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会社小説  作者: 古河晴香
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残業をすると

「遅くまで残業しているとろくなことがないからな」


それは智子のグループのメンバーが

人より早く帰るときに、

残ったメンバーに対して言い訳がてら

よく口にする言葉だが、

その夜、智子はその言葉の意味を知ることになった。


船に積む貨物量を、毎月、予測計算するのだが、

新入社員で不慣れな智子は「はまって」しまい、

珍しく一人で残業していた。


事務所の中でも智子の席から遠い電灯は

省エネのために消灯され、

一層寂しさを増している。


そんな中、突然静寂を打ち破って一本の電話がかかってきた。


「こんにちは」


おどけた声で挨拶をしてきたのは、

智子もよく知る工場の「おじさん」だった。


「こんにちは」

「小川さんいる?」

「小川さんは今日はもう帰ってしまいました」

寂しい中で誰かと話せるのが嬉しかったので、

同じようなおどけた口調で答えると、


「そっか~。

……在庫が無いので、港からトラックを走らせたいのだけど、

いいかな?

いつもおたくのグループに了解を取れって、

言われているものだから、連絡しとこうと思って」


「え?」


突然いいかなと言われても、

いいも悪いも分からず、

判断はつかないのだが、

判断をあおぐ人もいない。


一通り説明を受けたあと、


「いつもやっていることなら、

たぶんいいんじゃないかなとは思うんですけど……」



「じゃあ、僕は帰るから。よろしくね~」


「え? あ……っと」


なんとなく頭の芯がひんやりとしながら、

こちらも電話を切ると、

今度は別の電話だ。


「小川さんいますか?」

「小川はもう失礼させていただきましたが……」


それは慌てふためいた声の、

実務オペレーターからだった。


「台風で東京の港に入れなくて、

船のスケジュールが遅れてるんです」


内容を聞くと、

東京港に寄った後、

通常通りに名古屋港まで船で

貨物を運ぶと間に合わないため、


東京港で貨物を降ろし、

名古屋までトラックで運んでほしい。

という連絡が「おじさん」からあったそうだ。


「でもそれをするとン十万かかって、

でもそれをするかしないかを、

早く決めてくださいって船会社さんから言われてるんですよ~。

早く決めないと、

台風でいつ港へ入れるか分からないから、

荷物を降ろすなら、降ろすのに向けて手配をしないと

いけないんですよ~」


もっとよく説明を聞いたが、

新入社員の智子には内容がぴんと来ず、

それでも大変なのだ、ということは分かり、

とりあえず会話を終えて電話を切った。


船会社の担当が誰かといえば、

いつも智子の隣でベテランの小川さんが、

華やいだ声で電話をしている久保さんである。


朝メールを開けたら、

久保さんからのメールが

真夜中近くに届いていて驚いた、

いったい、どれだけ仕事好きなんだろう、


なんて話を小川さんは嬉しそうにしているが、

智子は本人とは一度名刺交換しただけで、

直接話したことはない。


緊張しながら、

引き出しから名刺を引っ張り出して、

電話をする。


すると、冷静な低い声が応答した。


これが、いつも小川さんが話している、

久保さんの電話の声か、と思いながら、

なんとなくこちらもビジネスモードに身づまいを正し、

状況確認をする。


よく聞くと、冷静な声の下に

あせりを押し隠しているようだったが、

さくさくと切るように、状況を説明してくれた。


電話を切った後、

今度はパソコンで緊急連絡先表を開き、

小川さんの携帯にかける。


出ない。


留守電にメッセージを残し、

しーんとした事務所内で、

「待ち」の時間である。


すると、小川さんから電話がかかってきた。

取ると、駅の構内のようで、

後ろががやがやしている。

「本当に在庫無いの?」

開口一番、勢いよく聞かれる。


その後、「おじさん」に小川さんから電話をしたところ、

実は「帰るよ」と言ったおじさんは

まだ帰らずに残っていて、話ができた、


という話を実務オペレーターから聞き、


船会社の久保さんからは、

全員へCC入れてメールで連絡が入ってくる。


目に見えないところで、

小川さんが電波による空中戦を繰り広げていて、

その情報が断片的に入ってくる。


結局は、いろんな状況を考え合わせた結果、

今すぐ手配をしなくても間に合うため、

翌朝の状況を見て判断する、

ということに落ち着いた。


本日はお開きである。


各担当者が、

それぞれの情報を自分の頭の中に持っていて、

それをお互いに伝え合って、

一番いい判断ができる状況を整える。


何かを作り出しているわけではないし、

答えはいくつもある中で、

何らかの、最善と信じた判断を

限られた時間の中で下していくのである。


自分もベテランになったら、

小川さんのように

采配を自分で振るえるようになるのかな、と思いながら、


暗い夜の東京湾に浮かぶ船のイメージが

すっかり二重映しで目の前に感じられるようになった薄暗い事務所で、


そろそろ帰ろうかな。


やっぱり、遅くまで残業しているとろくなことがないな、

と実感した智子であった。

とばっちり的なトラブルに巻き込まれる。


しかし、もう一度くらい、あの冷静な声を

聞いても良かったな、と、


未練がましく電話を見つめながら、

ノートパソコンの蓋を閉じたのである。



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