女であるがゆえ
「この馬車はどこに向かっているんだ。」
それなりに威厳のありそうな声が、騎士から投げかけられてきている。
どこに向かうも何も、カーマイルへ延びる街道は、まだしばらくは一本道だと聞いていた。
となれば、子供でも分かる話だ。
それを何故、あえて聞いてくるのだろう?
揉み手をしながら、馬車の主である商人のおじさんがその騎士に近づいていく。
「これはこれは騎士様。この馬車はカーマイルの首都である、王都に向かっております。」
「そうか・・・現在、王都への移動は制限されている。」
「なんと!それは困りました・・・」
おどけるような仰々しい演技をしながら、商人のおじさんは嘆いてみせる。
そして懐から何やら取り出すと、それを騎士に手渡す。
騎士は、その重みを確かめると、それをしまい込む。
「なるほど。事情は確認した。そういうことなら仕方がないだろう。通行を許可する。気を付けて旅を続けることだ。」
「これはこれはご丁寧な対応、痛み入ります。これ以上この場にとどまっては、騎士様のお仕事に支障が出ることでしょう。先も急ぎますので、これで失礼いたします。」
商人のおじさんは慇懃に頭を下げ、馬車に先に進むように促す。
その馬車の後を続くように、私たちも歩き出す。
柵を守る騎士達の横を通る時に浴びせられた、纏わりつくような視線が気持ち悪かった。
さて、いよいよ抜けるといったところで、私の腕を掴まれる。
「え?何?」
「えらく若いみたいだが、冒険者の真似事か?」
そう言いながら、私の腕を掴む騎士は、私をじろじろと観察しているようだった。
さっきから続いていた不快感が、より強くなる。
騎士というのは、弱い人を守ったりする高潔な人がなると思っていただけに、ショックは大きい。
本の中に出てくる騎士はしょせん偶像。
現実には、ありえない存在なんだろか。
助けを求めるように、おじさんの姿を探す。
その顔は、怒りをこらえているようだった。
それでも、手を出すつもりは今のところないようだ。
自分で何とかしてみろと言っているようだった。
その騎士の動きに気付いた商人のおじさんが、何事かと私たちの元までやってくる。
「どうなさいました?その子は、この馬車の護衛を務めてくれている者なのですが。」
「この娘がか?」
「はい、その通りでございます。」
「ほぅ・・・この娘、何か怪しいな。これほどの若さで、えらく上等な物を身にしているようだしな。少し話が聞きたいところだな。」
「しかし、騎士様。私どもも先を急ぎますので。先ほど通行の許可もいただきましたし。」
「なんだと?俺の言葉に偽りでもあるというのか?」
そう言いながら、その騎士は、私を助けてくれようとした商人のおじさんを突き飛ばす。
突き飛ばされた商人のおじさんは、地面に倒れこむ。
さすがに怪我はないと思うが、これはあんまりだ。
私は、今なお腕を掴み続ける騎士をにらむ。
その視線に気づいた騎士は、下卑た笑みを浮かべる。
「なんだ?俺たちに歯向かう気か?そういう態度をとるような輩を、通すわけにはいかないな。」
「あなたこそ、難癖つけてきてるじゃない!」
「はっ。これはお前らの本性を暴くためにやったんだよ。お前ら全員ここでしょっ引いてやる。おい!」
その騎士は、仲間に声をかけると、彼らは待ってましたと言わんばかりに、ぞろぞろと集まってくる。
どうやら、私の一言が引き金になってしまったようだ。
倒れていた商人のおじさんは、立ち上がり馬車の方へと駆けていく。
自分が巻き込まれるのは、ごめんなんだろう。
戦う術を持たないから、護衛を雇って移動していたのだ。
この行為に文句なんかは言えない。
私は、なお掴み続ける腕を振り払う。
その行為が愉快に映ったのか、さらに笑みを浮かべ続けている。
「そうか、反抗の意志ありということで、いいんだな。」
「どうしてそうなるの!」
「腕を払われたときに、怪我をしてしまったようだな。これは言い訳が効かんぞ。」
「どこを怪我したんですか!」
「ああ、うるさいな。怪我をしたと言ったら、怪我をしたんだ。これ以上何か言うようなら、その身の安全は保証出来ないな。」
おそらく、この流れが狙いだったのだろう。
分かりやすい悪人の構図だ。
再び、私の腕を掴もうと伸ばしたその手を、おじさんが掴み上げる。
そして、手で握りしめたそれを遠くに放り投げる。
全身を立派な鎧で固めていたその騎士が、放物線を描いて飛んでいく。
お世辞にも立派とは言えない柵に直撃し、柵が壊れてしまう。
「ふぅ、ようやく出番だな。」
「おじさん、どういう事?」
「何、簡単な話だ。依頼者に危害が加えられたんだ。護衛が、指をくわえて見ているなんぞ、あり得ねぇだろ。」
どうやら、おじさんも相手側が何らかのアクションを起こすのを待っていたようだ。
依頼者の事を考えれば、雇った護衛が勝手気ままに暴れてしまえば、その責任は依頼者にもおよぶ可能性がある。
しかし、相手から何か危害が加えられたのならば、反撃することも可能ということか。
若干グレーゾーンな考え方だけど、今回は全面的に支持だ。
すでにカイン君と、その同行者であるクルスさんが騎士達と対峙していた。
クルスさんに懐いている動物たちも、一緒に行動しているようだ。
彼らは、流れるような動きで、相手の攻撃を捌いている。
私の目からは無駄の無い動きに見えた。
あれほどの動きを出来るようになるには、どのくらいかかるのだろう?
それに触発されたわけではないだろうけど、おじさんも騎士を掴んでは、ちぎっては投げちぎっては投げの繰り返しだ。
どの相手も、柵に向けて放り投げているから、人の倒れたところにあった柵は壊れていた。
私の出番など無いという風に、片っ端から片付けていってきまう。
しばらくすると、辺りは死屍累々といった様相を見せることになった。
無論こちら側ではなく、騎士側の話であるのだが。
敷かれた柵はボロボロになってしまっていた。
やれやれとおじさんは手を払い、笑みを浮かべる。
その顔は、スッキリしたように見えた。
相当溜まっているものがあったんだろう。
唯一、この騒ぎに参加しなかった、最初に商人のおじさんから何かを受け取っていた騎士が、こちらに近寄って来た。
何か困ったような、それでいて喜んでいるような表情だ。
「やれやれ・・・もう少し、穏便に済ませられなかったのか?」
「何言ってやがる。お前が、けしかけたも同じだろうが。」
「よく言うぜ。俺が、何も出来ないの知っててぬかしやがる。」
「まぁ、何にせよお前のいるとこは、本当に腐ってきてやがるな。」
「それでも居心地がいいから、たちが悪いんだよな。多少なりとも、水が汚くないと住みづらくていけねぇや。」
なにやら、おじさんと仲よく話をし出していた。
いったいどういう関係なんだろう?
私が、疑問を浮かべていたのに気付いたその騎士は、声をかけてきた。
「嬢ちゃんも悪かったな。あのバカども、ちょっと懲らしめてやるつもりだったんだが、かなり不快な思いさせちまったみたいで。」
「いえ・・・」
「豪炎とは昔からの仲でな。ちょっと芝居をうってもらった訳だ。とはいえ、今のこの国はどこも似たかよったかだ。これから先、似たようなことが、もしかしたら起きるかもしれないから注意することだ。」
それほどに、カーマイルという国は荒れているのだろうか?
確かに次に騎士達の態度はおかしいものがあった。
次に見かけても、羨望はしないだろう。
「はっ、よく言うぜ。」
「後進にアドバイス位したって良いだろ。」
「あなたは、いったい?」
「俺はレイ。しがない地方貴族の騎士だ。元冒険者なんて肩書きもあるがね。」
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