。

 でもこれ逆に言えば「想像できることはなんだってできる」ってことです。

 もっというと「想像しちゃったら、それは本当になっちゃうよ」ってことでもあるんです。



 

 つまり私は、透明人間になってしまいました。

 それもめんどくさいことに、透明になるだけでなく誰からも認知されなくなってしまいました。



 困りました。

 コンビニに行っても自動ドアは開きません。

 公共の乗り物に乗れば人とぶつかりまくります。


 しかし面白いことに、それでも誰からも認知されません。

 たぶん、うまいこと世界が改変されているのだと思います。


 私が通行人を包丁で刺しても、きっと私の存在は認知されないんです。

 念のため言っておきますけど刺してません。

 証明する手立てもないので、信じてもらうしかないのですが。




 というわけで、私は透明人間になってしまいました。




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