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会社小説  作者: 古河晴香
9/11

「もう結婚しない人」 その後(5)

マンションについた。

鍵を開けて中に入ろうとする三輪の背中。


玄関に入り、電気のスイッチを探っている三輪の背中。


変な陶酔感が抜けやらず、

恵は、三輪の背に額を預けた。


「……都築さん」


名前を呼ばれたが、返事をせず、

そのまま、酔いにまかせて額を三輪の背に預けている。

気持ち良くて、目をつぶる。


しばらくすると、三輪の背中が動いて、

こちらを向こうとしているので、

恵は額を外して、

三輪の顔を見上げようとした。


すみません、と言うつもりだった。

酔ってしまって、と言い訳するつもりだった。


だが、その前に抱き締められてしまって、

顔は見上げられなかった。


Yシャツの向こうから伝わってくる

温かい三輪の体温を感じたまま、

状況に圧倒されて恵は何も言えなくなってしまった。

三輪も無言だった。


暗い玄関で、靴をはいたまま、

恵は三輪に抱き締められていた。


頭の中に、何の言葉も浮かばなかった。

どうしよう、とか、どう思われるだろう、とか、

逃げなきゃ、とも、この次どうしよう、とも

思わなかった。


酔いでぼーっとしているからなのか、

ただ静かな喜びが湧き上がってくるのと、

胸がどきどきし過ぎて息苦しいのを感じていた。


三輪も何も言わず、じっとしていた。


恵はそのうち、いつまでこのままなんだろう、

と思った。


三輪の心臓は、意外にも、早く打っている。


この人も、どきどきしているんだ。

抱き締めている腕はしっかりしているのに。


自分のためにこの大の大人の男が、

どきどきしてくれているのかと思うと、また嬉しくなった。


私をこんなふうに抱き締めてくれる人が、

この先、自分の人生に、現れるとは思っていなかった。


本当に、現れたのだ。

夢ではなく、間違いなく現実だ。


恵は、自分の腕も三輪の背中に回して抱き締めた。


向こうから抱き締めて来たのだから、

こちらから抱き締めても、怒られないだろう、と、

この後に及んでも遠慮がちだ。


三輪のYシャツの匂いも嗅ぐ。

何をやっているんだろうか。

ああ、でもこの匂い、好きだ。

少し顔を擦り付ける。


そんなことをしていたら、

向こうが恵の髪の匂いを嗅いできた。


あ、汗くさいかも。

自信ない。


冷静な自分が戻って来て、

ちょっと顔をずらすと、

三輪の顔が、恵の首筋に降りて来た。


その軽く触れた唇の感触に

恐怖とも陶酔ともつかず、

何か戦慄が走ったようにぞくぞくとして、

それに耐えかねて

恵が身もだえすると、

三輪はあっさりと離れた。


恥ずかしい。

いろいろと耐えられない。


恥ずかしいが、恐る恐る上目で

三輪の様子をうかがうと、


なんだか、見たことのないような、

優しい、甘やかな顔をしていた。

眉毛の間が開いているというか、

とても愛しいものを見るような目をしていて、

それが恵に向けられているのが、

信じられなくて、

目が離せなかった。


三輪は、ふっと横に手を伸ばして、電気のスイッチを点けた。

暗いのに目が慣れていたので、

まぶしかった。


満月だったから、

今までも真っ暗でなく薄明かりだったのだと気づいた。


三輪は靴を脱いで上がり、まっすぐ窓へ行くと、

朝家を出るときに開けたままにしておいたらしいカーテンを閉めた。


そして、こちらを振り返る。


恵は、上がれ、と言われたように感じ、

「あの、あ、お邪魔しまーす……」

と言って、

壁に手をつきながら

靴のストラップを片足ずつ外しながら脱いで、

中に上がった。


それを三輪は窓のカーテンのところから、

変に真面目な顔をして見ていた。


恵には三輪が何を考えているのかよく分からない。

なんだか、さっき抱き締められたので、

とても嬉しいし恥ずかしいが、

その意味を問い正すのは

結論を急がせるようで、

二人の関係を壊すようで怖いので、

何事もないようなふりをする。


「あ、あの。……飲み直しましょう」


恵がそう言うと、

三輪はやっと息を吸ったような声色で、

「……そうだね」

と言って、眉を上げると、キッチンへ向かった。


何事も無かったふりをするのは、

変だったのだろうか。

どうすればいいのかよくわからない。


ひょっとして、こちらに帰る間を与えたのだろうか。

帰らなければ、OKだというふうに受け取る、という合図だったのだろうか。


飲み屋で飲んでいたときよりも

酔いは回っている気がする。

頬が熱い。


状況を分析などできず、

恵はローテーブルの前に座り込んで、

室内を眺めた。



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