1.ある日 森の中 出会った
目が覚めたら、森のなかにいた。藪にひっかかってた。
獣に襲われて爆発させた。チート的な力(たぶん魔力)があるとわかった。咬まれた傷も自力で癒せた。
朝日奈みう、25才。
典型的まじめっこ風貌なのにアレな名まえでスミマセン。
さて、どうしたらいいのか。
暗い森のなか。下生えも鬱蒼。どこをどう進んでいったらいいものやら。
……空でも飛んでみようか?
このチート的な力(たぶん魔力)……めんどい。チー力なら飛べるんじゃないかって一瞬思った。
甘かった。治癒のときみたいに使い方が浮かんでくることはなかった。
獣を爆発炎上させたときみたいに、崖から落ちるとか命の危機なら可能なのかもしれない。そんな危機一髪は絶対に御免です。
仕方ない。部屋着で裸足の心許ない状態だが、地道に歩くしかないか。
そう決心したところに、ふと遠くから声が聞こえてきた。かすかに。大声? 怒鳴り声? みたいなのが。
あれっ!? もしかして救援!?
覚えのないチー力なんてついてるから、これって流行りのあれですか異世界トリップですかwwwとか思ってたけど違うの!?
――あ……いやいやいや……人間だからって味方とは限らないし。
どうしよう?
ふつうに考えたら、こんな格好で森のなかで一人きりとか怖すぎるし、人がいるなら飛びつきたいとこなんだけど。
この変な力があるせいで、とても現代日本にいるとは思えなくなっていた。
現実感はある。獣に肩をやられたときの激痛を体験するまでもなく。夢じゃないことくらいわかってた。
わたし、ごくふつーの一般社会人だったよね? 超能力者じゃなかったよね?
どうしてここに居るのか、という状況はわからないものの、日本で庶民として生きてきた記憶はちゃんとある。SFにしろ、ファンタジーにしろ、そのテの現象が自分の日常に食い込んでいたことはない。
としたら、やっぱり異世界wwwってヤツなのか、って思うわけで。
なら、見ず知らずのひとは警戒した方がいいんだろうな、って思った。
声が近づいてくる。やっぱりなんか怒ってるような声だ。威嚇的な。
内容は……日本語じゃないのはわかるのに、なんとなく意味がついてくる。うは。自動翻訳。やっぱチートで異世界wwwかいなー。
声の主たちは誰かを追ってるみたいだった。
誰かって誰だろう。わたし? じゃないよね?
でもチートって……異世界って……。
頭が痛くなってきた。怖い、というより、すごい落ち込んできた。
――チートとか要らないんですけど。
いやだってフツーにたのしく暮してたし。趣味読書だけど、本のなかの世界に逃避したいと思ったことはさすがにないし。うち家族みんな仲いいし、ペットもいるし、こんなとこに送り込まれてうれしいはずがなかった。
……か、帰りたい……。
チートにつきものの神様だとかああいうの無いの? 召喚ものなら王様とか巫女とか魔術師とかさ。選ばせてよ、せめて。
なにいきなりポンと放り込まれてんの。
どういうこと!? せめて状況説明ぷりーず!!
……兄ちゃん。兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん。
和にいならこういうの詳しいよね!? ラノベ大好きゲーマーだもんね!?
お願い、兄ちゃん。こわいよ。
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて。
すん、と鼻をすすった瞬間、がさっと目の前の藪から影が飛び出してきた。
びっくりして咄嗟にチー力が弾ける。
バチン!と盛大に電撃が散って、どさりと重たいものが地面に倒れる音がした。ギャンッ、と小さな悲鳴があがる。
ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!
つられてわたしも心のなかで大絶叫中した。
「う……」
わたしが倒してしまったのは今度はヒトだった。
え……あれ? これ、ヒトなのか?
オオカミヘッドで灰色の毛皮もっさりのヒト型種。尻尾もあるよ。
だから、ギャン、だったんだ……。
これ獣人ってヤツだよね。へえほうふぅん。あ、いま変身してるだけの人狼かも? 狼憑き(ライカンスロープ)とか?
そんで、ええと、どう見ても男性。うつぶせで倒れてるけど、毛皮だけど、汚いふんどしみたいなのしか身に着けてないから、間違えっこない。ごっついし。
「……お まえ……」
話しかけられた!! ことばわかる!!
びくびくしたけど、灰色オオカミな獣人はまだ動けない雰囲気。ほっ。
あれ。ほっとしてていいんだろうか。言葉を話せるヒトだよ。それをいきなり痛めつけてしまったのに。酷くないか、わたし。
うう……でもチー力で治していいのかわからない。
灰色オオカミ獣人は地面に手をついて何とか身を起こそうとしている。足掻いている。電撃で痺れてるんだろう。起き上がれないまま、頭だけあげて、けぶったような金色の目でわたしをすがるように見つめてきた。
「たす、け……」
えっ。びっくりした。虚をつかれた感じのびっくり。
だって電撃的な攻撃でこのひと倒したのわたしなのに。
そのわたしに助けを求めるって?
「おねがい、だ……」
ふと気づく。多人数がガサガサと藪をかき分けて迫ってきてる。
そういえば、さっき電光が散った直後に「あっちか!」的な声が聞こえたような。あれでおおよその居場所を把握されてしまったのか。必死で呑み込んだ風の小さな悲鳴も聞こえたのかも。
追われてるのは、このヒト。
助けるのは巻き込まれるのと同義だろう。危険だ。多勢に無勢っぽいし。理由も不明だし。
見た目的に人外っぽいこのヒトを助けるのは非常にリスキーに思える。
けど……ううう。どうしよう。うちにはみよしさんっていうハスキーのミックス犬がいてさ。おバカでかわいいんだよ。わたしも家族も溺愛しててさ。
――灰色のもふもふだなんて似てるじゃないの!!!!!
見捨てたら後悔しそう……!
ああそれにわたしチー力あったわ。
でも弓矢で狙われたら。飛び道具じゃなくても、大勢でかかってこられたら。死角からサクッとやられたら、チー力つかうヒマもないかも。
ううううう……っ。
でも見捨てたくない。みよしさん似のワンコを見捨てたくない。
よしんばワルモノだとしても!
いいやもうたすけよう。そうしよう。あとでかんがえよう。でもどうしよう。
治癒。
そうだそうだ。それがいい。わたしに運べるサイズじゃない。地面に倒れてるからわかりにくいけど、プロレスラーとかラガーマンを連想させるような体格だぞ。それよりもっと大きいかも。
藪をかきわける音はどんどん近くなってる。急がなきゃ。
下草の生い茂った地面にひざまずく。うひょ。なにか飛んでった。虫か。うう。じめついた触感キモチワルイ。ぬるっとしてる。落ちた枯れ葉が腐りかけなんだろな。
灰色の毛皮の背中に手をあてる。
えい!とチー力をこめると、自分の肩の傷を治したときと同じくきらきらした光が舞い上がる。治れー治れーと念じながら集中していたら、ガバッとすごい勢いで灰色オオカミ獣人が起き上がった。
金色の眼と視線があう。強い眼光。ガチッと音をたてて釘づけにされた。
「――たすけてくれるのか」
「うん」
「ならば契約を」
「けいやく?」
「主従の誓いだ」
えええぇえ。治してやったのに(問答無用で攻撃したのこっちだけど)従者にしようたあふてえやろうだこんちくちょう。
「たのむ。時間がない。ヤツらにだけは従わされたくない」
……おりょ。主はこっちでしたか。よ、よし。
「どうすんの?」
尋ねたら、オオカミ鼻面にシワをよせた。常識なの? ごめんね。
「お前の血をくれ」
「ちょっと?」
「ああ」
でもナイフも何もない……。
「いいか?」
「あ、うん。いいんだけど――あんぎゃっ」
ガブッとやられた。ガブッと。左腕をとられて。
いっででででっ!!
き、牙で肌を食い破られた。ちくしょう。いたいっちゅーの。しかも腕、強く握りすぎだっちゅーの。アザになったらどーしてくれるっ。咬み傷も、痕が残ったらどーしてくれるっ。
「れんはるとろうのなにおいてしゅめいをはいするこのいのちつきるまであるじのけんとなりたてとなりつきしがたうかげとなることをちかう」
灰色オオカミ獣人は早口に一息でのたまった。
途端、わたしたちを囲うように地面に光の魔法陣があらわれた。
ううわっ。なんかこういうのアニメで見たなー。下から光があがって、なんか風も吹いちゃって。ああ、エフェクト満点だ。きらきらと光の粒子が天へ駆け上っていく。
……きれーだなー。
ぼうっと見惚れかけたところで、すんごい近くであの怒鳴り声が聞こえた。
「主従の誓約――!? そんな、誰が居たって……!?」
飛び上がりそうになったが、灰色オオカミ獣人に手をつかまれてて動きが制えられていた。でっかい手ぇしてんですよ、またこれが。
「――主よ、我が忠誠に報いを」
灰色オオカミ獣人はつかんでいたわたしの手の甲に顎を乗せた。
な………………なにこれカワイイ……。
思わず手が出て、灰色の毛皮におおわれた額を撫でていた。
すると手のひらがカッと熱くなった。灼けつくように。
じりじりして痛いのに彼の頭から手が離せなかった。魔法陣からの光もいっそう強まって、まばゆく輝いている。わたしが触れている、彼の頭の部分も。手のなかに光がある感じで。
うわあ、と口あんぐりしてる間に、灰色オオカミ獣人があらわれたのと同じ方向から藪を分けて男たちが飛び出してきた。
ぎょっとして見上げる。さっきひざまずいたままだったので。
男たちは獣人ではなかった。
やっぱりというか、中世ヨーロッパ風ファンタジーな格好をしている。映画で見たような。武器は剣とか弓とか斧とか持ってて。防具は胸あてとぶ厚そうな皮手袋くらいか。剣をもったのは小ぶりな円盾も。
そして洋顔だ。異世界で現地人が欧風なのはお約束なの?
そろいもそろって人相が悪かった。まったく整えてないヒゲ面で年齢は不詳。ごつごつしいのだけはわかる。
怖い。スンゲー怖い。中世の軍隊とか略奪陵辱何でもござれだったっていうし。服装まんまにそれっぽい世界なんだとしたら、わたしら何されるかわかんないんじゃ。
ど、どうしよう……。
身体が震えてきた。動けない。
と、下からお腹に何か硬いものが押し当てられた。そのままぐいっと上に持ち上げられる。全身を勢いよく。
素早く武器を構える男たちの目の前で、灰色オオカミ獣人の肩に担がれていた。荷物か。わたしゃ荷物か。失敬な。でもありがとうございます担いでくれるってことは見捨てないってことですよね。信じますよっ。
「遅かったな。見ての通り、オレの主はもう決まった」
灰色オオカミ獣人は晴れ晴れとした声で宣言した。
追手のリーダー格は斧もちの男か。デカイ。でも今のわたしが若干見下ろしてるってことは、この灰色オオカミ獣人さんの方が大きいんだろうな。
「主ともども捕えるまでだ!!」
「へえ。知らないわけじゃあるまい?」
「何を――!?」
「主従の契約を結べるのは、お前らの雇い主と同じく魔術師だけだ。しかも獣族ロウのオレを従えられる力の持ち主。敵うとでも?」
「くっ――」
何だろう。笑いたくなる。こんな筋肉だるま的なコワモテがわたしなんかに怯えてると思うと。ハッタリかましちゃってまあ。
……あれ。ハッタリでもないのか。わたしチー力あったな。
っていうか、チート的な力(たぶん魔力)じゃなくて、魔力(チート的な)で確定していいっぽい。魔術師よばわりされてたし。
「諦めろ。帰って主人に伝えるんだな。レンハルトはもう主従の誓約を済ませたと」
「クソッ――!」
「じゃあな」
灰色オオカミ獣人はわたしを肩に担いだまま跳躍した。
ひ―――――――――――ッ!
此度の絶叫は心のなかでさえ声にならなかったとさ。