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50.海辺のしっぽ




坊主です。

頭を丸めたわけじゃなくって、釣果ゼロってことね。


なんでだ……。


メルトですら釣り上げた。ていうか、本日一番の大物はメルトがゲットした。

引きが凄いもんでたまたま近くにいたオッチャンがたすけに入ってくれたほどだ。アルトとテレスが近くに控えてたものの、彼ら含めて全員が釣り初心者。親の田舎や釣り堀でやったことのあるわたしが一番の経験者という。


――んむ。坊主なのもむべなるかな。

なんでもかんでもなかったよねー。

アワアワしてるのを見兼ねてたすけてくれた、見知らぬ釣り師よ、ありがとう!


本日の王都観光は海!

なんせ港街だ。


国一番のにぎやかな街で、大きな船の出入りもある。

なのに目の前の海ふつーにキレイなんだよね。

この世界じゃどこも大体そう。アスノイスの街近くの川もキレイだ。


魔法の浄水設備やらのお陰だそうな。案外と大きな街の近くの方がキレイだったりするとか。半端に栄えてる方が環境維持は難しいとか。魔法の設備費用までは捻出できないのに人口は程ほどにあるから。うんと田舎だと人口密度が低いため、魔法なしの方法で十分に環境維持できる。


そんなわけで王都の前の海もとってもキレイです。


港から外れた磯は一部が観光客にも解放されてる。そこで釣りやら磯遊びやらするのが王都観光通らしい。しかも釣り道具貸し出ししてるお店で網焼きしてもらえるんだって! お野菜や飲み物も別途承り。つまり、海鮮BBQ! ぃやっふぅーーーっ!!


レンハルトやテオドールは素潜り漁に挑戦してた。収穫は主に貝。エビやカニ、お魚も獲ってたのが凄いわ。初めてだろ、キミら? あ、テオドールは熊さんだしな……いやいやいや遡上するサケを捕獲してたことなんてないだろ。大体、川じゃないし。海だし潜ってたし。


あ、ちなみに砂浜での海水浴を楽しみたかったら、王都より少し離れたラコングートの町に行くといいです。花と緑にあふれたこじんまりとした町で穏やかな海がたのしめます。観光客慣れしつつも俗化してなく上品な田舎町の風情がありますよ。


とかいう話は王都観光本「ショドル氏、王都を巡る」に詳しい。ショドル氏シリーズ、人気らしいよ。他にも「レデルを歩く」とか「フィーレ山地へ誘う」とか10冊近く出てるそうな。「隠れ湯の里へ」が気になる……。


え? 金ぴか?

特使様ご一行だからまだお仕事があるんですよ。ははは。



「主、タレはいいの?」


「うん。塩焼きで食べてみたくて」


串に刺したお魚に塩ふって焼いてたら、アルトが不思議そうにする。名物の浜焼きのタレをつけて焼くのが王道だもんね。(王都だけにってか)


アルトは他の魚や貝の下ごしらえをしてくれてる。包丁まな板、焼き串といった調理器具と調味料は網焼き用のカマドのとこにセットされてた。貸し出してるお店に持ち込めば下ごしらえもやってくれるって話なんだけど、アルトがちゃっちゃと捌きはじめてて頼む隙もなかった。さすがアルト。手際いいなぁ。


メルトが釣った一番の大物は、お店のひとがつぼ焼きにしてくれるそう。大きなお魚丸ごと一匹の巨大つぼ焼き。でっかい釜があってさ。王都の浜焼き屋さんで流行ってるんだって。豪勢な感じになるもんねぇ。


自分の獲物がとくべつ料理になるって言われたメルトはおおはしゃぎ。いまもまだ釜につきっきりだ。中も見えないのに。さらにテオドールもついてる。危なくないように。こっちのが焼けてきたら匂いにつられて戻ってくるかなぁ。ああいうときの子どもの集中力ってすごいからなー。せめてテオドールにはこっちで焼けたの持ってってあげよう。



「あれ、主。塩味の方がよかった?」


「んーん。タレがいいよ。塩焼きだと素の味がわかるでしょ。どんなもんかと思って試しに」


ちょっと心配そうに聞かれたので意図を説明すると、へたりかけたアルトのお耳がぴょこんと戻った。うん。前より落ち着いてるかな。以前だったら最初にもっと暗い顔されてたかも。


「ふぅん。海魚は脂がのってるから……あとでカランを絞ってみる?」


「いいねえ!」


カランの実は酸っぱいミカンって感じの柑橘類。酸っぱいけど甘味も強いのでそのままがぶっといける。苦味や独特の香りってのがないから、酸っぱいミカンってカンジなんだよね。柚子サイズで、色はピンクとイエローのグラデーション。


「あー、ビールあればなー」


ぱちぱちと魚からしたたった脂が焼ける音。煙たくて潮くさくて香ばしい匂い。くーっ、たまらんっすわ。ごくりと唾をのみこんで、思わずビールなんて呟いてしまった。もごもごと口のなかで言っただけだから、みんなには聞こえてないよね?


「はい、主。ラモブ酒あったよ」


「おおお……!」


舞踏会でもいただいたしゅわしゅわ酒ではないですか! またしてもテレスさんったら!

あーーーおいしーーー!


「ビールってどこのお酒?」


ぶふぉっと噴くほど驚きはしなかったよ。だって獣族さんの五感の鋭さは把握済みだもんね。ただちょっとふしぎなのが。


「なんでお酒って……」


「状況と表情」


「ほほー」


「見るからお酒飲みたそーなカオしてて、実際にあげたら喜んでたしね」


「お酒のみたそーな顔ってどんな顔?」


「どんなって、こんなカオでしょ」


ひょいと顎つかまれた。ヤマネコたんのおててもけっこうデカイよね。


ん。

ち、ちょっと今日は、昨日の今日だから、顔とかさわられるとちょっとアレだなアレ。



「……主」


「ひゃひ?」


「かわい」


にまあっと。

でっかい笑みを浮かべたテレスさん。

掛けてくれた言葉とまったく不似合いなその笑顔に背筋がぞぞーっとしました。



「ありがと、う……?」


礼は述べるべきか。一応な、一応。

言っても言わなくてもオモチャにされる(みとめてしまった!)のは変わらない気がしたけど。


「素直」


よしよしと頭を撫でられた。顎は放してもらえた。

う、……う? だいじょぶっぽい?


「あーあ。主のそんなカオ見られたのって、喜んでいいんだかなんだかなあ」


ぬう!?


こ、これは明らかに……バレてる! レンさんとなんかあったってバレバレである。


なんでだ。

わたしそんなに態度に出してたか?

いまのだって何でバレる? 昨夜のこと思い出して少し照れくさくなっただけなのに!



「あ、レン。そんな威嚇してもムダだからね。主にかわいがられるの、ボク得意だから」


――ほえ!?


内心でマヌケな声をあげつつ、テレスの視線を追ってレンさんを見れば。


むすーっとしてた。

仏頂面だった。

やばいあとで機嫌をとらねばっ!


そしてテレスさんはなんば言いよっとね!?

そりゃあ無条件にかわいがってるきらいはありますけどもね!

えっ、じゃああれってテレスさんの手練手管にやられてたってことなの!?(衝撃)


にこぉ、と今度は妙にかわいらしく、無害そうに笑うテレスさん。

うっ……その透き通った笑顔は……ダメ。むり。なにも言えませんニャア。


「主にはボクの魅力なんて通じないよね。ただ主は……」


あ、あるじは?


……ぅん?

え、つづきは? そんなとこで切らないでよ!

チョー気になるんですけどーーー!

むふんって色気はぁととばしてないで皆まで言ってオネガイだからーーー!


「ねえ、主ぃ。レンをなだめてくれるなら、今夜ボクの喉もと撫でてもいいよ」


ウィンクされた。いろいろと、えってなった。


喉もと、って言われるとつい見ちゃうよね。喉に限らず。言われたとこって見ちゃうよね。

まっしろでふっさふさ。目が吸いつけられるような純白のもふもふ。

ヤマネコなテレスさん、全体的には赤みを帯びた美しい模様のある茶色の毛並みだけど、喉のあのへんは白いんだよなぁ。そんでもって他よりやわらかいんだよなぁ。なんかのはずみでさわったことがあって。お手入れしてる時だっけ。ふつーは喉なんて触らしてくんない。当然ながら。


ん、って!

ちょっと待ってよテレスさん!


いまの発言で、レンさんをなだめるっていう常識的行動が、アナタの喉もふ目当てのえげつない行為みたくなっちゃったじゃないの!


ちょおっとぉおおおおおお!?

たすけられたいのか、られたくないのか、どっちぃいいいーーーーー!?



「……撫でてもいいじゃなくて、撫でてほしいの間違いだろう」


ふうっと息を吐いて、いつもの声でレンさんが言った。テレスをいなすための軽くふざけた口調。


「どっちでも同じだよ」


テレスの返事に、ふん?と鼻先を動かす仕草をして見せたレンハルトの顔つきには余裕もあった。


「主はボクを撫でる」


絶対にね。


と言外に聞こえた気がするんですけど何なんですかテレスさんその自信は?

い、いくら魅惑的なもふもふでも、そこまで理性ブレーキがきかないわけじゃないんだからねっ。ね! ……ね?


おっと、いかんいかん、弱気になってしまった。


てかさー。レンハルトに発破かけておいて、それをネタにからかうとかもー。

テレスさんってばやること穿ちすぎじゃない?



「や、まぁ……。レンさんべつに落ち着いてるし、わたしがなだめる必要はないよね?」


「ふぅん、そう。あとでなだめてご機嫌とったりしないんだ?」


うぐっ。

それも含まれるのかいな。


「こそこそしてたら、邪魔しちゃうよ? あ、いいな、それ。たのしそう♪」


「だ、だめだよ、テレス。じゃまなんてしちゃ……」


お耳へっこりさせたアルトがテレスをなだめてる。ありがとう。なんだか巻き込んでごめん。

心配しなくても大丈夫。

テレスのいいオモチャにされるのはわりと慣れてるし。


主って何のことでしたっけね? ただのあだ名だっけ?


思わず契約の証である手足の模様をじっと見るわたしなのであった。


うん。

ちゃんとあるよなー?


右足のテレスさんのも。その藍色の華のような模様は地味派のわたしの身にあるには勿体ないような気もする。それを言ったら、他のひとの模様だってそれぞれに美しく華やかだ。謙遜するつもりで卑下になりそうで、これについては言わぬが花ってやつだろう。


堂々としてないと。


たとえ獣僕にいじられキャラ認定されてるっぽいとしてもだ。

契約の証はわたしの身体の一部ですが何か?ってな顔をしてればいいのだ。






それはそれとして。

堂々としてりゃいいってわけじゃない問題も残るわけで。


……レンハルトさぁん。

そんなに拗ねないでおくれよーお。


あの後うっかりテレスさんの「あーん(はぁと)」に乗っかってしまったりしたのは反省してるよー。ごめんってばー。だってジュージューとおいしそうに焼けたとこを差し出されたからさー。つい反射的にさー。ただ食欲それだけだってばー。


ううぅ。テレスは元からああいうの気安くやるタイプなんだもん。わたしらをからかうためにやったわけじゃ――ない、よね? 鶯色の大きなおめめがきらっきらしてたのは気のせいだよねぇうんうん。


仕方ないので、お耳伏せて完全に不機嫌モードなレンさんの隣で、あれ食べたい、これ食べたいと、ときにあざとく彼の太腿にひじ突いたり、ひざを乗せたりしつつ、散々おねだりかましてみましたよ。素知らぬ顔で。ベタベタしてる風じゃなく、あくまでも無遠慮な風を装って。男としてまったく意識してません、てな感じで。


どうか端からは「傍若無人な女主おんなあるじ」っぽく見えてますよーに!


レンさんにはたぶんわかってもらえると思うんだけど……わかってくれたと思うんだけど。

最初は「えっ」て戸惑ってる空気があったものの、すぐに飲み込みよく教育の行き届いた獣僕っぽく、奔放な主にふりまわされても冷静です慣れてます的な態度になってたし。そんでもってお耳もぴこんと復活してたし。しっぽもちょっと揺れてたよね。ぶんぶんしたいけどガマンしてますって風情で。


よかったー。

機嫌なおったね?


べつになだめる必要ないとか言ってたこともありました。

むずかしいわぁ。

アルトもなんか居心地悪そうに見えたし、申し訳なかったな。テレス、反省して。わたしもする。



ほどよくレンさんがなだまったとこで、メルトを見守っててくれたテオドールにごはん持ってった。メルトよ……まだ飽きないのかね。あぁ、火を調整するための穴があるから、そっから火の様子とか少しは見られるんだ。そうか。


かわろうか?って聞いたけど、皿を受け取ったテオドールは「おかわりがほしい」と食べる前から言ってきた。なんだそりゃ。まぁ足りないよね。右に左に頭を傾けてたら、不意にあの重低音で。



「ここはいいから、レンハルトの面倒を見てやれ」


……!


あ。

あれ?

もしかして。


「無粋は言わん。俺たちにまで遠慮するな」


お、おう。バレてましたか……。


「わかるさ。昨夜のレンの浮かれようでは」


「え、えっと、それって」


「あぁ、リーフェルト師は大丈夫だ」


どう大丈夫なんだろう? 今朝もいつも通りのクールビューティーだったけど。


「魔力をもらったせいだと」


「あー、そっか」


「シェスは勘づいたようだったが」


「う……」


金ぴかかぁ。

思わず顔をしかめたら、テオドールは短く笑った。


「主はどうしてそう彼を嫌うんだ」


「きら……ってるのかなぁ?」


「そのように見えるが」


「よくわかんないんだよね。苦手なのはたしかだから、それが嫌いってことなのかも。でもまだよく知らないひとだしさ」


「そうか」


「いやもう……あのひと何でわたしの竜僕になろうとしたんだか?」


不思議がるわたしのセリフに、テオドールの目がまるくなって、ついでぷはっと吹き出した。

え、そんならしくもない笑い方するような面白いこと言いましたか?


「主を利用しようという腹づもりではあるだろうな」


全然おもろくないじゃないですか。それのどこが笑えるんですか。


「質せば答えると思うぞ」


「……なんか聞きたくない気がする」


「それも選択だな。おかわりをいただけるかな、主」


「あ、はいはい。ちょいお待ちねー」


テオドールに持ってったお皿はもう空っぽに近かった。ひょいひょいと食べてるなぁとは思ってた。しゃべりながらなのに、ほんっと食べるの早いよね! 飲んでるんじゃないの?


行きがけにメルトの頭をなでたら、カマドに近づきすぎなのか、かなりアチチだった。あーあ。ヒゲ焦がさないようにね。テオドールが見ててくれてるとはいえ、男のひとだから大雑把そうで少し心配。うーん。メルトも男のコだから、大雑把なくらいでいいのかなぁ。


とりあえずメルトにジュースは飲ませよう。水分とらせないと。


戻ったらすでにおかわりが用意されつつあった。テオドールがあんなもんじゃ足んないとかってアルトはちゃんとわかってて。じゃんじゃん焼いてる傍らメルトにジュースも持ってってくれた。


わたしはまたレンハルトの隣に座った。

いつものように。

ふさりとしっぽがおしりを撫でてった。


あ、下心は無いと思われます。うれしがって振れちゃっただけだと思う。

……オオカミさんたら、かわゆいのう。




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