第一章 ある図書室での恋物語
「よ。今日も来たぜ」
「……今日も来たの?練習は……?」
「今日は雨だろ?今日くらいはしっかり休めって先生が休みにしてくれたんだ」
「……だからって、なんでわざわざ来るの……?私の邪魔をしないで……」
「俺がいたら嫌か?」
「……別に、いてもいなくても同じ……」
「そっか。そいつは残念。で――今日は何を読んでるんだ?」
それは、ある高校の図書室での恋のお話。
一人の少年が一人の少女に恋をして、それから始まるどこにでもある物語。
だが、それは彼らにはとてつもなく重要な――――それでいて、甘く切ない、物語。
☆
カラカラと、扉を開ける音がした。
(……今日も、来てくれた……)
その音を聞いて、図書室のカウンターに座り本を読んでいた海島小鳥は、僅かに顔を赤らめた。
が、足音が近づくにつれて、次第に彼女の表情は変化していった。
即ち――――赤く染まった顔から、不機嫌そうな仏頂面へと。
「よ、今日も来たぜ」
そして、予想していた少年が姿を表した時には、既に元の表情に戻り冷静に本を読んでいた。
「……何?今日も来たの……?」
「ああ。来たら悪いか?」
「……悪い……」
そう言って、顔を赤らめながらも読書に戻る小鳥。
それを、入ってきた少年は軽く苦笑した後、いつものように小鳥の隣に腰掛けた。
「……本当に、大丈夫なの……?」
僅かに心配の色をこめて小鳥は言う。
それを聞いた少年は苦笑した後、
「なんだ?心配してくれるのか?」
とのたまった。
「……馬鹿じゃないの……?どうして私が貴方の心配なんか……」
「心配してくれないのか?」
「……そういうわけじゃないけど……って言っても、貴方じゃなくて、貴方が所属している部活への心配をしてるの……」
そう言って、顔を赤らめながらも顔を背ける小鳥。
それを見て、少年は軽い笑みを浮かべ、小鳥の耳元で、
「……ありがとな」
と呟いた。
「――――――!!!」
顔を真っ赤にして倒れふす小鳥。
その背中を、少年はゆっくりとさすっていた。
☆
(……可愛いな)
そんな事を思いながら、少年――田坂有紀は小鳥の背中を撫でていた。
(……襲ってしまったら、駄目だよな)
一瞬ためらい、やっぱ駄目だと首を振り、また撫で始める。
それを見ている者は、誰一人としていなかった。
この図書室は、今どきの図書室には珍しく、ライトノベルなどの本を入れておらず、利用者も殆どいなかった。
それを思ってか、他の図書委員は小鳥に仕事の全てを押し付け、放課後は小鳥しかいない寂しい空間へと化していた。
(ま、おかげでこんな関係を続けてられるんだけど)
小鳥を見て、まだ再起動には時間がかかることを理解した有紀は、背中から頭へと手を移動した。
(……ちょっとくらい、いいよな)
躊躇いは一瞬。有紀は自らの好奇心を満たす為に小鳥の頭を撫出始めた。
(うおっ、柔らけ)
止めようとしても、その手は止まらず、サラサラとした髪の感触を楽しんでいた。
(やべ、止まんね……)
そして、止まらない自らの手を見て、有紀はどう誤ろうかを考え始めた。
☆
(……え……?どういうこと……?)
小鳥は、自分のおかれている状況がわからずに戸惑っていた。
(……どうして、有紀君に頭を撫でられてるの……?)
戸惑いながらも気持ちよさそうに自らの頭を撫でている有紀。
それを見て、小鳥もどうすればいいかわからなくなっていた。(……凄く、気持ちいいけど……でも、怒らないと、有紀君の部活……大丈夫なの……?)
小鳥は怒ろうとし、立ち上がろうとした。
しかし、次の瞬間動きが止まった。
(……でも、もしもここで動いてしまうと……有紀君に、頭を撫でて貰えなくなる……)
立ち上がって怒らないといけないけど、ここで立ち上がった場合、頭を撫でてもらうという幸せな時間が終了してしまう。
それは、小鳥にとってまさしく死活問題に等しかった。
『小鳥、動いたほうがいいんじゃない?そろそろ有紀君も部活に行く時間でしょ?』
小鳥の中の天使が出て来て諫めたかと思えば、
『気持ちいいんだし別にいいじゃない。このままでも』
小鳥の中の悪魔が出て来て甘言を吹き込む。
(……うう。どうすればいいの……)
そして、小鳥がそのままの状態で悩み始めた瞬間、
キーンコーンカーンコーン
「……有紀君、時間……」
「……起きちまったか……」
二人だけの時間の終わりを告げる鐘が鳴った。
「……じゃ、また明日来るよ」
「……私の頭、無断で撫でたツケ……しっかりと付き合ってもらう……」
「……げ、まじか」
「……うん……」
「……わかったよ。お手柔らかにな」
「……覚悟してね……」
小鳥の言葉を聞いた後、有紀は苦い顔をしながら出て行った。
その後には、有紀に何をしてもらうかを悩む小鳥ただ一人が残された。