8.子連れオオカミを連れた主
大枚はたいて買い上げたメルトことメルディアス・チャナは声を出さない子どもだった。そういえばふっ飛ぶほど蹴られたときも悲鳴を耳にしなかった。
原因は不明。あらためて治癒の魔法をかけてみたりもしたけど効かなかった。
年の頃は3才くらい。かなぁ? あまりに痩せこけてて判断がむずかしかった。人種も違うし。ネコ獣人だし。もしかしたら栄養不足で小さいだけで、もっと年長さんってこともあるかも。
口が利けないので、名づけ親はレンハルトさんです!
彼が根気よく男の子の名まえを呼んでったら、メルのところで反応したので、メルディアス、と。苗字は、レンハルトのロウもそうだけど、獣族の種族名なんだよね。チャナはネコ獣人の種族名。
ほんとは、メルディアスの愛称なら、メルか、メルディか、メルドだろう。でもメルって女のこっぽいし。メルディも。メルドは少し言いにくい。
なんか気づいたら、メルト、メルトって呼んでいた。溶けてしまいたいほどかわゆいのだコレが。
最初はうまくやっていけるか心配だった。
子育てチートもあればよいのだが、なんてふざけたこと思ってもさ。
成り行きで保護しちゃったけど、これどうやって育てんだ? 少なくともあと15年から20年くらい? どうしよう?
どうしょもなかった。
やっちまったからにはやれることをやるしかなかった。
当初メルトはわたしには無反応だった。
レンハルトが奴隷商人にお金を払ったりしてる間に、近よって声をかけてみたんだけど、こちらを見上げもしなければ、耳がぴくりとさせることもない。抱っこしようとしても無反応。
自分から抱きつくようにして協力してくれないと、慣れないわたしには抱えあげにくかった。それを見かねたのか、たんに荷物もち役のつもりなのか、レンハルトが代わってくれた。
メルトは彼の抱っこにはおとなしく応じていた。
同族意識ってヤツかぁ、と寂しい半分、ほっとした。
少なくともレンハルトのことは毛嫌いしてないわけだから。嫌なヤツしかいないとこに引き取られた!ってんじゃかわいそう過ぎるもんな。
自宅(貸家です)に戻ってから、まず水分を補給させようと、果物をしぼってジュースを用意。わたしが差し出しても、メルトはやはり動かず。レンハルトが飲めと深皿を口にあてがってやったら勢いよく飲んだ。
この子の相手はレンハルトに任せた方がよさそうだと判断したよ。
しばらく休ませてから、食事をさせた。薄いお粥に顔を突っ込んでガツガツ食べてるのを見たときにはちょっと泣けた。
三日ほどで、メルトは自力で歩き回るようになった。さすが体力に定評のある獣族。とてちて、とてちて、レンハルトについて家中を歩き回っていた。
見てて不安をおぼえてる手足の折れそうな体型の改善は急務だった。
しかしそのための滋養のあるステキな食べ物なんかを手に入れるには、お金もしくは手間がかかる。お店で買うには依頼仕事をしなくちゃだし、採ってくるなら森の奥深くに出向かなきゃいけない。
働かざる者食うべからずだ。
その厳然たる事実の前にわたしは頭を抱えた。
仕事の間、ひとりにしておくの? こんな小さい子を? まずくない?
うなってたら、レンハルトが気楽そうに提案してきた。
「ならば連れて行こう、主。大丈夫。オレが背負っていく」
あの無限ジェットコースターに弱った子どもを……?
「主。幼くてもこいつは獣族だ。そんなに柔じゃない。オレを信じてくれ」
そこまで言われると、そうなんだって頷くしかなく。
さっそくとばかりに市場の古着屋に出向いてお古の背負い紐を購入した。
翌日より子連れ出勤と相成った。
冒険者ギルドに着くなり、さっそく黒髪ツンデレ魔術師ことリーフェ先輩に目をつけられた。毎度のことで待ち構えられてる気がする。朝の日課にされてるんだろうか。それともこれ偶然ですか、先輩。
朝も早よからリーフェ先輩は元気がいい。健康って素晴らしい。
「はっ。こんなみすぼらしい子どもを獣僕にするつもりか。物好きを通り越して正気を疑う。第一位に獣族ロウを従えておいて釣りあいというものを考えろ。大体こんなガキが何の役に立つ。枕か。痩せ細って寝心地が悪そうだな。お前の大好きな採取の手伝いだって草に埋もれるのが落ちだろう」
親元から引き離すにはまだ早すぎる、ということですねわかります。レンハルトを誉めてませんかそれ? ああ、子どもらしいプニプニ体型になるまでお腹いっぱい食べさせてやれってことですね、わかりますわかります。
ツンデレの真意がすぐわかるチートwww
「癒し効果をねらってるんです。行き掛かり上、引き取ることになりまして。あっ、格安だったんですよー。半額になりました!」
「さぞ安かろうとも。見るからにな」
「へっへー。これで美少年に育ったら、わたしの勝ちですね。その時は何か下さい」
「知るか。いつもながら図々しいチビだ」
「あ、背が伸びるクスリがいいです!」
「阿呆。……引き取ったからには最後までちゃんと面倒を見るのだぞ」
最後のまっとうな忠告はすんごい渋々の声だった。渋々……とっても嫌そうなのと、渋くてかっこよいのと、両方で。ふひひ。
依頼を請けに窓口に行ったら、ギルド職員のひとは少し困っていた。わかります、心配ですよね、わたしも心配です。レンハルトが「子どもでも獣族だ」と返したら納得してた。たぶん。諦めただけかも。
ほかのギルドのメンバーからの反応はいつも通り粗雑だった。
「おいおい、ヒィナ! いつの間に産んだんだー!?」
オイオイはこっちだぜ、オッチャンよう。こちとら魔術師サマだぞ。主サマだ。そりゃないんじゃないのー。
しかもヒィナってなんぞ。アサヒナのヒナかい。わたしゃ小鳥かっ。
ちなみに朝日奈は「アッサフィーナ」って感じに発音されることが多かった。まだヒィナの方がマシだ。イナになったりもするが。みう、は「ミュウ」になったり「ミァウ」になったりでもう。
みう、って外国っぽい名まえとか言われることもあったけど、オチはコレですよ。どんな名まえでも現地で勝手流の発音をされるんだね。逆に言えば、みんなテキトーに呼ぶから困らないってことだ。
むしろ思春期を過ごした国内でまともに聞こえる名まえの方がよかったと思います、お母さん。大体わたしはイヌ派です。あ、お母さんもそうだった。……わん、とか、ばう、とかつけられなくてよかったと思うべき?
あぁ、リーフェ先輩は発音よかったです。アサヒナって聞こえます。
ごめんなさい、ファウンもリーフェルトも滑らかに呼べなくて。わたしもひとさまのことは言えません。
自動翻訳チートよ。なぜそこだけダメなのだ。バグか。
……んぬ?
そういや、いまヤジを飛ばしてきたあのいかにもな筋骨たくましい黒ヒゲのオッチャン。見覚えがある。前に腕をケガしてたのを治してあげたオッチャンではあるまいか。
あの人かー。脳筋ゆえの失言じゃなさそうだ。うぬう。嫌いではない。
また大胆に距離を縮めてきたもんだよね。度胸ある。他の魔術師だったら、当てこすりに腹立てて電撃ゴロゴロピッシャーンだったかもよー?なんてね。
いやだって。あれって。わたしが子どもを産んだって。その相手はレンハルトだろうって。暗に言ってるようなもんだもんねーえ。きゃー照れるーう。
オレサマ誰サマ魔術師サマな人だったら怒り心頭なのでは?
ギルド私闘禁止だし、さすがに攻撃まではしないにしても。根にもたれそう。てか、わたしはまさに過去その禁則やぶったことあるのにね。やっぱあのオッチャン度胸あるよねー。
獣族は奴隷扱いされてる人種だから、性的に搾取されてるケースもそりゃあもう多い。らしい。ごめん、そこさすがにわたし突っ込んでいけてない。ムリ。処女と書いてオトメですし。
でもそういうのって所詮は娯楽なんだと。
魔術師はあくまでも「主」じゃないといけない。
例えば、わたしとレンハルトが夫婦みたいに見える、なんてからかっちゃいけない。ダメ絶対。
テメェェエエ……命が要らないようだから即刻その小汚い命を刈りとってやんよぉおおおお!!
なんて風魔法の大鎌でクビちょいーんされてもおかしくない侮辱。
おかしくないけどそこまでしたら捕まるか。
お盛んだね、オアツイね、くらいはセーフなんだよね。何でだろって考えてみたら、要するにあれだ。欲望重視の性的意味合いを含むものはアリなんだな。
お気に入りの奴隷とイチャイチャするのは、男性的な欲望ありきでかわいがってる分にはセーフで。あ、もち女性的な欲望でもいい。イケメンはべらす女王様やる分には。
家庭的要素が入ったり、純愛だったりするのがいけないんだよね。
言うなれば「主従の節度」がまもられてるなら、べつに何したって構わないんだ。
そもそも獣僕なんて道具なんだもの。一般的な魔術師やニンゲンたちにとっては。
共に暮らすうち、仲良くなったとしても、あくまで主従としての仲のよさをくずさないのが普通らしい。リーフェ先輩んとこみたいに。
魔術師として彼はすごい良いお手本。
ま、人間的にも……あれな部分をのぞいたら、努力家だし、勉強家だし、礼儀社交も欠かさないし、わたしよりはよっぽどまともな社会人だ。
そんな世情なんで、わたしがメルトを買い取ったのはすっごい微妙な線。実際こうやってからかわれる隙をつくるような行為だったわけだし?
おかげで、ほかの魔術師たちからは何とも言えない覚めた目で見られることになった。
悪名高い「奴隷に甘い魔術師」がまた馬鹿な真似をしとる、と……。