海に沈む霊
八月……。
俺こと恐山霊視は、高校時代の同級生七人――俺を含めて八人――と一緒に湘南の海へ来た。
目的はサーフィンである。
俺以外の七人は全員関東出身の都会人。しかし俺は青森県北東部の由緒あるある寺で産まれた次男坊である。
住職の命令で横浜のお寺で修行しながら横浜の私立高校に通っていた。
今日集まったのはその高校の同級生である。
「霊視、久し振りー。元気してたか?」
親友の玉ちゃんが俺に声を掛けた。
久し振りと言えど、五ヶ月ほど前に卒業したばかりなのだ。しかも一ヶ月ほど前に一緒に合コンもしている。
まあ俺には念田紫怨というナイスバディな彼女がいるので、ただの人数合わせであった。
「玉ちゃん、あの時の女の子とはどうなった?」
「ああ、あの女ね。一回やったら飽きちゃった。今日霊視の彼女も来るんだろ?」
もてるやつの言うことは違うね。つか、最低な男だな。親友として羨ましいかぎりだぜ。
「ああ、そろそろ来るんじゃないかな」
俺たちはウエットスーツに着替え、サーフボードを脇に抱えた。
真っ先に波をとらえたのはスポーツ万能の玉ちゃんだった。波を玉ちゃんがとらえたと言うより、玉ちゃんが波を支配しているとも言えるほどの身のこなしである。
「玉ちゃん、かっこいい」
そう言ったのは高校一年の時、俺が告ったスミレちゃんである。告った結果は玉砕であった。部活に集中したいからという理由だったのだ。
三年生の夏休み、スミレちゃんに呼び出され逆告白されたのだか、その時俺には怨ちゃんという彼女がいた。神様のいたずらとしか思えないすれ違いであった。
「レイシ、お待たせ」
麦わら帽子を外し、俺に手を振る少女。
顎の辺りまで真っ直ぐ伸びた茶色い髪の毛は、胸くらいまでトルネードよろしくクルクルとカーブを描いている。
そう、俺の愛する怨ちゃんである。
玉ちゃんは濡れた髪の毛を指でかきあげ海から上がってきた。
「ゲッ! ちょう可愛いじゃん」
俺は自慢気に怨ちゃんを紹介した。
「俺の彼女で念田紫怨。一つ歳上の彼女なんだ」
その後、俺たちは波乗りを楽しんだ。怨ちゃんは砂浜に腰を下ろし、俺の勇姿を眺めていた。
「玉ちゃん、写真撮ってあげるから乗ってきなよ」
スミレちゃんにそう言われた玉ちゃんは意気揚々と海へ向かった。
パドリングをしながら移動し波を待っている。
するとビッグウェーブがやってきた。その波をターゲットにした玉ちゃんは準備を始めた。
あ! まずい! 俺には見えたのだ。
「玉ちゃーん、引き上げろー。玉ちゃーん」
必死に呼び掛けるが聞こえる訳などない。玉ちゃんは波を支配した。
――カシャ!
スミレちゃんがシャッターを押す。
すると、玉ちゃんは何かに引っ張られるように海の中へ沈んでいったのだ。ボードだけが波により打ち上げられた。
俺たちは玉ちゃんを探しまわったが、どこにも姿はなかった。
遺体も見つからないまま、葬儀が行われる事になったのだ。
葬式の時、玉ちゃんの母ちゃんに頼まれてスミレちゃんは波に乗っている玉ちゃんの写真――生きてる玉ちゃんの最後の写真――を現像したのだ。
その写真の異変に気づいたスミレちゃんは俺に連絡をしてきた。
「霊視君、霊感あるんだよね? ちょっと写真見て欲しいんだけど……」
事務所に来たスミレちゃんは真っ青な表情で、封筒から写真を取り出した。
そこには……。
そう、俺が見た風景と全く同じである。
海の中から何十本もの白い腕が玉ちゃんに向かって伸びていた。
「怨ちゃん、この写真見て。何かこいつらの声きこえる?」
怨ちゃんは写真を手に取り目を閉じた。
「戦争中に船ごと沈んだ軍人さんたちね。成仏できずにあの海の中に居続けてるみたい」
スミレちゃんは震えながら気を失い、ソファに倒れ込んだ。
その時俺はまた見てしまった。
床から白い手が何十本も出てきた。その手はスミレちゃんを掴もうとしていた。
「憑仏退散! 南無阿弥憑仏」
俺の呪文で白い手は消えた。