10.旅は道づれ世は情けがあると思いたい
メルトがうちに来てから3ヶ月くらい経った頃のある日。
わたしがこの世界に来てからだと9ヶ月くらい経った頃のある日。
冒険者ギルドのホールで顔をあわせたリーフェ先輩に呆れ果てたように言われた。うんまぁ呆れられるのはいつものこと。
「お前……近頃 手入れがなってないんじゃないか」
わたしが? お手入れ? あぁ聞き違いか。最近ちょっと疲れてるからな。
レンハルトやメルトのことだよね。
……うむん? ふつうに毛艶もよく健康そうだぞ。
「阿呆め。お前自身のことだ。獣僕どものことは言っておらん」
「わたしですか」
「そうだ。何だ、そのぼさぼさの頭は」
獣僕の世話をしてると人間の毛並みまで気になってくるのか。職業病だな。この世界の魔術師の。
かく言うリーフェ先輩だってマントにシミくらいあるし。長い黒髪は毛先が不揃いだし。そんでも冒険者の服は汚れるものだから、シミ程度なら小ギレイな方。髪の毛もストレートで癖がなくサラサラだ。
ちっ。このひともイケメンか。ガムのかわりに苦虫でも噛んで過ごしてんのかってくらい常に眉間にシワをよせてるくせにな。
爆発してアフロになればいい。
ん、いや待て。そこまでイケメンに恨みはない。むしろわたしの知るイケメンは基本的に性格よくて礼儀正しかった。力仕事とかすすんで手伝ってくれたのは大概イケメン。
そう考えるとリーフェ先輩は………………判断にこまる。
「くせっ毛なんですよぅ」
「寝癖だ」
頭つついて詰るように断言された。くっ。普段の髪と違うとな。これだから観察眼に優れた記憶力のいい奴は……ほ、ほめてなんかないんだからねっ!
昨夜お風呂あがりにめんどくさくて乾かさずに寝ちゃったんですよ。いーじゃねーすか。どうせこれから依頼に行くだけなんだから。
こうして毎度わたしにからんでくる時のリーフェ先輩は生き生きとしている。今じゃ彼の三人の獣僕たちも微笑ましそうに見守ってる始末だ。どういうことなの。
「そんなよれよれの状態で仕事なんぞ請けるんじゃない。迷惑だ」
……心配されちゃった。わたしそんなにひどいカオしてんの?
「失せろ。邪魔だ。とっとと家へ帰って布団に潜りこんで小さくなっているがいい。仕事もなく暇となれば、お前の気の利かぬ獣僕がめずらしく部屋の掃除でもしようと思いつくやも知れん。だらしなく床に寝転がっておったら、粗末なチビのお前など塵芥と一緒に掃き出されるぞ」
早く寝ないとダメですか? ほんと? まあ、リーフェ先輩がそこまで言うなら仕方ないなー。
これ以上言わせとくと、うっかり口滑らせて身を案じちゃった挙句に逆切れするからね。
ツンデレとか言ってる場合じゃないもんな。本気で拗ねられると。あれはあれでかわいい気はするものの面倒です。
「わかりました。今日のところは帰ります。ご心配かけてすみませんでした」
「貴様の心配などした覚えはない。都合のいいように解釈するな」
「はあーい。たまたまそう聞こえちゃっただけでーす」
「いいから帰れ。……おい、貴様ら」
リーフェ先輩はレンハルトとメルトに鋭い視線を向けた。このひとは常に視線が鋭い。メルトはやや怯えてレンハルトの足にきゅっとしがみついた。レンハルトは穏やかに金色の眼をむける。
「此奴は……お前たちの主は曲がりなりにも女の身だ。それなりに労われ」
またリーフェ先輩らしい微妙な気遣いだなあ。曲がらなくても女です。それなりにって、おざなりじゃないですか。
お前たちの主って言うけど、メルトとは契約してないし。子どもだし。喋れないから誓約できないし。
ちゃんと契約してるレンハルトは戸惑い気味だ。
「ああ。……あの」
「それなりが判らぬか」
「はい」
レンハルトは苦笑した。お恥かしながら、と。
「獣族は頑健だからな。此奴の説明では解らぬであろうし」
「ああ、……はい」
「細かな体調管理には慣れも必要だ。それまでは……そうだな。場当たり的な話になるが」
「助かる。是非とも聞かせてほしい」
「定期的に休みを取らせろ。5日、6日毎でよかろう。身形に気を配れない状態だったり、食事の量が減ったりしたら、日程に関係なく寝かせてしまえ。妙に大人しい時は念のために熱がないかを確認しろ」
「ちょ、ちょっと待ってください、リーフェ先輩」
「顔色が優れぬような時は風呂には入れるな。ただの疲労でもだ。十分休息をとった後に入るように言い聞かせろ。どうしてもと言い張るようなら、顔と手足だけでも拭いてやればいい」
「せんぱい……」
「具合が悪いのに部屋で大人しくしていない時はさっさと抱いて連れ帰れ。例えば今日のような時は」
「わかった」
ひょいっとレンハルトに姫だっこされた。
うぬう。
レンさんや。オマエ様の主はいつからリーフェ先輩になったんじゃ。
一日ゆっくり休んだのは正解だった。
次の日には体調全快。
魔法できちんと乾かしてストレートっぽくなった髪型で冒険者ギルドに。
でもやっぱり、リーフェ先輩にはつかまる。お約束なので自然とホールの隅っこへ移動。ほかの皆様の邪魔にならないように。
「今日は大丈夫そうだな。腑抜けておるでないぞ。魔術師のくせに体調管理も満足に出来ぬとは」
「昨日はありがとうございました!」
「……アサヒナ。そろそろ獣僕を増やしてはどうだ」
「へっ?」
「間抜けな声を出すな。みっともない。魔力量に不足が無いのに、いくら獣族ロウとは言え、たった一人の獣僕では外聞が悪かろう」
ああ、純愛モードで囲ってると思われるから?
「や、まだ慣れないんで。遠くに捜しに行くのもつらいかなーって」
「なるべく早くした方がよい。昨日のような状態に陥るのも手が足りておらぬ証左であろうよ」
「え、いえ、あれはたんなる不調で」
「年頃の女がよいのではないか。貴様の如きチビには体調管理を任せられる気立てのよい女の獣僕が必要だろう」
なんか時代劇で男やもめに後添えをすすめるみたいなノリですな。
「いま住んでるとこ貸家なんで。いずれ引っ越す時、また広い部屋が借りられるとも限りません。男女一緒の部屋ってわけにもいかないでしょう」
「何故?」
「……え」
「獣族の男は発情期がはっきりしている。契約を交わしたあとは格段に落ち着くしな。人族の男のようにむやみに手を出すような真似をするとも思えんが」
「う……ん、まあ。そうですねぇ」
大体知ってたふうに相槌をうつ。
なるほど! だからレンハルトさん紳士マジ紳士だったのか!
ほんとは女のひとならわたしと寝てもらえばいいと思う。ただ対外的には「獣族同士で寝かせてます」ってんじゃないとおかしいだろうし。ヘンな目で見られたらかわいそうかなって。メルトはいるにしてもさ。
そこだいじょぶなら……おにゃのこ獣人さんもありかなぁ。
ふと、メルトを買った時のことを思い出した。
黒ネコ獣人のおねーさんの顔がおぼろげに浮かんだ。涙でにじんだ緑の大きな瞳。どうかメルトを引き取ってくれと必死に頼んできた。
ああつまり彼女も一緒に買っておけばよかったってことか。うぅ。
今さら過ぎるし、あの時はそんなお金なかった。ネコ獣人の女性は高いらしいし。小柄でかわいいから。次点人気がわんこらしい。性質的に。
異世界でもイヌネコがツートップっていう。にゃるほどだわん。
男性の場合はまた別だけど。オオカミ大人気。あとはイヌとかヤマネコとか。戦闘能力があって面倒見やすい種族が人気なんだよね。獅子とか熊、虎なんかは食事が大変らしい。
あと超レアで竜人族なんかもいるそうな。これがめちゃくちゃ強い。ほかの大陸で国もってるから、奴隷種族ではなく、認められれば誓約してくれるとか何とか。ロマンを感じたね。
それはともかく新しい獣僕さんかー。うーん……どこで見つければ?
「紹介してやらんでもない」
え、まじですか、先輩。魔術師ならば自力で!!とか言わないんすか。メルトのことも不承不承って空気だったのに。
「それって……わけありのコですか?」
「ああ」
「ど、どういう? って聞いても?」
「契約すらなく売春窟で働かされていた獣族たちが保護されたそうだ」
んぎゃっ!!
「そういう顔をするな……。話し難くなる」
「すみません(どういう顔だろ?)」
「友人から連絡があってな。ひとりでもいいから引き取ってくれないか、と。……明後日、出掛けるつもりだ」
明後日!? 展開はやい!!
「――レンハルト」
「明日一日あれば準備は出来ると思う。どのくらい掛かる?」
打てば響くねレンさんや。リーフェ先輩も簡潔にこたえる。
「五日程と見込んでいる。全旅程、街道沿いだ。野宿はしない」」
「わかった」
「宿代などを含む凡その予算だが……」
リーフェ先輩はレンハルトに詳しく話して聞かせる。なぜか我が家の大蔵大臣はレンハルトだとバレているのだ。
なぜかもなにもないか。こういう時にほうけてたらバレバレだろう。
聞いてるフリもアレなんで、何となく視線をめぐらせたら、リーフェ先輩の獣僕ヤマネコ獣人のフリィくんと目線があった。バチンとキレイなウィンク。どーもどーも。
……彼らにもバレてる気がする。




