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第六話

彰人さんから連絡が来たのは自宅についてから十分後ぐらいだった。


電話越しの彰人さんの声が耳元にダイレクトに届いて、一人ですごくドキドキしてしまった。待ち合わせ場所は自宅マンションから二駅先にある居酒屋だった。気取らなくてもいいように、話をしても周囲が気にならないように選んだ結果だったけれど、着ていく洋服が決まらなくてすごく困ったのは彰人さんに内緒だ。


彰人さんの隣に並んでいた樹里さんを思い出して、ちょっと短めのワンピースを選んでしまったのはささやかな対抗心。軽く化粧を直して、二年前より長くなった髪を降ろして向かった店先で、先刻再会した時と服装が変わっている彰人さんが待っていてくれていた。


彰人さんは相変わらずカッコいい。


もちろん、他の人から見たら普通の人だと言うと思うし、私の評価は欲目を含んでいる。


黒いVネックのロングシャツに、黒いダメージジーンズに包まれた足はすらりと長い。革靴なのは「ちょっと野暮用でスーツが必要だったもんで」と笑って弁解してくれたあたり、彰人さんらしいと思わず笑って。

再会を喜ぶより先にとりあえず入ろうと、居酒屋の個室に通されて、テーブルを挟んで向かい側に座った彰人さんの胸元に、太いチェーンにぶら下がった変わったモチーフのネックレスが目に止まって。


「それって、銀? それとも(すず)?」


メニューに視線を落としていた彰人さんが、私の言葉に顔を上げた。


「これ? 銀だよ。俺が作った」

「そうなの? それも鋳物?」

「いや、これは銀粘土で……ってか、よく覚えてんな」


驚いた彰人さんの言葉に私は「珍しかったから」と返事をした。本当は、ずっと彰人さんを探して色々詳しくなったんだよって言いたかったけれど、恥ずかしくて言えなかった。

そんな私の言葉に含み笑いを浮かべた彰人さん。「何?」って聞いたけれど「先に注文しよう」と彼はブザーを鳴らす。


「あっ、まって。まだ決めてないのにっ!」

「腹減って仕方ねぇんだよ。適当に頼むから食いたいもんあったら言ってけ。追加注文してもいいし」


相変わらず我が道を行く彰人さんに、私はもうって頬を膨らませるけれどその怒りは長続きしない。怒りよりも彰人さんに再会できた喜びが全身を包んでいて、胸もいっぱいになっていたから空腹なのに食べられる気がしないくらい。

やってきた店員さんに、私が先にカシスオレンジを頼めば、彰人さんは続けてお茶を注文したものだから驚いた。


「え、彰人さん飲まないの?」


せっかく居酒屋に来たのに、と思いながら尋ねれば彼は苦笑して教えてくれた。


「俺、酒飲まねぇんだ」

「ええっ?! そうなの!?」


意外過ぎる言葉に驚いたと同時に、居酒屋を選んでしまったのは失敗だったかと思案していると、彼は待たせている店員さんに二品ほど注文してから会話を続けた。


「酒は飲まねぇけど、居酒屋の飯は好きなんだよなぁ」


たぶん、彼の本音だったと思うけれど、私に気を利かせてくれた言葉だとすぐ分かる。

それ以上の会話は後回しだと言わんばかりにおつまみになりそうな小鉢やメインの料理をどんどんと頼み始めた彰人さんに釣られ、私も自分の食べたいものを注文しながら彰人さんに尋ねた。


「私も軟骨のから揚げ食べたいんですけど……」

「おお。一緒に食おう。足りなければ追加しようか」

「はい」


先ほど彰人さんが注文してしまったものを二重に頼むのはどうだろうかと尋ねれば、彼はやっぱり優しくてすぐに了承してくれる。

ようやく注文が終わって店員さんが去っていたのを見届けると、私は待っていましたとばかりに口を開いた。


「あの、改めてですけどっ。お久しぶりです」

「あははっ、ああ。久しぶり」

「こっちは二年ぶりなんですか?」

「いいや、ちょこちょこ来てたけど、頻度はそんなに多くないかな」

「そうなんですか……あの、じゃあ今日はどちらに?」

「前とは別のホテルで部屋取ってる」


その回答を聞いて、私は思わずホッとした。


久しぶりに再会した時、一緒に居た樹里さん。確か二年前にこちらに進学したって聞いていたから、こちらに来るたびに彼女の部屋に泊まっていたかと思うと嫌な気持ちになる。

それが杞憂に終わったからこそ安堵のため息も自然と漏れてしまって。


あ。もしかして野暮用って彼女の様子を見に来ることだったのかしら? と思いついたら、ちょっと気が滅入ってしまった。


……うん、平気、だって久々に会えたんだし。くすん。


「今回は……いつまでいらっしゃるんですか?」


恐る恐る尋ねる。久々の再会の有効期限を知りたくて。


「明日の夕方の便で帰るかな」


明日、という言葉に私の心臓が素直に反応してみせた。明日なんて……せっかく会えたのに早すぎる。思わずしょんぼりとしてしまった私の心情を察したのか、彰人さんはクスッと笑って。


「だから、今日のうちに千穂と話したかったんだ。明日じゃバタバタしてゆっくり話せねぇしな」


無理に誘って悪かった、と言った彰人さんに私は大きく首を振って。


それって――私と会いたかったってこと? 


速見の事なんて言えないくらい都合よく解釈してしまった私。


その気持ちをそのまま言葉に乗せようと口を開いたけれど、飲み物を持った店員さんがやってきたことに阻まれてしまい、私は口を閉ざすしかなかった。飲み物と小鉢の料理をテーブルに並べて店員さんが去った後、互いにグラスを持って小さく掲げる。


「じゃ、久々の再会に?」

「ふふっ、久々の再会に」


カツンッとグラスを付き合わせた。ドキドキしながらも平穏を装うようにグラスに口を付ける。こくんっと甘酸っぱいカシスオレンジが喉を通り、火照った体を冷やしてくれる。


「千穂はよかったん?」


ふと、彰人さんの口から漏れた言葉のイントネーションに、私は顔を上げた。彼は自分で気づいていないようで、うん? と首をかしげるものの、それがあまりにも可愛く見えて思わずクスクスと笑ってしまう。


「な、なんで笑うんだよ?」

「だ、だって……ふふっ……彰人さん、方言が……」

「え? 俺、今富山弁出てた?」

「うん、イントネーションが」

「うわっマジか」


おかしさがこみあげてきて。


「ね、今から方言でしゃべってみて?」

「はぁ? 今から?」

「うん、今から」

「千穂が標準語話してるから、俺釣られるし無理」

「えー。彰人さんの方言聞いてみたい」

「イントネーションだけで、そんな方言らしい方言はないと思うけどな?」

「それでいいよ。聞いてみたい。ね、お願い」


譲らない私に対し、彰人さんは心底困ったように眉をハの字にしていたけれど。やがて諦めたように笑ってくれた。


「千穂のワガママには勝てんちゃ。あんま期待せんとけよ?」


そう、方言で返してくれたから、私は嬉しくなってウンウン頷いた。


「それよりよかったんけ?」


引き続き方言で話してくれる彰人さんの言葉に、私は小鉢でやってきたきゅうりの浅漬けを割りばしでつつきながら「え?」と聞き返した。


「結構、俺強引に誘ったろ。ほら、会社の人……ホントに良かったがか?」


それを聞いてようやく彰人さんが尋ねてきた内容が、速見の事だと分かって私は「ああ」と納得した。


「うん、いいの。アイツ、大概しつこくって。いつも断ってるのに自分の都合のいい解釈しかしないから腹が立ってたのよ」


思い返しても腹立たしいときゅうりを口に運んで咀嚼していると、彰人さんは私をじぃっと見つめて。


「ならよかったけど。……まぁあの人の気持ち、分からんでもないからなぁ」


きゅうりを咀嚼中の私は口を開けず、どういうこと? と視線を投げかければ。


ふんわりと優しい表情を露わにして。


「――綺麗なったな」

「……え?」

「千穂。二年前に会った時は可愛い子だと思っとったけど、久々に会ったらすっげー綺麗なっててびっくりした。声かけたくなる気持ちわかるわ」


あまりにも唐突な褒め言葉に、口に含んでいたものを勢いよく呑み込んで。


――息が止まるかと思った。


ずっと、ずっと彰人さんに言われたかった言葉を、彰人さん本人の口から滑り落ちた。誰かに同じ言葉を囁かれても嬉しさを感じてはいたものの、どこかで違うと思っていた私にとって、その一言は格別で。


ホント……? 本当にそう思ってくれる? 私、彰人さんにそう言われたくて頑張ったんだよ?


彰人さんのためになんて押し付けがましいけれど、それでも彰人さんからたった一言、その言葉が欲しくて。

こんな、泣きそうなほど嬉しいことってない。涙をこらえるようにクシャッと顔を歪めてしまったら、不細工って笑われちゃうかな?


「……っ、嬉しい……彰人さんにそう言って貰えたのが……私、一番うれしいよ……」


素直に伝えたのに、彰人さんはゲラゲラ笑って「大げさだな」って。ただ、次の瞬間に尋ねられた一言に、私は別の意味で心臓が跳ね上がった。


「好きな人でもできたん?」

「っ!?」

「お? 図星け? ……つーか、普通は結婚か?」

「ち、違うよっ。結婚なんてしてないっ……か、彼氏もいないっ!」


言った先から羞恥に顔を赤くしてしまって、どうしようもなく誤魔化すようにカシスオレンジをくぴくぴ飲めば。

彼はまた笑って追い打ちをかけてくる。


「好きな人ってのは否定せんがだ?」

「っ! なっ……んっ!」


そんな言い方ズルい。思っても咄嗟に口にできなかったのは、彰人さんがあまりにも悪戯っ子のように余裕の含む笑みを浮かべていたから。

貴方ですってこのまま勢いに任せて伝えてしまおうかと。

そう、暴走しそうな気持ちを必死に抑えながら、平穏を取り繕って震える声で聴き返した。


「そ、そういう彰人さんはっ……?」


全部は聞けなかったけれど、これで充分私が聞きたいことは伝わったはず。私が必死にかき集めた冷静さを翻弄するように、彰人さんはお茶に口を付けてから。


「残念ながら嫁も彼女もおらんね」


ケロリと言ってみせた彰人さんの言葉に、私は内心でホッとする。けれど彰人さんの話は無情にも続いていたらしい。


「好きな子ならおる」

「…………え?」


あ……そっか……そう、なんだ。


現実を突き付けられた私と、飄々としている彰人さんの前に、再び店員さんが注文した料理を持って現れて。テーブルに所狭しと並んだ料理に目を輝かせた彰人さんは「うまそうだ」と笑って私を見たけれど。


「千穂?」


ふと、名前を呼ばれた事に、思わずハッとして我に返った。


「どうしたん?」


と心配そうに聞いてきた彰人さんに、私は笑顔を作って「なんでもない」と小さく首を横に振る。

せっかく再会したばかりなのに、もう失恋決定かぁ、なんて思いながら、今彰人さんを見ると泣いちゃう自信があって、私は割りばしを持って元気よく「いただきます」と食事に没頭した。


「お、おいしいですねコレ」


顔を上げても視線を合わせられないまま私が勧めると、彰人さんは箸を伸ばして私の勧めた料理をつまんでくれる。


「ホントだ。うまいな。これで酒が飲めたら、また格別なんだろうなぁ」


感慨深そうに言う彰人さんの言葉に、私は彼の胸元に視線を向けながらしどろもどろに尋ねた。


「彰人さんって……お酒、飲めないんじゃなくて、飲まないっておっしゃってましたよね……? 実際は飲めるって事ですか?」

「んにゃ。生まれてから一滴も飲んだことない。あ、お神酒含まず」


丁寧に情報を付け足してくれた彰人さんの言葉に、私は一瞬、失恋の痛手よりも驚きの方が勝ってしまって思わず彼の顔を見る。けれど彰人さんは私なんか見ていなくて、料理に視線を落としてもぐもぐと口を動かしている。


「……なんか、意外ですね」

「よく言われる」

「なんで飲まないんですか?」


私が追って尋ねれば、彰人さんはようやく顔を上げて私を見つめ、フッと笑って。


「反面教師」

「反面教師?」


オウム返しに尋ねれば、彼は箸をテーブルに置いて背中を個室の壁に預けた。


「ヒデェ飲んだっくれのクソ親父が居たから。暴力とまではいかんかったけど、物は投げるわ当たり散らすわで最悪だったん。酒入らんかったらそれなりにいい親父だったけど、クソはクソだったから。大人んなってもぜってぇ酒だけは飲まねぇって決めとったがやわ」


初めて聞く、彼のプライベート。


仕事の話は断片的にしか聞いてなかったけれど、家族の話を聞いたのはオジサンが会社を経営しているっていうくらいで。


「……タバコも? そういえば、彰人さん、タバコも吸ってないですよね?」


思わず男性の嗜好品であるそれを持ち出せば、彼は「うん」と言って笑った――笑って教えてくれたのだ。


「タバコこそ俺は必要ないな。親父とオカン殺したモンだし」

「――えっ?」


思わずこぼれた言葉に、彰人さんは苦笑いを浮かべながらもう一度箸を持って、小鉢に入っていたたこわさをつついた。


「三流ドラマによくある話。経済的に苦しい一家が古い木造アパートに住んどって。クソ親父は酒浸りで気の弱いオカンはクソ親父の酒代稼ぐのにパート掛け持ち。そんな家庭で育った馬鹿息子はグレて素行の悪い連中とつるんでケーサツにしょっちゅうお世話になっとったと」


もくっと彼の箸が彰人さんの口にたこわさを運んだ。


「ケーサツからオカンに連れられて久々に家に帰った夜、隣に住んどったオッサンの寝タバコが原因で木造アパートはあっという間に全焼。火だるまになりかかっとった馬鹿息子を助けたのは意外にもクソ親父で。俺を助けた後にオカン助けるわーっつって、勢いよく火の海になってた部屋にクソ親父が飛び込んだ瞬間、古い木造アパートが倒壊して、馬鹿息子の両親は帰らぬ人になった、……とさ」


と、まるで物語を語るように言い終えた彰人さん。


これが本当に彰人さんの身に起こった事なのかが分からなくて、本当は彰人さんが語ったように別の物語じゃないかとさえ思えて。複雑な気持ちで混乱したまま口を開けば、変な事を言ってしまいそうで。

そんな私の心中を察してか、彰人さんはまるで夢物語の続きを語るように教えてくれた。


「……俺さ。あんな両親の元で育った自分が、この世で一番不幸なんじゃないかと思ったんやちゃ。毎日何も出来んと泣いて過ごすオカンもウザかったし、飲んだっくれの親父も大嫌いだった。アイツらが俺を助けて死んだって実感できたの結構後で。俺も火傷してそれどころじゃなかったってのもあったんだけど」


ふと、大きく息を吐いた彰人さん。


「まぁ、もう、親戚中が俺の押し付け合い。しょっちゅう警察沙汰になってた俺を預かろうなんて誰も思わんちゃね。入院しとる間にいつの間にか中学卒業しとって、高校も受験できんくて。ようやく俺を引き取ってくれたのがオカンの兄貴だった今のおやっさん」


当時を思い出すように遠くを見つめていたはずの彰人さんが、急に可笑しそうに笑い出した。


「いや、もうホントふざけんなって思ったちゃ。火事で親死んでんのに、引き取られたおやっさんは工場経営していて、しかも火ぃ使う仕事してんの。火ぃ見んのも嫌だっつってんのに、あのクソジジィ、遠慮なしに火傷したとこぶっ叩いて引きずって工場に連れ出して。工場の柱に俺を縛って『そこで見てろ』って。拷問だったわ」


今の子が聞けば、虐待だと騒がれかねない内容に、私はどういう表情を浮かべるべきか分からなくなっていて。


知ってる? と、彰人さんは言う。


火傷の治療というのは焼けただれた皮膚を剥がすのだという。何度も何度も、綺麗な皮膚が張るまで古くなった皮膚を剥がなければ、汚くただれてしまうらしい。それは柱に縛り付けられるより肉体的にも精神的にもキたと彰人さんは笑って言う。


「食事中なのに」とようやく抗議したら「ごめんごめん」とやっぱり悪びれもなく謝ってきて。


泣き叫んでも、どれだけ暴言を吐き散らしても、工場のオッサンたちはまるでBGMみたいに聞き流して彰人さんを相手にしなかったらしい。その場で嘔吐しても、粗相をしても、解放してもらえなかったのはやっぱり虐待だったよな、と彰人さんは笑うから「それは、うん」としか言えなかった。


「そうして何日か過ごしてたんだけどな……もう、泣くのも疲れたし、吐くもんも吐いてなんもする事なくって。目に入ってくる工場の中をボンヤリ見とったがやわ」


あの光景は今でも忘れられないと彰人さんは微笑んだ。


――金属が溶ける匂い。


――砂同士がこすりあう音。


――汗だくながらも真剣な眼差し。


いつもは冗談ばかり言う親父達が見せる姿に、意味もなく泣いた。


ドロリと溶けた金属が、型に流し込まれる様子をただ見つめていた。


型を外して現れた鋳物に、親父達が嬉しそうに笑ったところを見ていた。


熱く主張を続ける炎が静かに呼びかける。


――僕達は奪うためじゃない。創造のために存在するのだ。と。


知っていたつもりだったけれど、実際現場を見たことがない私にとってはやはり未知の世界だった。知ったかぶりをしていた自分が恥ずかしいと思えるほど、彼の中の鋳物という確固たるモノは、想像以上に彼自身を形成していた。


「汚ぇ親父達が何喜んでんだろって思ったね」


彰人さんが語ってくれている間、私は彼に促されて食事を続けた。彰人さんももちろん、話の途中に料理を口に運びながら教えてくれる。

私はただ、うん、うん、と相槌を打つことしかできなかったけれど、どんな事であっても、彰人さんの話を聞けて嬉しいと思ってしまうのはやはり現金だろうか。

テーブルに並んでいた食事が消費され続け、彰人さんの話も終わりを迎えたらしいタイミングで、私は何とも言えない気持ちをそのまま言葉に乗せた。


「……彰人さんにとって鋳物師(いもじ)は、天職だったんですね」


ポロリと零れた言葉を聞いた彰人さんは、またククッと笑って。


「そういう反応なん?」

「あっ、えっ? ど、どういう反応がよかったですか?」


思わず聞き返せば、彰人さんは耐えられないと言ったように大きく笑って「千穂らしい」と言いながらも最後には「ありがとう」と。


それから当たり障りのない話を延々としていた。


一度しか会った事がないなんてまるで嘘みたいに、二年間で起こった世の中の出来事を中心に話した。プライベートの話になってしまうと、たぶん泣いちゃうから、触れないようにしていて。彰人さんも同調してくれているのか、あまりプライベートな話はしなかった。けれど二人の間に気まずさはない。


馬鹿笑いする彰人さんの方言に、私はほろ酔い気分で「可愛い」とか「カッコいい」と本音をさらけ出す。彼はそんな私の言葉にいちいち「ありがとう」と素直に受け取って、それがまたむず痒い感覚をもたらしてくれる。


「……千穂の好きな人ってどんなヤツなん?」


唐突に話題を変えられた事に、思わずギョッとしたけれど、彼があまりにも優しいまなざしを向けるから、勘違いしそうになる。


酷い人――でも、好きな人。


話を聞いて、ますます好きになってしまって、どうしようもない自分の恋心に自分で呆れてしまうほど。


ねぇ、彰人さん。なんでその話を聞かせてくれたの? どうして私に教えてくれたの? 今は笑って話せる事かもしれないけれど、たった二度しか会ったことのない私に聞かせるほど、そんな簡単に話せる内容ではなかったよね?


「……カッコいい人です。自分をしっかりと持ってる……素敵な人」


届かなくても。どうか、貴方は貴方らしく。


「……彰人さんは?」

「ん?」

「彰人さんの……好きな人って、どんな人ですか?」


今の穏やかな気持ちなら、きっと受け入れられる。後で悲しくて泣いてしまっても、こんな素敵な人が好きになった人だもの。きっと素敵な人なんだろうなと思いながら。


「……俺にソレ言わせると、めっちゃ惚気るよ?」

「ふふっ、聞いてみたいです」


彰人さんらしい切り出し方だなと思い出しながら笑えば、彼はふんわりと笑って。


「俺をめちゃくちゃ惚れさせて止まない子。二年前に一回しか会った事なかったけど、俺の気持ちを掴んで離さん意地悪な子。こっちに来るたびに探すけど見つからん子。好きで好きでたまらんけど、俺にとっては手の届かん高嶺の花」

「……っあ……きと、さ……」

「さ。そろそろ出ようか?」


言うだけ言って逃げるように立ち上がった彰人さん。私も慌てて後を追うけれど、彰人さんは私を待たずにすたすたと行ってしまう。手にはちゃっかり伝票を持っているから侮れない。


高まる鼓動を必死に押し殺しながら、レジで払う払わないのひと悶着を起こしつつ。


結局今日は彰人さんが折れて、けれど払った金額は半分ずつ。あの言葉の意味を確かめたくて顔をあげても、彰人さんは私を見ないまま「送る」と言ってくれる。

送ると言ってくれたクセに、先にすたすたと歩いていく彰人さんの背中を追う。襟足の長い彼の背中を見つめながら、無言のまま歩き続ける。


彰人さん……彰人さん……私、うぬぼれてもいい?


私の二年間がそうであったように、彰人さんもずっと同じ気持ちで居てくれたって……そう思ってもいい?


ねぇ、彰人さん。彰人さん。


繰り返し心の中で何度も呼ぶけれど、彼の背中がそれを拒否するように歩みを進めていった。

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