43.美しすぎる○○
今日の舞踏会は武闘大会つながりでギルドの主催。
要するに、打ち上げですかね?
わたしはあとこれさえ出席すればお役御免だ。
リーフェルト先輩は他にもまだまだ予定満載なんだって。明日以降も連日予定が詰まってる。王侯貴族向けの舞踏会やらイベントやら茶会やら、あちこち色々と出席しないといけないんだそうな。
中には「どうせ王都に行くならついでに」と親族に押し付けられた代理出席もあるそうで。まったく損なおひとやで。
まぁ、リーフェ先輩の御年齢的に「そろそろお相手を見つけなさい」っていう、ご親族の後押しも混じってるんだろうな。いくらイケメンでも34、5才。こっちの感覚じゃ相当ヤバイ。男でもヤバイ。今たぶん28才くらいのわたしはもうヤバイを通り越してる。
ドレス屋さんで聞いた感じじゃ、舞踏会とかサロンとかそういう上流社会のおつきあいって、出会い、婚活の場でもあるらしい。今夜のギルドの舞踏会は……若いお嬢さんは少なめらしいが。というか、女性が少なめらしいが。
おっ。てことはわたし向けってことか? なんてね。
右腕には紅色で抽象的な模様! 左腕には草色で麻の葉文様風な模様!
これを見せるための肩出しドレスです。手袋も敢えて短くした。お高級なレース手袋がえげつない値段でビビッたわけじゃないよ。どうせギルドのツケだし。
長いスカートの裾からたまにチラリするだけだが足にもあるぞい。
右足には花模様の藍! 左足には細かい草柄のグラデーションな蒼!
……カオスですね!
ドレス屋さんの店員さんたちも最初は悩んでました。
黒はこっちでも弔意色だし、純白は神職色だし。グレーとかベージュのドレスは置いてなかった。たぶん一般的なドレスの色じゃないんだろう。
腕の紅色と草色の間をとっての黄色系は似合わないし。赤系なんてとんでもない。草色は「おばあちゃんっぽいわよね……」という。
結局、風貌にあわせた蒼色に。
これだけ混沌としてるのに左足だけ近い色なのがまたビミョーだよね。でも彼女らは最善をつくしてくれたと思ってる。
普段着は木の葉色、枯れ葉色、無難にくすんだ色彩のずるっとしたローブばっかだから色あわせなんて気にしてなかったなー。ローブだと手足もそんな出ないし。これこそ魔術師の正装だと思ってたし。
それにしても地味? こっちの一般庶民は現代日本人ほど日常でおしゃれしないんだよねぇ。それにすっかり馴染んじゃった。わたしが気を遣ってたのは日本で暮らしてたからで、必要がなければ興味ないジャンルだったんだな、ファッション……。そう気づいてしまって軽くショック。
「被り物しそこねたなー」
「あれは駄目だ、主。せっかくのドレス姿が台無しだ」
ふはっ。レンさん、どストレートにいいこと言うよね! 直球! どストレートに失敬な時もあるけどね!
止められたんだよ。ハロウィンのカボチャ頭っぽいもの作ろうとしてたら。アルトにまで反対されたらどうにもならん。わたしだけで作り上げるには相当な日数がいる。しかも仕上がりはお察し。
それはともかく「せっかくの」ってことは一応ほめられてるはずなのに「キミらこそだよ!」って連中に囲まれててフクザツ。
彼らが気心知れた相手じゃなかったら居たたまれなかったに違いない。気にしないってわかるから居たたまれる。もうどっしりと居たたまっちゃう。
まずリーフェルト様でしょ。険しい顔立ちとはいえ笑えば……ううーん……先輩は笑ってもこえーなwww だがそこがいい!という人はいくらでもいるだろう水際立った美形っぷりだ。なんなのその神々しさ。鮮やかな深緑の服を着こなす男性がこの世にいるとか。
なんで独身なんだろ? 実は獣僕バカなの?
わたしの前では尻尾を出さないんだよね。人族だけに。
こっちの女性はおくゆかしいのかなぁ。実紗、環、理季あたりがいれば体当たりでひっつかまえてそう。アイツらすがすがしいまでの面食いだもんな。
ひとのカレシ(元)見てガッカリすんな! イケメンの友だちいなさそうってシツレーだろ! たしかにおまえらのカレシは歴代イケメンでしたよ!
……えー……。
美形といえば、レンハルトさん! ぴかぴかの革と金属をつかった盛装です。獣族向けなんで布地面積は少ない。って表現するとえらいこっちゃ。ウソではないが。剣闘士と踊り子さんの衣装をミックスした感じで、本体(革と金属)は雄々しく、布づかいはぴらぴらひらひらと装飾的。
こんな舞台衣装みたいなのが様になってるとか。レンさんもつくづく正統派の美形オオカミ獣人だよねー。適度に大柄で、程よくマッチョで。理想的な獣人像そのもの。普通のオオカミより明るい銀灰色の毛並みってのもポイント高い。鮮明な金色の眼も。勇ましいながらも穏やかさのある顔立ち……。
イケメンめ! ひとの胸を魔法呼ばわりしておいてうっとりさせないでよねっ!
いや。べつに日本人としては普通だから。このドレスを着こなすために秘技が必要だったのだ。普段はありのままのサイズで十分です。大きなお胸は邪魔になるらしいし。
モミモミするのもメルトくらいだしねwあまえんぼネコたんめw
たまに寝ぼけてふにふにするんだよねー。気恥かしかったけど慣れた。あかちゃん気分なんだろなと思うとやめさせられなくて。メルトの身の上を考えるとさ。
そんな甘えん坊メルトくんは緋色金糸の盛装でまさに王子様風。人族用で丈は短め。テレスが見つけてきてくれた。古着だっていうけどキレイだし、なにより似合う。
メルディアス様とお呼びしようか。くうっ! なんてかわいいカッコイイの! 身内を大胆にも王子よばわりするひとの気もちが理解できた。これは言いたい! メルたん王子! メルたん天使!
わたしの熱い視線と、あとたぶん半分口走ってたせいで、メルトは鼻高々意気揚々。そこがまた王子っぽく……! 子ネコの王子さま! 童話か!
サイズアウトして着れなくなるまで、たまにおうちでも着てもらおうかなーと思ってる。今夜は明るい照明と豪華な背景込みのメルト王子を堪能しよう。あぁ、かわいいっ。
会場の端っこにあった椅子にメルトと並んで座って壁の花にすらなってないわたし。せめて立ってるべき? ただでさえレンハルトとテオドールの存在が威圧的だろうしなぁ。
テオドールもレンハルトと同じようなキンキラ獣族向け盛装です。若干ぴらぴら量が少ないか。クマさんらしい黒っぽい褐色の毛並みなので金色の金属がよく生える。念入りにお手入れした毛並みはつやっつやだし。
しかし身体つきが……巌のような大男って感じの首ぶっといマッチョなので。いましも手斧もって闘技場で戦い出しそうです。もしくは熊の皮を被った狂戦士みたいな……。お、おかしいな。
……この壁を超えてダンスの誘いにきてくれるひとなんておるんだろうか?
番熊やべえよな、と思いながら周囲を見てふと気づく。あれ? 二人いない?
アルト――あ、戻ってきた。いつの間に。左手にお皿二枚と右手に白いナプキンを持ってる。まるでウェイターさんみたいだけど……服装は盛装だから誤解されないはず。実際この会場の給仕さんのなかに獣族さんもいる。彼らは人族用のお仕着せらしき統一された服装だ。
アルトも獣族向けの盛装。レンハルトやテオドールを見慣れてるとすごく細身のような気がしちゃうけど、そこまでじゃないよね。それなりにデカイし、がっちりしてんだ。だから剣闘士イメージのあの革と金属の服装も似合う。遠目には。近くで見ると平和な柴わんこ顔のせいで着せられた感がパネェっす。
「はい、主。好きそうなの取ってきたよ。自分で見に行きたいかなって思ったけど、いま意外と混んでたから……」
「うわあ。ありがと、アルト」
ひょいと傾いて見てみれば、ビュッフェ形式のお料理提供コーナーにはけっこうひとがたかってる。選ぶのに夢中になってるうちに人にぶつかったりして、万が一にもドレス汚したら大変。アルトは賢明だ。あとで頭なでなでしよう。
やっぱギルド主催なだけあって、普段食べれない料理に食いついちゃう面子が多いんだなー。親近感がわく。サーブ担当の料理人さんとおしゃべりしたり、わきあいあいとしてるし。
ただ、いいとこのお嬢様方が引いてしまわれるのでは……。
お。なかにはアルトみたいに女性のために取りに行ってたひともいるようだ。ふむふむ。てんこ盛りでうまそうに食べてるのはあぶれた人たちなのか。南無。
「わー……アルトってほんと盛り付け上手だよねぇ……」
もらったお皿を見て溜め息がもれる。なんでこうセンスいいんだろう。コース料理の前菜みたいだよ。
「そ、そんなこ――ぁ。……ありがとう、主」
てれてれの柴わんこちゃんめ。尻尾ぶんぶんしてるわ、かわいいな!
謙遜も美徳、でも誉められたら喜んじゃっていいのよ?って前に言ったのをおぼえてて実践中みたい。アドバイスなんて上からっぽくて抵抗あったけどさ、アルトがもっとのびのびと過ごせるよう、わたしも模索中なのです。
もう一皿はメルトにだった。これまたかわいく盛られててステキだ。
「はい、メルト。お子様ランチだよ」
わたしがおしえました、はい。
メルトはよく食べる。餓えてた時期があるからか、食事に集中できずに遊んじゃうことも基本ない。きちんと食べて、身体も育ってきた。それでも頭で食べたい量に追いつけなくて調子をくずすこともあって。
そんなとき、ふと思いついて。定量でも、特別!って感じで盛れば、もっともっとってならずに満足できるんじゃないかな?って。
ワンプレートにメルトの好物だけ乗せて。ピラフの代わりにポテサラ的なおかずを小さなお皿で型抜きしたり。そこに旗を立てたり。ハンバーグをお魚型にしてみたり。こっちの果物でウサギや木の葉の飾り切りをしてみたり。
今じゃアルトの方が上手です。飲み込みがいいのよねー。
我が家では「お子様(こっちの言葉)」+「ランチ(発音まま)」で通ってます。アルトはランチをワンプレートごはんのことだと思ってるようで、たまに朝ごはんで「ランチにしたよ」とか言ってる。内輪だけで通じる言葉をたのしんでるみたい。
「あ、待ってメルト。……はい、いいよ」
アルトがかいがいしくメルトのお世話をしてる。襟元とお膝にナプキン。わたしの膝にも置いてくれる。お皿を持ってるとはいえ片手でもできるのに。甘やかされてるなぁ。
さっそく二人でご馳走をぱくつく。
こういう公の場じゃ獣僕さん達は最初っからもりもり食べるわけにはいかない。メルトは子どもだから見逃してもらえるが。他のひとたちが一通り食べて満足した頃なら獣僕に食べさせてもいいらしい。
さべつー。でも世間様の風潮には逆らわず、先にイタダキマスよ。
獣僕にあまい主をやってはいるけど、反骨精神ゆたかなパンクな主になるつもりはない。ことを荒立てず、目立たず、世の片隅でこっそり生きていくのだ。
「主、ラモブ酒あったよ。メルトにはジュースね」
て、テレスさんまで。パーティ効果ですか。
ラモブ酒……あ、こないだ夕飯で飲んだやつ。しゅわしゅわで甘酸っぱくて美味しかったんだよねー。わたし用はふつーにグラス。メルトのジュースは獣族さん用の小ぶりな深皿。
気がきくなぁ。やっぱテレスの普段の態度ってわざとなんだろーな。これってあれ? ダルデレってやつ? 色気ってブラフがすごくてわかんないよね。
いまも気だるい立ち姿がダイナマイトです、テレスさん。獣僕用の盛装だと色香がヤバイレベルだったので人族用の盛装にしてもらいました。こういうのって見せつけるもんじゃないの、って苦笑されましたけどね。でもそう言いつつ頬ずりしてきたから、本人も同感なのかも。
人族用の服だと尻尾が見えなくて残念だ。上下でわかれてない、ゆったりしたつくりの服だから、ズボンのなかで尻尾が窮屈ってことはない。司祭服みたいな感じ? 尻尾を動かすたびにもそもそはしそう。
テレスの服の色は瞳にあわせて緑系。爽やかなアイスグリーン。赤味を帯びたキレイな毛並みが生えますな。赤に緑はクリスマスカラーのイメージだけど、テレスの毛は真っ赤じゃないし。赤みを帯びた深みのある茶色で、光があたると表面がきらきらと赤銅色に輝く。模様もくっきりとしてて綺麗だなぁ。
というわけで、美しすぎる獣僕に囲まれて霞む主なのであった……。
これぞ乙女忍法☆奥義霞み隠れ!
なんちゃってねー。
秘技だの奥義だの、パーティに立ち向かう乙女は大変だわんわん。




