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magnet  作者: 華梨
シス国までの旅路、不確定要素
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第二十ニ話:とある国の、とある執務室にて

 青年は部屋で書類を読んでいた。特徴的な落ち着いた色目の赤い髪は襟足が肩に届くほどで、赤い瞳は穏やかな光をたたえている。男性にしてはやや細身の体型には贅肉はなく、高級な衣服に身を包んでいる。

 部屋は広く窓からは海が一望できる。凝ったされど機能的な装飾品は持ち主の品の良さを示していた。


 青年は窓に背を向けて椅子に座っていた。目の前の机に積まれた書類の山は普通の人のする一日の仕事の量ではないと思われるが、青年は涼しい顔で書類を片づけていく。

 そして、おもむろに机のティーカップを手に取る。

中に入っているのは紅茶。青年は紅茶を愛飲しているのだ。ふわっと漂う紅茶の良い香りが青年の頬をゆるませた。


 その時だった。彼の使用人が血相を変えて部屋に入ってきたのは。


「ご主人様!! 大変です。お坊ちゃまがいなくなりました!!」


 ガチャン。食器の割れる音がした。青年が手に持っていたティーカップを落したのだ。赤い絨毯に茶色いシミが広がる。

「なん……だと?」

 青年は驚きのあまり席を立って使用人の方へ歩む。使用人は青年に紙を渡した。

「これが、お坊ちゃまの部屋に残されていて…」

 使用人が持っていた紙には癖のある汚い字でこう書かれてあった。


「思うところがあって家出します。探さないで下さい」


「あんの馬鹿弟! あれほど外へ出るなと言ったのに!! 奴が出たら、事態はもっとややこしくなる一方だ」

 青年は、さっきまでの余裕はどこに行ったのか、感情を押えられずにわなわなと震える拳を机に叩きつけた。

「その通りでございます」

「ほんの何日か前に、飼い猫を探しに出たあげく何をどう間違えたのか盗賊団に捕まり、私が勢力を上げてその盗賊団を潰すという羽目になったばかりだぞ」

「はい。そのあと、お坊ちゃまの愛猫は普通に帰ってきたのを覚えております」

使用人は涙ながらに相槌を打った。

「…せっかくの半年に一度の休みだったのに…全部潰れた」青年は悔しそうに言う。


「それより前にも、確か散歩に出ると言ってまたしても何をどう間違えたか、山で遭難し、私は捜索隊を出して三日間探しまくり、挙げ句の果てには奴が温泉を掘り当てたことで捜索隊に発見されたんだぞ」

「…あの温泉は今もよく繁盛しております、ご主人様」


「他にもまだあるぞ。急に空が飛びたいと言い出して家を飛び出し、有り得ないことに町の時計台から自作のマントを装着して飛び下りて…」

「はい、あの時計台は『飛び下りても無傷、奇跡の時計台』として観光名所となっております」


「…私はあいつを拾ってから人の何十倍もの苦労をしている気がするのだが」

「きっと気のせいでございましょう」

「そうか…ならいい」

青年はしばらく手で頭を押さえていたがふと思い立って使用人に問いかけた。


「…爺は? 予測不能なあいつを追いかけられるのは爺だけだ」

「残念ながら……爺は卵を買いに出掛けております。ご主人様!」

「なんて間が悪いんだ! このまま、あいつを野放しにするほかにないのか……」

「あっ、伝書鳩です! ご主人様!! 爺からの連絡が来ました」

 部屋の窓に一羽の鳩が近づいてくるのが見えた使用人は落ち込む青年に向かって指を指して告げた。

 窓の隅には鳩がとまる為の場所と、そこだけ開く小さな窓があるのだ。非常事態用のためだ。どうやら今がそのときらしい。

 青年は鳩を見て、不安一色だった顔にわずかながら安堵の表情を浮かべた。

「さすがは爺だ。あいつの動向を追っていてくれたのか。手紙を解読しろ」

 使用人は早速鳩に付けられた手紙を取り、青年に言われたとおり解読する。

「お坊ちゃまを追跡中。現地点はソマリア行きの舟、だそうです」

「ソマリア国か…。大体奴の思惑は読めるが…」青年は思念する。

「下手に連れ戻そうとすると何をするか分からないからな…」


「爺にこう伝えておけ!『動向を見張り、危なくなったら助けよ』」

「分かりました」

 使用人は主人の言葉を聞くと、その手紙を書くために黙礼をしてから部屋を出て行った。


 青年は残された部屋で、机に両手を置いて呻くように呟く。

「このまま、話がこじれなければいいのだが…」


 まあ、無理かもしれない。

何せあいつは最凶のトラブルメーカーだ。あいつが介入してこじれなかった事は今までかつてこれっぽっちもない。断言できる。

 初めてのおつかいレベルのほのぼの話が連続殺人事件レベルの話になるまで、こじれさせる。あれはもはや天賦の才能かもしれない。


 今のソマリア国とシス国に弟が介入したら、どんなに恐ろしいことになるだろうか。

……お願いだから、何もしないでくれ。

想像するだけで背筋がぞっとした青年は思わず祈った。



*     *     *


「ハックション!!」少年は船の中で一際大きいくしゃみをした。

 少年の赤い髪は短くあちこちではねていて、赤い目は大きく好奇心の光をたたえている。身長を見るからに十才程度だろう。

少年は鼻を啜った。


「おい、大丈夫か、坊主?今は波が荒れてるから気い付けや」

 船上員の男が少年に呼びかけた。男は少年の周りに誰もいないのを見て怪訝な顔をした。

「……坊主、お前一人旅か?」

「ん、そうやけど。大丈夫やで。ちゃんと手紙は書いてきたからな」

 少年が自慢げに言うのを聞いて、男は意味が分からず首を傾げた。が、男は細かいことは気にしない性分らしく、純粋に一人旅に出る少年に感心したようで、少年に優しげに話しかけた。

「手紙? 何のことかは分からねえが、そんな年で一人旅とはたいした奴だ。何か困ったことがあったら助けてやるよ」

「ありがとうな、おっちゃん。ええ人やな。俺、シス国まで行きたいねんけど、道教えてくれへん?」

「シス国か。ソマリア国ならまだしも結構遠いな。……俺の知り合いにシス国に用のある奴がいるからそいつを紹介してやるよ」

「さっすがおっちゃん、男前やな。よろしく頼むわ」

 少年はそう言うと海を見つめた。今少年が乗っているのは貿易でソマリア国へ向かう船である。その甲板に少年はいた。


 男は肯定の返事の代わりに少年の肩を叩くと、仕事を続行するため甲板から離れる。その時、舟の中に入るドアの所がわずかに開いているのを見た。

 こういうのは危険だ。中途半端に閉まったドアは風に煽られて突然何かを思い出したように開き、それに人が巻き込まれ怪我をする。男はドアを閉めようと近寄った。

 しかしその事は叶わなかった。男は思わず我が目を疑った。

「これはこれは、すいません。私は怪しいものではございません故」

 執事の格好をした老人がドアの隙間で窺うように立っていたのだ。白髪はドアの隙間からはいる海風で靡きつつも乱れがない。一本筋が通っているような立ち姿はまさしく執事そのものであった。

 このお世辞にも立派とは言い難い船には似つかわしくない存在に男は疑問を抱いた。

「あんたは一体……」

「それは気にする必要のないことでございます。それより、お坊ちゃまの手助けをして下さるようですね。これはほんの気持ちでございます。急いで来たので手持ちがこれしかないのですが……」

 そう言って執事は船上員の男に茶色い紙の包みを渡した。男は怪訝な表情を浮かべてそれを受け取り、包みの中を確かめようと開けた。

 包みの中には、白く滑らかな楕円形の球体が数多く入っていた。この色、見たことのあるフォルム……。

「なんで卵なんだ……?」

 思わず呟いてしまった。

 しかし、その返事は返されることはなかった。男が我に返る頃には執事は姿を消していたのだ。


 一方、少年は甲板の上で波が揺れるのを黙って見つめていた。

「いよいよやな…。兄様のために俺が頑張らんと…」

 少年はそう言って手すりに乗せた手を固く握りしめた。自分の兄がそれを全く望んでいないとは夢にも思わないで。


時はちょうど、ソマリア国の王女がシス国へ留学する二週間前のことであった。


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