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11.ワケアリなのでタダでした。



予定通り五日で、バヌキアの街に到着。



あ、はじめての旅行はつつがなく終了です。なにしろリーフェ先輩と一緒ですから抜かりなく。頼りになります、先輩。ほんと仲良くしてくださってありがとうございます。


正直チョーたのしかったです!


うっへへー。旅先の買い食い大好き。大手を振って買えるって幸せ。


それに! 途中で泊めてもらった農家さんのお宅で出た、じゃがチーズ(じゃがいもにチーズのせてオーブンで焼いたの)に激似のお料理がね! たまんなかった! ほくほくとろとろ香ばしいぃいっ!


ああ……。女のコの獣僕がふえたら、きっと一緒に作るんだ……。


レシピの研究したりとかさ。そういう会話がはずむといいなぁ。屋台のお菓子の買い食いとかもさ、つきあってもらうんだー。あはぁん。たのしくなってきたぁあ。



「ヒナさん、お腹へった?」



ヤマネコくんことフリィくんが顔をのぞきこんできた。なんでやねん。……あ、や、屋台なんか見てなかったよっ。たまたま視線が向いてただけだもんっ。



「夕飯まで我慢できんのか、貴様は。食い散らかして美味そうな臭いを染みつけて出向くつもりか」



リーフェ先輩のツンが放たれる。マンガみたく矢印がびよんと頭に当たるところを想像するとたのしいことに最近気づいた。


着いて早々すぐに獣族さんたちと面会するかもって話なんだよね。先方の都合さえよければ。獣族は鼻がきくからねぇ。直前にもぐもぐしてったら嗅ぎ取られそうだ。気まずくなるぞって忠告デレですな。


以前それでレンハルトに買い食いがバレたことがあったなぁ。……おこられてないよ! うまそうだなって笑われただけだよ!


リーフェ先輩には言い訳しても信じてもらえなさそうなので平謝りしといた。



ここまでの旅の間で、なぜかすっかり食いしん坊キャラが定着してしまった。うぬ。屋台ではしゃぎすぎたか。


ちなみにわたし、こっち来てから一度もお腹こわしたことがない。これもチートかなー。べつにそこまで頑丈じゃなかったはずだし。ストレスで胃腸過敏になっててもおかしくないのにさ。


鉄の胃袋チートwww乙女なのにwwwww


どこの屋台でも平気で食べてたわたしに、リーフェ先輩が「腹は丈夫なようだな」って嫌味口調で感心してた。現地のひとでも警戒するようなとこでも食べられる無駄チートwww


お腹こわしてゲリPって乙女らしからぬ展開避けかいな?


ひそかに舌は肥えてるよ。たぶんリーフェ先輩よりか。日本人だもの。


ああ。炊き立てのごはんと味噌汁。たまごやき。焼き鮭。おひたし。ごまあえ。ああぁ……。



――あかん。猛烈にお腹へってきた。



早いとこ用事すませて夕飯にありつきたい。面会は本日限りのチャンスってわけでもないんだし。むしろ会食ありのお見合いにしてくれたらいいのに。






もしもし先輩? なんかお城みたいに見えるんですけど?


四角く切り出した石を組んだ壁でがっちり囲まれたデッカイ建物に連れて行かれた。あ、でも、意外と質実剛健。歩いてるひとたちも男性が多い。


女性がいても、ズボン姿に帯剣してたり、普段のリーフェ先輩みたいなローブ姿だったりで、侍女だのメイドだのって雰囲気のひとはおろか、ドレス姿のひとなんてひとりも見かけなかった。



そうそう。リーフェ先輩、いつものずるっとしたローブ着てないんだよね。旅装だから。今はマントの下に隠れてるお尻が予想外にきゅっと締まってて、アレだ、眼福ものだった。


イケメンめ。せめてタレ尻なら隙があってかわいいだろうに。なんだそれ完璧主義者ですか。どうせ腹筋も割れてんだろ。けっ。


――うぬ。いかん。いかんな。むやみにひがみ口調でツッコミ入れてしまう。


いくら敬愛する先輩とはいえ、毎日お小言くらってると、どこかでフラストレーションを発散したくなっちゃうんだよね。てへっ。



アホな考えごとをしている間に順調に奥へ進んで行く。



ご友人がここにいるからか、リーフェ先輩も知られてるようで顔パスが発生していた。それとも前にここで働いてたことでもあるんだろうか。


どうやらここ、騎士だの兵士だのが集まってる場所らしい。


隊舎に行く、とか言ってたしな。


石壁の門を通って広場、そこから建物に入って廊下をすすみ、中庭のある回廊を抜けて、さらに奥。


冒険者ギルドの修練場に似た広場があった。


もう夕方だってのに大勢の男性が剣だの槍だのの稽古中だった。



ほへー。マンガみてー。



ひさびさに思ったわ。むしろ一般庶民の生活の方がマンガにはないっていうか。こういういかにもなのってマンガっぽいよねー。


丁度リーフェ先輩が立ち止まったので、稽古中のひとたちを興味津々で眺める。イケメンばかりでないのにはホッとした。ふつうに汗くさそう。ってかゴツイな。戦闘職だから当たり前だけど。ヒゲ率も高い。ムサい。


先輩はすぐに目当ての人物を見つけて右手と声をあげた。



「ライ!」



金髪のおっさんが振り向いた。広場にいる2割ぐらいが金髪だが。手近の仲間に断りを入れると、小走りで駆けてくる。


街中もそうだけど、茶髪が多い。金髪に近い明るい茶色から黒っぽい褐色まで。あとは赤毛と白金と……ここは黒はいないのかな?


金髪さんが到着。歩幅広いね。早かったよ。



「リーフェルト! 来てくれて感謝する。いつもすまないな」


「いや。これは魔術師の管轄だ。彼女らには今から会えるか?」


「ああ。そうしてくれると助かる。なかには解放後に自殺を図った娘もいて――」



ライと呼ばれた金髪紳士な剣士が言いよどんだ。こちらをチラ見。ははぁ。



「ああ。此れも魔術師だ。気にしなくていい」


「あ、ああ……そうなのか?」


「25才だぞ」


「えっ――」



絶句すんな。平面顔の日本人が彫りの深い異世界人に実年齢で驚かれるってもうムネヤケするほどのテンプレだと思うんだ。もっと斬新な反応を要求する。



「感動だな! おまえが年頃の女を連れてくるなんて!」



だからって地雷じゃないかえ、ライさんや。うぷぷ。じらいのライさん。






一幕あがって、わたしは書き割りになった。とばっちりを食わないために。リーフェ先輩がライさんを一方的に詰りつづける一幕を見ても、こっちに被害がなければっていいやって淡々と思った。慣れってこわい。


ライさんことラインバート氏も慣れっこらしく、わるいわるいと言いながら、にこにこにこにこし倒していた。作り笑顔ではなく、こいつ元気だなぁって嬉しがってる感じでほのぼのした。


怒られてもハフハフなついてくるとか、みよしさんを思い出す。ワンコっぽいタイプなんだろうか。見た目クマさんで。金髪碧眼のヒゲ面でがっしりとした男くさい風貌だ。



リーフェ先輩の文句あいさつが一段落ついたところで、修練場っぽいところを離れて、また回廊に戻り、違う方へ抜けて建物に入り、長い廊下を歩いた。


案内されたのはドン詰まりのお部屋。


出入り不可の結界が張ってあった。扉のところに歩哨のひとがいて、宝石でつくられたような鍵をラインバート氏に渡した。それを使えばなかの結界を破らず入室することができる鍵。


……逃亡阻止用の結界か。


そりゃそうだよね。獣族にてんで勝手に逃げられても困る。


野良猫を保護したようなものなのだ。


逃がしたところで無事に生きていけるかどうかわからない。メルトを見てたら、たぶんひとりでも生き延びるんだろうとは思う。赤ちゃんに毛が生えたくらいの子どもでもああなんだから。


しかし野に帰したところで、また悪い連中に捕まる可能性は高い。


いくら相手が奴隷とはいえ無残無体を放置すれば治安や風紀が悪化する。適格な魔術師に引き取らせた方がいい、という話か。



広い部屋だった。


獣族の女性が3人。ソファに座ってたのに、わたしたちが入ってくと露骨に部屋の隅っこへ逃げてった。


そういう態度をとれるくらいには自由にさせてもらってんだな、と思った。



……あ。男性もいるのか。ひとり。



この可能性は考えてなかった。ちょっと心臓に悪い。


そのひとりきりの男性がゆらゆらと揺れるような足取りでこちらに向かってくる。


種族はヤマネコ。めずらしい赤味を帯びた毛。鶯色の眼。獣族男性にしては細身。腰つきが何ともエロい。どういうことだ。ただよう色気だけでノックアウトされそうだぞ。



「こんにちは、魔術師サマ方。ようこそ、バヌキアへ。なんて言っても、ここがそんな名まえの街だって知ったのは、つい昨日なんだよね」



この気だるい仕草が色気のもとか? 真似たらわたしでも……ごくり。



「誰におしえてもらったの?」


「食事もってきてくれた人」


「よかったね」



まあね、と赤ヤマネコさんはうなずいて、わたしをじいっと見つめてきた。



「……アナタも魔術師だよね?」


「うん、そう」


「引き取るのって、ひとりだけ?」


「うん」



端的に話す。妙な期待をさせてもまずい。



「ねえ……ならさぁ」



赤ヤマネコは大きな目を細めた。すうっと手が差し伸べられてくる。ゆっくりとした優雅な動きで、わたしの肩をそうっと抱いた。


ラインバート氏は「こらこら」くらいは言ってくれたが本気で止めてなかった。レンハルトからも、リーフェ先輩からもリアクションなし。自分で見極めろってことだな。邪魔も助言もしませんよ、と。



「ボクを引き取ってよ。きっと愉しませてあげるから」


「そう?」


「うん。ボク上手いよ。アナタのことも絶対満足させてあげる」


「うっはは」



思わず笑ってしまった。赤ヤマネコはわたしの首に手をかけたまま、ぶらさがるみたいにして、でも実際には体重をかけないという器用な真似をして体をはなした。目と目をあわせてくる。



「あ、信じてない? これでも売れっ子だったんだよ。ふつう男は子どもの時の方が需要あるのにさ。こんだけ図体でかく育っても人気って珍しいんだからね?」


「そうかぁ。珍しいって言えばさ、あなた、毛が赤いね。これ地毛? 綺麗だよね」


「うん。生まれつき。染めてない」


「いいねえ。わたし真っ黒だから、こういう複雑な色合いは羨ましい」


「気に入ってくれた?」



赤ヤマネコはうれしそうに声をはずませ、うっとりと目を細める。鶯色の瞳がうるんで匂うような色香をまとう。ほめられるだけではしゃいじゃうとか、まるでわたしに恋してるみたいな態度に不覚にもトキメキをおぼえた。


……やべえ。きゅんっときた。


たしかに巧いな。ひとをよろこばせるコツを知ってる。


それとも天性のもの?


獣族にしては細身ったって外国人モデル並みにはいい身体した成人男性なのだ。それがこんなにいじましく見えるなんて、計算ずくなら大した演技力だ。


……ううむ。こういう人がいたら助かることもありそうな。



「もうひとり男がいたんだけどね? そいつは体格よかったから、先に来た魔術師サマが連れてっちゃった。だから今居るコたちの中でアナタを愉しませられるのって、ボクくらいだと思うよ?」



いくらキレイどころでも、わたしレズじゃないしね。でもさ。



「一緒にごはん作ったりしたかったんだよね」


「え?」


「わたしの体調管理してくれるような、しっかりした気立てのいいコを見つけるべきって言われてて」


「……じゃあ、ボクは不合格ってわけ。なあんだ。女のひとのとこに行けるって期待したのに」



赤ヤマネコはぷいっとかわいく顔をそむけた。どう見ても20代の成人男性なのに、拗ねる仕草が蠱惑的とはこれ如何に。



「でも気が変わった。君がいい。わたしと一緒に来る気ある?」


「……いいの?」


「わたしは君がほしいな」


「行く行く!」


「えっ、そんなんでいいのか?」



ラインバート氏が困惑の声をあげた。赤ヤマネコが彼を睨みつける。



「余計なこと言わないでよ!」


「あ、ああ、悪い……」


「ライ、貴様は昔から一言多い。魔術師と獣僕候補との対話に口を突っ込むなど考えがないにも程があるぞ」



リーフェ先輩からお小言贈呈。ライさんは親近感がもてるよね。



「では私は残る女性陣と話をさせてもらおうか。ラウ、フリィ、カイト。お前達も来い。共に暮らすからには相性を確かめないとな」



そう言って、リーフェ先輩は獣僕三人を連れて、隅っこで小さくなってる女性の獣族さんたちの方へ歩いて行った。


それから長い長いこと話し合いが続いたのでわたしはギブアップ。


お腹がすきました!と誰にともなく声をあげて訴えたら、ラインバート氏の計らいで食事を用意してもらえた。空腹も限界だったので遠慮なくもりもり食べた。


リーフェ先輩たちも、女性たちも、もちろん一緒に夕食タイム。緊張がほぐれたらしく、いい雰囲気がただよっていた。よしよし。


ほらねー。最初っから会食セッティングすべきだったんだよー。






この日のお宿は隊の宿舎の一室。


二段ベッドがあった。こっちにもあるんだなー。二段が二台の四人部屋。


粗末な部屋ですまないとラインバート氏に謝られたけど、こちとら獣僕連れだしね。普通のお宿にはなかなか泊まれない。逢引宿みたいなとこに比べたら、ずっとくつろげるというものだ。


大体そんなに粗末とも思わないし。こざっぱりとしてて庶民派チートのわたしにはぴったり。むしろ落ち着く。


ちなみにここは騎士サマ率いる兵士の隊舎なんだそーな。


そう聞かされても、ふんふんって感じ。ああ、領内各地を巡って治安維持に貢献してるっていうあの方々ねー、ってくらいで。日々獣やら魔物やら山賊やら退治してまわってるらしいから、かなり大変な仕事なんだろうなぁ。


ラインバートさんは騎士。ラインバート・ハル・イトス。明日になったら忘れる名まえだ。


最近やっと「リーフェルト・セプ・ファウン」っていうリーフェ先輩の名まえが頭に入ったレベルですから……。


名まえ、チート、効かない。何故だ。



お風呂はどっかで借りられるとか教えてくれた。でももう眠くて眠くて。さっきトイレ借りたから、手だけは洗えたし、もういい……。


話半分で大あくびしてたら、笑われて、明日の午前中にでも案内しようって言ってくれた。


ありがとうございます。ちょっと偉い人っぽいのにラインバートさん気さくだし、気が利いててステキです。それとも上の立場だからこそ手慣れてるのかな。案内慣れしてて。



あてがわれた部屋に入るとまっすぐ下の段のベッドに向かう。二段ベッドの上にのぼるのも億劫だった。メルトがてってけてーっと走って追っかけてきた。のっすん。これ。わたしに飛び乗るのはやめなされ。



「寝ちゃうの?」


「ああ。お前は上で寝ろ」



テレスとレンハルトがしゃべってる。ここのベッド狭いよね。レンハルトは一緒に寝るのを諦めてる。せめて隣の下の段で寝るつもりなんだろう。


テレスは赤ヤマネコ。テレス・カル。さっき聞いた。



「……まあ、いいや。今日来たばかりなんだもんね。疲れてるんだ?」


「そういうことだ。疲れてないお前が上にあがってくれ」


「それって上に乗れって言われてるみたい」



うわ。リアルに経験のある男性の発言と思うと、おっかねえなあ。


媚びを含んだ声音なのに、とって食うぞって副音声が聞こえる。


さっきは女性たちに聞かせるために言ってるんだと思ったけど。どんなヤツか試してるんだと。彼女たちに心構えさせるために。だって随分とわざとらしかった……ああねむい……あしたかんがえよう……



……あれ?


獣族の男性って発情期がはっきりしてるって話じゃなかったっけ?


どうやって売れっ子状態を維持して……。



わー。



眠りにおちる直前に、とってもこわい想像が浮かんでしまって。


ぞっとしたけど打ち消す間もなく、わたしは夢のなかへ落ちていった。




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