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会社小説  作者: 古河晴香
4/11

できない子扱い

「頼んでたデータの集計、どんな感じ?」

そう恵に聞かれて、亜希奈はうっかり

「あ、面倒でまだやってませんでした」と答えてしまったのは、

眠かったからというのもある。


それを聞いて、恵は少し眉を吊り上げたようだった。

いくらなんでも“面倒で”は口が滑り過ぎだった。


しかし亜希奈はそんな恵の様子には気付かないふりをして、

「今からやりま~す」とにっこりと笑った。

「月曜日中にはお願いね」と釘を刺される。


恵が声を荒げて怒ったことはないが、

心の中では怒ったり呆れたりもしているだろう。

だが、そんな態度を取ってはいけない、と自制しているのが

見て取れてしまう。


そして亜希奈は恵が怒らないのを知って、

これくらいなら大丈夫かな? と、怒られる境界上で仕事をしている。


15時。おやつの時間だ。

この時間は、いつも同期の香織とお茶室で息抜きをしている。


マグカップを手に席を立つと、上司の高橋が

「今日もお茶会?」

と聞いてくる。

「そうで~す♪ 香織ちゃんと話してきます♪」

「僕も混ぜてよ」

「え~? だめですよ~♪」

そう言って、席を離れる。


後ろで高橋が恵に対して

「いまどきの若い子はどんな話してるんだろうねえ」

と言っているのが聞こえる。

だめじゃん高橋さん!

それって恵さんが若くないって言っているのとおんなじだよ!


だがきっと恵は内心の苦い思いを隠しながら、

高橋に対して微笑んでいるのだろう。


そしてきっとベテランの小川さんも私と同じで

だめじゃん高橋さん!と思っていて、

新入社員の智ちゃんは自分の仕事に精一杯で話を聞いていないだろう。


智子は新入社員だが、大卒のため、

年齢は短卒の亜希奈や香織と同い年である。

職種も智子は総合職だが、亜希奈と香織は一般職である。


同い年だが職種が違うという微妙な関係は、

亜希奈の劣等感を刺激する。


智子が部長から「がんばってるね」と声をかけられて

「はい! まだまだ勉強不足ですが、がんばります!」と

新入社員らしい爽やかさで

答えているのを見ると、

期待をかけられない自分としては

仕事に対してもやる気が下がるのを感じる。


亜希奈が不真面目な態度をあからさまに取るのも、

劣等感の裏返しのポーズでもある。


頼まれた仕事はきっちりこなすし、

頼んだ相手が困らないように

ミスが無いかもちゃんとチェックしている。


だが、所詮自分は使われる側だし、

給料も少ないと思うと、

自分から進んでそういう立場を選んだということを

正当化するように、

不真面目な態度を取ってしまう。


それに、仕事ができると期待されて、

残業が増えるのも困ると思うので、

あえて、できない子の振りをしている。


上へ上がる道もあるのだが、

がんばるつもりは無い。


でも、智子に対して劣等感を刺激されるあたり、

自分を捨て切れてもおらず、

複雑な心境である。


お茶室で香織と顔を合わせるとほっとする。

「かおりん!」「あき!」

「あ~疲れたね~」「早く帰りたいね~」

「後2時間かあ~」「今日は5時で上がれそう?」

「なんとか。だって久々の女子会じゃん!」

「圭くんはいいの?」

「大丈夫だよ。たまには私だって飲みたいし~」

「二次会はカラオケ行こうね」


圭くんというのは、亜希奈の夫である。

早く結婚したいと催促して、

四年の交際期間の末、半年前に結婚した。

短大の一年の頃から付き合っているので、

青春を彼に費やした感がある。

もうちょっと遊んでおけばよかったかなと、今にして思う。


あんなにウエディングドレスに憧れて、

結婚式では夢に見たお姫様気分だったが、

その後の日常生活が始まってみると、

細かい点で二人の生活に不一致も出てきた。

その都度、亜希奈は香織にぐちをこぼしている。


冷凍パスタをレンジでオートでチンしたら、

怒られた。

ちゃんと袋に500Wで6分って書いてあるから、

その通りにしろって。

そんなん、オートがあるんだからオートでいいじゃん。


バスタオルを触って、柔軟剤入れたか聞かれた。

入れたよって言ったら、どれくらい入れたか聞かれた。

ちょっと、って答えたら、柔軟剤のキャップでちゃんと量って入れろって怒られた。


爪切るとき、爪が飛び散るから、ティッシュをしけって怒られた。


居間で髪をとかすなって怒られた。髪の毛が落ちるからだって。


折り畳み傘を玄関マットの上に置いといたら怒られた。


ご飯作ったのに、おいしいって言ってくれなくて、

おいしいか聞かれる前においしいって言ってよって文句言ったら、

疲れてるんだから、いちいち注文つけるなって怒られた。


そんなふうに、怒られたことに対する文句がほとんどである。


亜希奈が家に帰ると、仕事で疲れているので、

ちょっとソファーに座ってポテチを食べながら

息抜きにテレビを見るが、

夫が帰って来たときにご飯を作り始めてもいないと

怒られるため、

いやいやながら重い腰を上げて夕飯のしたくを始める。


したくの最中に夫が帰ってきて、

亜希奈が笑顔でお帰り、と言っているのに、

疲れ切った顔でただいまも言わずに

ソファーに座りこみ、

「ご飯いつできる?」と聞くので、

「あと30分くらいかな」と答えると、

その30分を使って無言でYou Tubeを見始める。

気になるお笑い芸人のネタを見ているようだ。


そんなとき亜希奈は、手伝ってよ、と思うのだが、

疲れきっている様子なので、その言葉は呑み込む。


だがある日、カレーライスとサラダを作ったら、

「これだけ?」と言われた。

「え、これだけって? サラダもあるじゃん」

「カレーライスとサラダだけ? 手抜きじゃないの?」

「うちだったらカレーライスだけだよ。サラダまで作ったんだから!」


夫の圭の母親は料理が得意で、

夕飯にはいつも何品もおかずが出たという。


それに対して亜希奈の家は母親がもっとお気楽な家事をしていたため、

おかずは大皿に盛った一皿をみんなで茶碗に取って食べたし、

サラダ代わりのきゅうりは味噌を付けてまるごと一本食べたし、

カレーライスの日はカレーライスのみで、しかもご馳走だった。


「なんで、なんでもかんでも圭くんのおうちの方に合わせなきゃいけないの?

文句があるなら食べないでよ!」

そう言って、お皿を引っ込めようとすると、

「食べるよ」と引っ張る。


「圭くんのお母さんみたいに、20年以上専業主婦やってた人と、

私とを比べたって、私ができないのは当たり前でしょ!?

嫌ならずっとお母さんのご飯を食べてればいいじゃん!」

「分かったって」

圭はめんどくさそうである。


亜希奈は涙が出てくる。

呑み込んで積もり積もったものが爆発する。

「なんで、私だって一生懸命やってるのに。

会社から帰って、私だって疲れてるのに、

がんばってご飯作ってるのに、

ご飯作れなくなるといけないから、

仕事後回しにしてもがんばって早く帰って来てるのに、

仕事が回って来ないように、

わざとできない振りしてるのに、

なのに、会社でもできない子扱いで、

うちでも、できない子扱いなんて、

あたし、もうやだよ。

もう仕事もやめたい。やめたらもっと完璧な主婦になれるし」


亜希奈は泣きながらソファーに突っ伏すと、

圭が疲れたように言った。


「仕事やめられたら困るよ。お金ないし」


はい、そうです。それは亜希奈も分かっている。


好きな物を食べて、おしゃれもしたいし、

年に一回はディズニーランドにも行きたい。


そんな生活を続けるには、二人で働いていないと無理だ。


それを分かっていて、だめもとのつもりで

「仕事やめたい」を文句に放り込んでみたのだが、

やはりだめだったか。


「だったら、ご飯はこれで我慢してよ」

「……うん、分かった」


そんな、亜希奈が思い描いていた

甘い新婚生活とは異なる生活をしていると、

たまには独身の頃のように女子会で息抜きもしたくなるというものだ。


圭くんは今日の夜は気になっていたラーメン屋へ行くと言って、

逆に嬉しそうだった。


無理せず、たまにはこういうのも、いいのかもしれない。


今日の女子会、派手にならない程度に可愛い格好をしてきた。

以前、ハートとリボンの柄のセーターを来て会社に来たら、

ちょっとそれはだめでしょ、と恵に注意されたことがあった。


少し反発して、恵さんに注意されちゃって~、と、

ベテランの小川さんに告げ口したところ、

「そりゃそうよ」と言われてしまった。


今日はOKの範囲内だと思う。

先週、高校の友達の結婚式に出たときのネイルがまだ残ってるし、

今週一週間はこのネイルのままだったが、

恵にも何とか注意されずに済んでほっとしている。


今日はなぜか恵も珍しくスカートをはいている。

まだ34なんだし、いつももっと可愛い格好をすればいいのに、と思う。

自分で自分のことを年だと言って、一歩引いているようなのだ。


世の中にはいつまでたっても自分のことを「女子」と言う人がいるのだから、

恵ももっと、人の目なんて気にせずに女子らしくして、

なりふり構わず婚活すればいいのに、と思ってしまう。

その辺はプライドが許さないのだろうか。


なんだかんだいっても、自分は好きだった彼氏と結婚できて、幸せだと思う。

早く子供を産んで産休にも入りたいけど、

まだまだ二人の時間を楽しみたい気もする。


恵は全く自分のプライベートについて話さないが、

今日のスカートについても、なんだか触れてはいけない気がして突っ込めない。

だが、亜希奈としても、ひそかに応援している。


そして、恋愛をしてもっと丸くなって、

もうちょっと亜希奈に対しての注意も減ると嬉しいのにな、

と、ちゃっかり思っているのである。



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