浜名湖に沈む復讐
浜松での事件を解決した俺は、それまで泊まっていた高級旅館の仲居さんに挨拶をして車に荷物を積み込んだ。
怨ちゃんは食べ過ぎの為、トイレに駆け込んだのでまだ出てきていない。
俺と入れ違いで旅館に入る夫婦がいた。三十代だろう。その夫婦の後ろを恨めしそうに着いて歩く二人の少年がいた。
幽霊の少年たちである。
気になった俺はその夫婦に問いかけた。
「どうしたんですか? なんか二人とも顔色が悪いですよ。しかも、あなたたちの後ろに二人の男の子が見えます」
夫婦は驚いて俺の顔をまじまじと見ていた。
「きみ、ほんとに見えるのか?」
旦那さんの方が震えた声でそう聞いてきた。
「はい。お子さんたちですか? なんたが成仏できないような怖い顔してますよ」
すると夫婦は震え上がった。
「きみ、ほんとにみえるんだね。ちょっと話を聞いてくれないか」
旦那さんは震えながらもそう言葉を絞り出した。
「はい。いいですよ」
「レイシ、お待たせ。お腹痛ーい。あれ? どうしたの?」
「ちょっとこの人たちの話を聞いてあげようと思って……」
旦那さんは怨ちゃんに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は……今日この高級旅館に泊まって、明日二人で心中するつもりなんです」
「あなた、そんな事まで言わなくても……」
奥さんが慌てて旦那さんにそう言った。
「どうせ明日死ぬんだ。最後に聞いてもらおうじゃゃないか。このお兄さんは翔弥と勇弥の姿が見えてるみたいだし……」
すると奥さんはこくりと頷き一歩下がった。
「立ち話もなんですから、我々の部屋に来ませんか?」
旦那さんはチェックインを終え、部屋に入っていった。俺と怨ちゃんも奥さんに続き部屋に入ったのだ。
旦那さんは早速本題に入った。
「私たち夫婦は同級生でして、二十歳の時に結婚したんです。しかし七年子宝に恵まれず家内が二十八の時にやっと長男が産まれました。しかし……」
旦那さんは言葉に詰まった。奥さんも下を向いて項垂れている。
「しかし、脳に障害を持っていたんです。私たちはそんな長男の育児に疲れてしまい、浜名湖のスワンボートを借りて湖の真ん中まで行きました。三人で死ぬつもりで……」
「なんてことを……」
怨ちゃんは呆気に取られていた。
「長男の翔弥を湖に投げました。我々も死ぬつもりだったんですが死にきれず、その後は普通に生活していました。そのうち次男の勇弥が産まれました」
そう言うと、旦那さんは窓の外を見つめた。
「次男の勇弥は健康にすくすく育ちました。今日は長男の命日だったので、またこの三人で浜名湖に来たんです。湖の真ん中辺りで買ってきた花束を投げ、長男の為に手を合わせました。そしたら……」
怨ちゃんは身を乗り出した。
「そしたら?」
「そしたら……。次男が私たちに向かって言ったんです」
「『パパ、もうここに捨てないでね』って」
奥さんが泣き出した。
旦那さんは奥さんの肩を抱きながら続けた。
「怖くなった私は……私は……思わず次男を湖に突き落としたんです。我に返った私は湖に飛び込み次男を助けようとしました。そして次男を抱え上げると……」
「抱え上げると?」
「次男ではなく、三年前に死んだ長男だったんです」
俺は自首するように説得した。旦那さんも奥さんも納得したようで、自首すると約束してくれた。
俺たちは安心し、ランボルギーニに乗り込み横浜へ向かった。
午後三時、俺はマンションに着き洗濯機に洗濯物を放り込んだ。
コーヒーを飲みながらテレビをつけると、ミヤノヤの宮野誠治が神妙な顔でニュースを読み上げた。
「最新のニュースが入りました。今日の午後二時、浜名湖で男女の死体が見つかりました。現場の山田さん。聞こえますでしょうか? 現地の状況を伝えていただけますか?」
「はい。こちら現場です。亡くなられた二人のお子さんと名乗る男の子たちに話を伺います」
二人の少年はカメラを直視し、にやりと笑みを浮かべた。