No.2 虚しき世界
idolaーイドラー No.2 虚しき世界
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「....0」
「降下降下ァァッ!」
響く声とともに、殲滅作戦の要である2人の少女が先陣を切り、後から隊員が続く。
降下口を蹴った刹那、下から突風が襲いかかる。
...否、地上から2000m離れた隊員輸送ヘリから飛び 降りたのだから、由梨が空中を移動して大気にぶつかる形である。
パラシュートが開かれ、風は収まった。
「地上まで1500m」
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一条 春は、振り下ろされたチョップで目が覚めた。
「痛ッ」
この既視感。春が、自分が普通の人間で、ただの女子学生だった頃の、毎日繰り返されていた日常から来ていたものだった。
「ハル.....ここはあの頃の学校じゃないし、授業でもないってわかってるよね?」
「だって夜までゲームしてて寝不足なんだもーん.....」
「自業自得」
無二の親友にバッサリと斬り捨てられ、春はデスクに突っ伏した。
「だってみんなが貸してくれたんだもん、ボクはそんな大切なものを簡単に諦めきれないよ....」
「遊ばれてるの気づかないのねー」
「な、なんだよ、そんなの、証拠なんて」
「ゲーム貸してくれたのはあそこの人達?」
「そ、そうだけど?」
「あのにやけ顏が何よりの証拠よ」
にやけ顏というよりは、吹き出すのを我慢している顔である。
「あんにゃろぉっ」
「はいはい落ち着く」
春が吠えると、おふざけ男子隊員達は喜ぶ表情で怯むように仰け反る。女子にイタズラして仕返しされるのもまた一興、という思春期男子の心境である。
「えーっ、」
鬼教官風の説明係の言葉で空気が変わる。
...だが。
「レンタルゲームで、夜更かししてッ、寝不足で説明を聞き取れなかった困ったちゃんのためにッ、もう一度説明させてもらうッ‼︎」
痛烈な皮肉が綴られた張り声により、
空気はもう一度緩み、爆笑の台風が発生した。
春は顔の色は大噴火し、屈辱と恥辱で体は今年一番の暑さを記録していた。
....その横で普段おとしやかな由梨が笑いを堪えていたこともまた事実である。
....ここはあの頃の学校でも、授業でもないが、
日常は七割変わらなかった。
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......結局、空気が緩みすぎて説明会にならず、話を聞いていなかったのは春だけだったということで、
部屋で由梨が説明していたその頃。
おふざけ三人組は上官室に呼ばれ、ゲームの持ち込みと作戦の要を寝不足にしたお咎めで、懲罰を受けていた。
2時間の厳重注意に加え、上官のきついパンチを5発ずつ。憧れのボクっ娘に殴られるのはともかく、虫の好かないお堅め漢軍曹に殴られるのは思春期の少年にはキツイものがある。
「なんなんだよあの堅気ゴリラ!ちょっとは手加減しろよな」
「落ち着け広瀬。自業自得だ」
「久保田、お前もだろうがよ」
「まあまあ二人とも」
「「お前もなっ⁉︎」」
「ともかく、殴られるのはもう今日は懲り懲りだぜ」
「全くだ」
「そうとも」
廊下で愚痴をこぼす三人の前に、
.....天使が降り立った。
一瞬動きを止めた三人に、天使は笑顔でり両手を広げ、待っていたわとばかりに駆け込んで
_________締め上げた。
「上官との用事は済んだよね?★ボクとの約束も忘れないでね〜」
ボーイッシュな口調の可愛らしい声が頭の上から聞こえる中、三人は絶望した。
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「地上到達まで、10,9,」
___プスッ
先日の雨のせいか、霧で視界が悪い中、声掛けをしていた隊長のジャケットに、小さな穴が空いた。
その刹那、メットのゴーグル部分が赤い飛沫で染められる。
「..........え?」
最初に気づいた隊員にも同じ現象が起こる。
「銃撃だ!」
「なんで見えるんだよぉッ‼︎」
「っわぁぁぁぁぁッ‼︎」
指揮官を失った隊員達は
次々に冷静さを失う。
「パラシュートを切って!」
自分のものを切り離しつつ叫び、
由梨はアスファルトに着地する______
と、同時にしゃがんだ。
由梨の頭上すんでのところを銃弾が通っていく。
顔を上げると、振動刃を抜き放ち、銃撃を放つ相手を弧を描くように肉薄する。
_____ 人型 Ⅰ型!
相手の視線(?)を由梨に向けるが速いか遅いか。
「だあッ」
由梨は人の形をした機械人形のそれを、右肩から左脇腹に掛けて斬り下ろした。
_____まだまだ‼︎______
体幹を右、左とひねり、追い打ちとして殴りつけるように斬りつけると、ようやく機械人形____
idola 人型___銃撃戦に重きを置いた、両手遠距離火器装備型_____通称 、Ⅰ型は地面に倒れ伏せ、動かなくなる。
その頃には、由梨は次の標的に肉薄していた。
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「Ⅰ型は、知っての通り銃撃戦が主。しかし歩行スタイルは車会社で製作されるようなオモチャロボット並みに単純で、遅い!故に、本作戦ではいかに近接攻撃班が俊敏に動き何体仕留められるかが重要となるのだ!」
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春は、銃弾を受けた一人の隊員に駆け寄る。
「ねえ.........嘘だよね.......?」
隊員の制服から、血が溢れ出す。春の手を握り、もう片方で春の頬に触れた。
「ねえ.......約束したの、あんた達じゃん.....こんなの............こんなのって..........」
隊員は、そのまま力尽きてしまう。
「久保田君.......?ねえ、ほらどうしたの.....笑えないよ、やめてよ..........」
笑顔を作ろうとする度、目にどうしようもない感情が上ってくる。
______と、憎むべき無機質な足音を背中に感じた。
「うああああああああああああああああッ」
雄叫びを上げ、春は片方の高周波ダガーを逆手に突進する。
人間でいう喉笛に当たる部分に突き刺し、正中線に当たる部分を力任せに削り降ろす。
「ああああああああああああッ」
ハンドガンを二丁構え、薙ぎ払うように早撃ちをかけると、Ⅰ型の群れのうち数十体が次々に倒れ伏した。
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一通り制裁を加えたところで、
3人組は沈黙した。
「......春ちゃん」
「何?殴られ足りないの?」
春の悪態は3人組が1人、安井の神妙な面持ちで消えた。
「その.......この作戦終わったらさ、2/14じゃん。」
「それが何なの?」
聞かずとも、意図はわかっていた。
「........」
「..........」
「...............」
沈黙が続く。ああ、もう早く言えじれったい。
「わかったよっ!もうふざけないなら、3人ともあげるからッ‼︎」
刹那上がる雄叫びにも似た歓声を、
春は呆れながらもくすりと笑ってしまったのは事実だった。
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______皆死んだ。皆ボクとの約束をあんなに楽しみにしてた。彼らには家族もいた。必ず帰ると約束してた。なのに殺した。コロした。コロシタ。オマエタチガコロシタ。
許さないユルサないユルサナイ
「.........ハル」
15体目を八つ裂きにしたところで、肩を叩かれた。
「...終わったよ」
息が上がり、上手く声が出ない。由梨は向こうで少なくとも20体は倒したと見えた。
「..........そっか」
「code Whiteより指令塔へ。作戦、完了しました。生存者は........私入れて2人のみ。以上です」
由梨は無線を切り、泣き崩れる春を抱きしめた。
_________日常は七割変わっていない。
変わったのは、少年少女達が冷たい銃剣を持たなければならなくなったこと。いつ戦場に赴かなければならないのかわからないこと。そしてそれにより、昨日までたわいもない話をしていた友が、次の日風に吹かれた砂煙のように消え去るかもしれないこと_________
誰もいない街の上には、今日も空虚な空が広がる。
to be continued........