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49.キミの夢




泥酔寸前みたいにふわふわしてる。ほにゃほにゃといい気分。

追加で飲んだわけでもないのに、今さら酔いがまわってきたみたいになってる。興奮したせいだろうか。レンハルトのもふもふ癒し効果のおかげで、妙なテンションは緩和されたと思うんだけどな。そうすっかりとなくなるもんでもないか。


寝る前にマントだけはと、レンハルトが外してくれた。ありがとうございます。なんかゆらゆらしてた気がする。ご丁寧に脱がせてもらっておきながら。すみません。もう寝ていいですか。ごしんせつにどーもどーも。


のたんと身体をたおして横になった。枕につっぷしてから、これじゃ魔力あげにくいなって思いなおして仰向けになる。

真っ暗だな。

薄手の白いカーテンが掛かった窓は見て取れた。銀灰色のレンさんもぼんやりとわかる。暗がりで白浮きする。写真で見たオオカミの毛よりずっと明るい。狩りには不向きな毛色だよね。雪深い北国ならともかく。わざと泥つけて汚したりしてるもんな。


マントを片して戻ってきたレンハルトがベッド脇に膝を突いた。横になってるわたしにあわせてくれたみたい。せっかく顔が近づいてもまだほとんど夜目がきかなくて輪郭くらいしか見えないんだけどね。レンハルトはわたしが枕もとに投げ出していた手に大きな手を重ねあわせた。


「ちょっとだけだぞ?」


あ。いま一瞬、金色の眼が光った。わらったのかな。角度の問題かな。

レンさんの金色は綺麗だなぁと安心する。

むかしはこれにびくついてた時もあったっけなあ。


差し出された手を遠慮なく両手ではさんで握りしめた。でも送る魔力は、そっと、ちょっぴり。

あまり影響もなかったみたいで、鼻にかかった甘い声も聞こえなかった。



「大丈夫か、主」


終わってもレンさんの手を握りこんだまま、そのぶ厚い感触を堪能してた。それを不調と思ったのか、わたしにつかまれてない方の手で額をさぐってきた。熱でも測るみたいに。レンハルトの手の方が温ったかいよ。


「具合は?」


「いいよ。レンさんにさわったら、よくなった……」


セクハラか!

んーにゃー。そーゆーイミじゃないよぅ。さわったらって、もふったら、だもん。



「主……」


「ん?」


「他意がないのはわかっているが、そういうことを言われると、その、期待する」



ぎゅっ、とレンハルトの手に力がこもった。わたしに握りこまれていた手が、わたしの手を強くつかんでくる。なにか伝えるように。警告するように。



「メルトがいるのに?」


「メルトがいてもだ」



わたしは笑い返した。レンハルトはほとんど笑ってなかった。


……そうかあ。

レンハルトも男だしなぁ。(っていつも意識してるけどー)



「期待してください」


返事がない。

かわりにぺろりとほっぺたを舐められた。口の端のすぐ脇を。

長いおひげがあたってくすぐったかった。


「あ、でも今は……」


しゃべったら、開いた口のなかを舐められた。うん。口のなかを。歯にあたって止まる程度に。

いまの狙ってきたよね、レンさん?


まぁ、そういう流れかな。


思わず小さく笑ったら、両のほっぺたをつかまれ、もにもにと弄ばれた。ふざけたと思われたのかな。あ、ちがう。ほっぺたを収めただけでは余りまくる大きな手が、耳たぶやら顎の付け根のあたりやらまで悪戯する。これまでになく強い力を篭めて。


それは、くすぐったかったり、気もちよかったり、した。


そのうち、レンさんの顔がぐっと近づいてきて、長い鼻面を頬から耳元へかけてこすりつけられた。感極まったように、ごしごし、ぐいぐいと。めずらしい。オオカミヘッド全体を押しつけ、こすりつけてくる。興奮した勢いなのか、やや体重掛けて肩を押さえつけられたのにはちょっと参った。重痛いよ。爪も太くて鋭いしさ。



「……よかった。主はオレにはあまり興味がないのかと思って」


はふはふと興奮しつつ、わたしのうなじにまで鼻先つっこんでるもんだから、レンハルトの声はくぐもって聞こえた。


「夜伽もまったく命じてくれないし」



うん?


な、なんか、いま、すごい単語が聞こえたような。

ん、え。えっと。え。


言語チート、不調ですか? この状況に、動揺してるのかな?


近頃じゃイケメンにもっふもふにされるのにもすっかり慣れ親しみ、身体的に乙女であるにもかかわらず、大してドキドキしなくなっているわけですが。さすがにこれは。次の段階への一歩を踏み出そうって場面だもんね。動揺くらいするよね。してもいいよね。


きっと何か取り違いしたんだ。意味を。チートな自動翻訳がうまくいかなかったに違いない。


がんばれ、チー力!

ここぞというシーンに誤訳とかないって! もうっ! びっくりさせないでよね!



「正直、不安だった。……テレスの言う通りだったな」


「へ? て、てれすさん?」


「ああ。見ていてもどかしいから、とっとと想いを告げろと言われた。主も悪い気はしないはずだからと」


ぬおっ! テレスさんは何でもまるっとお見通しやでえ!


そんなにわかりやす――いに決まってるな。わたしそんな本気で隠してたわけじゃないし。

いちおー対外的には「主従」の範疇を越えた態度はとらないようにしてたけどさ。うちのひとたちの前ではかなり丸出しだったよね。えこひいきもしてたし。名持ちなのはおいといても。


え、あれ、レンさんには通じてなかったの?

……あ、うん。通じてて、そうかもなーって思いつつ、確信がもてないなんてよくあるよね。

わたしは、まぁ、レンさんジェラシーとか見せてくれるから。そこそこ自信はあったけどさ。


ぬ。てことは、わたしが悪いのか。それらしい素振りが足りなかったか。

普段はなるべく主らしくしてようとしてたしなぁ。


なんだか反省していたら、レンハルトがうれしそうにふふっと笑った。



「この高揚が抜けた後も、その気になってもらえるよう、主好みの誘いを考えておく」


え……。


「どういう誘われ方が好みか、教えておいてくれてもいいぞ、主?」



ちょ……!

し、しんぞうが……!


耳に鼻つっこむ勢いでくっついた挙句に、思いっきり艶めかせた低音で囁かないでください!


なんかこう、三ヶ所くらいきゅんってなったわ!! どこがって決して口には出せないけども!! 品がしものあたりにあってごめんなさいですよ!!


くっ……乙女なのに!


ちゃんと出来てるもんだなぁ。これでも大人の女として成長したんだもんね。身体か、精神か、どっちかおいてけぼりな宙ぶらりんかと思えば、案外と出来上がってはいるもんなんだな。

んでなきゃ、わりと居た(居る)だろう処女のお嫁さんとか大変すぎるよねー。童貞の旦那だって頑張りゃ出来ちゃうんだから、女だけまるっきり準備できてないってこともないよねそりゃ。



「名残り惜しいが、そろそろ戻らないとな。一緒に寝たのかと思われそうだ」


レンさんの言葉にドキッとしたけど、そう、一緒に眠ったって意味だよね。いつもそうしてるし。



「おやすみ、主。よい夢を」



ぬう。いい声 出しおってからに。

そんな声で寝かしつけられたら、眠るどころじゃない上に、眠った後もキミの夢を見そうじゃないかね、レンさんや。


そんなこと思ったけど、すぐに寝オチしたし、夢も見ないでぐっすりだった。






待てよ、と思ったのは翌日だ。

顔を洗ってて、ふと。


……レンさん、やけにそっちの方に重点おいてなかった?


でも、想いを告げるとかって言い方してた、ちゃんと。

でも。


夜伽って言ってた。


伽。お伽話っていうくらいだから、本来はお話しする的な意味。

けど、わたしの了解では、わざわざ夜伽って言うのはそういう意味だ。


あれ、誤訳じゃないとしたら、レンさんはそういうつもりでいたってことだよね?


もしかしたら、わたしに性的なお相手を命じられることもあるかなって思ってた。それがまったくないから、自分に興味がないのかと不安だった。つまり、わたしとそういうふうになりたいってことだ、とは思う……。


命令されたかったってどういうこと? 命令でよかったのかな?

気もちの篭もらない命令って形でも?


んんー!? わかんなくなってきたぞ!?


レンさんはわたしが本気だってのはわかってるはずだよね?

はず。

どうしてそう言える。根拠がない。


その本気が、主として真面目に命じてます、って意味にとられてるとしたら?

夜伽とやらを命じられたかったレンハルトに。

遊び半分じゃないけど、大事にはするけど、結局は下僕としてその身を弄ぶ宣言をしたって。


え……ちょっとちょっとちょっと!

ソレ凄い萌える――じゃなくってさあ!! 真面目に考えろわたしの脳ミソ!!


ああっダメッ! 逞しいレンさんの切羽詰った姿なんて妄想が捗りすぎるッ!


ただでさえ、魔力あげる都合、オオカミさんなのにニャンニャンな姿とか日常見ちゃってるから。現実の色っぽい声と姿のストックがありすぎて妄想ノンストップです。いい加減飽きればいいのに。ムリムリ飽きないよあんなの。普段の男らしさとのギャップ萌えもはげしくて。はよ枯れて――いやそれはそれでおいし……ああうん。わたしが枯れるべきだね。


あ。なんかどっと疲れた。


ええと。

レンさんに確認すべきかな。

そ、相互理解のために。齟齬が生じてるとまずいし。


そう思って何となく頭をめぐらせて。窓越しにもキラキラしい、朝の陽射しを目にして。


今度。今度にしよう。


なんとも疚しいような気分になって力なく目を伏せた。


朝っぱらから考えることがこんなことって……。

わたしって……。




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