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月夜に鐘は鳴る

聖夜の良き日に(サーヤ誕生日2014)

作者: 宮瀬 沙耶

街は色とりどりに飾られ、光があちこちで舞い踊る。白く吐かれる吐息の向こう、ぼんやりとその景色を眺めながらサーヤは寒さのせいで足早に通り過ぎていく。

彼女は星の日前日のこの雰囲気が嫌いではないけれど、少々複雑な思いを重ねている。素直に祝う気持ちにもなれず、かといって無くなればいいとも思えず、なんともいえない気持ち。もやもやを胸に抱えつつも少しばかり安堵していた。

サーヤのその気持ちを知ってか知らずか、団長はこの日に依頼を入れた。

「さて、と。簡単な依頼だから今日中に終わっちゃいそうね」

うーん!と伸びをしながら依頼先に向かった。

日の入りから始めた仕事だったが、夜の帳が降りる頃には無事終え、サーヤは時間を持て余していた。彼女は毎年聖夜には決まって一人でどこかへ出かける。今日はたまたま依頼が入っていただけで、依頼がなくともどこかへ出かけてはいただろう。

聖夜のお祭りを楽しむ恋人たちや友人たち、家族の間をすり抜けてあてもなく彷徨う。聖夜のお祭りは日が沈むと待ってましたとばかりに始まる。道端に並ぶ露店からは七面鳥を焼いた香ばしい匂い、裕福そうな家からはケーキの甘い匂いが漂ってきている。貧しい者も今日はいつもより贅沢を許して、露店から焼き菓子を買って大事そうに抱えながら帰路につく。サーヤは年に一度の盛大なお祭り騒ぎを、少し遠くから眺めていた。

「ねぇ、そこのお姉ちゃん!」

自分のことかと辺りを見回すと、焼き菓子を売ってる露店から男の子が手招きしていた。普段は旦那さんが漁師を相手に料理を出すお店なのだが、毎年聖夜はおかみさんがお店の前に露店を出して焼き菓子を焼いて売っている。店番を任された子どもだろうか。誘いに応じて近づくと、「聖夜の良き日に!」と聖夜限定の決まり文句を言われた。同じように返すと、少年は「母さんが戻ってくるまでちょっと話し相手になってよ」と頼んできた。特に断る理由もないので、いいわよ、と返す。

「一緒に店番でもしながらお話しましょうか。じゃあそこのクッキーくださいな」

露店の裏に回り、少年の側にあった椅子に座ると、お金とクッキーを交換する。

「お姉ちゃんどうして聖夜にひとりだったの?それともこれから待ち合わせだった?」

普通は星の日とその前日は学校も仕事も休みなことが多いので、朝からみな思い思いに大事な人と会う。中途半端な時間にひとりなことを見咎めたのだろう。

「んー、坊やのおうちでは人と別れる時に“星の恵みと加護がありますように”って言う?」

子ども相手にそういう気分なこともあるのよ、とごまかすことは簡単だ。でもサーヤは嘘をつくのもつかれるのも好きではなかったから、子どもでもわかるように言葉を選びながらゆったりと話し始めた。

「坊やじゃないよ、トム!僕んちは聖夜と星の日だけは言うよ。普段は……さぼる」

まぁ、ほとんどの家庭がそうだろう、と頷く。普段から言うような人や家庭はよっぽど熱心な信教者だ。教えに忠実に従い暮らす人々。

「そう。わたしは聖夜も星の日も、普段も言わないわ。言いたくないのよね。トムやみんなが間違ってると言ってるわけではなくて、わたし個人の問題なのよ。わかるかしら?」

「お星さまが嫌いなの?」

「うーん、あまり好きではないかしら。多分お星さまもわたしのこと好きではないと思うわ」

「なんで?お星さまは、えっと、なんかすごいんでしょ?」

思わずサーヤはくすりと笑みを漏らした。学校ではまだ星物語を習ってないらしい。両親も店を切り盛りしてて忙しくあまり語り聞かせてないようだ。

「うん、そうね。星物語は聞いたことない?七つのお星さまのお話」

「ないよ。学校で習ってないもの」

「じゃあいい機会だから、語ってあげようか」

少年が頷いたのを見ると、サーヤはずっと手に持っていたクッキーの袋を開け、一口かじってから語り出した。

「遠い遠い昔、宇宙には七つの星が輪をつくり、この星を照らしていた。それは闇をゆく旅人の道しるべ。けれども、いつしか星の並びは欠けていった。


一番星、太陽に焦がれて燃え尽きた。

二番星、闇に飲まれ行方知れず。

三番星、月の子となり動かなくなった。

四番星、天の川の激流にのまれ帰らず。

五番星、狼に喰らわれ腹の中。

六番星、隕石にぶつかり粉々。

末の七番星はこの地に降り立ち我ら人の祖先となった。


七番星はきょうだい星の恵みと加護を受け人の歴史を紡いでいった。これが我ら人の始まりの歴史。のちに人々は初めに人となった末の星を“末と始まりの星人”と呼んだ」

ごく短いお話なので、この国に住む者なら小さな子どもでも覚えていることは珍しくない。トムもすぐに覚えるだろう。

「きょうだい星たちはそれぞれの世界に旅立ち、そこから七番星の末裔であるわたしたちを照らしているのよ。ほら、聞いたことないかしら?例えば、旅立つ者には“二番星が見守ってくださいますように”って祈るの。迷って闇にある時も二番星が導いてくれるよう祈るのよ」

「うん、叔父さんが旅行好きだから、見送ったことあるよ。叔母さんが言ってた」

港町として栄えたこの街には各地から船がやってくるので、旅行好きが多い。二番星が見守ってくださいますように、の言葉を聞いたり言ったりするのはそう珍しいことではない。

きょうだい星はそれぞれがなにかしら別のものに姿を変えて人々を守っているとされている。

一番星は光と昼の王。

二番星は闇と夜の王。

三番星は宇宙の王。

四番星は海の王。

五番星は獣の王。

六番星は人々にとって生きるうえで欠かすことのできない空気に。

七番星はすべての星に愛され、その愛は余すことなく人々に受け渡される。

星物語を語った後にはこうして説明をするのも物語の内だ。

「でもね、わたしはどの星からも嫌われ者だから、星たちはわたしに祝われることを望んでないし、わたしも別に祝いたくないのよ。みんながお祭りしてるのを見るのは好きだけど」

どこかの国には、国教を批判しただけで捕らえられ、死刑になったりするところもある。だがこの国はそういった制度はないまでも、異端者として奇異の目で見られたりはするかもしれない。

トムは子ども特有のくりっとした目をぱちぱちと瞬かせて、ふーんと言ったきりこの話には興味を失ったらしい。

「あ、母さんだ」

買い出しに出かけていたらしいおかみさんの姿が通りに見えた。

「あれま、サーヤさんじゃないの。トムと一緒に店番してくれたのかい、悪かったねぇ。どうせトムがなんぞわがままでも言ったんだろ?」

常連とまではいかないまでも、定期的にお店に食べに行くのでおかみさんとは顔見知りだ。おかみさんはお礼に、とクッキーにマフィンとスコーンまで持たせてくれた。

トムと別れた時には祭りは盛り上がりを見せてきた頃で、サーヤはどう過ごそうか考えあぐねていた。宿に戻りたくはないし、かといってずっとひとりで祭りを眺めているのもなかなか気が引ける。少し考えると、ぴんと思い立った場所があったので早速足をそちらへ向ける。

トランプメンバーがいつも溜まり場にしている、街を一望できる小高い丘、そこがサーヤは好きだった。普段は昼間にピクニック気分で出かけることが多いが、夜の、特に聖夜の今日は街が光に包まれて綺麗だろう。

緩やかな坂を登り、丘のてっぺんに来るとサーヤは思わず足を止めた。街があまりにも美しくて、とかではない。それよりも先に彼女の目に入ったのはトランプメンバーたちの姿だった。

「あー!サーヤ来た!もう、遅いよー!」

ゆらがぷんぷんと擬音語がつきそうなほどに頬を膨らませてみせた。レンシスがマフラーに顔を埋れさせて寒そうにしている。相当待ったのだろうか。

「なんで……。今頃宿で聖夜のごちそうでも食べている頃じゃないの」

「いやぁ、サーヤがいないごちそうなんてうまくもなんともないし」

「毎年シィジィとケンカになるのに止めてくれる人がいないし」

「サーヤが、さびしい」

シィジィ、ゆら、レンシスとそれぞれ答えてくれたがサーヤは困ったように視線をわずかにそらした。それを見逃さなかったシィジィはわざと明るい調子で言った。

「サーヤが毎年おれらといたがらないのは知ってるよ。もちろん嫌われてるわけじゃないことも。むしろ大事に思ってくれてるからなんだろ?でもさー、おれらもサーヤのこと愛しちゃってんの。わかる?」

ゆらはにかっと笑い、レンシスはこくりと頷いて同調する。

「だからさ、誕生日くらい祝わせてくれよ」

シィジィの最後の言葉には少しだけ、寂しげな感情がこもっていた。

「いい?」

ゆらが首を傾げて尋ねてくる。

今までずっと、自分の誕生日から逃げていた。“聖夜の良き日”に自分が生まれたことに誰の皮肉だろうか、と人々の間で神と化した七番目の星を恨んだりもした。

サーヤはふっと笑って、今までの自分に向き直った。恐れなくても、あなたはあなたを愛してくれる人がいる限り最強なのよ……。

サーヤの笑みを肯定と受け取った三人は、目を合わせると満面の笑みで口を揃えた。

「ハッピーバースデー、サーヤ!」

聖夜の良き日にあなたが生まれたことを祝いましょう。

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