23.・・・ではなかった場合
テオドールしゃんの目がきらきらしております。
つぶらと言ってもよさそうな真っ黒なおめめ。なのに迫力満点。彼がでっかいからとかそんなの抜きにして。ただならぬ眼光を宿らせて。
その黒い双眸が期待に満ち満ちて輝いておるのです。
や ば い 。
気を引き締めなくてはわたしヤラレてしまうのでは。
それも「殺」的な意味で。
主従の誓約を済ませた翌日。
テオドールが自分もギルドの仕事についていきたいと言い出した。
もちろん歓迎。そりゃそうだろうねって。
でも言われたのが出掛ける直前だったから、彼用の武器がないし、どうしようか?ってなった。ナイフでもあれば、って控え目に申し出られて、わたしの護身用ナイフをお貸しした。
レンハルトも大した武器イラナイって言うし、獣族ってそんなもんなんだって思ってさ。
……ああ!
あのとき何としてでもイメージ相応な武器をもたせればよかった。
そしたら使ってくれたかもしれないのに。あーそれは武器イラナイよねーって納得させられてしまうこともなかったかもしれないのに。
獣族トマは強い強いって聞いてはいたけどもっ!!
……素手でけもののあしをひきちぎるのはやめてほしかったっす……。
ぉおうぇえええぇぇ。
ノリノリになったわけじゃないよ? 吐きそうになったんだよ?
飛び掛かってきた獣をテオドールさんってば無表情に見据えながら、素早く手を動かしたと思ったら、左手で獣の顎の下をつかんで、右手で足をぐいっと――ぎゃあああぁああぁああぁ……。
獣の一群もドン引き。
そんでも二匹ばかり飛び掛かってきた。向こうも命懸けだもんな。縄張り確保って。
テオドールさん、避けなかった。
自分に咬みつかせた上で、おもむろにむしっと引き剥がして、ガッツーン! 二匹の頭をかちあわせて……あああああ……主として状況把握はしなきゃだけども、これ以上の記憶掘り起こしはムリっす!! 拒否権を発動します!!
それでも脳裏に甦るテオドールさんの顔。
咬まれても痛そうにするどころか薄ら笑ってた気がする。表情わかりにくいクマ顔だけど。なんつーか、ふんいきが。ああ。ああ。
ら……ラトアナさーん、ラトアナさーん! ご説明ねがいまーす!
どういう育て方なさったんですかーーー!?
ていうか、話がちがうじゃないですかーーー! お話聞く限りじゃ気はやさしくて力もちなクマさんの印象しかなかったですよーーー!!
「主」
「ひゃいっ!?」
「すまん」
あ、あぁ、とっさのことだし仕方ないですよね……!
「牙が素材になるんだったな」
そっちかいなー!
って、あ、う、いまので牙がダメになっちゃ……うげろ……。
ぜーぜー言ってたら、レンハルトが背中から支えてくれた。
「大丈夫か、主」
「……だ…いじょぶ……」
「そうは見えないな」
さくっとレンハルトに抱っこされた。
「今日はもう帰ろう」
「え?」
「顔色が悪い」
ぁええ……あ! あれか。いつぞやのリーフェ先輩の忠告が守られてる。顔色が優れないようなら抱いて帰れ、って。
「え、そ、……仕事だから!」
「しかし具合が悪そうだ」
うぬ。レンさんや。オマエ様の主は誰だと。そりゃわたし自身リーフェ先輩の忠告には耳傾けまくりですがね!
「だからって途中放棄で帰れません! 信用商売です!」
テオドールさん初仕事ってことで簡単そうな採取の仕事を請けてきた。これを今日一日でこなせないようでは信用がた落ちだ。
「そうだな。……テオドール、そちらの処理を頼む」
「ああ」
ちらっと見たところ、テオドールさんはすでに黙々と獣の死骸を解体しはじめていた。レンハルトに言われるまでもなく。手慣れてる。
「それが済んだら、主が火葬してくれる。……できるな?」
「できるよ、そのくらい。降ろして――」
「後で降ろす」
ぎゅっと抱き締められ、灰銀色のもふもふ襟毛にまふっと顔を押しつけられた。
獣族は薄着っていうか露出の多い服装なんだ。毛皮もちなんだから当然。レンハルトの服も胸元ガッツリあいてる。いやらしさはない。もっふもふだもの。
きもちいいなぁ。ふんわりとしたアマツの香りとあいまってものすごく癒される。……血臭ただよう中だけに。
テオドールさんは3匹の獣をあっという間に解体してしまった。え、すごい。毛皮を剥ぐのって大変だって。力? だけじゃないよな、コツがあると……っと、これ以上詳細を追うのはやめておこう。
もろもろを小分けにして袋に入れてから、お持ち帰り用の収穫袋に突っ込む。その上から毛皮をイン。収穫袋ってのは、液体(血とかね)が垂れない、臭いが洩れ難い、伸縮性ありの冒険者ご用達のベンリ道具のひとつ。
あとに残ったあれこれはわたしが燃しました。
ついでに(でいいのか?)テオドールさんの治癒。わりと血みどろだったので水洗いもして乾かして。便利だな、と感心されました。
いつでも洗えるからってまた同じことして汚さないでね! 頼むからね!
それとレンさん。わたしが主だって忘れてませんかね?
後で降ろすって言われたのに降ろしてもらえず、抱っこされたまま魔術使いましたよ。何なんですかね。過保護じゃないですかね。
……いいけどね。
本来の目的、採取依頼の植物が生えてる谷までそのまま運ばれた。
けっこうな移動スピードなんだけど近頃だいぶ慣れた。わたしが慣れたというより、レンハルトが抱っこ上手になったというのが正しそうだ。
……ん。や、やっぱ慣れたのかも。まずい。黙ってると眠たくなってくる。かといっておしゃべりしながらってわけにも。
うとうとしかけてはハッと気を引き締めてを繰り返した。
しかし努力も空しく目的地に到着した時にはすっかり寝落ちており。気づけばレンハルトはテオドールさんと――ああ、いかん。すっかり「さん」付けに戻っていた。いやだってあんなの見たらアナタ。あぁいや。いやいやいや。
レンハルトは沢地の藪を掻き分けながら口数少ないテオドールと会話していた。
「あんた今までどういう仕事をしてたんだ」
「ん?」
「ギルドで働いてたことはあるのか」
「ああ」
「その割りに、随分と雑だな」
「そうか」
「あんたの前主はもっと丁寧に戦えと教えなかったのか?」
ちょい空気がピリついた。ん。ラトアナさんの悪口っぽく聞こえちゃったかな。フォローがてら会話に参加してみる。抱っこされたまんま。いやぁ、いいご身分ですな、わたし。
「ラトアナさんも一緒に戦ってたの?」
「いや」
「じゃあ、どうやってギルドで?」
「前主の友人の伝手で」
「んー? ……ああ! よその人と組んでたんだね。戦力の貸し出しは聞いたことある」
彼の前主であるラトアナさんのお人柄とそぐわない戦い方が染みついたのはそのせいかな。ご友人も伝手を紹介してくれただけで一緒に働いてはいなかったんだろう。
となると、実情は知れないわけで。
……奴隷だからって酷い戦い方をさせられてたとか?
でも何度もケガして帰ってきたら流石に――ああ、隠されたらわからないか……。血の臭いに敏感に気づくのなんてギルド員ぐらいのものだろう。わたしはわからん。ほかのギルドのひとたちはそんなだ。
「えっと、もしかして、真っ先に突っ込め!みたいな役回り……だった?」
「そうだな」
ぎゃっ。やっぱそうなんだっ。
とわたしが顔をしかめているのに、レンハルトはあっさりと言を継ぐ。
「そりゃそうだろう。人族に遅れをとるわけにはいかない」
「え?」
「こう言っては何だが……まぁ、主だから言ってしまうが、人族ごときに遅れをとるようでは男として惨めすぎる」
……はい?
「言葉が過ぎるのでは」
「まあな」
テオドールが諫めて、レンハルトが笑っていた。嗤って。ぎらつく金色の眼でわたしを射抜いた。
「無論、魔術師は別格だ。我が敬愛なる主よ」
「そ、う?」
「そうだとも。このオレを一撃で伸したぐらいだからな」
レンハルトはたのしそうに牙を剥いた。笑顔なんだろうなぁ、これ。
おのれを凌駕する者に仕えることが「主従の誓約」の本来のかたち。そう考えたら、あの切羽詰った最中にチートなわたしと出会えたのは彼にとっては千載一遇のチャンスだったのか。
すんごい確率の幸運だったと言える。のかも。しれないんだけど。
いまだに騙してる感があって申し訳ない気もちでいっぱいです。ごめんね、レンハルト。せっかくチートなのに小市民な主で。
というかなー。
たとえ仔細うちあけても、レンハルトは気にしなさそうだよね。
あなたを倒したのは単なるチー力でして、と説明したところで、身についてる以上はそれが実力だろうとかってあしらわれそう。
そもそも説明してわかってもらえるかな。最初の頃にほんとの身の上を話したら、わけワカメになってたし。まぁ、実際チー力は便利に活用できてるし、気にすることでもないのかもしれないけど。
それに、女の色香チートとか癒し系チートとかで篭絡したっていうよりは、彼の自尊心にそぐう形ではあったと思うんだ。だからあんまり卑下してもなぁ。
「今の話は本当か」
――にょわ!?
お、おおう……。地獄のバリトンボイスが間近から聞こえてビビったぜ。
テオドールしゃん、その声コワイです。ゲキ渋を通り越したドス声になっております。要するに殺気立ち過ぎです。乙女に向ける声じゃないっす。あと近いっす。
「な、何が?」
「レンハルトを一撃で、と」
ああー……。さっきのアレを拝見したあとだから、ああー……となって。
表情ほとんど動いてないのにテオドールさんから熱気を感じる。圧倒的だ。その勢いに押され、助け舟を求めるつもりでレンハルトと顔を見合わせ、た、のに。
――ひょ!?
れれれんはるとさんななななんでそんな獲って喰いそうなカオしてんですか!?
金色の眼をギラつかせながら舌なめずりして鋭い牙を剥いてみせたりせんでください! 凶悪です!!
テオドールさんの熱気にあてられたにしてもよりによってなんでまた!? ……っああそうだったこのヒトたち獣族――より一層ケモノな人々なんだった!!
「こう見えて主は強いぞ」
「……手合わせ願いたい」
武士ーーー!!
たたたしかに武士っぽいとか思ったけどさっ!! なにあれでフラグ!? フラグ立てちゃったの!? チートだからフラグ建設力もあるの!?
カンベンしてよーーー!!!
身の危険的に上級すぎる……。
いまえっちなこと考えてたでしょ♪きゃっ☆みたいなのも困るが。
素手で手足をひきちぎられる危険性のある相手と戦えとは。
この世界にトリップさせやがった神様とやらがいるならユルサナイ絶対にユルサナイよ!!(血涙)
……ああ。うん。わかってんだよ。
一瞬で済むだろうってのは。
でもその踏ん切りをいきなりつけろって言われてもさあ!
うぅ……。武器の使い手チートは自分都合で封印したんだから、魔術くらいはためらいなく使えるようになれ、ってこと……?
なれ、というより。
それ通り越して「使える」って前提だよね。完全にね。
レンハルトさんのキラキラ(ギラギラ気味の)した目が……「主はやってくれる!」って期待の目が痛い……。スミマセンただのチートですのに。
――まぁ、いいや。
っていうのやめるんじゃなかったっけ?と思いつつ。
テオドールに乞われ、レンハルトに推され、荒野の決闘ならぬ谷地の決闘をいたすことに相成り申した。
ちーん。
不吉な鐘の音が聞こえるよママン……。
湿気った谷のなかでも足場のいいところを選んで。5メートルくらいかなぁ。間を空けて、相対して尚も心は定まらず。
テオドールさんの真っ黒な眼の不吉さ加減に「わぁ、本気だぁ」とか思っていた。
奇妙な現実感の無さ。
「いいか?」
わたしがふわふわして見えたんだろう、テオドールさんはクキキと力の入りすぎた動きで首を傾げて、わざわざ事前の合図をくれた。ちょっと不気味だが、紳士だ。もしくは武士。儀礼を忘れないケモノさんだ。
「どうぞ」
フッと彼が息を吐き出すのが聞こえた気がした。
瞬間、黒い人影は消えている。
あそうか――目視できないってこともあり得たな、と。
認識したからには全方位展開するしかなかった。
だってわたしもケガはしたくない。痛いのはイヤだ。無抵抗にやられる気は最初っからなかったけど、手加減はするつもりだった。それは無茶だと覚った。
どっから来られてもいいように、また、どの程度の踏み込みで来られるかわからないから相応よりちょっと強めになるように、カマイタチの魔法を放った。自分の周りにドーム状に展開。
電撃でそれをしなかったのはここが湿地だからだ。
それを後悔するわけにはいかなかった。
いくら残酷な切断音を耳にしても。
わたしの聴力では彼の居場所を的確にさぐりあてることなどできない。だが魔力でなら別だった。風刃を起こした魔力が位置を特定。それを頼りにトドメを放った。
彼の体のみを目標に、今度は電撃一発。
痺れさせて動けなくしないと反撃されてしまう。
風刃でそうしようとしたら脚でも切断するしかない。
攻撃がバチンッと弾けて直後。どさりと重い音がして目を開けた。いつの間にか目を閉じてしまっていたようだ。情けない気分で、眼前に倒れるテオドールさんの姿を見た。
……ズタボロだった。
体中を切り裂かれて膾状態。その上、なんか焦げ臭い。殺したんじゃないかって惨状。これをわたしがやったのか。我ながら人格をうたがう。
治癒。治さなきゃ。早く。
震えながら手を伸ばそうとしたその時。
半死半生のテオドールさんが奇声をあげた。びっくりしてひっくり返った。たぶん腰が抜けた。
奇声、だと思った、それは哄笑だった。
それもあの、マンガとかで、クカハハハとかケァハハハハとか表現されるようなアレなひとの笑い声ですよ。キのつくひとの笑いっぷりですよ。それを血みどろ膾切りのクマさんが。
トラウマになること受けあいの情景に、わたしは治癒しなきゃと思ったことも忘れ果て、体感的にはかなり長い間、茫然と座り込んでおりました。
テオドールはアタマがどうかしている。
うん。もう、さんとかつけない。あいつは変態だ。切り刻まれても悦ぶ戦闘狂だ。
ひとに重い罪悪感を抱かせといて、その状況を心底たのしんでるとかあり得ん!!
「気に入った」
気に入るな!! ヘンタイめ!! キサマなんぞ二度と攻撃してやらん!!
「だろう。主の腕は確かだ」
レンハルトまでアホにつきあうな!! ヘンタイが伝染る!!
「そう怒るな、主。オレたち獣僕にとっては主が誓約にふさわしき力を示してくれることは無上の歓びなのだ」
……おう……。
なんか一気にテンションさがった。
しょんぼりしてたら、レンハルトがまたわたしを抱っこする。待て。もう顔色は悪くないはずだぞ。あとさりげなく脇腹から腰にかけてのビミョーなラインを撫でまわすんじゃない。
「さて、ひと仕事するか。テオドール?」
「ああ。もう大丈夫だ」
「主は治癒も上手い。よかったな。あれは気分がいいだろう」
「実に。……多芸だな」
「魔術師だからといっても、どの系統も抜きん出た才を発揮するというのは珍しいようだな。とくに攻撃と治癒は系統がまったく違うとか。それは門外漢のオレでもわかる」
ふたりはおしゃべりしながら、ふたたび沢地で採取をしている。
働き者で結構なことです。
わたしはもう今日は開店休業。余計なことさせられて疲れ果てましたもの。
「俺は運がいい」
「そうだな」
「また是非、手合せを――主」
声をかけられただけでびくぅ!!と身を竦めてしまったとしても誰もわたしを責めないでほしいんだお願いします低音ボイス怖い。
渋い声なんか! やっぱりわたしはテノールが好きです!!
……てか、テオドールはあれでよかったわけ? もう一度戦いたいとか思っちゃうわけ? どう考えても一方的になぶっただけで戦いらしい戦いにもなってなかったと思うんだけど?
戦闘狂の考えることはわからん。
あでも、レンハルトもほめてくれたし、あれでいいのか。
「主はかわいいなあ」
胸元のもふ毛をひっつかむ勢いですがりついてたせいか、レンハルトさんに笑われました。ぬ。だってきょわかったんですもん。そのまふまふ襟毛でもふもふっと癒してください。
せっかく武器の使い手チート封印でヒャッハーしない流れにもっていったのに。まさかのアレな獣僕登場で危うくなるなんて。
わたしはかわいい獣僕さんたちとのほのぼのストーリーが好きです!
自分よりデカくたってかわいいの! もふもふなんだから!




