ある図書室での恋物語 第二話
「……今日、部活は……?」
「別にないな。雨降ってるし、先生も今日は休みにするって言ってたし」
「……そう、なら――――今日、一緒に帰らない……?」
「…………え?」
それは、とある雨の日のお話。
女の子は男の子と共に帰り道をすごす。
それは、誰にも知られない二人だけの――――恋の、お話。
☆
「……あ」
「お、どうした?」
帰りの下駄箱で靴を履き替え、いざ出ようとした小鳥は、ある事に気がついた。
「……どうしよう……」
小鳥の目の前には傘箱があるが、彼女の傘はなかった。
「……傘、忘れてきた……」
もう一度確認するも、やはり小鳥の傘が出て来る様子はない。
「傘、ないのか?」
「うん……どうやって帰ろう……」
小鳥は徒歩通学だが、家まではかなりの距離があり、まともに帰ろうとすると濡れてしまう可能性が高い。
小鳥が帰る方法を思案しようとした、その時だった。
「なら、俺の傘に入るか?」
「……え……?」
有紀が、そんなことを言い出したのは。
☆
(うわ……恥ずかしいな……)
「……本当にいいの……?」
「ああ、気にするなって」
遠慮する小鳥を無理に説き伏せ、一緒の傘で帰っていた有紀は、ある事に気がついた。
(これ……よく考えたら相合い傘じゃんか……)
周りを観察すると憎しみの目や妬み、生暖かい目が向けられているのを感じて、有紀はさらに赤面する。
(幸いにも……小鳥が気づいた様子はない、な……)
小鳥が周りを気にしている様子がないので、有紀はそう決定づけた。
「……有紀君……時間、ある……?」
「ああ、今日は一日空いてるけど……?」
この時、有紀は周りのことに気が向いており、小鳥の話が聞ける状態では無かった。
だからだろうか。小鳥の次のお願いに、即刻了承してしまったのは。
「……なら、今から、一緒に遊びに行かない……?」
☆
(……ほ、本当に有紀君に了承して貰えるなんて……私、今変な格好していいよね……?)
(まさか、小鳥から遊びのお誘いが出るとはな……やべ、今金あるよな……?)
あの時、有紀が聞き返した時に、「……今日はそういう気分だから……別に、貴方と一緒に行きたいという訳じゃない……」と小鳥が言ったのは省略しよう。
ともかく、急に小鳥が誘った為に何も用意していない状態で二人はゲームセンターへと遊びに来ていた。
「小鳥は、こういう所によく来るのか?」
「……たまに、気晴らしに……」
「へえ、そうなんだ」
他愛ない話をしつつ、ゲームセンター内を物色していく。
それから五分後。小鳥の目が、ある一点で止まった。
「お、どうしたんだ?」
「……あれ……いいな……」
小鳥が指差したのは、ペンギンをデフォルメしたようなぬいぐるみ。
クレーンゲームの筐体の中でも、特に取りにくい奥の方に置いてある物だった。
「なら、俺がとってやるよ」
「……え……いいの……?」
「まかせろって」
有紀は百円玉を筐体へと入れ、レバーを持つ。
その時、小鳥には有紀の目がまるで鷹の目であると錯覚した。
(……凄く……格好いい……)
小鳥が有紀の姿にトリップして僅か数十秒。有紀は、小鳥にペンギンのぬいぐるみを差し出した。
「ほら。やるよ」
「……え、でも……」
「気にするなって。こういいのを、男の甲斐性って言うんだろ?」
顔を赤らめ、ばつがわるそうに頬をかきながら言う有紀。
その姿を見て、小鳥は胸が苦しくなった。
(……こんな人と相思相愛になれたら……どれだけ……)
「ん?どうしたんだ小鳥?」
「……なんでもない……」
急に黙りこくった小鳥のことを心配した有紀だが、逆に突っぱねられてしまう。
その時、格闘ゲームの方から、歓声が湧き上がった。
「すげえぞ!これで十五連勝だ!!」
「なんてコンボだ……」
「あんなのに勝てる者奴はいるのか……?」
そういった歓声を聞いた瞬間、小鳥の目がピカリと光った。
「……上等……闘ってあげる……」
「こ、小鳥?」
急に豹変したかのように格闘ゲームの筐体の方へと向かう小鳥を見て、有紀はそれを追いかける。
が、有紀が聞いたのは、彼の予想とはかけ離れた声だった。
「じ……女帝だ……」
「へ?」
聞き慣れない言葉を聞いて、一瞬有紀の思考がフリーズする。
その瞬間、湧き上がる大歓声。
「女帝が来たぞおおおおおお!!」
「一カ月ぶりの降臨だああああああああっ!!」
「今回はどんなコンボを見せてくれるんだ!?」
(女帝?ナニソレ?)
有紀の戸惑いも露知らず、小鳥は筐体に百円玉を投入する。
「一カ月ぶりの雪辱戦だ……俺は、今度こそアンタを倒す!!」
「……御託はいい……かかっておいで……」
「上等!!」
男が声を荒げた瞬間、無機質な機械による開幕が告げられた。
☆
結局、小鳥は四十連勝した。
しかも、負けたのではなく挑戦者がいなくなった終わり方だった。
「……女帝って……すげえな……」
「……軽蔑、した……?」
「いや、ちょっと驚いただけだよ」
小鳥が対戦相手に無双している中、有紀は小鳥のゲームセンターでの偉業を観戦者から教えられた。
そこに熱が入りすぎていたせいで若干誇大になってはいたが。
「それに、俺としてはちょっと嬉しかったな」
「……え……?」
「だって、今まで知らなかった小鳥の秘密の一つを知ったんだ。嬉しくないわけがないだろ?」
そういいながら、無自覚に最高の笑顔でそう言う有紀。
「……馬鹿……」
小鳥は、真っ赤になってそう言う事しか出来なかった。
「じゃ、これからどうする?」
「……そろそろ帰る……お母さんやお父さんやお姉ちゃんが心配してると思うし……」
「そっか……送ってこうか?」
「……いい……変に誤解されたくないし……」
小鳥の本心は送っていって欲しかったが、天の邪鬼なその性質からか、それを突っぱねた。「そっか」
「……でも……」
「え?」
「……どうしても送って行きたいって言うのなら……別に送って貰っても、いい……」
が、小鳥はあくまでも一瞬でも有紀と一緒にいたかった。
「じゃ、送っていかさせてくれ」
また、有紀も小鳥の家の場所が知りたかったからか、小鳥の申し出を受け入れた。
顔を真っ赤にしている小鳥が可愛いな、と思いながら。
「……しょうがない……送っていかせてあげる……」
顔を真っ赤にしながらも、小鳥は有紀の傘の中へと入る。
「……じゃ、行こ……」
「そうだな」
二人は顔を赤らめながらも、一緒に歩き出した。