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2.嘘とほんとの身の上話




いやあ、すごい。すごいっすよアニキ。獣人さんって人間ひとり肩に担いで森のなかを突っ走れるんですね。びっくりしました。飛んでるのかと思いました。


あれ。跳んでたかも。梢から梢へ。どっかでそんなことがあったきがするけどそんなばかな!!!



バチッと目が覚めた。



真っ暗だった。


でも今度は室内だ。


心臓ばくばくしてる……この感覚が馴染みになりそうでつらい。またいつの間にか知らないとこにいるなんて。



でも今度は直前の記憶があった。


灰色オオカミ獣人さんに担がれて、人間離れした速さで走られた挙句に、すごい跳躍力で縦にも移動されて。縦横無尽ってやつですか。


めちゃくちゃ怖かったし。3D酔いみたいなのしたし。


しんどかった。方向感覚おかしくなるよアレ。しかもお腹の辺りを固定されて運ばれてたから、そこに力かかるし、内臓ごとオゲエェエってゲロりそうだったわ。


たぶん途中で失神でもしたんだと思う。


意識失うとか中学生の頃に生理で貧血やら起こして倒れた時以来だわ。



で、気を失ってる間に、ここへ運び込まれた。



思わずシリアスに身構えそうになったところに、すぴーーーすぴーーーと寝息が聞こえてきて気が抜ける。え、寝てるの。誰が。


右の方。そっと頭を動かして見てみると、暗がりに人影が。ただのヒトじゃないか。獣人影か。


ええと……?


あの獣人さんついててくれたのか。主とか言ってたから、それで?



……左腕が微かに痛む。咬まれたとこだ。布が巻かれていた。手当してくれたらしい。



突然アハァンな声がご近所から聞こえてきた。


獣人さんが寝てる背後の壁向こうからだ。うわあれ安眠妨害じゃない?それともピンクな夢見ちゃうだけかな?とか思ってたら、今度は反対側から。どひゃあ。両隣からかい。きっついなー。


おねーさんたちなにそのAVみたいな派手なよがり声。エロかわいいけどやめてええー。こっちが赤面しちゃうぅう。



ひとり顔をおおってもじもじしてたら、窓の外、街角の嬌声と酔客のドラ声も耳にとどいた。こんだけ部屋が暗いんだし、夜なんだろうけどもにぎやかなのか。街灯もついてるっぽいし。そういう界隈のようだ。



……うん? ここ、そういうお宿、なのかな?



灰色オオカミ獣人さんは壁際によせた椅子に座って眠ってる。


よって、たぶん、下心はない。



いやいやいやいやいや待て待て待て待て待て待て待て!!



だったら何でわたしオールヌード!? 掛け布団かかってますけども! も!



……あ、でも何もされてない。



きっとこれは服が汚れたかどうかしただけであって邪意はないのだそうだきっとそうだそうにちがいない。


だってあのヒト獣人さんだ。人間には興味ない可能性だってある。


落ち着けー落ち着けー。ヒッヒッフー。




「――主」



呼ばれた。声の方を見る。灰色オオカミ獣人さんが立ち上がった。


ええと。真っ暗闇だと、おっかないな。


ひっ。


たしか金色だった眼が光った。いやいやいやびびるなびびるな自分。あれは窓越しの街頭の灯りが反射しただけだ。彼の心もちなど反映してない。ギラギラなんかしていない。ただの光だ、ただの光。



彼が近づいてくるのを見据えながら、そろそろと起きる。掛け布団ともども胸元を押さえつつ。


ほんとになんで全裸なんだよぅ。あっちはふんどしみたいなのだけでほぼ全裸な半裸だし。そのうえ周囲からギシアンが聞こえてくるし。いくら成人女性でもきついですよこの状況は。


大体こちとら処女ですしね!



「あらためて名乗ろう。オレはレンハルト・ロウ。お前――」



灰色オオカミ獣人レンハルトさんはベッドの傍らの床に片膝を突いた。



「――貴女の獣僕として仕える栄誉を授けてくれたこと深く感謝する」


「へっ……?」


「貴女になら我が生涯を捧げても悔いはない。オレを一撃で動けなくさせるとは恐れ入った」


「……はい?」



しょうがい? 生涯って……。



「あのー……ちょっとうかがってもいいデスカ?」


「何なりと」


「わたしの服は?」


「すまない。金がなかったので売った」



主従のナンチャラはー!? 主わたしじゃないのー!? 気を失ってる間に服ひっぺがして勝手に売ったりできるんですかーーー!?



「主の意識が一向に戻らなかったので……せめて宿をとらねばと思って」



し、仕方ないか……。そんなみよしさんを思い出させるワンコ顔でしゅんとならないでよー。わたしのためだもんね仕方ないよねそーだよねー。


うん弱い。弱いぞわたし。絶対この顔には弱いぞ。まいったな。なんか大概のことはゆるしちゃいそうだ。


みよしさん……おバカかわいいんだよ……。このヒトは凛々しくて賢そうだけど。毛の詰まったもっふもふ感が似てるのだ。



……うっ。



家に帰りたい。


みよしさーん。和兄ー。おかーさーん。おとーさーーーん。


おうちにかえりたいですーーーーーーーー!!



「――主……!?」



な、泣けてきた。泣けてきたぞ。うえぇええん。



「そんなに大切な服だったのか!?」


「ち、がう……っ」


「では何が」


「ちがう……ここちがう……おうち帰りたい……」



えぐえぐしないよう抑えながら、なんとか言葉を押し出した。え……とレンハルトさんが呟く声が聞こえた。



「ああ、そうか。道に迷って、あんなところに。大丈夫――」


「ちがうのっ!」



わたしの頭を撫でようとしたらしい手をとめてレンハルトさんは沈黙した。



「わ、わたし、ここ、わたしの世界じゃない。ちがうとこ。だから、帰らなきゃ。家に帰らなきゃ」



感情的に喋り出したら涙が次々とあふれて止まらなくなった。もう抑えようもなく、しゃくりあげてしまう。



「……主の国は何処なんだ」


「日本」


「ポン……? この大陸にあるのか?」


「無い。ここに無い。世界が違う」


「……すまないが、主。オレは魔術師ではない。専門的な言葉は理解できん」



レンハルトさんに困ったように言われて、はたと我に返った。



――ちょ……うわあぁああああ!!!!!



はずかしさで毛穴という毛穴がひらいた。ぶわあってなったぶわあって。


見ず知らずの男性の前でパニクって泣いて慰められて軽くヒスってって!!


ひぃいやぁあああああああ!! いやあああああああ!!!!!


転がりたい!! ごろごろ転がりたい!! 転がって転がって転がり去りたい!!


掛け布団の下が全裸でなかったら!!!



……………………ぎゃあああぁぁ……………………。



わりとしんだ。せいしんてきに。






おかげで涙はとまったので、この場は適当なつくり話をしてごまかすことにした。わたしの身の上は説明が難しすぎるとわかったので。嘘はよくないけど、方便ってやつだろう。せいじつなおはなしあいは、おいおいでいい。追々で。


レンハルトさんにはこんな感じで説明した。


記憶があれこれ抜け落ちている。まず何であの森にいたのかもわからない。ニッポンというとこに帰らないといけない気がするのだが、何処なんだかわからない。ほかにもたくさん記憶がない。こまった。


よし。だいたいあってる。



今度の話はレンハルトさんの理解範囲内におさまったらしく、ほっとした様子で聞いてくれた。


ふう。思いとどまってよかった。異世界だのチートだの、こんなヘンな話が通じるわけないよね。もう少しでイタイ奴になるところだったわ……。


記憶喪失な話はアリで助かった。これも通じなかったら、ただのモノ知らずのバカだと思われたかもしれないよね。わたしはいいけど、レンハルトさんが絶望しそうだ。あるじが幼児並みの知識もないバカとか。


……ああ……。


こっちじゃそうなるよね。きっとそうなる。先行きが不安だ……。


ほんとに兄ちゃん居たらよかったのに。和兄だったらオタ知識フル活用してうまくやってく方法を考え出してくれただろうに。千花ちかでもいい。ヤツも頼りになりそうだ。


あっ、でもでも、誰か巻き込みたかったってわけじゃなくてね!


しょうがないじゃない。心細いんだもん。誰かにいてほしいと思ったって。



「……わかった」



ひと通り話を聞いて少し考え込んでいたレンハルトさんが口を開いた。


――あ、そうか。このヒトがいた。


家族や友人じゃないにしても。これからお近づきになればいいんだよね。友だちになれば。先に主とやらになってしまったけども。


そうか。わたし、一人じゃないんだ。そうかそうか。よし。



「ご質問は?」


「主、気を悪くしないでもらいたいのだが……」


「何なりと」



レンハルトさんの言い回しを真似して答えたら、ふっと笑われた。へえー。オオカミヘッドでも、ふって笑えるんだ。てか、どうやって発音……まあいいや。深く考えまい。魔法がある世界なんだし。



「魔術は使えるか」


「……うーん……ところどころ?」


「そうか……」


「困る?」


「困るな」



レンハルトさんはおもむろに床にあぐらをかいた。その動きを眺めながら、わたしは考えた。魔術つかえないと困るのか。物騒だからってだけじゃないニュアンスを感じた。なら、どうして困るか、って言えば。



「魔術師で契約の主だっていうのが重要?」


「当然ながら。獣族ロウのオレを従えていて魔術が使えないでは通らない」


「そ、そうだね(獣族ロウってそんなイイモノなの?)」


「魔術の使えない、力ない主の許にいると知れたら、オレもまた狙われるかもしれない。野放しにしているようなものだからな。獣族が自由でいるのはゆるされない……いまや獣族のほとんどが魔術師の奴隷だ」



うわ。なにその重い話。奴隷? 奴隷ってなに?


いやまあ何もないか。意味はわかる。言葉は通じてる。チー力で。


言葉がわかるのって、これは魔力じゃないよね。チートだよね。それとも魔力なのかな。知識が足らなくて分類できない。


チートと魔力が別のものなら、わたしには2種類の力があるってこと?


ああ、違う。そうじゃないな。あり得ない力を持ってるっていう現象がチートなんだよね。それもたんにラッキーしたっていうレベルを超えちゃってる感じの力。


……自動翻訳とかそれっぽいよね? 魔術っぽいものも突然つかえたし。うん、チート。よし。


ともかく……えーとえーと……ちょっと待って。奴隷って言ったよな。奴隷。魔術師の奴隷って。それってつまり。



「しゅじゅうの……せいやく?」


「ああ」



室内は暗くてレンハルトさんの顔もはっきりとは見えない。声は穏やかな相槌だったけれども。



「あー……ごめんっ」


「うん?」


「そこも記憶ない。ごめんなさい。そんなモンだと思わず、気軽に引き受けた」


「えっ。あれは……やり方だけでなく?」


「そうです。奴隷にする魔法だなんて知ってたら……」



しなかったのに。ああでも本人が助けてくれって言ってたな。助けるためにしてくれって言ってたんだよね、あれ。



「レンハルトさん、どうして追われてたんですか」


「そりゃ……オレが獣族だからだろう」


「ん。んん。それはそうですよね。えっと、その、誰に?」


「魔術師とその手下にだ。ああ、オレを性奴のひとりに加えたいって男がいてな」



……はい? 性ど……え? なんて? ききまつがえました?



「なにをかたまって――あっ。お前もしかして見たまんまの年なのか!?」



レンハルトさんが慌てている。よし。いくつに見えるのか言ってごらん。



「成人しております」


「だ――だよなあ……! ああー、ビビッた。その魔力の量と純度で大人じゃないと言われたら末恐ろしすぎるだろ……」


「そういうレンハルトさんはおいくつですか」


「28才」



意外と若いような、相応なような。微妙なセンだなー。



「そうですか。わたしは25才です。あと、名まえは朝日奈みう」


「へっ……」



レンハルトさんがえらくマヌケな声をもらした。なんだろう。さっきからちょっとキャラがくずれてきてるよね。地が出てるんかな。



「――なまえ?」


「ええはい。あさひな、が苗字。みう、が個人の名まえ」


「……いいのか?」


「なにが?」


「いや……。ええ? まさか? ……主が奴隷に名を告げる意味は知ってるよな?」



うんにゃ。え、意味あったの? すごいトクベツな感じ?



「知ってても知らなくても、事実は一緒でしょ」


「……あぁ、うん」



ごまかしちゃった。


だってなんか聞いたら身もだえしそうな理由だったら困るじゃないか。さっきの大失態のあとで、これ以上はずかしい思いをしたら心臓がもたない。


だから詳しくは聞かないのだ。



それにいいよ。いいよいいよ。レンハルトさん、トクベツでいいよ。


この世界に来たせいで得たっぽい謎のチートな力のなかでも。


道先案内人レンハルトさんを得たっていう幸運力が最たるものだと思うもんねー。



「そんで、えーっと……まじゅつ! 魔術の使い方を思い出したい」


「どうやって?」


「どうしたらいいんだろう? あっ、えっとね。レンハルトさんをやっつけたの、電撃のあれ、びっくりして思い出した術で。治癒の術も、怪我したら思い出した」


「ほう。そんなもんか。ならば、修練をするか?」


「うん。それでいいと思う。えっと、ところで……」


「ん?」


「服がないのはどうしたら……」



レンハルトさん、かたまった。のち、軽く笑う。おい。わらうとこちがう。オマエがひっぺがしたくせに。



「すまん。言い忘れてた。着替えはある。主のあれは、めずらしいものだったから、けっこう高く売れたぞ」


「そうなんだ。よかった」


「……勝手に売ってすまなかったな。ほんとうに大切なものではなかったのか?」



またそんなみよしさんっぽい顔しないでー。精悍なワンちゃんのくせにー。



「大丈夫だ。問題ない」


「そうか」


「とりあえず寝る?」


「……違うとわかっていても……胸が高鳴るな」


「うん?」


「誘ってくれてるわけじゃないよな、我が貴き主よ」



厚い胸板で響かせた、うんと低い声で、レンハルトさんは囁きかけてきた。



――んぬわっ!?



ゆ、ゆ、ゆゆゆゆゆゆだん油断したゆだんしたああああ!!!


ちょ!! エロボイス!! わざと低めおったなこしゃくな!!


負けないんだから負けないんだから負けないんだからわたしの好みはテノールでっす!!



「やはり違うようだな」


「う……この……」


「主は魔術師らしくないな。記憶が無いせいか。今までの獣僕とはどうつきあってきたんだ。そこも記憶が無いのか」


「無い」


「……そうか」


「たぶん、だけど。今までのじゅうぼくとやらはいないと思う」


「そんなわけないだろう」



ないのか。そうか。どんな世界なんだ、ここは。どんなふうに生きてるのが普通なんだ、魔術師ってのは。こまった。わからないぞ。こまったこまった。



「だが、主ほどの魔力の持ち主から引き離されるようなことがあったとしたら、そいつらはもう……」



レンハルトさんは押し黙った。うつむいて考え込んでいる。



しゅ、しゅじゅうのせいやくって、どんなもんなんだよー!!


察するに主から引き離されるとペナルティがあるってこと!? じゃないとしても、よっぽどじゃないと解約できない!? 聞いてない聞いてないよ!!


っていうかそうだ生涯!! 生涯ってなに!? 解除できないってこと!? できるけど一応そういう体裁で結ぶものってことなの!?



聞きたい。もっと色々と聞き出したい。レンハルトさんを問い質してしまいたい。


だけど待って。


そんなことして、あまりにモノを知らなさ過ぎると怪しまれたとしよう。さっきのつくり話も嘘だってバレたら、また事態がややこしくなる。



こんな真夜中っぽい時間帯に、四方八方の部屋からギシアンが聞こえる場所で、これ以上クソまじめな話し合いを続けたくない。



よし。追々にしよう、おいおい後々に。



「ベッドは引き続きわたしが占領します」


「ご随意に、主よ」


「では、おやすみなさい」



ベッド上下に半分コしようか? と提案するのはやめておいた。


だって、レンハルトさん、明らかにひとのことからかってきたしね! 性的な意味で!


うっかりワンコを足下に寝かす気分で言っちゃうとこだったわ。ベッドに上がらせるのは躾としていくないのに。



――大体わたし真っ裸だしね!



うおおおおおお言わなくてよかったあああああぁああ!!






翌朝、目が覚めたら、上半身モロ出しだったんですけど、どうしたら。


ああそうだったわたしよく上掛け押しのけちゃう方だったって思い出したけど時すでに遅し。


服着てから寝れば……しわしわの服を着てすごすことになるか。


おっぱい見られたかもなーたぶんなーって気まずいのと。

寝じわでくちゃくちゃの服を着て方々で気まずいのと。


一体どっちがマシなんだろうか? 乙女的に。




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