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寵妃の憂鬱  作者: 一条さくら
第二章
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番外SS2 リュウホウの憂鬱

「愚かな男だ」


 ふうっと大きくため息を吐いた陛下は、けれどにやりと口角を上げてリュウホウを射抜いた。その視線にははっきりと、先程出ていった中書令に向けた皮肉なまでに狡猾な笑みが浮かんでいた。恐らく自分も同じような表情を浮かべているのだろう。陛下の言葉に心底同意しつつ口の端を上げてリュウホウは笑った。

 その笑みは周囲の者から邪悪な笑みだとか、何か企んでいる笑みだとか散々な言われようをしている笑みでもあった。


「これで邪魔者は消え去ったな」

「それにしても力技に過ぎると思いますがね」

「お前もまだまだだな、リュウホウよ。好機と見ればとにもかくにも畳み掛け、徹底的に排除する。これこそ勝利を約束させる行動ぞ」


 中書令が去った途端に砕けた態度を取るリュウホウを咎める者など居はし無い。何せこの部屋で最もいと尊き陛下がそれをお許しになっているのだ。陛下の側近達も―――リュウホウにとっては同僚のようなものだが―――これには慣れたもので、別段顔色を変える事なく二人の会話を聞き流している。

 けれども完全に聞いていない訳ではなく、ただ静かに耳を澄ませて何事かが起こらぬよう神経を尖らせているだけだ。それはリュウホウも同じ事である。信用はしているけれど、自然に警戒感を持つ。これは魑魅魍魎が跋扈する王宮に伺候する上で何よりも重要な素養でもある。

 まあ実際には、単に二人の掛け合いを静観しているだけなのだろうが。


「お見それ致しました、陛下。私が至らぬばかりに、陛下に耳障りな言葉をお聞かせしてしまい、大変申し訳ございません」

「そなたが殊勝な態度を見せるのは珍しいな、リュウホウ」

「これでも、早く片を着けなかった事に後悔しておりますので」

「成る程、道理だな」


 くつくつと笑う陛下は、楽しげに目を細めて何処かへと思いを向けるように視線を遠くにやった。恐らくはその視線の先に、陽国へ向かった寵妃様の姿が在るのだろう。幾分か雰囲気を和らげているものの、先程沸き立った怒りは未だ完全に収まっては居ないらしい。殺気立った瞳が鋭くリュウホウを射抜いた。


「―――しかしあの中書令、よもや我が妃にもあのような戯言を聞かせた訳ではあるまいな?」

「その辺りはご安心下さい。私を含め、女官達にも徹底して妾妃殿下のお耳に入らぬよう慎重に対処しておりましたので」


 流石に、こればかりはリュウホウでさえも口を出す範囲ではない。特に子を授かる云々等というデリケートな話題は特に、陛下にとっては何より地雷となる話でもあるのだから。

 実際、陛下のお耳に入れぬよう細心の注意を払っているが、この王宮内でも妾妃殿下が輿入れして久しいというのに中々お子を授からぬ件で、あれこれと妄想を言い連ねて根も葉もない噂を流す御仁が数多存在しているのだ。恐ろしい事に、噂を流した張本人はそれがどれ程の大罪に相当しているのか理解していない者が多すぎる。


 陛下が何故妾妃殿下を寵愛しているのか、そして何故リュウホウ達側近がそれを認め何重にも警備を敷いているのか真に理解している者など恐らくは片手の指に余る程度の人間しかいないのだろう。

 もし陛下のお耳に入ればどれ程凄惨な事態が引き起こされるのかなど、想像に難くないというのに。

 故にリュウホウ達はちらとでもそのような下世話な噂が官達の話題に上がらぬよう、その都度握り潰し、或いは火消しを行ってはいるのだが、それが追い付いていない状態になっているのは確かだった。


「もし僅かなりともご不安であれば、先程の中書令を問いただし、洗いざらい吐かせる事も出来ますが」

「それには及ばない。ルリコの耳に入っていないのらば、それで構わぬ」


 一度言葉を切った陛下は、些か憂いを帯びた目でふと視線を地に落とした。常に溢れんばかりの王者の風格と確固たる自信を覗かせる泰然とした陛下にしては、らしくも無い行動だ。恐らく此処に女性がいれば、その妖しい色気に当てられて思わず見惚れてしまい、強引にでも迫っていたかもしれないが、この場に居るのはリュウホウを含めて男ばかり。それも陛下のお側で長年仕えてきた者ばかりだから、血迷う事など有りはしないのだけれど。

 陛下はいつも、妾妃殿下の事を口にする時、僅かばかりの切なさを滲ませている。恐らく陛下自身は自分がそのような空気を纏っている事など知ってはいないだろうが、陛下の心を僅かにでも揺らす事が出来るのは、もうこの国では妾妃殿下という存在しか居ないのだろう。

 ああ、無論それはマルセルという陛下自身の素の心をという意味であって、メイベル王国国王、マルセル・ヴィ・メイベル自身の心という意味ではない。メイベル王国国王としての陛下は比肩するものなど居ない、全き王なのだから。


「話しは変わるがルリコは陽国に着いたのか?」

「妾妃殿下に付けた女官によれば、明日にも都に入るとの事です。今は都の手前の寺社で宿を借りておられるとか」

「そうか。であれば数日の内に陽国の国主と相見えるのだな」


 そう答える陛下の顔には僅かばかりの思案の色が伺えた。その懸念が何に起因するものなのか、踏み込んで問うてみる。


「何かご懸念がお有りなのですか?」

「いいや。しかしあちらの国主は少々変わった人間らしいからな。ルリコ自身も陽国には殊の外思い入れがあるようだから、変に里心が付かねば良いと思っただけだ」

「それは考えすぎだと思いますがね。ご不安であれば、陽国へ潜らせている者にもそれと無く伝えておきましょう」

「頼む」


 端的にそう返事をした陛下は、最後にぽつりと囁きを漏らした。


「陽国はルリコにとって故郷とよく似た国、らしいからな」


 言葉の端々に滲む不穏な気配を感じながら、けれどもリュウホウはきっぱりと断言する。


「妾妃殿下は…ルリコ様は必ず陛下の元へ御戻りになられます。例え陽国が故郷とやらに似ていたとしても、それはまやかしにしか過ぎません。妾妃殿下にとって、我が国こそ故郷であらせられるのですから」

「ああ、そうであることを願おう」


 些か覇気の無いその返事に思わず室内に居た側近達と視線を交わしながら、陛下が執務に戻っていく様を見送り、リュウホウも執務室を退室して本来の目的地を目指した。

 陽国で何が起ころうとも、今度こそ妾妃殿下を逃がしはしない。これは側近達の総意だ。本来の職務と平行してリュウホウは陽国へ潜入している者達に次なる指令を出すべく思考を巡らせた。



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