第七話:知らされた過去、深まる謎
すいません。遅れました」アリアは駆け足でソレイユのいる場所へと向かう。
「いえ。呼び出したのはこちらですから気にすることはありませんよ」
「…ここって使っても大丈夫なんですか?」アリアは不安になって聞いた。
ソレイユが指定した場所は西館にいくつか設置された小ホールで、いわば一番小さい会議室といったところか。ちょっとした世間話で使うような場所ではないのだ。
「ええ。ちょっと脅したらすぐに空きましたよ。だからどうぞお構いなく」
アリアは引っかかる言葉が聞こえた気がしたが賢明にも聞こえないふりをした。
「……分かりました」
「まあ、あなたを呼び出したのはちょっとした取り引きのためですよ」ソレイユが微笑みながら言う。微笑む姿はまるで好青年だがやってることは悪代官だ。
「取り引きですか?」アリアは声を堅くする。
性格上、そういうのを好まないのだ。直球勝負が基本なアリアは眉を潜めた。
「大したことはないですよ。ただちょっとした隊長情報の交換ですよ。小さい頃の隊長を知る人はほとんどいませんからね、貴重なんです。そして、貴女は久しく会わなかった幼なじみについての情報を得る。ギブアンドテイクですよ」
それぐらいなら…いいかな?アリアはそう思った。
「それじゃあ…」
ソレイユはアリアの返事に微笑んだ。
「昔のことはよく分からないんですけどね。僕が彼と初めてあったのは彼が騎士になった二年前で、そのころからすでに心を閉ざした野生動物みたいな感じでしたね。
実際に合うより前に彼のことは存在だけは知っていましたが。大臣の息子ですから。今ソマリア国に来ているでしょう?あの大臣の息子が隊長です」
「へー。‥‥‥‥って本当ですか!?」
アリアにとって衝撃の事実であった。
あのユーイが大臣の息子…。それと幼なじみと言い張る侍女の女…。それは怪しまれてもしょうがないか…。アリアはユーイの態度に少し納得がいった。
それより、そんなに位の高い貴族がなぜアリアの家にいていたのだろう。謎がまた増えてしまったようだ。
「全然笑わないので落とし穴に嵌めたり、料理に塩を大量に仕込んだりしたんですけど無反応でつまらなかったんですよね。
貴女と接するときだけですよ、感情がでてくるのは。本人は自覚していませんけれど。ということで、貴女の言うことを僕は信じていますよ。一応ですが」
アリアは驚いた。ソレイユの悪戯にも少し驚いたがそれより、そんなに感情を無くすようになってしまうとは思っていなかった。てっきりアリアのことを嫌って感情を表さないようにしているのかと思っていた。そして、
「あ、後ユーイ隊長が貴女のことを覚えていないのは無理ないかもしれません。あの人、昔の記憶を失っているらしいですから」さらりと言ったソレイユの一言の威力は凄かった。
「えぇ!!!」
確かにアリアのことを欠片も覚えていないのはいくら何でもおかしいと思った。
それが、記憶喪失…。まだ、望みはあるのだろうか。アリアは思案した。
「皆の間では当然すぎて、言い忘れていました。すいません」
「何で…ですか?」
「理由は知りません。本人に聞いてもシラを切られるので…。…探求心が湧きますね!」
「‥‥‥‥そうですか」そう思うのか…。
やはり頭のいい人というのはどこかねじが一本抜けているような気がする。
ソレイユに関してはねじが一本抜けているどころの話ではないと思うがアリアはそこまで考えない。
「それでは、今度はそちらが話す番ですよ」
「はい、分かりました…」アリアはそう言って語り始めた。
ソレイユが聞き上手のせいもあるだろうか、アリアは聞かれるままに昔の思い出をすらすらと話した。
「母親同士が仲良しで、隣国に単身嫁いだユーイのお母様が、出産のために帰省したときには常に家に留まっておられた、と母に聞いていました。だからユーイと過ごしたのはだいたい、八年ほど。今から五年前までずっと一緒でした」
ひと通り、アリアはユーイとの思い出を話すと最後にぽつりと言った。
「とにかくユーイのお母さんは元気かな?あと、妹さんも…。」
ユーイには妹がいた。そうでなければ、ユーイの母はユーイを生んですぐに隣国へと帰ってしまうだろう。アリアがユーイとずっと一緒だったのは、それから数年後に妹、フェリキアの出産のためにユーイの母がユーイを引き連れ家に来たからに他ならない。
それを聴いたソレイユの反応が明らかにおかしかった。
ソレイユは少し神妙な様子で考え込んで、その後アリアに向かって言った。
「アリアさん、ご存じないのですか?」
「え?何がでしょうか?」
アリアは訳が分からずソレイユに尋ねた。ソレイユの顔が暗い。
「ユーイ隊長の母君、ひいては宰相の奥方はすでに亡くなられています…」
「っ……!!」そんな…とアリア驚いて何も言えなかった。
亡くなっている…だなんて初耳だ。まさかそんな事態になっていると思っていなかった。
優しげで聡明なユーイの母はアリアの憧れでもあった。なのに、もう会えない…。
アリアは悲しみに目を伏せた。
「そして、ユーイ隊長には妹はいないことになっているのですが…。これは何かありそうですね」ソレイユはさっきまでの微笑みを消して真剣な顔で考え込んでいる。
こちらはもっと衝撃だった。アリアとユーイがかわいがっていた体の弱い、ユーイの妹。
「フェリキア…どうして?」
まさか、いないことになっているとは夢にも思っていなかった。
* * *
アリアがユーイと出会ったのはユーイが生まれたばかりの頃。もちろんアリアも小さくて、その頃の記憶はない。だから、アリアの中ではユーイと出会ったのは五才の頃、フェリキアがユーイの母のお腹にいた頃の話だった。
だから、アリアは自分の妹が生まれるような心地でいたのを覚えている。
髪や目や顔の造作がユーイそっくりな、可愛い妹、フェリキア。
その可愛い妹に夢中になったのはユーイだけではなかった。
フェリキアは体が弱かった。そのため、空気が良くて休養にちょうど良いアリアの家にいた。
そのおかげで、アリアはユーイとフェリキアと仲良く遊ぶことが出来たのだ。ずっとアリアの家で。
アリアはユーイと二人で草原に咲く花を取りに行った。フェリキアは花が大好きだったからだ。
よく風邪を引いたりして寝込むフェリキアは、花を見るとパッと微笑むのだ。
それを見るが好きでアリアとユーイはよく花を摘みに行った。
「アリアお姉ちゃん…。ユーイお兄ちゃん…」
ある日、フェリキアはそう言って呼び止めた。手にはアリアたちがたった今摘んできたばかりの、綺麗なピンクの花。フェリキアはこの花がお気に入りだった。
「どうしたの?フェリキア?」アリアが返事する。
フェリキアは少し気まずそうに躊躇った後、言った。
「私ね。お花………、もういいよ」
アリアは驚いてフェリキアに問う。
「え?どうして?フェリキアはお花が好きじゃないの?」
「うん。大好き。でもね、私、それよりもお花が枯れるの、見るのが悲しいの。だって、お姉ちゃんたちが取ってこなかったら、今も咲いていたのかなあ、と思うと苦しくなるんだもん」
「……そうなの」
アリアは少し悲しい顔で言った。
その時ユーイが身を乗り出して、フェリキアに尋ねた。
「じゃあ、次は根っこ付きのお花を持ってくるよ。それなら、いい?」
ユーイはそう言って、それでフェリキアはすごく嬉しそうに頷いたのを覚えている。
おかげで調子に乗ったアリアとユーイが見つけた植物を片っ端から鉢植えに移したおかげでフェリキアの部屋が部屋というより植物園になって、違う意味でフェリキアに「もういい」と言われたのはいい思い出だ。
別れるときも、ユーイとそっくりな悲しそうな顔をして、
「バイバイ……アリアお姉ちゃん。フェリキアは体が弱いですから、休養を取るなら絶対ここで取りますから、それまでフェリキアを忘れないで下さいね」
そう言って手を振ったフェリキアに泣きながら手を振ったのは、幻ではなかった。
別れた、あの後、一体何が起きたというのだろう?
ユーイが笑わなくなったのは、そこに原因があるのかもしれないとアリアは思った。
そして、アリアのことを忘れてしまったことも、多分。