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12.顔が気になるお年頃です。



翌朝、赤ヤマネコことテレスがいなくなっていた。


トイレ? そこいらをぶらついてる?


気まぐれそうだったしねぇ、と納得しつつ、あくびをひとつ。寝起きで頭がぼさぼさだ。まえに市場で買った粗めのクシ。みんなと兼用のそれでざっと髪を梳く。メルトとレンハルトの毛並みも軽く整える。


着替えて身支度を終えても、テレスは戻ってこない。どうしたもんかな、と頭を掻いた。お腹が鳴った。


とりあえず朝ごはん食べにいくことにした。



食堂へ向かう途中でリーフェ先輩にバッタリ。あれはどうした、と聞かれて、正直に居なくなっちゃいましたーって言ったら。


すんげー叱られました。


寝る前に「主従の誓約」を済ませるか、逃走防止の結界を張っておくべきだった、と。


たしかにー!



「にやにやしている場合か! ――チッ。ライに報告しなければ。というか、貴様、まず自分の獣僕に捜させろ。獣族ロウなら獲物の追跡はお手のものだろうが!」



それは気が乗りませんなぁ。レンハルトとの出会いを考えると。同胞を追えって命じるのはイヤだなあ。


あ、これも緊急事態だよね。探索魔法が発現したりしないかな。


……ダメか。まーねー。逃げたなら逃げたでいいんじゃないって思ってるもんねー。悪いひとに狙われたりして危ないんじゃないかなって心配ではあるんだけど。


本心言えば、追いかけて捕まえるのは意味がない、って思うんだよね。



獣僕は奴隷だ。どんなに綺麗ごとを並べても、それは事実。



なのに図々しいことに、わたしはその彼らに対して好意ゆえに従ってほしいと思ってる。自分から降ってほしいと。


自ら選択して従えって突きつけるわけだ。


これってもしかしたら、力ずくで押さえつけるより、よっぽどプライドを傷つける? 喉笛に噛みつく勢いで、オレさまリーダー!ってやった方がいいのかな? ケモノのオキテ的に?


……ムリくさい。


よし。うちに来てきて!ってお願いしよう。せめて。



「あ。おかえり、テレス。うちのコになってくれるんだよね?」



ナイスタイミング。廊下の向こうから、ひょっこり姿を現した赤ヤマネコ。


振り返って彼を見たリーフェ先輩がまたひときわ苦い顔をした。ひと騒がせな、とでも言いたげに。切れ長の眼がおっかない。いつもながら。


先輩の刺すような視線も、テレスは気にした様子がない。もちろん、わたしに見つかったことも。悪びれないっていうかねぇ。



「ん? うん。なるよ。……おはよ」


「おはよう。どこ行ってたの?」


「散歩」


「お腹空いてる? みんなで食堂にごはん食べに行くとこだよ。よかったら一緒においで」


「……ボク……」



言いよどむ赤ヤマネコ。なんだ? あけすけに話すキャラじゃないのかい?



「なに? もう食べた? 怖いひとでもいた?」


「わかんない。場合によっては怖くなるかも。……お客さんと顔あわせちゃうかもしれないから」



ど……どっしぇええーーー!


そ、そうですか。元お客さんがこちらに。え。まじで。


オイ駄目だ! 絶対想像するんじゃないわたし!! ヤメロやめたまえマイ脳ミソ!!



「ボクは気にしないけど、向こうは気にするんじゃない? 性癖を明かしてるんならともかくさ」



たしかに潰されるような店の常連だってんじゃあ……。馴染みのコが堂々と職場を歩き回ってるのは脅威だろう。いつでもバラせまっせ、と暗に脅されてると思い込まれたら厄介だ。



「わかった。一旦、部屋に戻ろう。リーフェ先輩、お先にどうぞ」


「ああ。食事が済んだら、我々はまた昨日の部屋を訪う予定だ。そちらはそちらですることもあろう。自由にして構わん。但しここでは客であることを忘れない程度にな」


「はい。勝手にあちこちの部屋に入り込んだりしません。街に出てもいいですか?」


「好きにしろ。ではな」



リーフェ先輩たちと別れて、昨日借りた部屋へ戻る。


メルトがまだ起きてなくてよかった。おあずけされたら子どもはつらいよね。今朝ぐずったから眠ったままレンハルトに抱っこされてる。



「テレス。君はここで待ってて。大丈夫。だれも勝手に入ってこれないよう、結界を張ってくから。ごはん取ってくるまで待っててね。あ、食べれないものとかある? 好きなものは?」


「……アナタってさ」


「ん?」


「甘いんだね」


「……よく言われます……」


「悪くないよ。いい子にするから、かわいがってね」



エロボイスで言うなや……。朝からさわやかじゃない御仁だのう。



戸口のとこから中に向かって結界張って、食堂行って、無理を言ってすんませんと頭さげて部屋に料理を持ち帰らせてもらった。


居合わせた兵士さんが「ここで食べても大丈夫だぞ」って引き止めてくれようとして何だか申し訳なかった。隊付きの魔術師さんと獣僕さんも当たり前に食堂つかってるそうで。


こういう現場仕事のとこだと差別もゆるいのかなぁ。実際に肩を並べて戦うわけだしね。


うれしかったけど、テレスの事情が事情だし。メルトがまだ寝てたので、それを口実にごまかした。






食後、お皿を厨房にさげてきてから、せっかくだし出かけようかって話になって。リーフェ先輩に注意されたことを思い出した。


テレスとの主従の誓約。


さすがにしとかないとまずいよね。



ってことで、借りたお部屋の真ん中、二段ベッドにはさまれた床でテレスと相対した。



レンハルトは扉の前に立ってる。途中でひとが入ってこないよう、気を遣ってくれてるっぽい。


メルトは落ち着かなさそうにうろうろした挙句、上段のベッドにあがってった。まだ小っちゃいのにするするっと。さすが獣族。そこからのぞくみたいに顔を出してる。


わたしはなんとなく床に正座。


テレスは湯上がりのおっさんみたいにでれんとあぐらかいてる。のに、意味もなく色っぽい。首筋を撫でる手つきとか。無造作セクシー?


くっ。ここにもイケメンがっ。この世界のイケメン率は異常だ。マンガか。


我が家がハーレム化したらどうしよう?


どうしようも何もないな。こんな色っぽいにーちゃん連れてたら間違いなく男ハーレムに見られるわ。お盛んですねwwwって笑われるわ。


……手遅れ感は否めない。



うし。あきらめた。評判が悪いのはイマサラだ。



それより契約の証をどこにするかだな!


右腕はもうレンハルトさんでいっぱいだ。懲りたので魔力は少しずつあげるようにしてるけど、それでも二の腕に達する勢い。


一年経たないうちにこれって、そのうち全身に!?って少しビビった。それはないそうな。せいぜいが肩まで。


残るは左腕と脚2本と胴体で、レンハルトも入れて定員5名様か。


胴体をお腹と胸とお尻って分けることもできなくはない。与える魔力を絞って、絆薄めで行けば、もっと増やすことも可能だそう。


さらに言うと頭もアリで、顔に模様のある魔術師もめずらしくない。でもあれは出来ればしたくないんだよなー。腕の模様だけでもじろじろ見られて疲れるときがあるんだもん。



「左手……かなぁ?」


「足がいい」


「へっ?」



まさかの踏まれたいタイプ!? Sっぽく見えるけど!?



「ふともも」


「そんなとこで撫でるなんて御免です!」


「へえ。ふとももで挟んでくれちゃうんだ。そそられる」


「しないと言っております」


「普通でいいよ。ボクの手を、こう、押しつけて」



あ、手の甲をね。ふぅん。手を持った瞬間そこに証ができたりしない? しないか。そうだね。魔法、意志がだいじ。


ふむふむ。


手順を確認してたら、ヤマネコ顔が急接近。おっとと。綺麗な鶯色の眼で熱く見つめられる。


レンハルトもじっと見てくるけど、あれはちゃんと話を聞いてますよ的な視線だ。


このひとはわざとなのか、意味ありげなんだよねぇ。見つめるっていうより、見据えるってカンジでさ。自分に釘づけにして動きを押さえ込もうとしてるみたい。



「脱いで」


「あ?」



低い声出た。テレスは余裕の笑み。



「ふともも、出してよ」


「ああ……」



脱がなきゃダメか。いつものローブじゃなく旅装だから、ズボンなんだよね。仕方なく、ベッドにあがって薄手の掛け布を腰に巻きつけ、ズボンを脱ぎぬぎ。なんだこの状況。


掛け布のあわせ目が右脚のとこにくるようにする。さっきテレスが左手を出してたから。ベッドを降りると、テレスがぐっと近づいてきた。彼の胸板で視界がいっぱいになる。オイ一歩退れ。


戸口でダンッと音がした。レンハルトが床を蹴って鳴らしたんだろう。それ以上やったら実力行使すんぞって威嚇だ。なのにテレスはにんまり笑ってたのしそう。遊んでやがる。


注意しようかと迷ったのが悪かった。先手をとられた。ふっと顔が近づいて。



「――しようか?」



声かすれさせるのヤメテくれませんかー! どうして自由自在にそういう声が出せるんですかー!



「ねえ、血。ちょうだい」



ああ……そうだった。がぶりされるんだっけ。


腕を差し出したら、テレスは少し間をおいたのち、ベロを押しつけながら咬みついてきた。だからそういう含みのある舌づかいは――あぐっ。ぶちんって小さく衝撃。牙が肌に食い込んだ。


いっててっててててっ!!


涙目のわたしに向かって、テレスは実に満足そうな笑みを浮かべた。腕を食んだままの上目遣いがエロイっすね、師匠。血をべろりと舐めとってから、わざとらしくごくりと喉を鳴らした。……わざとだよねわざとだよね絶対わざとだよねっ。



「テレス・カルの名において主命を拝する。この命尽きるまで、主の剣となり、盾となり、付き従う影となることを誓う」



愛の告白でもするような熱い吐息まじりの声で言い切る。


すると、わたしと彼を囲んで、床に魔法陣があらわれる。綺麗な綺麗な光の魔法陣。闇夜で見るホタルのような光のつぶを、雪のように舞い上がらせて。


……やっぱ、きれーだなー。


うっとり見惚れてると、テレスがさらに告げる。



「――主よ、我が忠誠に報いを」



左の手を、掌を上にして差し出してきた。ふむ。これをふとももに押し当てる、と。


チリリッと灼けつくような熱さを感じて顔をしかめる。


反射的にびくっとした足を引くこともできない。もう痛いくらいなのに。彼の手の甲とわたしのふとももの皮膚の間がまっしろに輝いて。



ふと気づいたら、消えていた。



ふとももに花のような模様が浮かんでいる。藍色の夜のような。花びら。


テレスの左手をとる。赤味を帯びたヤマネコの毛並み。茶色で模様入りの毛。その中に指先をうずめて、そーっと皮膚をなぞっていく。


あった。


小さな石が。人さし指の先でかるく毛をおさえる。深い藍色の石。サファイアみたいだなぁ。



すっと手を引かれた。



「くすぐったい」



テレスに目をそらされた。


ほほう。まさかのくすぐったがり? 弱点だったのかな?


自分から押す分には平気でも、押されると弱いとか?



「……何にやにやしてんの。気もち悪い」



ちょ! ひどい! 傷ついたよ!?


そんなにわたしにやにやしてる!? そういやリーフェ先輩にも言われたし!


……してたかも。してたねぇ。ああ、まじでわたし笑顔がキモイとか?



「ねえ――」


「出掛けよう、主」



レイさんや。いまテレスの言葉をばっさり遮らんかったかえ。



「さあ、主。服を整えて。メルトも待ちくたびれてる」



呼ばれて飛び出してくるメルトたん。するするするーっと降りてきてドーン。これこれ。飛びつくなと言うに。掛け布が落ちる。ぱんつみえる。


すりごろすりごろしてくる白雪子ネコの妨害を受けながら、わたしはがんばってズボンを穿きなおした。もー。じゃまなんだからー。って心のなかで言いながらも、でれでれでれでれしてたよ。


子ネコの毛には癒し効果があるな。今度抜け毛をあつめてフェルトボールつくろう。お守りにする。ストレス解消のご利益付きだ。


大したストレスないっすけどね! チートですから!


あっ、二度と生家に帰れそうにないって大いなるストレスがあったっけ。だいぶ日常にとりまぎれてきたけど。たまにさみしくて悲しくて泣きたくなるくらいではある。


めそめそしてたくないから、人前では切り替えてるけどさ。



「仕度できたー!」


「ああ、そうだな」



うなずきながらも、いやに神経質にわたしの服をなおして、ぱたぱたとはたくレンさん。あ、床に座ったから。やーねー。普段どこにでも座ってるのにー。


なんだろ。急に世話焼きさん。あ! やきもちかなー?


ふは。やばい。ぬははとかヘンな声で笑いだしたくなる。


照れて悪いかこれでもまだ乙女でっす! たとえオオカミヘッドだろうと、レンハルトみたいにナイト的要素たっぷりの男性に丁重に扱われると、きゅんきゅんしちゃうんです!


もうわたしの王子様ってレンハルトでいいよね!?


ていうかむしろどうにかして王子様になってください!!!!!



……なんて告白できるなら、25の年まで乙女で在り続けたりしないのよ。






バヌキアは大きな街なので、お店めぐりはとってもたのしかった。


や、屋台ばっか行ってないからねっ!?


ちゃんと魔法道具屋さんとか、武器・防具のお店とか、仕事に関係あるとこも行ったかんね!?



テレスの着替えを買いに行ったのだって、着せ替えたのしいです!するためだけじゃないしっ。試着はそりゃわたしの好みのを着てもらったけど……なに着せても似合ってたけど……買うときはちゃんと本人の希望通りのものにしたんだからっ!


意外と地味な趣味でたすかりましたとさ。


あの性格だから、真紅やピンクのシャツとか着たがるんじゃないかとヒヤヒヤしてた。そしたら普通に普通な白やベージュやなんかで茶色っぽいコーディネートを選んでた。オカンの弁当ぐらい地味やった。


しかしあれだね。地味でありきたりな服装くらいじゃ、彼のあの独特な色気って隠れないもんだね。


仕草かなあ? 手の動かし方、視線の向け方ひとつとっても、どことなく思わせぶり。体型? 首のラインきれいだもんねぇ。もふもふなのに。姿勢も? 立ち姿が中性的。


これじゃあ、イヤでも目立つよなあ。



なんて考えて気づいた。


テレス、よく買い物についてきたよねぇ。


元お客さんって隊舎にだけ居るわけじゃないだろう。この街に何人も何人も居るんだよね。アングラながらも商売が成り立ってたほど大勢。


もし見つかったら、って彼が思わなかったはずがない。



……試されたのかなあ?


ああ。ちがうな。


試したかったのかなあ?



もし街中で元お客さんと鉢合わせてしまったら。


わたしがどんな態度をとるのか。


わたしがどんな顔をするのか見てみたかったのかもしれない。



隊舎にはまだしばらく滞在するから、あそこでは避けたけど。直接関係ないところでなら構わないもんね。多少もめたって、どの途わたしと一緒にこの街を出るんだし。


結局その機会はなかったけども。


ここでなかっただけで、先々も絶対に無いとは言い切れないよなぁ。



……その時わたしは一体どんな顔をするんだろう?




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