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7.半額セールの悪魔の取り引き


とはいえ、正しい魔術師になりたいわけじゃないんだよね、わたしは。


まだ他の魔術師に会ったことはないものの、リーフェ先輩の意見はとっても正統派魔術師のにおいがした。少なくとも、これまでのレンハルトさんの言動から浮かび上がる「一般的な魔術師像」にはピッタリくる。


獣僕の上に君臨する厳しい主様って感じの。


甘い甘いって散々言われたし。



いいんだ。


わたしは獣僕に甘い魔術師をやろうと思う。


なるべくこっそりと。



いやだってほら。


日本人らしい事勿れ主義を捨てるつもりはないわけで。


いくらチートだっても、周り中が敵だらけってのはいただけないでしょ。あったかいベッドで安らかに眠りたいじゃない。おいしいごはんも食べたいし。


そう考えると、獣僕に甘い甘くないってのが、この世界の社会の根幹的なところに触れそうなのがネックだ。主義として主張するならば。人種差別だの身分制度だのそんなんに抵触しそうで。


ちょっと隣の国に行ったら奴隷制度はありませんってな生易しい話ではなさそうだもんな。


だってレンハルトさん言ってた。いまや獣族のほとんどは奴隷にされてるって。


奴隷。労働力として重宝されてて一種の財産。己の意のままに扱うのが当然な生きている道具扱い。下賤とされるため、表通りじゃ一緒に食事もできない。それが罷り通る社会。――虫唾が走る。



だからって片っ端から獣族をたすけて歩くってのも非現実的だ。


わたしはまだこの世界のことを知らなさ過ぎる。


どうやったら救えるのか、道すじが全然まったく見えない。


とりあえずチートな力でたすけたとしても、その獣族のひとを何処に匿うのか。ただ逃がすだけじゃ、また元の木阿弥だ。いずれ捕まる。レンハルトですら追い詰められたくらいなのだから。


安住の地を与えてあげられないのであれば焼け石に水でしかない。



それに獣族を解放することがほんとうに正しいのかもわからない。


獣族は身体能力に優れてる。圧倒的に。わたしを荷物みたいに担いで枝から枝へ跳んで走れるようなトンデモ能力の生き物だ。こんなふうに押さえつけておかなければ、ニンゲン側が蹂躙されてしまうのかもしれない。


もしかすると過去にそういった例があって開発されたのが契約の術だとか。


うーん……歴史を調べたとしても捏造の可能性があるからなぁ。宛になるのかなぁ。彼らを奴隷にする口実として、こんなことがあったから仕方ないって言ってるだけってこともあるだろうし。


まぁ過去はともかく今だ。うかつに奴隷解放したら、ほんとに人間虐殺がはじまったっておかしくない。いま虐げられているなら、復讐したいと思うだろうし。



というか、虐げられているのかどうかも、まだはっきりしてないよね?


皆がみんな、リーフェ先輩みたいにまともな感覚で従えてるなら、使用人として雇われてるようなもんじゃないかって気もしてしまう。職業選択の自由はないし、卑賤扱いされてるし、根本的にろくな立場じゃないとはいえ最低限の生活保障はされてる。


リーフェ先輩と獣僕さんたちの間には信頼めいたものがあるように見えたし。


あれを否定するなら、うちだってなぁ。レンハルトさんだってさぁ。



ああでもほんとに皆がリーフェ先輩みたいだったら、だからなあ。



……うーんんんー……。


とにかくだ。


まだまだ知識が足りない。判断材料がない。これだけは確かだ。



今はまだ周囲にあわせて大人しくしとくべきだろう。あうん。もう騒いだけど。あれはまあ置いといて。


こっそり甘くしよう。ひとめを避けて。


表向きはえらそうにもしてみようかな?



「というわけなんで、わたし今日から、主らしくえらそうにします!」


「たしかに主は態度を改めるべきだろうな」



レンハルトよ。口調はしっかり抑えてんだけど、尻尾と耳に感情があふれ出ています。見て見ぬフリをしてやろうか。よき主であるために。



「手はつないでも大丈夫だよね?」



ぴこんとお耳が立ち直った。



「そうだな。主は小さいから、オレが手を引いててもおかしくはない」



小さい……。そりゃあなたから見ればね。にしても、ものには言い様があると思いませんか。


あぁ。こっちのひとって獣族じゃなくても大きいからなぁ。自分がみすぼらしく感じられて、アジアンな体格がコンプレックスになりそうだぜぃ。



「大丈夫だ、主。きっともっと伸びる」


「……お忘れですか。25です」


「うん?」


「わたし25才なので。もう伸びません」


「……すまない」



忘れてたな!? 忘れてたんだろう!!


謝ってるわりに尻尾もお耳も元気だよコンニャロー!


しっかしこのヒトほんとに謝ってばっかだよねー。腰の低いオオカミさんだこと。






穏便に行こう。


そんなことを思っていた頃もありました。


いえ、うまく行ってたんですよ?



ギルドに出向くと、毎日のように顔をあわせるリーフェ先輩のツッコミを聞き流しそうで流さずに、己のキャラを改善して。魔術師らしさってヤツを身に着けて。


毎日初心者向けの依頼をコツコツとこなしてたくらいに、こつこつと地道に魔術師らしいわたしを演出する努力を重ねて。


けっこう普通の魔術師と獣僕って感じに振る舞えてたと思います。


同業者にはバレるみたいで相変わらずアレでしたけど……。


そこそこうまく行ってたんです。



ああ、そうです。


こちらに来てから半年ほど経ったある日のこと。


あいつらさえやって来なければ。



この街、平和なとこだったんすね。ていうか、片田舎だったのかな。


奴 隷 市 場 な ん て な か っ た ですもんね。


おかげで数の少ない魔術師が個人的に連れてる獣僕を見かける程度で済んでいた。そのひとたちは皆ふつうの身形で健康そうだった。殊更に暗い表情をしてるってこともなく。



……檻に入れられたガリガリの子どもの獣族なんて見かけなかった。



下町の市場で遭遇してしまった奴隷商人とそのご一行。



この街で本腰いれて売って稼ごうっていうより、見世物的な雰囲気で拘束した獣族たちを人目にさらしていた。並べて立たされた大人の獣族たちの列の端っこに、子どもの入った檻が置いてあった。


わざわざ人目にさらすのって……彼らの意気を挫くためだろうか。


しっかりと鎖で繋いで、轡も噛ませて、屈強な男たちが護衛兼監視役についている。近寄りがたくはあるが、安全感はあるらしく、興味をもって眺めていく通行人もいた。


ひとりだけ小太りの男がにこやかに愛想を振りまいている。小太りといっても、みっしりとした堅肥りで、ガタイはいい。凄味もある。あれがボスだろう。



奴隷商人なんているんだ、と初めて知った。



主従の誓約を結んで獣族を隷属させることができるのは魔術師のみだ。とはいえ、奴隷扱いされる種族がいるなら、それを売り買いしようって奴らが現れるのは必然なのかもしれない。


リーフェ先輩曰く、魔術師ならば自らの獣僕は自らの能力と努力で従わせるから意味があるのだ、と。熱烈に口説けってことですねわかります。


そういう口説き落とす努力を嫌う魔術師がいるんだろう。


いまだ自由の身の獣族は少ない。数が減ってたら、見つけ出すのも大変だろう。見つけても、身体能力の高い獣族に逃げられたら、追いかけるのは一苦労だ。


奴隷商人が見繕ってきたコを買った方が楽なのは確か。


魔術師なら街中でいくらでも仕事あるし。稼ぎは悪くない方だし。



……にしても。


商品であるなら、価値が生じるはず。



なんでこの子こんなにやつれてんの世話してないのガリガリに痩せ細って傷だらけでかわいそうじゃないかよぉおぁあああああ!!



き、キレそうだ。頭の血管ぷっつん行くかも。



「――主」



わかってる。レンハルトが肩をつかんで落ち着けと。そうだ落ち着けおちつけ。


必死で頭を冷やそうしてるのに、奴隷商人たちのダミ声が神経を逆なでする。護衛役のひとりが、子どもの入った檻をガンッと蹴りつけて揺らした。なかの子どもはますます小さく丸まって震えていた。



「ったく、強情なガキだな。メシも食わねえ」


「ほっとけ。どうせ死にゃしねえよ。頑丈なだけが取得だ。人族ニンゲンの子どもとはワケが違わあ」


「都でご主人様でも見つかりゃ、いいもん食わせてもらえんだろ」


「その前に違うモン食わされっかもしんねえけどなァ」


「喰いちぎるんとちゃうか」


「獣僕になった後なら大人しくするらしいぜ。むしろ喜んでご奉仕するようになるってよ」


「いいね。俺もしゃぶってもらいたいもんだ。暫くご無沙汰でつらいのなんの」


「オイオイ、ありゃあオスだぜ」


「この際どっちでもいいわ」



うぐっ。


下品な笑い声が耳について死にそうだ。精神的に。


すぐにも立ち去りたいのに、足が動かん。見捨てていいのかって良心の葛藤か。それともただ竦んでるだけなのか。



うぐぐぐぐぐぐ。



じりじりしていたら、奴隷商人の護衛のひとりに気づかれた。互いに声を掛け合っているのが聞こえる。まずい。


小太り固太りな親玉商人がこっちに近づいてくる。


魔術師様とお見受けします、よかったらうちの商品を見てってください。そんなことを言われた。ふらふらと近寄っていくと、獣人たちが一斉にこっちを見た。


……うっ。


にゃんこだのわんこだのそのたもろもろの哀しそうな諦めたような怒ったような目が5人分。


お金ないよー。買ってあげらんないよー。


まだ貯金なんてほとんどないはず。レンハルトにお財布まかせてるから、はっきりした額はわかんないものの。



「あの子どもは?」



なんで聞いちゃったかな、わたし。


親玉商人の合図で、護衛が痩せた子どもを引き摺り出す。ほんとに引き摺られてた。あんなに小さくても、大人の男が引き摺るしかないほど、力が強いんだ。


わたしが見ている前で、手を咬まれた護衛が、怒って子どもを思いっきり蹴り上げた。


小さな子どもが飛ぶ。痩せた体が地面で弾み転がった。



――キレました。盛大にキレました。ええ。



気づいたら雄叫びを上げていた。怒鳴っていた。



「ぉおおおおまええええ!! 子どもになんてことすんじゃコラアアアアア!!!」



天下の往来だというのに。電撃なんか喰らわしてしまった。


ピシャンと雷が落ちた護衛はアガッとくぐもった声をもらして失神。



あちゃーこりゃもー言い訳きかんわー。



そう思ったんだけど。



「申し訳ございません、魔術師様。ワシの躾がなっていなかったようで」



親玉商人が引いた。あっさりと引いた。



「いずれ魔術師の方と絆を結ぶ大事な商品……いえ、大事な獣僕候補なんだと教えとるんですが」



言葉では下手に出つつも、わたしの目をまっこうから見据えてくる。



「獣族は貴重です。人族の奴隷なんかとはわけが違う。しかし獣族も素直じゃない。主様方のもとへお連れするまでの道中、厳しく指導しないと大人しくついてきませんでね。こちらもある程度は居丈高に振る舞わねばならんのです。そうこうするうち、愚か者が勘違いするようで。相すみません、はい」



魔術師なら誰にでもこうなのか。まさか今の電撃でチートバレしたのか。



「もしよろしければ、そちらの小僧は格安でお譲りすることもできますが……」



うぬ。


格安ったってニンゲンだぞ。クルマとか買うくらいはするんだろう。もっとか。そんなお金は生憎とない。この格好を見ろっての。未だに市場で買った古着だ。


どうせ買えないとわかってて言ってんな。十分に譲歩したと思わせるために。



「いくらだ」



はっきりした声で、レンハルトが問いかけた。親玉商人はちょっと意外そうに、でも心得たふうで相槌をして。



「300では」


「150しか出せないな」


「……フム。でしたら残りは――アレの治療をお願いしましょうか」



親玉商人はわたしに失神させられた男を指さした。


うげ。


なるほど。心底イヤな条件だ。



「……さま、魔術師様。どうかその子をお連れください。どうか、どうか……」



ふと気づけば誰かがわたしのズボンの裾をつまんでいて。


黒ネコ獣人のおねえさんだった。このひとは女性だからか、小柄だからか、轡はされていなかった。わたしと目があうと、サンダル履きの足に額をすりつけてきた。


思わず硬直した。足をひく隙もなかった。


途方に暮れて、おねえさんとガリガリの子どもを交互に見たら、どっちもネコ獣人だと気がついた。おねえさんは黒で、子どもは……灰色っぽいベージュ? 汚れててよくわからなかった。



「わかった。そのひとの手当をしましょう。……ついでに他の獣族たちも」


「それは願ったり叶ったりですなあ」



……くっ。


最悪。


悪魔と取り引きでもしたような気分だった。






穏便に暮らすつもりだったのに。


化けの皮はあっけなく剥がれ落ちました。


今では街中で「どれいにあまいまじゅつし」だと後ろ指をさされております。





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