強くなるため
レイと名乗る元冒険者の騎士と別れ、私達は再び目的地へと移動を再開した。
後始末はどうするのかと、おじさんが聞いていたが、何も気にしなくていいと言っていた。
一路、カーマイルの首都を目指して移動を続ける。
夜になるたびに、おじさんにしごかれる事になった。
騎士に腕を掴まれた際に、何もできなかったからそれも当然かもしれない。
それなりに戦えるのでは?と思っていたが、実際何も出来なかった。
いや、啖呵はきったかな?
でもその程度。
おじさん達が、騎士を黙らせていく間、手をあげるようなことが出来なかったのなら仕方ないのだろう。
事態が起きたときに、とっさに馬車から出てこれなかったのも響いているのかも。
「それじゃ、どこからでも打ち込んでこい。」
「本当に剣で斬りかかっていいの?」
「なんだ?お前のへっぴり腰で振るった剣で俺に傷つけることが出来ると思ってんのか?」
「むぅ・・・それじゃ、いくよ!」
私は腰から剣を抜き、上段に構えたまま駆け寄る。
おじさんに剣が当たるであろう距離まで近付くと、思いきり振り下ろす。
剣速の速い一撃を繰り出す。
それを半身退くだけで、あっさりと躱してしまう。
「躱された!」
「おらっ、油断すんな!」
そう言って私の頭を軽く小突く。
呆気に取られていた私は、アッサリとくらってしまう。
大した力が込もっていないのは、遊んでいると同じように感じられた。
体勢を取り直し、顔の高さくらいに剣を水平に構え、突き出す。
その突きも紙一重のところで躱されてしまう。
直ぐに剣を引き、もう一度突き出す。
そして、突き出した剣をおじさんの躱した方に向かって横薙ぎに切り替える。
その横薙ぎの剣の腹をかち上げて、軌道を変えられてしまう。
はね上げられた剣を振り下ろす。
切り返して剣を振り上げる。
今の自分に思い付く攻撃を、休むこと無く続けていく。
しかしいずれも、おじさんにはかすることもなかった。
「ハァハァ・・・全然当たらない・・・」
「まだまだ、修練が足りねーな。練度がなっちゃいねーよ。もっと剣を振らなけりゃ、到底俺には当たらねーな。それに、いくら身内だとはいえ剣を抜いて対峙した以上、殺気の一つも込めてくれないとな。」
「殺気?」
「まぁ、そんなのとは無縁の生活をしていたからな。急には無理かもしれんが、身に付けないといけない資質みたいなもんだな。ちょっと待ってろ。」
そう言って、おじさんは馬車の方に歩いていってしまう。
様子を見ていると、カインくんとクルスさんのところで、何事か話をしているみたいだ。
やがて、二人を伴ってこちらに向かってくる。
何が始まるか、全く分かっていないであろう、クルスさんの周りをいつもついて回っている狼も、当然ながらついてきていた。
頭の上のには、何故かいつもリスが乗っている。
「アリス、ちょっとクルスに手合わせしてもらえ。」
「えっ!」
「あー、なんだ。面倒くさいが本当にやるのか?」
「せっかくジャネルさんが頼んできたんですから、いいじゃないですか。」
とても面倒くさそうなクルスさんを、カインくんがなだめていた。
クルスさんなら、私よりも数段上の実力を持っているだろうから、手合わせをしてもらう相手としたら、最上の相手かもしれない。
木刀とはいえ長剣の使い手だし、勉強するところは沢山あるだろう。
「よろしくお願いします!」
「はぁ・・・やるのか・・・まぁ、いいか・・・トゥーン、バル、ちょっと離れてろ。」
クルスさんが言うと、トゥーンと呼ばれたリスがバルと呼ばれた狼のの上に移動する。
その様子に、ちょっとホッコリしてしまう。
うー、モフモフしたくなってくる・・・
「それじゃ、アリスは剣をそのまま使え。クルスは・・・武器無しな。」
「おいおい、丸腰でいろってか。」
「実力差がありすぎるだろ。魔法は使用禁止。あくまでも、武器と体術のみだ。」
「やれやれ・・・じゃ、いつでもこい。」
クルスさんが手で招いている。
剣で相手をしてもらえないのは残念だけど、おじさんがそう判断したんだ。
私が思っている以上に、クルスさんは強いのだろう。
剣を正眼に構える。
どう攻めるべきだろうか?
特に答えが出ないまま、にじり寄っていく。
クルスさんは私が近付いていっても、どこ吹く風といった感じで、構えをとることすらしていない。
なめられているというより、相手にしていないような感じが少し頭にくる。
私が、袈裟斬りに剣を振り下ろそうとすると、一気に距離を縮めて来て、剣を持つ手を平手ではたかれる。
体勢が明らかに崩れた私の肩に手を当て、足を払われ転ばされてしまう。
そして、頭をポンッと叩かれる。
「これで終わりだ。怪我しなくて良かったな。」
「えっ、あ、はい・・・」
「おいおい、それじゃ訓練にならないだろ。俺の意図は話しておいたはずだぞ。」
「まだ、やるのかよ。」
ため息をつきながら、クルスさんはこちらを見下ろす。
急に雰囲気が変わったように思えた。
じっと私の目を見つめてくる。
先程までと違って、凄く冷たい目をしていた。
息が詰まる。
いったい、何?
心が縛りつけられるようだ。
一気に緊張感が増してくる。
私の表情の変化に気付いたのか、視線をおじさんに移す。
その途端、私の体を襲っていた緊張感がどこかに消え失せる。
でも、心臓がドキドキしているのを感じる。
「これでいいか?」
「ああ、助かった。偉そうなことを言っても、俺ではアリスに殺気をぶつけるなんて出来ないからな。」
「ずいぶんお優しい事で。もう戻っても?」
「そうだな。また頼むこともあるだろうが、そのときはまた頼む。」
「そういうのは、そのときに言ってくれや。」
そう言い残して、クルスさんは戻っていってしまう。
その後ろに続くバルを見ても、ドキドキは止まらなかった。
「アリスさん、大丈夫ですか?」
私を心配して、カインくんが介抱しにきてくれる。
私の身を起こし、立つのを助けてくれる。
「まだ、完全に理解は出来ないだろうが、今クルスにぶつけられたのが、殺気というものだ。どうだった?」
「なんか、雰囲気がガラッと変わって凄く怖かった。」
「うむ、正しい感覚だ。いずれ、その殺気を覚える必要が必ず出てくる。人にぶつけるか、魔物にぶつけるかは分からないが、いずれ必ずだ。でなければ、やられてしまうだけだ。あと、カイン!アリスに触るんじゃない!」
カインくんが、私から引き剥がされる。
何事かを、おじさんがカインくんに言っているようだ。
でも、私にはあまり聞こえてきていなかった。
「殺気・・・」
そんなものが、私に扱うことが出来るようになるんだろうか・・・
まだ、アリスは冒険者としての心構えがなっていないと思うのですよね。
表層ではなく、深いとこで。
なんだかんだ言って、常識をちゃんとしているとは言えない“箱入り娘”なとこがあるはずですから。
上手く成長させてあげたいですね。
ちょい役のレイ・・・
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今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。




