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14.やきとりたべたい



本降りの雨の日は仕事を休む。自主休暇。


そんで自宅でメルトに字を教えてる。

自動翻訳な言語チートが読み書きにも適用されてるおかげだ。


5日ごとの定期休日もあるんだけどね。リーフェ先輩の教えに従い、レンハルトが決めたやつがね。主は誰(以下略)



メルトはできれば外で遊びたがるから、雨でもないふつうの休日は「お勉強は今度」ってなる。まだ気が乗らないのにムリに教え込む年でもないと思うし。もう少し大きくなったら考える。


普段は仕事と家事に明け暮れてるもんで、手をかけなさすぎかもしんない。帰ってから遊んであげるにしても片手間になっちゃうし。すぐ寝る時間になっちゃうし。


だいたいお勉強といっても、遊び半分だしなぁ。


お題を出しまーす!なんて最初に「さかな」と書いてから、メルトに魚の絵を描いてもらう、みたいな。彼の名まえ「メルディアス」をこう、白抜きにして書いてから、この文字には何色が似合うと思うー?とか。


かなりいい加減なものだ。


ぐちゃぐちゃの線を書くだけでも、なにかを「書く」っていう行為の練習にはなるよね? こんなんでほんとに文字をおぼえられるかは自信ないけど。いまは遊び感覚でたのしんでもらえればなーって。


きちんとおぼえるのは追々でいいと思うんだ。追々で。



メルトは動きは獣族らしく活発だけど、性格的にはかなりおとなしくて聞き分けのいい子だ。


親から切り離されて売り飛ばされたんだから当然かもしれない。


早いうちに諦めを学ばされてしまったんだよね。


奴隷商人のところではかなり酷い目に遭わされてたようだし。ごはんを食べなかったのは、反抗心からっていうより、極度のストレスにさらされた野生動物が絶食に陥るようなもんだったんじゃないかな……。


チビっこの怪獣並みの超音波なんて聞きたくはないけど、せめて泣き声くらい上げれればなぁと思う。あれも子どもにとっちゃ必要な行為なんじゃないかって気がして。


いい子すぎて心配って、ぜいたくな悩みだ。



そういう子だからこそ文字を教えようって思った。身振り手振りだけじゃない意思疎通の手段があった方が絶対いいだろうって。声で伝えられない言葉を伝える方法があるんだって知ってもらいたくて。


読み書きソロバンはおぼえておいて損はないだろう。


あぁ、こちらにも手話はあるみたいなんだけど。獣族に教えてくれるかどうか。そもそも手話の先生が見つからない。この街にはいないのかも。


それに、もしいつか手話おぼえたとしても、よそさんとは文字でやりとりが基本になるだろうしね。


わたし自身の言語チートも書く方はぎくしゃくするから丁度いいんだ。メルトといっしょにのんびり勉強するのが手ならしになって。



使ってるのは黒板とチョーク。あちこちのお店で使われてるのを見かけたので、どこで買えるかを聞いたら、家具屋さんでのセミオーダー品だった。でもそんなに高価ではない。


ノートサイズと、リビング用の大きめテレビくらいのサイズと、2種類つくってもらった。ノートサイズはとりあえず3枚。大きいのは1枚。


大きいのは1階の居間に置いてある。




いま住んでいるのは下町の貸家で、ある魔術師さんの持ち家だ。


9ヶ月……じゃないな。もう10ヶ月くらい前か。わたしがこの世界にきたばかりの頃に泊まった宿。レンハルトを洗うのに裏庭を貸してくれたところ。


あのお宿、獣僕と一緒に泊まってもOKだから、魔術師の常連さんがついてるんだよね。でもって、なんでそれだけ寛容かって言えば、女将さんの伯父さまが魔術師なのだ。


出世して都で暮らしているそうで、こちらで買った家は空き家状態だった。


女将さんたち親族で手入れはしてたけど、ひとの住まない家は傷みやすい。ならいっそと売ろうとしたら、獣族が住んでたっていうんで買い叩かれそうになって嫌気がさして。


下町だけに安けりゃ借りたいってひとはいる。でも前述の理由で雑に使われないかが心配で、なかなか借り手がつけられなかったそうな。



「だから、あんた、どうだい? うちに泊まってくれるのもありがたいけど、ここでやってくなら長逗留もなんだろう?」



と、数日泊まったところで、女将さんからもちかけられた。



「いいんですか!?」


「ああ。大事に使ってもらえるならね。もしどこか壊したら、修理代は実費でいただくよ。目に余ったら出て行ってもらうかもしれない」


「もちろん丁寧に使いますっ!」


「それなら、ぜひ借りてもらいたいね」


「――ありがとうございます! よろしくお願いします!!」



幸運すぎて、これもチート?と思ったりした。実はゲームみたいに幸運値設定があって、それがすごく高いとか。あの森でレンハルトと出逢って契約できたのもすごい偶然だし、幸運すぎた。


……うん、ないね!


ほんとに幸運だったら、そもそも異世界トリップなんてしないし、こっち来て早々に獣に咬みつかれて大怪我したりしないよね!


正直いまだって家に帰りたい。家族に会いたい。みよしさんとがっぷり四つに組み合って好きなだけもふりたい。ご飯とお味噌汁と玉子焼きが食べたい。


ただ今度はレンハルトとメルトのことが心残りになるんだろうな。帰れたとしても。またいきなりってのだけはカンベンしてほしい。



次の日、女将さんの案内で訪ねてみたら、3階建てのきちんとした一軒家だった。


屋根裏と地下室、それと2階の家主さんの部屋はそのままにしといて、と言われた。あと3階の物置も。家主さんとその獣僕さんたちの荷物がまだあるんだそうな。


家主さん部屋の机は使わないでほしいが、大量にある本は汚さなければ読んでも構わないと言われて狂喜乱舞した。やっぱり魔術師は本が好きなんだねえ、と笑われた。


もうあの本棚だけで、どんな住居でも天国ですって。


その日に即決。即、入居でした。




以来、そのお家でレンハルトと、メルトを買い取ってからは3人で暮らしてきた。先日バヌキアの街から引き取ってきたテレスも加わってからは4人で。


それでもこのお家のベッドは余っている。


2階の家主さんの部屋の隣に2台。3階の2部屋にそれぞれ2台ずつ。単純に数えたら、6人の獣僕さんが居たらしい。


自分もいずれそんなに大人数の獣僕を抱えるようになるんだろうか?


将来について、多少の実感はわいた気がする。もし大勢を従えるなら、こういうお家が必要ってこととかね。


しっかり働いて貯金しなくちゃなー。






ここ、アスノイスの街に、魔術師は大勢いる。たぶん。少なくとも平凡な田舎町よりは多いって話。小さな町だと魔術師2、3人とかってこともあるらしい。町の結界維持どうしてんだろ?


魔術師になるには生まれつきの才能が必要。一定量以上の魔力とそれを操れる能力。勉強と訓練も普通はいる。チートじゃなければ。わりと特殊な職業なんだよね。


アスノイスが田舎町じゃないって言っても、中世ヨーロッパ風のこじんまり街だ。壁が囲まれてる系の。正確な人口なんてわかんないけど、多くて3、4千人、もしかしたら2千人程度じゃないかな。


大きな街の方が稼げるから、より集まってると考えて……。

この街にいる魔術師は40~50人くらい?


いやでも待てよ。


ひとりの魔術師が3~6人の獣僕を連れてるとしよう。120人から300人の獣族がこの街にいる計算? でいいのかな? 幅ありすぎ?


それじゃ獣僕が人口の1割にも満たないな……もっと見かけてる気がするんだけど。


あ、でもなあ。わたしが出歩くとこって冒険者ギルドとか下町とかが中心だからな。そりゃ獣族が目につきもするだろう。



こういうのも魔術師の知り合いが増えればもっと詳しくわかるんだろうけどなー。明らかにハブられてるからね、わたし。くうっ。いじめいくないっ。


……しかし他の魔術師さんたちの気もちはわからんでもないしなぁ。


どこからともなく流れ居着いた獣族に甘い魔術師。さぞかしあやしげだし、気もち悪いことだろう。うかつに親しくしたら自分まで同類に見られ兼ねないしさ。


って、なあ。うーん。


こうやって余裕ぶってさとったようなこと言ってられんのも、わたしがチートだからだよねぇ。イチから足掻いてる状況でハブだったら、なんで!ひどい!ってなってたかも。


それにだ……。



――ほんっとにリーフェ先輩とお近づきになっといてよかった!!



これに尽きるね。先見の明チートかwww


先輩って他のひとに何言われても揺るがない信念のひとだからねー。正統派魔術師としての生き様を貫き徹していて隙がない。わたしとつきあいがあるっていうだけで、彼のことをけなすのは難しいのだ。


リーフェルト先輩バンザイ! 一生ついていきます!!



っても、おんぶに抱っこ?じゃまずいので、わたしはわたしでがんばってますよ。もちのろん。



魔術師さんとお近づきになれない分、ほかの職業のひとたちと親しくしてきた。……してくれる人とはね。くっ。同業者内で評判よくないと悪影響があるのよね。どうしてもね。


でもま、けっこう居た。親しくしてくれるひと。

チートでベンリだもんね、わたし。


冒険者ギルドでは地味な仕事も嫌な顔せずに引き受け、仕事でひどい怪我をして戻ってきたひとがいれば治癒の術をかけてあげて、頼まれればお友達価格で魔武器に魔力を注入してあげて。


魔術師の力を借りたいっていう、よその人たちと一緒に依頼こなしたこともあるしね! まだ一度っきりだけど!



ご近所のひととか、お店のひととかとも、ちょっとした魔術のサービスでだいぶ仲良くなったし。へっへー。


ベンリ屋あつかいされてるだけ? 結構じゃないですか。得体の知れないよそ者ですもん。使ってもらえてナンボですよ。


と思っても心のなかだけで態度は卑屈にならないよう注意してます。


あまりに図々しいお願いは断る勇気も必要だしね。



って言ってもさ。魔術師ってそこそこ怖い存在だからさ。ヘンなこと言ってきたら、不機嫌そうにすればいいだけなんだよね。


誰だって電撃バリバリされたくはない。殴るとか刺すとか物理攻撃で先制とるのも難しい。獣僕っていう非常に優秀な護衛がついてるから。


ただ「獣族は奴隷で卑しいもの」っていう社会的感覚は共有してるから、世の魔術師さんたちは日々不都合を甘受しているわけだ。表通り辺りのいいお店には獣僕を連れて入らない、とかね。


下手に出るべきとこは下手に出てる。


だからって魔術師自身は決して社会的弱者じゃないんだよね。


例えば街を護るための魔物避けの結界を張ったのは魔術師だ。定期的に修復したり、魔力注入したり、メンテがいるし。協力してくんなきゃ困ったことになる。


もちつもたれつってヤツですよ。


なんで、ほどほど世渡りするだけで、よそ者のわたしでもなんとかやっていけてる。



他の魔術師さんたちと仲良くなれてないのはもったいないかなと思わなくはないんだけど。いそがしいんだよね。わたしも他のひとも。魔術師ってやろうと思えばやれる仕事がいっぱいあるから。


それに、わたしの「奴隷に甘い性癖」を考えたら、同業者さんの意見が耳に届かない方がいいって面もあるしなー。


差し引き考えても、自分なりのやり方で地固めしつつ、ゆっくりとここでの暮らし方を見つけていくのもいいんじゃないかなと思ってる。たとえいろいろ遠回りしてるんだとしてもさ。



それでいつかは、わたしなりにリーフェ先輩の恩義にむくいることができればなあって思いますです。はい。






「そういうわけで焼き鳥あげます、リーフェ先輩。これの味つけはアサヒナ家特製のタレが元なんですよ!」


「どういう訳だかさっぱり判らんが、お前の考案した味というだけで薄気味悪いのは判った」


「ひっ、ひどい先輩!! おいしいんですよ特製タレ! 屋台のおっちゃんも認めた味です!」


「なんで屋台だ……」


「焼き鳥は屋台のが一番おいしいんです! パリッと香ばしくてスモーキーで。たしかに塩だけでも十分かもしれません。でもタレもまた格別です。おっちゃんが一工夫してくれたおかげで絶妙な味に仕上がりました。さすがプロはちがいますね!」


「結局これを作ったのは屋台の店主なんだな? ならば食べてみないこともない」


「どーぞどーぞ!」


「…………」


「どうですか?」


「……不味くはない」


「これを硬めに炊いたお粥、それも殻をよく取り除いたものに乗せてですね、いっしょに食べるのもまたおいしいんですよー。ちょっとくどめのタレと肉汁に、お粥の淡い味わいがサイコーによく調和します。ごはんがすすみます。あっ、そうそう。冷めたものを平パンで巻いて食べるのもなかなかオツですよ。このお店のは冷めてもお肉がしっとりしてますから」


「よく喋る……」


「あっ、興味ないって顔ですね! じゃあ今度、実際に食べさせてあげますから、うちに来てください。あれを一度でも食べたら、絶対そんな白けた顔なんてしてられなくなりますからねっ」


「うるさい」


「いつ来るんですか? 今からですか? 今夜ですか?」


「何故いきなり今日なんだ!?」


「先の予定にすると逃げられそうな気がして」


「たかが会食で逃げるかっ!!」


「よーし! 決まりですね、先輩。へっへー。逃げない先輩を我が家にご招待けってーい。あとは日程ですけどー」


「……明後日でいい」


「わーい。はじめてのお客さんだー」


「待て。貴様、客のもてなし方をまったく心得ていないのではあるまいな?」


「わーいわーい」


「こら、ひとの話を……!」


「わっははーい」



……ええはい。先輩にご恩返しをしたい気もちはあるのです。



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