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magnet  作者: 華梨
不穏な影、突然の再会
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第六話:夜が明けて、朝のハプニング


異国の騎士の一団が来たのが珍しいのか訓練場の周りでは人だかりが絶えない。

しかもいるのは女だらけだ。

自分たちの国にも騎士はいるだろうに…。おかげで気を遣って訓練に打ち込めない。

そんなことを考えながら、その騎士団の内の一人であるソレイユは来客用の部屋から出た。


ソレイユは朝の散歩、ほとんどの人間は朝の徒競走か何かの間違いだろというのだが、それを始めようと思い立ったのだ。ところが、その日課は果たすことが出来なくなってしまった。

朝とは言い難い暗い廊下で、ソレイユは異質なものを見つけたのだ。


廊下の隅で丸くなって眠っていた、一人の黒髪の少女。


始め倒れているではないかと本気で心配したが、規則正しい寝息でその可能性は打ち消された。

ソレイユは黒髪のその少女に見覚えがあった。

昨日ユーイ隊長が泣かせた少女だ。

実際の所アリアが勝手に泣いただけだが、ソレイユは勝手に思いこんでいた。


「ああ、どうしましょう?ここで見て見ぬふりをしては風邪を引いてしまいますし、かといって運ぼうにも何処に運んで良いやら…」

起きる気配のない少女を見ると、涙の後があった。大体のことに察しのついたソレイユが眉を潜める。

「全く。あの人の辞書に気遣いという言葉はないのですかね?」

しかし、これは困ったことになるとソレイユは思った。

傷心の少女をこの場で起こすのは配慮に欠けると思われるし、出来れば少女の部屋に運んでやるのが妥当と思われる。

「部屋は何処でしょうね?取りあえず心当たりのある場所に運んでみますか?」


ソレイユは騎士団の中でも怖れられる存在だ。

それは腕力によってでも剣術によってでもない。もっとも騎士団に所属している段階ですでに怖れられるには十分だが。問題は…その知力によってである。

彼に目をつけられた者は一人として無事ではいられなかった。


特に記憶力に関しては彼の右に出る者はいなかった。


つまり、ソレイユは一目見ただけの城内の地図を覚えていたのである。

ひょいと本を拾うような感じで少女を抱えると、

「彼女は侍女ですよね…」記憶が示した場所へとソレイユは向かった。


「とにかく後で隊長には少し説教をする必要があるみたいですね」

ソレイユはくすっと笑った。



*     *     *


「いやー本当にびっくりしたわ。アリアが戻ってこないのを心配して廊下で様子見てたら、後ろから声かけられて…。振り返ったらアリアが騎士様にお姫様だっこされていたんだから」

「何度も言わないでよ。恥ずかしい」

「いや、そういうわけにも行かないわよ。何をどう間違えたらそんなおいしいことになるの?」

「…えーと。廊下で寝てたからかな?」

アリアの言葉にメイは鈴を鳴らしたように笑う。

「廊下…、あははは、普通廊下で寝る?いや、あり得ない。姫にはなれないよ、アリア」

「…廊下で寝るお姫様がいたっていいじゃない」アリアはムッとして呟く。

「あはは。アリアが拗ねた。それにしても、やっとアリアにも春が…。ああ、おもしろそう。

私全力で応援するからね!」

「いや、違うから」アリアはめいいっぱい否定する。

メイは何でもかんでもそういう方向に持って行きたがるんだから油断も隙もない。


アリアは話題をそらすようにメイに言った。

「えっと。その人にお礼言わなきゃいけないよね。その人誰か分かる?」

「ええ。名前は聞いたんだけど教えてくれなかったけど顔は覚えているから。今日一緒に会いに行きましょ。ねえ、…アリア」

「な、何?」深刻そうな顔をしたメイに少し驚いてアリアは尋ねた。


「恋したら、す・ぐ・に私に言ってね。悪いようにはしないから!」

「真面目になった私が馬鹿みたい…」

アリアは色々とやることが多すぎて頭が痛くなってきた。



それからいつも以上にアリアは忙しかった。

 いつもの仕事を終えると、騎士に朝餉を運びたいという人が多すぎて、事情が事情なだけに…

恐らく話したら次の日から侍女全員が廊下で寝ているなんて事になりかねないため、そこは何も言わなかった。メイが取りはからってくれたため上手くごまかすことが出来、何とか朝食を運ぶ役目を貰えた。


そんなやりとりを終えて、朝の練習場に向かう。早めに行くと数人の騎士達が自主練をしていた。

「この中に、いる?」アリアはそっと、隣にいるメイに尋ねる。

「…んと。遠くてよく分からないや」

「分からない…ってちょっと!何しに来たか分かってるの?」

「もう、怒らないでよ。近づいたら分かるの。ね、入ってもいいでしょ?」

お調子者のメイは軽い調子で入っていく。

邪魔したら怒られると思うんだけど…。


「アリアー」小さな声で、おいでおいでをするメイに引かれてそっと練習場に入る。

「この人だよ。はあ、やっぱりかっこいいー。優良物件ね!」

 メイの指差した先にいるのは、身長は騎士団の中でも上の部類に入る背の高くて、細身でも身のこなしからどんなに鍛えられた体か遠目でも分かる。

 柔らかそうな茶髪に思慮深い蒼の瞳。笑顔を浮かべているせいか穏和な雰囲気で、ただその中で、目は研ぎ澄まされていた。


どう声をかけたらよいのか分からずアリアが立ち尽くしていると、向こうから声をかけてきた。

「君は昨日の人ですね?」

「あ、あの…」

「どうしたのですか?またあの隊長が失礼なことを言いましたか?」

「いいえ、そうではなくて…。お礼を言いにきたんです」

それは事実だが、一応お礼を言いに来たのでそれに関しては言及しない。

「お礼、ですか?」

「はい、私を部屋まで運んで下さってありがとうございます」

「ああ、そのことですか、気にしなくていいのですよ。こちらこそ、あの子が迷惑をかけたようですね。私の方からお詫びします」

「あ、あの子って…」ユーイのことだろうか?もしそうだとしたら、この人、ただ者ではない。

「ええ。ユーイ隊長のことですよ」

「…猛者ですね」思わずアリアの口から本音が出てくる。

ぼそっと呟いたアリアを見て、目の前の青年が吹き出した。

くすくすと笑いが止まらない。アリアがキョトンとしていると、

「すいません。そんなこと…。初対面の人にそう言われたのは初めてです。」

「はあ」

「私はユーイとはそれなりに長いつきあいなもので。保護者的立ち位置なのです」

「そうなんですか」胸がちくりと痛む。五年前のアリアの立ち位置がまさにそれだったからだ。

「ああ、まだ、名乗っていませんでしたね。私の名前はソレイユといいます。ソレイユ・レディオス。一応、騎士団の副長を務めています。あなたの名は?」

「アリアです。アリア・マイオリー」

「…そうですか。アリアさんと呼んでも?」

「はい。なんでも結構ですよ」

「あ、ところで聞きたいことがあるんですが。…その、私の寝てた所にペンダント、落ちてませんでしたか?」

「ペンダント?いいえ。落ちていませんでしたよ」ソレイユが答える。

ということは、ペンダントは落とした可能性か…、どちらかというとユーイが持っている可能性が高い。アリアは表情を曇らせる。


「そうですか、ありがとうございます」アリアはそう言って去ろうとしたところ、呼び止められる。

「あの、アリアさん。この後、場所を変えて話をしませんか?聞きたいことがいくつかあります。あなたも気になることがあるでしょうし、悪くはないと思うのですが…」

 アリアは突然の提案に目が点になる。願ってもない話だ。どうやって騎士からユーイの話を聞き出そうかと考えていたからだ。

「え、いいんですか?ありがとうございます」アリアがそう言うとソレイユは柔らかい微笑みを浮かべて、いつの間に準備しておいたのだろうか、メモをアリアに渡した。そして、

「それでは、仕事が一段落する…十時ぐらいですかね、そのメモの場所に来て下さい」

というセリフを残して、アリアのもとから去っていった。


*     *     *


「…実は、一目見たときからあなたのことが好きでした」


メイがすっかり役になりきっているのをアリアは半目で眺めやる。

「まあ、うれしい!」仲のいい侍女の一人が悪乗りしている。二人ともなかなかの演技力だ。

ひし、と抱き合う二人に

「…何よその程度の低いコントは?」アリアは不機嫌そうな声で言った。

 アリアが不機嫌なのも無理はない。ソレイユとちょっと話をしに行くと告げただけで皆から質問攻めだった。デートなのか?ソレイユのことをどう思うか?など、何度も同じ事を聞く。


…みんなが思っているような展開はないと思うけど。

アリアはほとほとに呆れていた。


「まあ、これだからお子様は」メイは大げさな動作をしながら言った。まだ役になりきっているのだろうか?

まあ、ソレイユさんには全っ然似てないけど。アリアは心の中でつっこみを入れる。

実際につっこみ入れないのは入れても、乙女の逞しい想像力には全く効果がないからだ。


「全く持ってその通りね」うっとりとした様子で皆が口々に言う。

「そうよ、大体アリアは…」メイが語り出した。

ヤバイ、この手の話は長引く…。そう感じたアリアは

「あ、もうそろそろ行かなくちゃ」

そう言って逃げることにした。


「アリアー、ちょっと!これで期待しないなんて女じゃないわよ」


メイの声がアリアの後ろで響く。

メイに若干女を否定されつつもアリアは聞き流してメモの示す場所に向かった。



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