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会社小説  作者: 古河晴香
8/11

「もう結婚しない人」 その後(4)

既に三輪と惠の恋愛小説と化してしまって、

小説全体の方向性が当初と変わってしまっていますが、

しばらく二人の話にお付き合いいただければ幸いです。

42の三輪からすれば、

34の自分もまだ小娘の部類に入るのかもしれない。

会社では女性の後輩の目もあり、しっかりしなければ、と、

凛としているよう心がけているが、


三輪とこうしてお酒を飲みながら話していると、

20代に戻ったような、華やいだ気持ちになってくる。


三輪に包容力があるのだ。

どんな話も面白そうに、興味を持って聞いてくれるので、

つい、誰にも話したことがない、

待ち受け画面の飛行機の画像の話までしてしまった。


そうなのだ。なんでも「面白そう」なのがいい。

黙っていても、何か面白いと思っているような顔をしている。

活き活きとしていて、いつもわくわくしていそうだ。

それは子供っぽくも見えるが、

子供のように気分にまかせて行動するのではなくて、

自分の感情や行動を制御できる大人の部分もちゃんと持っている。


好きだな。


やっぱり好きだな。


前からいいと思っていたけれど、

やっぱり、好きだ。


そう思うとき、恵の笑顔は柔らかく、

花が開いたように優しくなる。


お酒に酔っているということもあり、

取り繕うことをせず、

笑顔がこぼれるがままにしている。


恵は知らないが、

目の前の三輪はその笑顔を見るたびに、

目が離せなくなっている。


こんなに楽しく飲んだのは久しぶりだ、と恵は思う。

この時間がずっと続けばいいのに。


お互いの昔の恋愛の話も少しした。

どこまで自分を見せていいのか分からず、

もし相手が引く様子を見せたら、

こちらも引こうと思いながら、

少しずつ話して、

でも、お互いに、引かなかった。


この人なら。もしかして。

この人となら。

自分はこの先、この人と……。


だが、もうすぐ終電の時間だ。


「あの……、そろそろ終電なので……」

恵がそう言うと、


「え……、もうそんな時間か……。

都築さん、タクシーで帰りなよ。

そしたらもっと飲めるし。

引きとめる以上は、お金は俺が払うから」


どうしよう。でも、悪い気がする。


「それか、どうせタクシーで帰るんなら、

駅近じゃなくていいし、

う、うちに寄って行きなよ」


「え? おうちですか?」

うちと言われて、

恵は躊躇して、それはちょっと、という苦笑をする。

冗談なのか、本気なのか、どっちだろう。


「あの、うちにお酒が余っててさ。

半年前にギリシャに出張に行ったときに

ラキアってお酒を買ったんだけど。

全然飲む機会が無くて。

良かったら、飲みに来ない?」


「どんなお酒ですか?」


「ん~。焼酎みたいな透明の、強いお酒。

香りが独特で、おいしいよ。

向こうで飲んで、気に行って瓶で買って来たんだけど、

忙しくて、開けずにそのまんまになってる。

良かったら一緒に飲んでよ」


ただ、うちで飲もうとだけ言われれば、

帰ろうと思っていたが、


そんな風に家へ行く理由を持ち出されると、

行ってもいいかな、という気になって来る。


もちろん、気持ちは、行きたい。

でも、軽々しく行っていいものかどうか、

という躊躇だ。


三輪はあらかじめ家へ呼ぶつもりで、

自分の家から近い居酒屋で飲むことにしたのだろうか。

ラキアの件も、あらかじめ用意していた理由なのだろうか。

もしかして思いつきかもしれないが、

少なくとも、寄ってきなよ、という冗談ではなさそうだ。


「それじゃあ……。お邪魔させていただいてもいいですか?」

「やった! よし。そうと決まれば、行こう!」


食べちゃって食べちゃって。それ、飲んじゃって、と、

目の前にある物をお互いに指示し合いながら片付けて、

三輪が楽しそうにしているのが微笑ましい。


行くと決まった後、机の上に残っているおつまみや飲み物を、

そのままにして店を出てもいいのだが、

じゃあ、すぐ食べちゃおう! と残さず食べるのに好感を持った。


店を出たとき、慣れないヒールの高い靴にふらついた恵は、

思わず三輪の腕にすがってしまった。

「おっと。大丈夫」

「すみません、大丈夫です」

つい、一瞬、手を離すのが遅れる。

だめだめ。

しかし、三輪が

「酔ってて足元危ないし、暗いし、腕つかまっていきなよ」

と言うので、

え、でもそんなことしたら流されちゃう、と思いながら、

酔っているので、ついその言葉に甘えて腕につかまってしまう。


筋肉質の堅い腕。こんな、しっかりと頼れる物がほしい。

顔をすり寄せて匂いを嗅いだりしたいくらいだが、

だめでしょ! と我慢する。

三輪的にはむしろ大歓迎だと思われるのだが、

恵は自重している。


夜道を二人で歩く。月はどこかに出ているのだろうか。

建物もあるし、雲もあってよく分からない。


秋の夜はしっとりとした湿気があって好きだ。


「何かおつまみ、どこかで買って行きますか?」

すると、

「うちにチーズと、チョコと、ナッツと、ドライフルーツならあるよ。

何かもし食べたいのあれば」

と言うので、

やはり私が行くのを想定していたのかな、と少しおかしく思いながら、

「それだけあればいいです」と答える。


少し歩いた後で、だがやっぱり、確認しておく。

「あの……、お酒、飲むだけですよね」


「ま、俺は紳士だから。大丈夫。

もし危ないと思ったら、今からでも逃げていいよ。

この大通り、タクシーよく通ってるし。

あ、でもお望みとあれば狼にもなりますが」

「え、ちょっと、やだ、変なこと言わないでください。

紳士でお願いします」

と笑う。良かった、と安心する。


もちろん、男が一人暮らしの家に上がるのは、

リスクを負うことは分かっている。


だが、もし揉めたときに、

「男のうちに来るってことは、そういうことだろ?」

みたいなことは言われないで済む。

まあ、そんなことは言いそうにないが。

一応、危険は覚悟しておく。


好きな男の腕につかまりながら、夜道を歩く。

こんなことは何年ぶりだろうか。


深夜なので車通りは少なくなったものの、

大通りなので、それなりに車も走っており、

そのライトが綺麗だ。


一人で家に帰るときに感じるのは、

ライトの硬質な冷たさなのに、

今はライトも、街灯も、綺麗に

ゆらゆらと揺らめいているように見える。


酔っているからだろうか。


無言のまま歩くが、沈黙が苦ではない。


甘美だ。


恋が甘美だということを、忘れていた。


夜の闇がかぐわしい。美酒の底を歩いているようだ。


雲かビルかに隠れていた満月を、発見する。


「あ、満月ですね」


そのことが、特別な運命のようで、

気持ちが高揚した。


満月なのは、たまたまだ。

でも、たまたまだと思わなくても、

いいではないか。


この先、この人と本当にうまくやっていけるか分からない。

でも、この満月は忘れないだろうと思った。




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