5番めの季節
冬の女王は、祈るように春の女王を待っていました。あれが、5番目の季節が、もうすぐそこまで来ています。
冬の女王は、この国に住む人々や、動物、草木を思って、涙を流して謝りました。
「ごめんなさい。でも、私にはこれしかできないのです」
◇◇◇
お話は去年の春が始まる頃にもどります。
いつものように冬の女王は、高くそびえる”四季の塔”から、春の女王を待っていました。
だんだん暖かくなってくるのは、春の女王がこの塔の近くまで来ているということ。春の女王らしく、とてもおっとりとした、穏やかな日々が始まろうとしていました。
「そろそろ私も塔から出なきゃいけないみたいね。今年は思ったより早い気ががするけど」
そう言いながら冬の女王は、秋の女王が住む次の四季の塔へと向かう身支度を始めました。
そして次の春の女王が少しでもすごしやすくなるよう、塔の中の掃除を始めた頃に、お客さんがきました。
「ごめんください。女王さまはおりますかですじゃ」
塔の入り口から声が聞こえます。
「あら、こんな日にお客様だなんて」
ほうきを持った女王が驚いて塔の窓から下を覗きます。そこにはぶかぶかのコートを羽織っていて上からだと分かりません。
外は春の訪れを感じ取れるようになったとはいえ、四季の塔があるこの山にはまだまだ雪が残っていて、まだまだ外も寒いのです。
この場所は、一番近いお城からでも半日はかかってしまう距離なのに、こんなに朝早く、たった一人で立っているその人を不思議に思いました。
「ちょっと待っててくださいね」
塔の上の窓から顔をだしてそう言うと、女王は階段を急いでかけ降ります。
入口の扉を開けて見てみると、とても歳を取っているような、しわくちゃの顔をした背の低いおばあさんがいました。
「まだまだこんなに寒い朝に、遠くまでようこそ・・・まあ、占いの魔法使い様。お久しぶりです」
占いの魔法使いは、冬の女王になってからは疎遠になっていましたが、それまでは魔法の修行を受けていた先生でした。女王は久しぶりに会う昔からの知人に驚き、優しく話しかけます。
冬の女王というと、この世界の人たちはとても冷たい印象をもっているようですが、待ち望んだ春がくる喜びの為にすすんで憎まれ役を引き受けた、とても優しく、りっぱな人でした。
「いつもいつも、おつとめありがとうございますですじゃ、冬の女王さま。実は大切なお話がありますじゃ」
おばあさんは急にひそひそと声を落として話します。
「なんだかよくないお話のよう。いったいどうされたのですか」
おばあさんの心配を気遣うようにしゃがみこんで聞き続けます。
「ふう、山も七つほど向こうからここまで歩くのは、大変じゃ。占いの魔法使いと言われ、昔はもっと高く遠く飛べたものなのだが、わしももうとしですじゃ」
それを聞いて、女王は驚いてたずねます。
「そんなことありません。魔法使い様もまだまだお元気そうで、安心しました。いろいろとお忙しいでしょう」
「なにをいうのですじゃ、四季の女王たちの大役に比べれば、わしのやってることなぞ、子供のの遊びみたいなものですじゃ。それより、そんなことより、どうか聞いてくださらんか」
寒さと疲れでフラフラになっている魔法使いを、女王は塔の中に迎え入れます。彼女は魔法使いを暖炉の前に座らせ、肩には毛布を掛け、自慢の暖かいスープを渡しました。そして、長旅で疲れた魔法使いをねぎらうように横に座り、足を優しくさすります。
「ありがとう、女王様の暖かい気持ち、失っておらぬ優しさ、安心しましたぞ。じゃがそれよりも、お話させてくだされ。わしの占いに黒い季節が来る、と出たのですじゃ」
女王は首をかしげます。
「黒い、ですか?」
「そうですじゃ」
魔法使いは女王の手を優しく止め、そのあとその手を強く握り直しました。
そして目を閉じて、一つ一つの言葉を、大切に伝えるよう、ゆっくり話しだしました。
「春は伊吹き、夏は盛り、秋は実り、冬は休む。これが季節の理ですじゃ。あなた様はその中で、この世界の未来の為に辛い役を、憎まれ役を引き受けなさってる」
それを聞いて女王は優しく微笑みます。
魔法使いもほんの少し、微笑みで返しましたが、すぐに元の厳しい顔に戻ります。
「わしの占いにでた、”黒い四季の男”のことですじゃ・・・そいつは、今までになかった季節を持ってくる、と伝えておるのですじゃ」
女王は黙って聞きいっていました。
「・・・そしておそらくその季節は、”巡らせない季節”らしいですじゃ。わしのお師匠様のお師匠さまの日記に少しだけ書かれていることを思い出しましたですじゃ」
女王は大きく目を開きました。
「巡らせない季節・・・それはどういう意味なのでしょう」
魔法使いはとてもつらい話を始める前に、大きく深呼吸をしました。
「ご存知のとおり、季節は繋がっておりますじゃ。この世界に4つの塔があり、4人の女王は、旅をしながら世界を巡り、四季をつなげておりますじゃ。人々や草木はその四季の移り変わりを体で、心で感じ、次に何をしなければならないのか考える。これで世界が回っておりますじゃ」
魔法使いは、顔を手でおおって、少しずつ震え始めました。
「巡らせない季節は世界に混乱と長い苦しみを生み出すことになるのは、間違いないですじゃ、なぜなら」
言葉を途中で止め、大きく目を開けました。
魔法使いはとてもとてもおびえた顔をして、空を見上げました。
女王は優しく抱きしめて、魔法使いを落ち着かせようとしますが、震えはいっそう強くなります。
「わしはここに来る途中で偶然、黒い四季の男を見つけたんですじゃ。黒ずくめのマントに黒い服。頭には四季の王冠とそっくりな黒い王冠を付けておった。その男は切り株に座って休んでおった。どこにいくわけでもなく、なにかしたそうでもなく」
魔法使いは大きくひと息つき、またいちだんと大きな声をあげました。
「じゃが男のまわりの草木は、目まぐるしく狂ったように芽を出しながら同時に実をつけ、瞬く間に葉を落としていったですじゃ。そして最後には黒く、ただ黒くなってしもうた。その山に住む食べるものがなくなった動物たちは、痩せほそった黒い実を食べて、眠るように、黒くなって動かなくなったのですじゃ」
魔法使いは悲しい顔を見せ始めました。
「あの男が去った後、あの生意気なキツネも、珍しく優しいあのクマも、お調子者のウサギも、わしがどんなにゆり起こしても、死んだように動かなくなってしまったのですじゃ!!」
魔法使いは女王にもたれかかり、今まで我慢してきた気持ちが途切れてしまったかのように泣き始めました。
女王は魔法使いの言葉に、不安な気持ちや、悲しい気持ちが湧いて出て、たずねました。
「魔法使い様。何か私にできる事はありませんか」
その言葉を聞いて、魔法使いは強く願うように言いました。
「絶対に四季の巡りわ止めてはならんのですじゃ。わしはこれから秋の女王を追いかける。そんで旅すがら、男を止める方法を調べますじゃ。ですから冬の女王様、どうか、どうか季節をお守りくだされ」
◇◇◇
季節は冬から春になっていました。
四季の女王たちは季節が変わることを伝えるために、その国を治める王様に会いに行きます。
その日は、冬の女王が挨拶にきて数日後の、春の女王が来たばかりの日。
その国の王様は冬の女王の元気がなかったことも心配でしたが、それよりも今手にしている報告書が気になって仕方がありません。
それには、なんだか嫌な感じのする、”黒い山”と”男”の事が書いてありました。
その報告書を書いた兵士を呼びつけ、詳しく聞くことにしました。
「長旅ご苦労であった。さっそくだが、お前の報告にあった、“黒い山”と”男”の事を詳しく話してほしい」
呼ばれた兵士はこれ以上疲れることができない、そんなひどい顔で話し始めます。
彼はもう帰ってきてから、ひとかけらのパンも食べず、一晩も眠っていません。
「王様、王様。その山には色々あるのですが、なにもかも黒いのです。本当なんです」
王様はため息をつきました。
「これこれ、そんなんじゃ明日になっても私はなにもわからないぞ。落ち着くのだ、説明は順番にな」
王様はこの国の平和を守ってきた、とても頼りがいのある人です。その言葉には自信と力があり、目の前の兵士をしゃんとさせました。
「失礼しました、王様。その黒い山はこの城から南に10ほど向こうの山にあります」
兵士は何かを思い出すかのように、目を伏せました。
「その山には緑の葉も、紅葉の葉も、枯れ葉も、そして実も同じように落ちています。しかし木々には一枚の葉もありません。しかし木は枯れていないのです。緑をつけるのをやめ、ただ黒く立っているのだけなのです」
王様は片方の眉をあげて聞きました。
「さっきの説明からはずいぶんましになったが、またおかしな事を言う。”立っている”のは当たり前ではないか。そう思っただけで、山全体の木が枯れておったのだろう?すすの多い山火事があったか、何かの草木の重い病気か何かではないのか?」
兵士は大きく首を振って否定しました。
「そうではないのです。王様。木々は燃えてもおらず、死んでもいないのです。なにもせず、ただ眠っているようでした。それに、もう春も過ぎているのに、不自然なほど黒く、芽吹く様子は全くありませんでした。その山だけがなにも起こってない。そして・・・」
王様はこの兵士の雰囲気からただの出来事ではないと考え始めていました。
「同じようにそこにいる動物達もその山に黒くなって倒れているのです。そいつらも死んでおらず、なにをしても動きませんでした。ただ、とてもゆっくりと息をしているだけなのです。強く揺さぶっても、つまみあげても、目覚めないのです」
王様はあごのヒゲをもしゃもしゃし始めました。この時の王様は、難題に向かって考えるときのくせでした。
「他のものの意見も聞きたい。残り3人の同行者も呼んで参れ」
よく訓練された王様の兵士は、いつも4人で旅をします。そうして何かあった時のために役割を分けたのです。しかし、そう命令する王様の言葉に兵士はただ立ち尽くし、首を振ります。
「申し訳ございません。他の3人は来られません」
王様はぴくり、と眉を動かしましたが、ただそれだけで黙っていました。
「私と共にいたうちの1人は、その山の実を食べ、1人は動物の肉を焼いて食べ、黒くなってそのままです。そして後の1人は・・・」
兵士は途中で口を閉ざしました。
「続けよ」
王様は話す事を止めることは許さんとばかりに命令しました。
「帰還の途中で会った黒ずくめの男とすれ違い、黒くなって倒れてしまいました。その男の頭には四季の王冠と同じ形、ただ黒い色をした・・・」
王様は驚きます。
四季の女王と同じ王冠をかぶった男、あの素晴らしい王冠を兵士も間違えるはずもないでしょう。
四季の女王たちは塔に入る前に、そして出ていく前に必ずお城にきて挨拶をしていきます。だから兵士達はいつも王冠を見ているので、簡単に間違えたりはしないのです。
「言うなればその男は”四季の女王”ならぬ”四季の王”ということか。で、その倒れ、黒くなった兵士の3人はここに、この城に連れてきたのであろうな」
兵士はうなずきました。
「はい、全員医者にも診てもらいました。しかし首を横に振るばかり。死んでいない、だが眠ってもいない、と」
王様はそれを聞くと立ち上がりました。
「ご苦労であった、兵士よ。しっかり休め、そして回復し、また我を手伝え。命令である」
王様はそのまま続けます。
「しかしその前に・・・その黒ずくめの男とやらの似顔絵、姿絵の作成を手伝え」
王様は王座から歩き出し、今報告を終えてひざまずいている兵士の肩に優しく手をかけ、命令を続けます。
「その黒づくめの男を直ちに見つけるのだ。そして国じゅうの役人に見つけたら近づかず、すぐに我に報告せよ。このことはいらぬ混乱を与える。民には絶対に知られてはならぬと強く命令する。そして大臣よ」
王様のそばにいてずっと一緒に話を聞いていた大臣が前に出ました。
「ははっ」
その顔には、国の一大事をなんとかしなければならない決意が込められていました。大臣も真剣な顔でひざまずきます。こんな王様を見たのは初めてで、これは国の大変な一大事だと感じていたのでした。
「山奥にいる占いの魔法使いに倒す助言を求めよ。その男はなにやらとても危険に思えて仕方がない。馬を使え。急げ!」
◇◇◇
季節また過ぎ、夏から秋になりました。
お別れの挨拶に来た夏の女王の元気な姿や、秋の女王が持ってきた沢山のお土産と笑顔を見ると、冬の女王の悲しげな雰囲気は何かの間違いではないかと王様に思わせました。
しかしそこに命令した大臣や兵士達が暗い顔をして集まりだしました。
王様は彼らの姿を見て顔をしかめます。
「誰の報告も聞きたくないが・・・とにかく誰か話してくれ」
そんな王様一言に、地方の役人が立ち上がります。
「王様。お触れにあります黒ずくめの男の事ですが、今はこの城から7つ目の山にいるようです」
王様は役人の方を向き、質問しました。
「その山の、さらに向こうの山々はどうだったのか、見たのか」
その質問に役人は黙ってうなだれます。
「なるほど、やはりあの兵士は間違っておらんかったのだな」
あの後、報告を終えた兵士はしばらくして天に召されてしまいました。食べようとするとあの山の事が、寝ようとするとあの男の姿が頭をよぎり、なにもできませんでした。結局、その兵士は決して覚めることのない休息を選んだのでした。
王様はその苦い思い出を心の引き出しに閉じ込めて、大臣に振り向きました。大臣は、王様の顔を覗き込んで、心配しています。
「大臣、ご苦労であった。えらく時間がかかったようだが、魔法使いには会えたのか?」
出発するときには少しお腹周りがふっくらしていた大臣が、げっそりと痩せた体つきになってしまっていました。
「申し訳ありません。魔法使い様は家におらず、会えませんでした。彼女は旅を始めておるようです。その行き先はわかりませんが、恐らくどこかの女王の元なのではないでしょうか」
王様はうなずきます。
「やはり、黒ずくめの男と関係があるのか」
大臣は話を続け、懐からなにやらとりだしました。
「はい。そして、魔法使いの机の上には王様宛の手紙がありました」
差し出された手紙には四季の女王の紋章がかたどられていますが、黒いレースで覆われて留められています。
そして一言、”意味がわからぬ間は決して開かぬよう”と書いてあります。
王様はその言葉をまったく気にせず、開け始めます。もうこの意味がわからないわけではありませんでしたから。
王様は暗い気持ちで魔法使いの手紙を読み始めました。
『王様。今回の事はあの四季が見える丘でお茶なんぞ飲んで、笑い話で終わらせたかった。
じゃがわしがやったいくつかの占いは、王様が助言を求めてこの手紙を読む、となっておる。もしそうなら本当に残念じゃ。
王様。今わしは女王に会う旅を中断してこの手紙を書きに家に戻った。わしは四季の王、あの黒ずくめの男を倒す事ができる方法を知ったのじゃ。
それは旅の途中の村で聴いた、古い古い歌にその答えがあった。しかしそれを成す事は恐れながら王様にも難しいじゃろう』
王様がここまで読んで、ふふんと鼻を鳴らします。
「見くびっているのか、あのバアさんめ。それと、冬の女王の元気のない理由がわかったわ。これを知っておったのだな」
王様は一枚めくって読み始めましたが、すぐに顔をしかめます。
『きっと王様は鼻を鳴らしてバアさんのたわ言と笑うじゃろう。しかしそれは王様の力が足りないとかではないのじゃ。
王様自慢の近衛兵なら四季の王を倒すことはできるかもしれんが、城には、それができる者がもうおらんはずしゃ』
「バアさんめ、もったいぶるな。どういう意味なんだ」
王様は眉をあげ、読み進めます。
『四季の王、その黒ずくめの男を倒すことは、それほど難しくないのじゃ。彼もこの世界ではただの人じゃ。四季の王の魔法に気を付けながら、倒せばよいだけなのじゃ』
王様はこれを読んでまた、驚きました。どこから生まれたかもわからない、世界の破滅の力を持つ男が、ただ命ある人間と同じとは信じられなかったからです。
魔法使いの言葉は続きます。
『しかし、すでに王様達はまた別の魔法にかかっているはずじゃ。それは四季の王のことを誰かから聞いてしまうと、その姿が見えなくなり、その声は聞こえなくなり、そして触れることもできなくなるのじゃ』
王様は手紙から目を離し、地方の役人に声をかけます。
「おい、お前に預けた領地で、今全部で何人の役人で仕事をしておるのか?」
突然おかしな事を聞かれた地方の役人は、それでも頑張って答えます。
「多分、20人ちょっとかと」
王様はまた質問をします。
「その中で黒ずくめにあったものは?」
「いえ、1人も。ただ、川の向こう岸の草木がおかしくなる様子を見たものはいます。北に向かって順番に葉が落ちて黒くなっていくのは気持ちが悪かった、と申しておりました」
王様は歯を食いしばります。
「ええい、なるほど打つ手がないではないか。魔法使いの言う通り、わしの優秀な部下たちは手出しできん。どうすれば良いのだ」
王様はしわくちゃになりかけている手紙に再び目を向け、読み続けました。
『わしも失敗してしまったのじゃ。冬の女王にこの話を最初にしてしまった。優しくも気高い冬の女王の魔法は、あらゆるものを凍らせる事ができる。
わしが何も話さなければ、黒ずくめの王が塔に入った瞬間、氷漬けにしたじゃろうに。1番の切り札を、わしは1番初めに捨ててしまったのじゃ。
もし、他に黒ずくめの男を倒す事ができるとするなら、自分で考えて、黒ずくめの王を打ち取らねばならないと考える者しかおらんのじゃ。
わしの占いではまだぼんやりとはしておるが、その英雄は必ず現れるはずじゃ。
王様。とても難しい宿題になるが、四季の女王達を助けてもらえまいか。こんな老いぼれでは黒ずくめの男を倒す事はできぬ。じゃがわしにはこの目で、あの男が見る事が、追う事ができる。今から跡をつけて様子を見るつもりじゃ。
それでは、また連絡する。
わしの頼りがいのある生徒よ。
占いの魔法使い』
「・・・今までで、いちばんの難問ではないか、見えぬ相手をどうするのだ、先生」
王様は、自分を頼りにしている魔法使いに嬉しさ半分の苦笑いをしました。
「大臣、城じゅうの学者を集めよ、何ができるか、皆で話し合おう」
◇◇◇
その国には旅が大好きな狩人がいました。
まだいったことのない山を、川を、海を巡り、国じゅうの色々な街を回りました。果物や山菜を採り、自慢の弓矢で獲物を捕まえ、舌鼓をうちました。
彼は季節にちなんだ食べ物を楽しみます。
そのせいか、彼は季節の移り変わりを楽しみ、そして誰よりも四季の女王に感謝していました。
春の鮮やかな花々も、夏の雄大な生い茂る木々も、口いっぱいに広がる果物の甘さも、冬の凍えそうな寒さも、彼にとっては喜びなのです。
そして特に冬の女王の役割は、とても重要である事を知っていました。冬は何も生み出しませんが、冬がなければ、ほんとうの春は来ない事を彼は知っているのです。
そんな旅の途中で、おかしな噂をききました。
どこかに、黒い山があると。そして狩人が今入ったこの山は、その山ではないかと考えていました。
木々の枝はただ黒く、もうすぐ秋だというのに、花を咲かせる草木も、実を付ける草木もありませんでした。
狩人はさらに気が付きました。
黒い草木からも、足元に横たわっている黒く無防備な動物たちからも、なにか嫌なにおいがします。それは、今まで嗅いだこともない、とてもだるくなる、眠ってしまいそうになるようなにおいでした。
狩人はそのにおいが嫌いで、その場を離れようと、まだ黒くない緑が見える方向に急いで歩き出しました。
そうすると、けもの道の途中で、ひとりの男が佇んでいました。どこかに行きたいようでもなく、なにかをしたいようでもなく。その後姿は真っ黒なマントに真っ黒な服で、とても不気味に見えました。
狩人が近づいていくと、その男からいちばん強くにおいがしているので、思わず離れました。
そして驚きました。男がいる周りの草木が、みるみると葉つけ、葉を落とし、枝だけになって、黒くなりました。男が一歩すすむたびに、その周りの草木がおかしくなるのです。
さらに狩人は、おかしなことに気が付きました。その男は、季節の女王がつける王冠と色違いなだけで同じものをかぶっていました。
狩人はその姿を見て、とても不安になりました。そして思わず声を掛けてしまいました。
「おい、そこの男。お前はなにをしている。おかしな格好をしたおかしな奴め」
男は淡々と話しました。
「・・・なにもしていない」
狩人はその男の感情のない低い声と、話し方が不気味に思えました。その言い方が気に入らない狩人は男を責め立てます。
「お前の周りの草木は、とても苦しそうだ。強い毒かなにかをまいているのか。やめるんだ」
狩人の強い言葉にも、まるで気にならないかのように変わらず淡々と話す男でした。
「・・・こいつらはわからなくなっているのだ」
「わからない?なにがわからないのだ」
「季節だ」
「なにをいっている。これから秋だろう」
「・・・私が知らないわけではない。こいつらがわからなくなっているだけなのだ」
狩人はこのやり取りはきりがないと考え、違う質問をしました。
「その王冠を何故お前がかぶっているのだ」
黒ずくめの男は、その質問が気に入らないようで、少し大きな声で狩人に伝えました。
「この王冠は始めから私のだ。気がついた時から、ずっと私のものだ。誰からも取っていない、誰にも渡さない」
この言葉に嘘はないようでした。
「それをお前が持っているのはおかしい、それは四季の女王の王冠。四季を司る、大切なあかしのものだ」
四季の王冠は4人の女王の象徴です。
春の王冠は新緑を思わせる若草色の輝き。
夏の王冠は太陽のような黄金色の輝き。
秋の王冠は暖かさと実りを感じるオレンジの輝き。
そして冬の王冠は、雪のような白銀の輝き。
しかしこの男の王冠は、すべてを飲み込むような黒い、真っ黒な王冠でした。
黒ずくめの男は狩人を見続け、今言われた言葉の意味を考えているようでした。そしてしばらくした後、ぽつりと言いました。
「そうか、四季の王はまだほかに4人もいるのか」
そういって狩人のことなど忘れたように、足早に去っていきました。
残された狩人は、その不気味な男の後を追うことを止めました。これ以上追いかけると、なにかよくないことが起こると考えたからです。狩人もこの嫌なにおいから逃げたしたくて、急いで山を下りました。
◇◇◇
王様のもとに、秋の女王が今年の収穫に満足できたとお別れのあいさつに来ました。そしてその数日後に、冬の女王が謁見に訪れました。
「ごきげん麗しゅうございます、王様」
いつもの優しい微笑みをやっぱり見せない女王に王様は玉座から立ち上がり、女王の前にひざまづきました。
「冬の女王。そなたの心中、わしには察しきれぬ。魔法使いからは、まだ黒ずくめの男は来ないと聞かされている。せめて今夜だけでも、城でくつろいでくれないだろうか。気がすすまぬだろうが、わしにはそのくらいのことしかできない」
冬の女王は小さく優しく微笑んで、その少し白髪が増えた王様の頭をぽんぽん、と撫でました。
「私のかわいい坊や。もう、知ってしまっているのですね」
「母君、我が無力、お笑いくだされ」
四季の女王は定期的に交代します。ただ、春、夏、秋の女王は長くても10年くらいで交代するのですが、冬の女王だけは何百年か毎に交代します。つい40年ほど前に、王様のお母さんが選ばれてしまいました。
前の冬の女王が指名したのです。
王様のお母さんは冬の女王の大役、私でよければ、と引き受けました。まだまだ子供だった王様はお母さんがいなくなる事に毎晩のように泣いたものです。
そしてお母さんも毎晩のように泣きました。女王になるとその間、年をとりません。毎年何日かだけ、家族に出会え、会うたびに自分と”離れて”いくのです。
数年前に、女王の夫からの最後の手紙を受け取りました。そしていま、自分の子供が国の為だけではなく、私のために泣いています。
冬の女王は優しく話しかけました。
「一国の王様が情けない。ですがそんな息子を、私は誇りに思います。そして王様、諦めてはいけません。貴方は最後までこの国を守るのです」
王様は顔を上げてニヤリと笑います。
「おっしゃる通りです。私がこんなでは、誰も黒ずくめの男を倒すことはできないでしょう。しかし私もやれることはやらなければいけません」
その日の夜、王様と冬の女王、そして城内の人々は、ほんのいっときだけ、この悲しい出来事を忘れて楽しみました。
料理に舌鼓をうち、大臣の手品に笑い、王様は母親に教えてもらったダンスをしました。そして世が明けるまで、親子で思い出話に花を咲かせました。
◇◇◇
冬の女王が塔に向かい、しばらくすると、いつもの冬より寒く、沢山の雪が降り始めました。
湖が凍り、川が凍り、そして街の人々がなんだか今年の冬は変だぞ、と思い始めたころ、王様は街にお触れを出しました。
そのお触れは城にいる王様、大臣、学者から、城の掃除をしている使用人まで、一生懸命考えたもので、強い願いが込められています。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。』
女王が巡回することが当たり前のこの世界で、なんとも不思議なお触れです。
街の人々は、はじめは何かの冗談かと思ってそのお触れに見向きもしませんでした。なぜなら、放っておいても女王様は勝手に交替するからです。そして、その順番を変える事は誰にも、あの魔法使いですら止める事は出来ないからです。
好奇心の強い冒険者は役人に質問します。しかし返ってくる答は誰もが口を揃えたように「自分で考えろ」でした。
冬の女王がいる塔に、雪が降りしきる中でなんとか出向いてこのことを聞いても、「ご自分でお考え下さいませ」と言って扉を閉めてしまいます。
街の人々は、王様の素敵ないたずらか何かと考えて、どうせやってくる春の女王なんだから、お城での王様の挨拶がおわったら、塔まで案内する役をどうやって指名してもらうか、と考え始めました。みんな交替する瞬間に立ち会えれば、褒美の権利を勝ち得ると考えたからです。
派手な衣装を考えるものや、大きな声が出るよう練習するもの、一見とても平和な国、楽しいお触れに見えました。
街の人々は、色んな噂・・・黒い山の噂なんかも忘れてしまうほど、このお触れに夢中になっていきました。
お城から王様はそれを眺めて、うまくいきそうだと思うのと同時に、ため息をつきます。
「きっと魔法使いが言ったように、黒ずくめの男を倒す者が出てくる。王である私が、ただ祈るだけなんて、なんと無力だろうか」
◇◇◇
四季の王、黒ずくめの男は雪の中を歩きながら、色々な事を考えていました。
どうして自分の行く先には草木が生い茂らないのだろうか。
どうして自分の周りは黒くなっていくのだろうか。
どうして果物は貧相な実しかつけず、渋いものばかりなのだろうか。
どうして動物たちは動かなくなってしまうのだろうか。
どうして人々は逃げるか倒れるかしか、しないのだろう。
少し前から離れたところにいる、あのばあさんも、私に何もしない。
私はどこからかで生まれたが、私は何も生み出さない。
秋に会ったあの男がいった、4つの季節のことを考えていました。
「女王は4人もいるようだが、王は私1人だ。季節に4つも要らない」
そうだ。あの塔に向かい、その女王達をいなくしてしまおう。
◇◇◇
ひとり、お城のお触れの前で立っている旅人がいました。まだなりたての旅人でしたが、人一倍この世界の色々なことを知りたいと考えていました。
旅人になるくらいなので、自分で自分を守るくらいの強さと意思を持っている、しっかりとした青年でした。
なんどもお触れをみては首をかしげました。
「とてもおかしなお触れだけども、僕は何かを伝えようとしているんだと、思う」
こんなのはとても簡単なことだと、待っていればいいんだ、と町のみんなは話します。
ですが、役人はその意味をぜんぜん答えてくれません。街の噂好きの商人からは冬の女王も同じだと言っていました。
旅人はとても興味がわいていました。
当たり前のことなんだけど、それで終わらせるなんてもったいない、とも思いました。
「本当に簡単なことなら、やってしまえばいいんだ。うまくいかなくても、春はやってくる。うまくいけばすっきりするし、ご褒美ももらえる。まずは、春の女王に会いに行こう」
彼は春がとても好きで、春の女王にもちゃんと会ってみたいと思っていました。そう思うや否や、彼は東のほうにある別の季節の塔に向かって進んでいました。
◇◇◇
冬の女王は魔法使いからの使いの鳥が運んできた手紙を読みました。
『冬の女王様。残念なお知らせばかりをする、この老いぼれを許してくだされ。
悔しいことじゃが、後を付けていようが、聞き耳を立てていようが、このおいぼれのことは全く気にしておらんですじゃ。
ただ、たった一言「季節は1つでいい」と言って歩き出したのですじゃ。向かっているのは、冬の女王様がいる四季の塔じゃ。
何故あんなに簡単に方向がわかるのか、わしにはわからないのじゃが、すたすたと歩き始めたことにはびっくりしたですじゃ。わしは足止めに、いろんな魔法を使ってみたのじゃが、さすがは四季の王、わしなんて、なんの力にもならなんだですじゃ。
季節の王の魔法は強い。なんとか、足に怪我を負わせたようじゃが、それ以上は何にもできなんだ。
わしも守護の魔法を沢山かけたおかげで、こうやって手紙をまだ書けるのじゃが、もう体半分、足が動かんようになってしまったですじゃ。そしてこの黒いものが、じわじわと上に上がってきておるのじゃ。
もしかしたらこれが最後になるかもしれん。もし、黒ずくめの男が倒れてこの魔法が解ければ、またきっと会えるじゃろう。
じゃが、もう一度お前に会いたかった。
今、わしの周りには、お前が降らせている優しい雪がおる。とても沢山の雪じゃ。冷たくなんてない。お前のみんなの幸せを願う悲しい想いが、思いやりが沢山詰まった、きれいな雪じゃ。
冬の女王よ、かわいい弟子よ。四季の王、黒ずくめの男を塔に入れてはならぬ。わしの最後の占いでも、英雄は必ず現れると出た。しかし、いつ現れるかがわからないのじゃ。
それまで、頑張って欲しいのじゃ。耐えて欲しいのじゃ。
それと、最後になるかもしれん、わしの頼みじゃ。どうか、元気でいて、願わくば、生を全うして欲しい。必ず、お前も報われるはずじゃ。
私の自慢の一番弟子へ。
占いの魔法使い』
「お師匠様」
冬の女王は泣き崩れました。冬の女王にとって、魔法使いはもう1人のお母さんでした。
身分の違いや、お互いの仕事があるので、少しよそよそしい感じで話していましたが、心の中ではとても頼りにしていました。
そして冬の女王も、黒ずくめの男が近付いていることに気がついていました。3つ向こうの山が、いつものようではなくまるで生気のない山と言えるような、黒く暗い山になっている事を。そしてそれが、黒ずくめの男の仕業だという事を。
冬の女王は意を決して塔にこもる準備をしました。絶対に、この黒ずくめの男をこの塔に近づけてはいけない、とても強い決心でした。
冬の女王は魔法を唱え、祈りはじめます。
沢山の雪、強い風、濃い霧、暗い雲で覆って足止めをするつもりでした。雪で一歩でも遅くなるよう、風にあおられて転んでしまうよう、霧で道に迷うよう、夜と間違うほどの暗さで、すこしでも休む時間が長くなるように。
他の季節の女王が使う魔法では、きっと歯が立たなかったでしょう。
春の女王の魔法は、草木をすくすく元気に育てる魔法です。
夏の女王の魔法は、熱い夏の日差しの終わりに雨を降らす夕立の魔法です。
秋の女王の魔法は、もっと果物が甘くなる魔法です。
冬の女王の魔法は冬の天気を変える魔法でした。何年も何百年も長くその役割につく分、誰よりも強力な魔法でした。そして女王の魔法は自然のものなので、黒ずくめの男の魔法が効きません。
冬の女王は祈るように春の女王を、ただ信じて待つことにしました。みんなが嫌がる、寒さ、冷たさ、暗さを使って。
女王はこの国に住む人々、動物、草木に涙を流して謝ります。
「ごめんなさい。でも、これしかできないのです」
寒さに凍える事も、暖炉の暖かさも、あの男がきてしまえば意味がなくなってしまいます。それではみんなが、この国が、この世界が終わってしまうかもしれないのです。
冬の女王は必死に祈りました。
必ず現れる英雄の登場を待ちます。
そしてその者の成功を願いました。
◇◇◇
旅人は春の女王が住む、四季の塔にやってきました。好奇心が強く、知りたいという気持ちが、彼の足を速めました。旅人になりたいと思っていただけあって、ふつうの人よりずいぶん早く進めるのです。
春の日差しはとても暖かく、小鳥のさえずりはとてもうれしい気持ちになります。春の女王がいる塔には、沢山の人々が集まっていました。
みんな、女王と楽しいお話がしたいようです。春の女王は、その朗らかな性格と、春の陽気が重なって、人気者です。
旅人は楽しく笑いあう人々の輪の中にはいり、声を掛けました。
「あのう、春の女王さま」
春の女王は旅人の方を向き、優しく微笑みます。
「なんでしょう。旅のひと。なにか慌てているようにみえますが・・・」
旅人は話し始めます。
「私は、今、冬の女王が住んでいる国のものです。先日、王様からお触れがでました。その内容は、冬の女王を春の女王と交替させてくれと言うのです」
春の女王は首をかしげました。
「ええ、私もしばらくすればここを出発し、冬の女王と交替します。ですのでもう少しお待ちになれば、それは叶いますわ」
旅人は、予想できた、当たり前の答えを聞いて、確かにその通りだ、と思いました。
「はい、その通りです。しかし私の国では今、冬の女王が沢山の雪を降らせて、湖や川を凍らせるほどひどい冬になっています。そのせいなのかもしれませんが、王様は早く春の女王に代わってほしいんだと思うのです」
春の女王はさみしそうに笑いました。
「冬の女王は、意味もなくそんなことをしないものです。きっと何か理由があってのことでしょう。それに私も、今すぐここを離れなければならないとは思っていません。まだまだ、ここにわたしの仕事は残っているのです。私も、他の四季の女王も、自分がそうしたいと思うときにそうするのです。そればかりは、誰にも邪魔をさせません」
最後の一言は、行き先すら自由にできない四季の女王のただ一つのわがまま、それに意見を言ってはいけない雰囲気にさせました。
旅人はすぐに謝ります。
「すみません、女王様。それでは旅立つ時まで、待ってもよいでしょうか」
春の女王はにっこり笑います。
「もちろん、構いません。旅立つ時にはお声をおかけします。それまでこの春をお楽しみください」
そういうと、春の女王は、笑顔で走ってきた女の子をだっこして、色々な花が咲く花畑へ歩いて行きました。
旅人は思いました。
「一緒に国に帰れば、なにがあったのかわかるだろう。それなら僕もそれまで春を楽しもう」
彼は、青く生い茂る草原に寝転んで昼寝を始めました。
「おう、なりたてじゃないか」
声の方を向くと、国の旅人仲間が同じように寝そべっています。
「なんだ、みんなもここにいるんだ」
他の旅人達は、声を揃えていいます。
「あのお触れをみて、何もしないなんてないよ。待つくらいなら行けばいい。お前もそう思ったんだろう?」
旅人はため息をつきました。
「あーあ、みんなも同じ事を考えてたんなら、意味ないじゃないか」
そういいながら目を閉じました。
暖かい陽気が、眠気を誘います。
◇◇◇
狩人も旅人から少し遅れて、しんしんと雪が降り続く中、城下町まで来ていました。そして城の前にある、あのお触れを読みました。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。』
「どうしてこんなことをわざわざ書くのだろう」
狩人もはじめはそう思いましたが、ふと、秋にあったあの男の事を思い出しました。
いやな予感がして仕方がありません。
そして、その予感のことを考えれば考えるほど、このお触れがなにかを伝えている気がして仕方がありませんでした。
春の女王と交替させられない、交替できない理由があるのかもしれない。
冬の女王は次の冬に廻ってこられない理由があるのかもしれない。
何かが、誰かが、季節を妨げているようにしているのかもしれない。
『四季の王はまだほかに4人もいるのか』
忘れていたあの男の言葉が、急に思い出されました。あの不気味なほどの低い声。なにも感じない言葉。そして、自分が四季の王だといったことがとても気になりました。
狩人は知らず知らずのうちに、冬の女王がいる塔に向かっていました。
◇◇◇
冬の女王は、無限に続くかもしれないと思うほど、雪を降らせています。
とても静かな世界の中で、たったひとりで塔にいる女王は、ただ祈り続ける中、色々な思いが頭をよぎりました。
もしかしたら、誰も倒せないのではないだろうか。
もしかしたら、もう終わっているのではないだろうか。
もしかしたら、私はやりすぎていないだろうか。
もしかしたら、黒ずくめの男は違う塔に行ったのではないだろうか。
もしかしたら、魔法使いが間違っていて、ただ長く厳しい冬をみんなに過ごさせているのではないか。
もしかしたら、このまま雪を降らせ続けて、黒い季節と同じように、雪しかない何もない世界にわたしがしてしまうのではないだろうか。
もしかしたら。
もしかしたら。
冷ややかな言葉の雪が、外と同じように彼女の心に降り積もります。自ら生み出す重い言葉が、心を冷やしていきます。
そんな思いを、そんな心配を頭や肩に積もった雪を払うように振り払います。
冬の女王は、自分を疑えば疑うほど、なにがなんだかわからなくなっていきました。
そんな辛い中で、女王は思い出します。
魔法使いの心配する顔と、自分に課せられた使命。
王様の笑顔と困難に立ち向かう決意。
そして彼女を指名した冬の女王の辛い気持ち。
彼女が冬の女王であるために、女王であるからこそ、色々な人が、彼女のことを想ってくれています。その暖かい気持ちが、沈んでいく気持ちを押しとどめました。
彼女は、冬の女王はそのまま祈りづづけます。
長い冬がまだ続きます。
◇◇◇
狩人が前に進むことはとても大変でした。
お城から半日ほどで着くはずの塔が、まだ半分も進んでいません。
塔に向かえば向かうほど、雪が増え、吹雪は強くなります。お城では足が埋まるくらいでしたが、今では膝まで埋まってしまいます。
降りしきる吹雪の中、狩人はこの雪から伝わる悲しみを感じていました。
しかし、その景色にも変化が現れました。
狩人の進む道の右側、南のほうが、黒く色を変えていました。
積もりゆく雪も、空から降る雪も、少しずつですが、黒っぽくなっていき、とうとう黒一面の雪景色が見えるようになってきました。
そしてあのにおいがしてきます。
「このにおいは、あのときの・・・」
雪道を歩きながら狩人は考えます。
あの秋に入った黒い山のこと、あの黒ずくめの男のこと。白い雪が黒く、落ちていきそうな深い穴が開いたような気持ちにさせる、黒い雪。
とても歩き辛い道ですが、狩人の足は早まります。とても嫌な予感がします。とても冬の女王のことが心配になります。
狩人はもう疲れ切っていました。
足に付く雪は重く、そして積もった雪はとうとう、膝の上まで来ています。
これまでも冬の女王は、こんなに雪を降らせることはあまりありませんでした。
はやる気持ちを進む力に変えて、狩人は進みます。そうすると、四季の塔が見えてきました。
そして、塔のすぐ下に、黒ずくめの男が立っていました。
黒ずくめの男が通った後の足跡は黒く、その色はじわじわとですが、黒く広がってきています。
この色が全体に広がった時、世界も終わるのでなないかと思いました。
狩人は男に向かって叫びます。
「待て、黒いの」
黒ずくめの男は、足を止め、振り向きました。
「私がただ1人の季節の王になる。まずは冬だ。冬も何もない。白い雪ばかりだ。黒になっても同じだ」
狩人が首を振ります。
「同じではない。冬は春、夏、秋の為にある。冬の厳しい季節があるからこそ、春の息吹に力があるのだ。お前の回りを見ろ。お前が通った後は黒一色だ。草木は葉を開かず、花を咲かせず、実をつけない。動物は二度と目を覚めない。ただその全てを止めてしまい、次がないのだ」
黒ずくめの男は立ったまま、しばらく考え込むようなしぐさをしました。
「ややこしい。1つで良いではないか。その方が簡単だ。草木も動物も、そして人間も死ぬわけではない。永遠にそのまま夢を見続けるだけだ」
狩人は矢をつがえました。
「そんな事はさせない。世界は止めない。お前はここで止める」
四季の王は低く笑います。
「ははは、そうだな。止めないとお前の世界は終わるんだろう。その矢を撃つのか。そして私の世界を止めるのか」
狩人はほんの少しだけ戸惑いましたが、四季の王に向かって打ち放しました。矢はそのまま王の胸に刺さります。
そして、黒と白の景色の中に、赤い血が混ざりました。
「私は王として生まれた、ただの人間だ。王であるのに私を知るものはおらず、ただ1人になって死んでも誰も私の事は知らないままだ。お前を除いて。・・・私はなんだったのだ」
そういいながら、黒ずくめの男、四季の王は倒れました。
倒れてしばらくすると、彼を取り巻いた黒い雪が、だんだんと白くなっていきます。
その雪は南に向かって、男が進んできた道を逆にたどるように、色が抜けていきます。
◇◇◇
春の女王がこの国にやってきた時、まだ雪がすこし降っていました。
春が来ているのに雪が降っていることは、とても珍しいことだったのですが、街の人たちの歓迎ぶりにはとても戸惑いました。
派手な服を着た人たち。
とてもうるさく女王を呼ぶ人たち。
看板を持ってアピールする人たち。
他にも大勢の人たちが春の女王を歓迎しています。一緒にやって来た旅人も何が何だかわかりませんでした。
長い冬があった事は、これまでも沢山ありましたが、こんなに春を待ち焦がれられたのは初めてです。春の女王は沢山の人混みをかき分けながら、なんとかお城にやって来ました。
「王様。春の女王でございます」
「長旅ご苦労であった。手厚い歓迎を受けたようだな・・・冬が長かった分、国のみんなには、沢山春を感じさせてやってくれないだろうか」
春の女王はうやうやしくお辞儀します。
「かしこまりました。それでは早速そういたしましょう」
挨拶を済ませ、城から出て来た春の女王の前に、さっきよりも沢山の人が待っていました。城門から出てきた女王に大きな歓声が待ち受けます。
「本当にやっと春が来たよ」
「長くて辛い冬だったよ、冬の女王様も意地悪だな」
「きっと私らのことなんて考えてないんだよ。ずっと塔にこもりきりだから暇なのさ」
「冬なんてなくなればいいのに」
「早くやんでしまえ。こんな雪」
春の女王も含めここにいる人たちは、知らない間に世界が救われていることを知りません。
春の女王は待っていた人達に大きな声で伝えます。
「4つの季節が分け隔てなくみなさんのもとに届くように、私もこれだけ歓迎している人達から誰かを選ぶことなど出来ません」
春の女王は一息おいて、回りを見回します。
「それで・・・みなさんと一緒に塔まで行きたいのですが、どうでしょうか?」
春の女王の提案にちょっとだけ、しん、としましたが、次の瞬間、どっと歓声が湧きました。
「そうだな、それがいいな」
「春が来たことが何よりのご褒美だよ」
「それじゃみんなで歩こう」
笛の音色、太鼓の音。
まるで何かのお祭りのようなパレードでした。
春の女王はみんなと合わせて進みながら春の踊りを披露します。
それはとても陽気な、暖かい踊りでした。
春の女王は歌い始めました。
はじめは春の訪れを喜ぶ歌でしたが、沢山の雪がまだ残っているのを見て、すこし止まって、穏やかな歌を歌い始めました。
冬がなければ草木も芽がでない。
冬は1番優しい季節。
春の喜びは冬の辛い思いがあるから、と。
春の女王は長い冬や厳しい寒さのあった冬を迎えた所には、冬の女王を嫌いにならないで欲しいという願いを込めて、この歌を歌う事にしています。
パレードに参加している人たちは、春らしくない、今までと違う歌に首をかしげましたが、結局は気にせず、陽気な踊りや楽しい歌に参加します。
それは女王が塔に着くまで、続きました。その大きな歓迎の音色を、王様はその姿が見えなくなるまでお城から見送りました。
そして、塔にいる冬の女王は、その音色が大きくなるにつれ、ほっとして、雪を降らせることを止めました。
春が本当に訪れたのです。
◇◇◇
この国に少し遅い春が始まりました。
そんな中、狩人は冬の女王を追いました。
半日も次の塔へ向かう道を追いかけると、冬の女王は、青空を思わせるような、冬が嫌いな人には冷たさを感じるような、すこし大きめのコートを着て、1人で静かに歩いていました。
狩人は呼び止めます。
「冬の女王様」
冬の女王は、振り向いて狩人を見つめます。
「あなたには、本当に心から感謝します」
狩人はかぶりを振って話し始めました。
「雪がなければ、黒ずくめの男はもっと世界をダメにしたでしょう。霧がなければもっと早く進んでいたでしょう。風がなければ、もっと元気だったでしょう。冬の女王様。私一人では勝てませんでした。ですから、あなたの助けがなければ、そして、貴方を、色々な形で助けた人たちがいなければ、打ち勝つことはできなかったのです」
狩人は、そこで一旦、言葉を止め、冬の女王を見つめ直します。まっすぐに、そして純粋に。
「それなのに貴方のすばらしい行い、その辛い心のうちは誰にも知られていません。むしろ、どうしてこんなに長い冬を暮さなければならなかったのか、と。不公平ではありませんか」
女王は優しく微笑みます。
「冬というのは、そういうものです。秋には冬に備え、寒さに耐え、春がくるのを待つからこそ、また次の喜び、生きる喜びが春と一緒に芽生えるのです。それに」
女王は少しだけ、狩人に近づきました。
「貴方も、私の小さな物語を知っていてくれている、それで十分なんです」
女王は少し悲しい顔を見せ、話します。
「それに彼の、四季の王の寂しい物語も・・・」
そして、あ、と言った後に女王は質問しました。
「王様のご褒美はあなたに贈られるべきですね。私のほうから王様にお願いしてみましょう。なにがよいでしょうか」
狩人は、そんなものはいらない、というつもりでしたが、気が変わりました。
「それでは女王様、一つお願いがあります。次の塔まで、これからもめぐり続ける季節の中のほんの一つですが、私はあなたと共に旅をしたいのです」
冬の女王は笑顔で答えます。
「もちろん喜んで。旅の途中、貴方がここに来るまでのことを詳しく教えてください。私と同じように誰にも知られない小さくて、大きな物語があったのだと、この先世界中の人に伝えましょう」
そしてさみしそうに微笑みます。
「・・・私が冬の女王でいる限り、ずっと」
書いていたら王道っぽくなりました。
私にとって長めで、難しかった。